#1994 学園長室の激震と、朝のお~は~よ~うの差。
とある優雅な夏休みのこの日、学園長室には――いつも通り激震が走ろうとしていた。
「学園長、ゼフィルスさんから報告が上がってきました」
「え? ゼフィルス君からかね?」
「はい。これから〈万界ダン〉の攻略を再開する、とのことです」
「そ、そうか……。そうかぁ……」
「ゼフィルスさんは入念に準備してきたようですから、きっと〈万界ダン〉も攻略して戻ってくるでしょう。学園長が終業式に言ったことを、しっかり心に留めてますと伝言を預かってます」
「……え? わし、ゼフィルス君にそんなこと言ったかのう?」
「はい。焦ってはならん、準備を怠らないように、とおっしゃられてましたよ?」
「それ、ゼフィルス君以外の学生たちに言ったつもりだったセリフ……」
「…………(学園長、なんてことを言っちゃったんですか!? そんなのゼフィルスさんからすれば「俺に期待しているに違いない!」とか絶対思っちゃうセリフじゃないですか! ゼフィルスさん、また未踏破のダンジョン攻略しちゃう気!? せめてあと3ヶ月くらい待って!?)」
「ちなみに、〈エデン〉は本日〈万界ダン〉入ダンの申請を済ませてます」
「…………ふっ」
「…………(それあかんやつ! もうカウントダウン始まってんじゃん! 絶対夏休み中には終わらせて帰ってくるやつじゃん!! ってああ!? 学園長が旅立ったー!?)」
「ああ学園長、お気を確かにーー!?」
「――あっつぁ!」
「…………(とても心配そうな口調とは裏腹にお茶を出すの超速ぇーー!?)」
学園長室の日常は、今日もいつも通りである。
その日の夕方、〈万界ダン〉の10層を攻略した〈エデン〉が帰ってきた報告を受けてまた学園長が旅立つのも、いつもの日常の風景なのだ。
さらに〈猫のバスライダー〉完成と納品を受けて学園長がさらに頭を抱えることになったのもいつも通りである。
◇
「ゼフィルス君~、あ~さ~だ~よ~?(こっそり)」
「むにゃむにゃ~」
ああ、今日も脳に優しい癒やしのハンナボイスが聞こえる。
夏休みにまでこんなに朝が快適で良いのだろうか?
ハンナには感謝しかない。ハンナに何か恩返しでもできないものだろうか?
「ゼフィルス君、まだ寝てるかな? 寝てるよね?」
「ハンナ~、何かしてほしいこととかないか?」
「うわっひゃーーー!?」
俺が瞼を上げてまずハンナに問うたら、ハンナは文字通り跳び上がって驚いた。
そのまま壁までズザザザザーっとバックする。
その顔は。とても赤く染まっていたんだ。
え? ハンナどうしたんだ?
「ハンナ?」
「ゼフィルス君!? えっと、ううんなんでもないの! 別にほっぺなんて!」
「ほっぺ?」
「な、なんでもないんだよ!」
ハンナが俺のほっぺをどうする気だったのかとても気になるところだ。
「ゼフィルス君も、早く顔洗ってきてねー!」
しかし、風のようにびゅーんと去って行くハンナにそれ以上聞くことはできなかったんだ。
俺も顔を洗って戻ると、ハンナが朝の仕度をして待ってくれていた。
その表情はもう赤くない。むむむ、スクショを煌めかせればよかった予感。
さっきの表情、とてもシャッターチャンスだったのに勿体ないことをした気分だぜ。
「勿体ない……」
「な、なにがかな? なにが勿体ないのかなゼフィルス君?」
おっと俺としたことが、口から思いが漏れていたらしい。
「いや、さっきのハンナの真っ赤な顔が――」
「さっ、早く席に着いてゼフィルス君! 今日はね、初心に返ってコロッケサンドだよ! ゼフィルス君コロッケサンド好きでしょ?」
「大好きだ!」
くっ、上手く誤魔化されてしまった。
しかしコロッケサンドを出されてはこれ以上追及もできない訳で、俺は見事にハンナに操られて席に着いたのだった。
でも、ハンナに操られるのはそんなに悪くないと思っている俺が居る。
ならいっか~。
「はい、ゼフィルス君の分ね」
「おお! ハンナのコロッケサンドだ!」
1年生の頃からハンナのコロッケサンドに俺は夢中だ。
やみつきと言ってもいいかもしれない。
ハンナの〈空間収納鞄〉から取り出されたのは出来たてホヤホヤのコロッケサンド。
トーストでコロッケが挟まれており、手に持つとしっかりと焼かれてきつね色になったトーストの香ばしさが鼻をくすぐる。中に入っているコロッケはハンナ特製で、なんと肉ジャガをリメイクした肉じゃがコロッケだ。甘辛いタレと肉汁がポテトをしっかり味付けしており、ソース無しでも十分美味い一品。
ごくり。
それだけで喉が鳴る。
さらにシャキシャキのキャベツ。
ハンナが手を加えるとなぜこんなにキャベツがシャキシャキするのか?
本当に不思議なこの千切りキャベツが、コロッケと一緒にトーストに挟まれている。そこへ垂らされているのは中濃ソースだ。この香りがたまらなくて思わず腹が鳴りそうになる。
まだしっとりともしていない、本当に出来たばかりのものを〈空間収納鞄〉に入れて持ってきてくれたのだと分かる。
まさに完璧な一品だった。
「ふふ、それじゃあいただこう?」
「待ってたぜ! いただきます!」
「はい。召し上がれ」
ハンナは自分用にトーストとヨーグルトとサラダのメニュー。
つまり、このコロッケサンドは俺が大好物だから作ってきてくれたのだということ。
俺は内心歓喜しながらハンナにありがとうを告げてコロッケサンドに齧り付いた。
「~~~~!」
思わず深く深く溜めるように味を噛みしめる。
まずはサクッとトーストの音が聞こえたかと思えば、舌に直撃した味はコロッケのもの。トーストたちの上からマッシュされたことで、口の中に飛び込んで来る一番乗り。
さらにシャキっとキャベツの食感がアクセントを付け加え、鼻孔にソースと香ばしい揚げられたパン粉の香りが突き抜けた。
一口、たった一口囓っただけで、この情報量。
そこからさらにモグモグしながらトースト、コロッケ、キャベツ、ソースを口の中で味わっていく。
サクッサクッ、シャキッ、シャキッ。
口の中を意識すれば、この音のハーモニーを奏でながら舌に猛烈な味のインパクトを伝えてくれていた。
芋の味が凄い。一度肉じゃがで味をキメられていたこのポテト。
一口で2種類の料理を口にしているかのような贅沢な味わいが口の中に広がっていく。甘くしょっぱく、肉の風味すら感じるこの肉じゃが味のポテト。
肉じゃがをしたあとにしか味わえないこの独特の味。そこにさらに衣とソースまで合わされば――もう最高。
「美味い」
「ふふ、良かったよ~」
ただ、その一言だ。
俺の心は感動に涙を流しまくっている。朝から素晴らしいものが食べられた。
やっぱり俺、ハンナから離れられないんじゃない? このコロッケサンドがたまの朝に食べられる。それだけでハンナの言うことにイエスマンする自信があるよ。
「ハンナ、おかわり!」
「はい。これが最後だよ~。食べ過ぎないようにね?」
「ありがとうハンナ!」
1枚のトーストに挟まれたコロッケ。結構なボリュームだが、俺は止まらず2個目を食す。3個目はハンナから食べ過ぎちゃダメだよ? と抑えられているのでこれがラストだ。
1個目よりも味わって食べる。あ、もうない!
「…………ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様。また作ってあげるからそんな顔しないでゼフィルス君」
「ハンナ……!」
やっぱりハンナは女神だ。
俺、ハンナにだったら寝ている間になにされてもいいかもしれない。
ほっぺだって喜んで差し出そう。
そんな朝の日常を楽しみ、英気と1日のやる気を注入した。
「よーし、今日も1日やるぞー! 今日は20層まで攻略だ!」
「無理しないでよゼフィルス君~」
「もちろんだハンナ。俺に任せておけ、この夏休み中には〈万界ダン〉を攻略して凱旋してやるからな! その装備も、もうほとんど整っている!」
「ゼフィルス君が言ったら本当に有言実行しちゃうもんね。あ、そうだ! ねえゼフィルス君」
「お? どうしたんだ?」
「あの、さっきさ。何かして欲しいことない? って聞いたよね?」
「おう! そうだった。ハンナにはいつもたくさんお世話になってるからな。俺に出来ることならなんだってするぜ?」
「な、なんだって……?」
「ん?」
俺がそうキリッとキメ顔を作って告げると、ハンナの頬がうっすら赤くなった気がした。
しかしハンナは顔を左右にブンブン振ってから深呼吸する。
「おほん。えっとね、夏祭りなんだけど」
「おう。また一緒に遊ぶか?」
「う、うん! できれば2人きりが良いなぁ」
「了解だ! それくらいならお安い御用だ!」
どうしよう、どんなお願いされるのかと思ったら、ご褒美だった!
「それじゃ約束ねゼフィルス君。夏祭り、時間をたっぷりとってほしいな」
「了解だ。できる限りハンナとの時間を作るよ」
……去年は確か、1時間とか1時間半交代でギルドメンバーたちと夏祭りを回ったんだっけ? 今年はさらにメンバーが増えているから……。
ハンナのためだ! なんとかしよう!
そう、俺は決意した。




