#371 〈ホワイトセイバー〉今日の結果を考える。
ゼフィルスが帰った後の〈ホワイトセイバー〉のギルド部屋では弛緩した空気が流れていた。
全員が一気に緊張が解けたような心地だった。
「凄まじい自信だったな」
誰に言うでもなくそう呟いたのは〈ホワイトセイバー〉のギルドマスター、大男のダイアスだった。
別に答えを期待したものでも同意を期待したものでもなかったが、弛緩した空気が意図せず彼にそんな言葉を呟かせていた。
その呟きを拾ったのはダイアスの右腕とも言える〈ホワイトセイバー〉のサブマスター、ニソガロンだった。
「そうだな。噂以上の傑物か。とても年下とは思えないな」
「あ~それオレっちも思った。なんか、上位ギルドの先輩を相手にしていた時と同じような感覚だわ」
「自分もだな。あれが件の勇者か」
ニソガロンの言葉に同意したのは3年生の男子たちだった、チャライ言葉使いの細めの男がカッパァ、巌のようながっしりした体格と顔面を持つ男、ダンだ。
ダイアス、ニソガロン、カッパァ、ダンの4人は〈ホワイトセイバー〉の最古参に位置するメンバーだ。一時期はAランクギルド〈テンプルセイバー〉で活躍していたこともあるほどのエリートたちである。
とある事情により今は〈ホワイトセイバー〉の管理を任されてはいるが、その実力はそこらのギルドよりも確実に上であった。
そんな彼らをして、この〈迷宮学園・本校〉で最近破竹の勢いで勢力を強めているギルド、〈エデン〉のギルドマスターは、一言で言えば「ありえない」だった。
「〈エデン〉の最高到達階層は調べたんだろう?」
「ああ。中級下位でメンバーのLV上げをしているが中級中位に入ダンした記録は無い」
「となると、どんなに頑張ってもLVは65以下っしょ? 何あの風格?」
「LVがカンストしている俺たちより明らかに強者だった」
「あれが勇者が広めている〈育成論〉の成果なのか。はたまた職業によるものなのか」
彼ら全員が肌で感じていたこと。それはゼフィルスが持つ独特の、オーラとも呼べる強者の雰囲気だった。
彼らは強者たちが集まるAランクギルドに長く在籍していたためか、相手のステータスの高さを肌で、感覚で感じ取る能力を身につけていた。
強者を前にして武者震いが起きる感覚と言えばよいだろうか。そんな感覚を彼らは持っていた。
その目で見ると分かるのだ。明らかに自分たちよりLVが低いはずの勇者が、まるでSランクギルドに在籍している上位の人物と被って見える。
いや、勇者が持っている雰囲気はそれ以上にも感じた。まるで歴戦の英雄のような、膨大な経験則から来る自信のようなものを見た気がしたのだ。
「最後に大きな宣言を残していったな。上級ダンジョンの攻略か」
「か~、他の奴らが言ったらパチで済ませるけどな。ありゃあマジで実現しかねないぜ? 奴の持ってた雰囲気はほんもんだ」
「だとしても構わん。むしろ喜ぶべきことだろう」
ニソガロンとカッパァが難しい顔をする中、ダンがそれを肯定した。
そしてギルドメンバーの視線がダンの言葉に反応し1人へと注がれる。
それは未だに心ここに有らずと呆けていた、アイギスだった。
「ひ、ひゃい!?」
突然の視線集中にビックリしてアイギスから変な声が漏れる。
「よかったなアイギス後輩。夢が叶うぞ」
「いやギルマスよ、その発言はどうかと思うぞ?」
「……ワザとではない」
ギルドマスターダイアスがこほんと咳払いして空気をリセットした。
「しかしアイギスちゃんは採用か~。あ~羨ましいぜ」
アイギスのことをちゃん付けで呼ぶのは同級生のフレックDだ。
彼も〈エデン〉へ移籍を希望する一人だったために、その目にはハッキリ羨ましいと書いてあった。
その後ろにいた2年生の女の子も同様だった。
もう1人、移籍希望だったカッパァは移籍できれば儲けものと思っていたためそこまで羨ましそうではなかった。
しかし、フレックDたちからしてみればゼフィルスがアイギスにしか興味を示していなかったせいで歯がゆい気持ちも抱えていた。
「わ、私自身未だに信じられないのですが」
「ま、俺たちも訳わかんなかったからな。ちぇー、せっかく王女様とお近づきになるチャンスだったのによー」
「フレック、不敬が過ぎるぞ」
「こいつをギルドに入れなかったのは英断であったな。勇者は人を見る目もあるとみえる」
フレックの文句にすぐにダンが注意し、大男ダイアスが話を元に戻す。
「しかし不思議な説得力であった」
「ああ、アイギスを採用したときのアレな。俺も、なんかよく分からんけどビビっときたぜ」
ダイアスの言葉にカッパァが頷く。
採用のきっかけはまず間違いなく【竜騎姫】だ。あの発言で勇者の食いつきが顕著になった。
しかし、なぜ勇者がアイギスを採用したのかはまったく分からなかった。
ただ、「〈竜種〉を発見する」「夢を諦める必要は無い」「上級ダンジョンの攻略」。
いずれも勇者の口から出た言葉だが、どれ一つとっても夢物語にも感じる。
しかし、勇者はそれをさも当然のごとく言ったのだ。
まるで壁なんて無いように、そこにはちょっとした段差があって軽く踏み越えるように。
勇者の言葉には不思議な説得力があった。本当に【竜騎姫】に就くことが出来るかのように思わせてくるのだ。
いや、勇者なら本当に実現してしまうのではと思わせられたのだ。
しかしそれを不自然とは感じない。不思議な感覚だった。
「いずれにしてもアイギスの移籍は叶った。なら喜ぶべきだ」
「は、はい。ギルドマスター。ありがとうございました」
「なぁにいいってことよ。さて、残りは7人か。フレックたちはどうする? 移籍を希望するギルドは他にあるか?」
残り7人。
それは〈ホワイトセイバー〉の中で、移籍をしなければならない人数だった。
〈テンプルセイバー〉がBランク落ちした場合、間違いなくその皺寄せが〈ホワイトセイバー〉に圧し掛かってくる。
当初〈ホワイトセイバー〉は20人の在籍者がいた。
それはAランクギルド〈テンプルセイバー〉のネームバリューによって集められた、Aランクギルドの補欠メンバーたち。
3月のギルド閉鎖or統合、4月のギルドランク大変動でもAランク以上のギルドには変動は無く、ネームバリューによって人材に困らなかった〈テンプルセイバー〉と〈ホワイトセイバー〉。
〈ホワイトセイバー〉のランク自体はDだが、その実力はCランクに引けを取らないほどだった。
その傲慢さは在籍者の上限という形で現れており、合計人数は60人という大規模なギルドにまで膨れ上がっていた。
誰もが〈テンプルセイバー〉の勢いが失速するなんて思ってもいなかった。
しかし、その勢いは落ちた。1度の敗北によって。
〈テンプルセイバー〉をここまで押し上げていた秘宝中の秘宝を、彼らは無くしてしまった。
当時、〈馬車〉のレシピに対して等価レートで釣り合うのが〈白の玉座〉しかなかったとはいえ、あまりにも短絡的な行動だったと言える。
〈テンプルセイバー〉、〈ホワイトセイバー〉は「人種」カテゴリー「騎士爵」を多くそのギルドに在籍させていることでも有名だ。
レシピを手に入れ、全ての騎士に〈馬車〉が渡ったときに得られるそのリターンは膨大なものになるのは想像に難くない。
それに目がくらみ〈テンプルセイバー〉は〈決闘戦〉に打って出た。
今までほとんど負けなしだったギルドメンバーたちは、今回も勝つだろうと誰もが考えていた。
しかし、結果は惨敗。相手は〈大傭兵団〉とも呼ばれた〈獣王ガルタイガ〉。
そんな簡単に勝てるはずがないのに。彼らは愚を犯した。
そのことに気づいていたのは〈ホワイトセイバー〉のごく一部だけ、ダイアスはその事実にいち早く気付き、こうして手を打っていた。
その甲斐あり、3名はすでに別のギルドへの移籍が決まっている。
「〈テンプルセイバー〉のギルドバトルが解禁されるまで日が無い。希望があれば早く言えよ。しっかり逃がしてやるから」
「それは、ありがたいが……。ギルマス、本当に〈テンプルセイバー〉は、その、ランク落ちするのか?」
「するな」
フレックDの、未だ信じ切れていないという風な疑問に、ダイアスは短く断言した。
2年生たちが息を呑む。
「あいつらはギルドバトルを甘く見すぎている。今まで〈テンプルセイバー〉がギルドバトルで勝てていたのは〈騎兵〉集団による襲撃、非常に堅い〈防御力〉と〈タフネス〉さ、そして〈白の玉座〉による遠距離からの回復がマッチした結果だった」
ダイアスが目を瞑る。
その瞼の裏には〈テンプルセイバー〉に在籍していた当時の情景が浮かんでいた。
〈テンプルセイバー〉は【騎士】【ナイト】系が多く在籍するギルドだ。
集団戦を得意とし、騎士特有の高い防御力に加え騎乗という名の機動力と攻撃力を兼ね備え、さらに遠距離からの途切れない回復により、まるで不屈の騎士の体現に成功したようなギルドであった。
彼らは負けを知らない。
いや、負けるという意味を正確に理解していない。
していたら、ダイアスたちを〈ホワイトセイバー〉に引き降ろすことなんてしなかっただろう。
そして、自分たちが〈白の玉座〉を無くしてしまった程度でその地位を転げ落ちるとは、夢にも思っていないのだ。
「〈テンプルセイバー〉の時代は終わった。Bランク落ちで留まれるかも、もはや分からない。Cランクに落ちれば在籍数はたったの20名になる。壮絶な内部争いが起こるだろう」
ダイアスの言葉は、ギルドの弛緩した空気を再び緊張感に戻すのに十分な効果があった。