#372 夜の帰り道。不思議なシスター少女と出会う。
【竜騎姫】に就きたいと希望するアイギスさんが下部組織に加わることになった。
しかも〈転職〉してLVリセットし、ゼロから俺の〈最強育成論〉による講義を学びたいという。
いいだろういいだろう!
いくらでも教えようじゃないか。ふははは!
これで〈上級姫職〉が仲間になったも同然である。
前回の大面接で9名も素晴らしい人材に恵まれ、今回もまた凄まじい人材を確保できた。
いいぞ! いい流れが来てるぞ!
最初に正式採用が決まった6名に加え、同級生の仲良し三人娘とアイギスさんを加えた10名。
この10名が下部組織の初期メンバーとなる!
1週間にも渡った大面接もこれで終了だ!
やっとメンバーが決まったな。
まだまだやることはたくさんある。
採用サブメンバーの脱退手続き、新しい〈エデン〉下部組織の創立、そしてサブメンバーたちの移籍手続きと山盛りだ。
また、元々どこかのギルドの下部組織に在籍していた人たちを引き抜くための交渉も必要だ。
これらの手続きはセレスタンとリーナにお願いしておこう。
多少採用に初期費用は掛かるが今後の〈エデン〉躍進のための投資と思えば問題ない。
惜しむらくは、枠がいっぱいで面接で落とさなければならない人材が多かったことだろう。できれば全員欲しかった。
次に枠が増えるDランクまではまだまだ掛かる。〈エデン〉はまだ中級中位にすら入ダンしていないからだ。今週は無理か?
うん。いや待て、少し考えてみよう。俺は貴族舎への帰り道で静かに悩む。
ダンジョン週間は残り7日。
それが終われば1週間を挟んで期末試験の期間に突入してしまい、ダンジョンに入ダンできなくなってしまう。試験期間はダンジョン不可なのだ。
それに、テストが終われば夏季休暇が目前に迫ってくる。
夏季休暇は帰省の期間、今度はギルドバトルを行なうことが難しくなってしまう。
時期が悪いな。
このままだとDランクに上がるのは、夏休み明け、9月初め頃になってしまう。
9月でDランク。
ゲーム〈ダン活〉時代では、悪くない攻略速度だ。悪くは無いのだが、
夏休み期間は〈ランク戦〉が出来ないためゲームでは基本的に、8月はダンジョン攻略に全力を注ぐ。
そのため夏休み明けに〈ランク戦〉を行ないDランクへ駆け上がるのが通常だった。
つまり、普通の攻略速度になってしまう。現在ゲーム時代より速い攻略速度で躍進中なのに元に戻ってしまうのだ。
実はゲームでは6月でEランク、ギルドメンバーが中級下位を攻略しているという状態は非常に攻略速度が早いのだ。今の〈エデン〉だな。
これはリアル事情で4月からダンジョン攻略を開始できたというのが非常に大きいだろう。
ゲームでは5月からゲームスタートなので一ヶ月早いスケジュールで攻略が出来た。しかも一ヶ月間ずっとダンジョン週間みたいなものだったのだ。もう攻略のスタートダッシュがとんでもなく効いていた。
さらに言えば、ゲームではパーティを割った攻略は経験値的な旨みが少なかった。
〈エデン〉は現在3パーティに分かれてダンジョン攻略しているが、ゲームではメインの1パーティ以外は〈オート探索〉だったのだ。
つまりプレイヤーが操作するパーティが1つと、オートで「いってらっしゃい」するパーティが2つになるわけだな。
そして操作しているメインパーティは〈公式裏技戦術ボス周回〉などでガンガン育成できたが、〈オート探索〉のパーティはそうもいかない。
〈オート探索〉では〈成功〉〈大成功〉〈全滅〉の3種類があって、経験値と獲得アイテムはメインパーティよりだいぶ少なかったのだ。
それがリアルでは、俺以外のメンバーが勝手に攻略し、経験値を大きく稼ぎ、獲得アイテムもたくさん持って帰ってくる。
そりゃあ攻略速度も速くなるというものだ。
全員がメインパーティみたいなものだからな。
さて、話は戻る。
Dランク、今を逃せばせっかくここまで超スピードで駆け上がってきた速度を緩めなくてはいけなくなる。
9月までランクアップできなくなるのだ。
それは、……惜しい。勿体無い。
「このダンジョン週間中に多少の無理をしてでもDランクに上がっておくべきか。そうすれば夏休みを使ってさらに躍進することも、下部組織に時間を使って集中的に育成することもできる。――ん?」
そう結論が出たところで道の端のベンチに女の子が1人座っているのが見えた。
街路灯に照らされて暗闇の中にポツリと浮かぶその姿は、なんとなく神秘的な光景を思わせる。
どこを見ているのか、女の子は姿勢良く正面を向き、何をするでもなくボーっとしているようにも見える。
それだけなら別に何とも思わなかったのだが、俺はその子がなぜか気になった。
目が離せず、結果的にジロジロと観察してしまう。
「何か用?」
「ああ、いや」
その子の前を通りかかる時、声を掛けられてしまった。
しかし、ここで首を振るのもなんか違う気がしたので足を止め、座っている彼女に向き直った。
改めて正面から彼女を見る。
見た目は一言で言えばシスター。
純白のシスター服のような格好に深い白のベールを被っている。ベールの端からはうっすら薄水色の髪が覗き、彼女の目も透明に近いが水色だった。
上から見たらウェディングドレスを着ているようにも見える。綺麗で煌びやかな装備だった。
この装備、俺は良く知っている。
「〈白銀聖魂〉装備一式か」
「この服を知ってるの?」
「服っていうか装備だけどな。一応知ってるぜ」
自分で言っていて少し納得する。自分がなぜシスターさんが気になっていたのかを。
この装備だ。
いや、この装備も気になる理由の1つだった。
これは〈白銀聖魂〉装備シリーズと呼ばれる、とあるヒーラー向けの装備。
しかし実はこれ、上級ダンジョンの装備である。
しかも見た限り頭から足まで5種類全てが揃っている。
この世界では中級上位までが入ダンできる限界なはずだ。
となると、考えられるのはレアボスドロップ品。
つまりこの世界でもっとも強力な装備の1つということだ。
そんな装備を身につけている彼女は何者だと、俺は感じているのだろう。
他にも何か別な感覚があるのだが、よく分からない。これ『直感』が反応しているのか?
「ジロジロ見てすまなかった。珍しい装備だったから目が行ってしまったらしい」
「そう」
短い返事。
興味が無くなった、というより意気消沈しているように見える。
なんというか、無気力状態という感じがするのだ。
なんだかほっとけずに声を掛けてしまう。
「あ~。何かあったのか? こんな時間にそんなところにいると無用心だぞ?」
「別に」
時刻はもうすぐ21時。
迷宮学園の治安は悪くは無いが、夜に女の子が1人ポツンと無防備に座っているのはよろしくない。そう思って声を掛けてみたが、彼女はどうでもよさそうに返答した。
しかし、俺に興味を持っているのか視線は合わせてくれた。
「私に何かするの?」
「するか!」
「そう」
反射的に答えてしまったが、なんだか残念そうに呟くのはなんでだ?
「今の私、好きにし放題」
「なんて魅力ある言葉!」
「身包み、剥ぐ?」
「……無気力にもほどがあるな」
なんか、全てがどうでもいいみたいな言葉の数々。凄まじい言葉のはずなのにその言葉は俺ではなく、ただ口ずさんでいるだけにも感じた。まるで誰でもいいような。
しかし、それだけにヤバイ。
シスターちゃんが着ている装備はマジもんのヤバイやつなので、ここに置いておくと本当に身包みはがされかねない。
なんというか、シスターちゃんは本当に暴漢に襲われても抵抗しなさそうな危うさを持っていると感じたのだ。
「早く帰ったほうがいいぞ。というか帰ってくれ」
「帰りたくない」
誰かこういう時どう対処したらいいか教えて?
シスターちゃんが首を振り、また俺の眼を見る。なんだろうか。
「帰りたくないから、連れてって?」
「……すまんが、今の文脈を理解できなかったようだ。もう一度言ってくれるか?」
「私、帰りたくないの」
「なんで言い直した」
「つまりね。私、帰りたくないから、私を連れ去って欲しいの」
「…………」
シスターちゃんが無表情で言い切った言葉を脳内で反芻する。
「私、帰りたくないの」の言葉が延々とリピート再生中だった。
違う、そうじゃないんだ。というかなんなんだいったい。
「帰りたくないのか」
「うん」
「それで俺に連れ去って欲しいのか」
「そう」
「つまり俺の住んでいるところに連れ込めと?」
「当たり」
〈ダン活〉は年齢制限B(12歳以上)推奨のゲーム。
俺は未だかつてない苦悩に出会っていた。
どうしよう。どうすればいい?
こんな展開、俺の〈ダン活〉データベースに無いぞ!




