#230 まったく、まったく、本当にまったくもう!
「まったく! エステルったら、本当にまったくもう!」
「ら、ラナ様。お許しくださいませ」
「エステルは全然分かっていないわ! なんでもかんでも早く倒せば良いってものじゃないのよ! もっと楽しむべきなのよ!」
予想通り、ボスモンスター〈ジュラ・ドルトル〉があっけなくエフェクトの海に沈んだ直後、ラナがぷくっと頬を膨らませてプンスコ怒り出した。
その可愛らしい顔に俺はほっこりしたが、それを向けられたエステルは情けない顔をしている。これが格差か。
ボス戦はあっさり終わった。始まって1分掛からなかったんじゃないだろうか?
まあ『姫騎士覚醒』を使うとよく起きることだ。
今までボス戦のために節約していたMPを全部使いきる勢いで放出するのは気持ち良いんだよなぁ。俺もゲーム時代たまにやった。
仕留めきれないとMP枯渇とヘイト増大で大変なことになるが…。
そんなことを考えていると、気が付けばラナが縋るような表情で俺を見つめていた。なんだ、どうした? なんでも縋ってくれ?
「ねえゼフィルスお願い、もう1戦やりたいの。リポップ、させて?」
そのお願いの仕方は俺の心にハートブレイクショットだった。思わず胸を押さえて「おっふ」したくなるのを歯を食いしばって耐える。
ぐぅ。や、やるじゃないかラナ。多分素だと思うが今のはいい一撃だった、なんでも言うことを聞いてしまいたくなる。
だがしかし、俺にも応えられないお願いはあるのだ。
「う、残念だがラナ、フィールドボスはリポップできないんだ」
ちょっと呻き声が洩れたがなんとか告げる。
最奥のボスとは違いフィールドボスは人為的なリポップは不可なのだ。つまり〈公式裏技戦術ボス周回〉が使えない事を意味する。
というのもフィールドボスは最奥と違い、ボス部屋に敷居が設けられていない。つまり、人数制限が無いんだ。
ボス部屋は人数5人までしか受け入れられない制限があるがボス部屋以外なら何人でも参加が可能。
フィールドボスは、実をいうと複数のパーティで討伐することが可能なボスなのだ。
それ故に上級ダンジョンなどに行くとフィールドボスのギミックが盛りだくさんに組まれていたりする。レイド戦なども基本的にフィールドボスが相手だな。
最上級ダンジョンのフィールドボスになると結構ヤバい、完全にギルドで攻略することが前提になっている強さしているし。
まあこれは上級に行った時にまた説明しよう。
とにかく、複数のパーティでボッコボコに出来る特性上、〈公式裏技戦術ボス周回〉はむちゃくちゃ難易度が下がってしまう。苦労せずLV上げとアイテム収集が可能となってしまう。
それはさすがに開発陣が認めるわけも無く、〈公式裏技戦術ボス周回〉はボス部屋のみ可能な戦術となっているわけだ。
〈公式裏技戦術ボス周回〉はあくまで開発陣の苦肉の策だということを忘れてはいけない。出来れば有りとしたくない戦術なのだ。開発陣にとっては、だが。
これが初級ダンジョンであれば最奥に行くのは簡単だが、中級以降は最奥に到達するにも一苦労だ。苦労とはゲームを楽しむ上で重要なスパイス。そこらへん、上手くバランス調整されている。
つまり途中のフィールドボスでLV上げされて楽々攻略されてはたまらない、ということだな。
しかし現在の状況ではできればリポップ機能をつけてほしかったと思わざるを得ない。
裏話を省略して掻い摘んで説明したところ、ラナがガーンと背後に雷を幻視するほどショックを受けていた。
おおう。普段元気いっぱいのラナに影が…。相当落ち込んでいるっぽい。
「う、うう〜」
「ああ、ラナ様…」
まあ、エステルのあの対応も攻略という意味ではベストを尽くしたと言えるのだが、ラナはボス戦を楽しみにしていたのであんなにあっさり終わらせたくはなかったんだな。まさかここまでショックを受けるとは。
その後、落ち込むラナをエステルを除く全員で励ましてみたが、どんよりとした影が晴れることは無く、その日は帰還となったのだった。
〈ジュラ・ドルトル〉を倒したことにより20層の転移陣が起動し、それに乗って今日の攻略を終える。
〈中下ダン〉に帰還するとラナとエステルはそのまま貴族舎に帰ると言うので3人でそれを見送った。
ハンナも錬金のノルマがあるとのことでここで別れ、後にはシエラと俺が残された。
「ちょっと心配ね。ラナ殿下も意固地にならなければいいのだけど」
「楽しみを奪われた子どもみたいだったな。いや、ラナは子どもだけどさ」
「あなたもでしょう。楽しみを奪われて平静でいられるかしら?」
「うーむ。不可能かもしれない」
「ほら、あなたも同じじゃない」
シエラの言葉に反論出来ない件。
ラナの反応を大げさに思ったりもしたが、自分の身に降りかかったらと思うと笑えなくなった。
ベストを尽くしたエステルではあったが、ちょっとタイミングが悪かったな。
「早く仲直りしてほしいわね。あの2人が仲違いをしているところなんて見たくないもの」
「まあ、それに関しては同意だが。大丈夫だろ、小さい頃からの付き合いだって言うし」
俺はこの時楽観的に考えていた。
ゲームで落ち込んだりテンション振り切れたりなんて日常茶飯事だ。だから今は落ち込んでいようともすぐにまた戻るだろう。そう思っていた。
夜になり、部屋にエステルが尋ねてくるまでは。
「ゼフィルス殿、どうかラナ様との仲直りの方法を伝授してほしいのです」
俺にも伝授出来るものと出来ないものがあるぞ?