#322 話がおかしな方向へ。勇者を勧誘か!?
「静まれいぃ!!」
サターンの声が校庭に響いた。
白熱する嫉妬の声に耐えかね、〈天下一大星〉のギルドマスター、サターンがギルドマスターらしいことをする。
おお! 俺はちょっとサターンの事を見直した。
LVが一番高いからという理由でギルドマスターの座を攫ったサターン。
ただLVが一番高かったという理由だけでギルドマスターの座にいたサターン。
しかし、ギルドメンバーが暴走したらちゃんと押さえるという、ギルドマスターの心構えはしっかりできているようだ。だが、
―――ポリス君と男子達は、サターン君をスルーした。
「俺は聞いた! 勇者の野郎はハンナ様の手作り料理を毎日食べているんだと!」
「なんだと!? 許せない! 勇者が許せない!」
「俺だって聞いた! 勇者の奴は王女殿下と婚約したって、騒がれてた! デマだったようだが」
「「「「勇者が憎い! 勇者が憎い!」」」」」
「俺も聞いたんだ! 〈エデン〉の美少女達は皆勇者狙いなんだって!」
「爆発してしまえ! 勇者なんて爆発してしまえ! このリア充が!」
ギルドメンバーを押さえようと片手を広げたポーズで固まるサターンがピエロに見えた。
どうやら効果が無かったようだ。人望が足りていない。無念サターン。
とりあえず、だんだん身に覚えのない事まで口走り始めたこいつらを止めねば話が進まない。
どうしようか。
あちらのギルドマスターは役に立たんし。
俺はサブマスターのジーロンを見る。
「ふふ。先週買った装備がもう入らなくなってきているのですよ」
「俺もだ。特に腕周りがキツくてな。参っちまうぜ。はは」
「俺様は逆に引き締まりすぎて服がスカスカになったぞ。見てくれこの腹回り」
……あいつら役に立たねぇ。
こんな時も筋肉を語ってやがる。
止める者のいなくなった熱は収まらない。
「〈決闘戦〉だ! 勇者を〈エデン〉から引き剥がすのだ!」
「それだけじゃ足りん! 女子と関わり合いになれないように隔離するのだ! 男子しかいないギルドに入れてしまおう!」
「そうだ! 勇者は危険だ! 女子がいるギルドに入れれば全ての女子が掻っ攫われるぞ!」
「むしろ〈天下一大星〉に入れれば良いのでは?」
「悲しいこと言うんじゃねぇ! 〈天下一大星〉が、女子が一人も入っていないギルドだってバレるだろうがよ!」
「ミサトさん! なぜ抜けてしまったんだミサトさん!」
なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
ちなみに〈決闘戦〉で他のギルドのメンバーを脱退させることは同意があれば可能だったりする。ただそれに見合うだけの報酬を賭けなくてはいけないので、やる人はほとんどいないらしいが。まあ、対岸の火事みたいなものだしな。普通他のギルドには関わらない。
ミサトは凄い人気だな。何故か多くの上級生から嘆きの声が聞こえる。
多分残っていたら1年生の三強ギルドの1つから姫扱いを受けられただろうに、ミサトは脱退したの失敗だったんじゃないか?
チラッと嫉妬に狂う男子達を見る。
いや、抜けて正解だったかもしれないな。
そんな事を思っていると固まっていたサターンが復活した。
「ちょっと待とうか! 勇者を〈天下一大星〉に入れる? 我の下に、あの勇者が? 賛成だ! 我は賛成だ! 〈エデン〉の決闘戦の報酬は勇者にしよう!」
どうやら俺を下扱いできるという言葉がサターンの琴線に触れたらしい。
ああ、サターンもあちらに加わってしまった。
サターンの言葉に他の男子達が荒れる。
「はぁ!? ちょ、お前正気か!?」
「いや待て、案外良い案かもしれないぞ? 勇者に女子を落とすノウハウを教えてもらうのだ」
「何だと!? そうか、確かに勇者は1年生一の女誑しだ。味方にすればこれほど心強い者は無い?」
「有り寄りの有りか! お、俺、実家から学園で嫁を見つけて来いって言われてて」
「実は俺もだ」
「〈天下一大星〉は確かに三強だが、こんなむさ苦しいギルドでは女子と仲良くダンジョンに行く機会は少ない」
「確かに。やはりお互いが通じ合うにはダンジョンが一番だ。日常とは真剣度が違うからな。女子と共にダンジョンに行った者のカップル成立率は目を見張るものがある」
「なぜ、〈天下一大星〉には女子がいない! これでは出会いの場がクラスしかないぞ!」
「俺、この前女子を〈天下一大星〉に誘ったんだ。そしたら『〈天下一大星〉はちょっと……』って断られた……」
「なぜだ! こんなに鍛えてるのに!」
「だからこその勇者だ。勇者は顔が広いと聞く。噂の選択授業では受講する大半が女子だというではないか。紹介してもらおう」
「ごくり。た、確かに美味しい話だな」
どんどん雲行きが怪しくなっていく男子達。
当事者であるはずの俺は完全に蚊帳の外だ。
なあ、これ無視して行っちゃダメかな?
というか、多分それが成功しても下剋上して俺がギルドマスターになるから下に就くということは無いと思うぞ。おそらくギルドが乗っ取られると思われ。
しかし、女子と仲良くなれるチャンスという餌を垂らされた男子達にそんな考えは浮かばないようだ。
もはや誰も止める者がいなくなった暴走列車は止まらない。
これ、どうするんだろうか?
そろそろ無視して校舎に入ろうかと本気で思っていたところで男子達の話し合いは終わったらしい。
全員、欲望に汚れきった目をしている。怖い。
「話は決まったぞゼフィルス!」
サターンの掛け声があがった瞬間、男子達が一糸乱れぬ動きで俺を囲った。
さっきまでギルドマスターを居ないような者として扱っていた連中とはとても思えない連携だ。
この数分間でメンバーの心を掴んだとでもいうのか?
サターン、恐ろしい子!
「我ら〈天下一大星〉はギルド〈エデン〉に対し〈決闘戦〉を申し込む。こちらが希望するのは勇者の身柄だ!」
「嫌だ断る」
「…………なぬ?」
上手くいくことを疑っていなかったのだろう、俺の答えにサターンが間抜けな声を出した。他の男子もポカーンといった様子だ。
逆に聞こう。なぜ了承すると思ったのかと。
しかし、周囲を囲っている男子達の圧が上がった。
そういえば逃げ場が無いな。
どうしよっかこれ。
どうしようかと思い悩んでいたその時、囲いの向こうから救いの声が聞こえた。
「何をしているのかな?」
前回の〈練習ギルドバトル〉から1ヶ月経っていないけど、ギルドバトルは出来るのか? についての説明。
ギルドバトルは一度受けたら1月受けなくてもいいルールです(受ける側は任意)。
また再挑戦は1ヶ月できないルールです(挑む側は挑む事すら出来ない)。
前回は何も失うものがなかった〈練習ギルドバトル〉でしたのでノーカウントでした。
ギルドバトルは次一ヵ月後にならないと再挑戦できません、というのは〈決闘戦〉や〈ランク戦〉など、敗北すると何かしら失うために、弱者が搾取されないために作られたルールです。(弱者が「次こそは行ける、行けるはずだ!」とギャンブルしないためのルールでもある)
そのため練習はノーカンという設定です。
つまり今回は挑む事は可能です。
〈ランク戦〉の場合、よほどのことが無ければ断れませんが、〈決闘戦〉は同意が必要です。
先方が断ればじゃんじゃんになるのが〈決闘戦〉。
以上。説明終わります。