#1881 ゼフィルスとハンナが無防備にお茶した結果。
「もうすぐ夏休みだな」
「もう夏休みのこと考えてるの? まだ1ヶ月以上あるよ?」
「そうなんだが、俺たちももう最上級生だからな。スケジュールをしっかり練って効率よく1日1日を使っていきたいんだ」
「あ、それミーア先輩も似たようなこと言ってたなぁ。1日1日を大切にしていないと、卒業まであっという間だって」
「そうそう。その通りだ」
現在ハンナと喫茶店でお茶中。
普段は俺の部屋や、ギルドハウスでセレスタンからお茶をもらうので滅多に喫茶店には来ないのだが、みんなのスケジュールが合わない時間がぽっかり空く場合もある。そういうときにたまにこうしてお茶したりするのだ。
今日は朝からハンナとお茶である。たまにはこういうのもいい。
「はぁ、お茶美味しいねゼフィルス君」
「ああ、和むなぁ。ハンナと一緒だから特に和む気がするぜ」
「もうゼフィルス君は言葉が上手なんだから~」
ハンナと2人きりのお茶がプライスレス。
1日1日を大切にする。ハンナとのお茶は間違い無く超大切だな。
これが貴重な時間の有効な使い方だよ。
「それで、なんの話をしていたんだっけ?」
「夏休みまであと1ヶ月半だってところだな。期末テストで2週間近くダンジョンに潜れない期間もあるから、実質1ヶ月くらい。これをどう活用するか、というところだ」
1ヶ月。
多いようで短い日数だ。
俺たちも最上級生となり、卒業が見えてきたし、どうやってこの日数を有効に使うか、しっかり考えていかなければならない。
実はリアルでは、オート探索が無く、みんな個別に動いて大量の素材やレシピを入手してきてくれるため、ゲーム時代よりも凄まじく先行していた。
ならばそこまで切羽詰まってないんだし、むしろこの世界を堪能することに時間を使えば良いじゃないか、と思うかもしれないが、実はそこまで余裕は無かったりする。
その理由が、3年生になる直前にできた第二下部組織、〈エースシャングリラ〉だ。
第二下部組織はゲームには無かった完全オリジナル要素。
その育成に掛かる時間も、当然ゲーム時代には無いものだった。
〈エースシャングリラ〉の育成に結構時間を取られている。4月なんてほとんど〈エースシャングリラ〉の育成に使ってしまったほどだしな。
〈エースシャングリラ〉の育成に時間を使えば使うほど、余裕は無くなっていく。
故に、新しくスケジュールを作り、効率的にこなしていかないとどっちも中途半端で卒業を迎えてしまうだろう。
綿密なスケジュール作りが必要だ。
「またゼフィルス君が難しい顔をしてる。ほらゼフィルス君、笑顔笑顔だよ~?」
「……ハンナと手を繋げば、笑顔になるかもしれない」
ふとハンナの手を見て、冗談半分でそんなことを言ってみる。
「ふえ! え、えっと。それくらいなら、するよ? どんとこいだよ? どうぞ」
「ありがとうハンナ!」
何事も言ってみるものだ!
恐る恐ると右手を差し出してくるハンナが健気すぎて萌える。
俺はそんなハンナの手を優しく触れたのだ。
「は、はわわ……!」
「は~。元気が出てきた気がする~」
「なんだか温泉浸かったときのみんなの反応に似てる気がするんだよ!?」
ハンナ、それは的確な表現かもしれない。
俺にとってハンナの体温は温泉なのかもしれない。手を触れていると心の底からリラックスできて、癒され、そして活力が漲ってくるんだ。
「癒される~」
「も、もう~。しょうがないなぁゼフィルス君は。しばらくこのままでいてあげるね」
そう、まんざらでもなさそうな表情ではにかむハンナがまさに女神。
小難しいスケジュールとか、後で考えれば良いな! 今はこの幸せを全力で甘受するんだ!
◇
そんな幸せなゼフィルスとハンナの様子を、とあるところから見る影があった。
「あそこですわ」
「本当に、ゼフィルスとハンナが2人で喫茶店にいるわ……」
「ゼ、ゼフィルスさんは滅多にこういう場所を利用しませんのに……しかもハンナさんと」
「リーナよくやったわ! 集合時間までのちょっとした隙間にまさかこんなことをしていたなんて、これはハンナを問いただす必要があるわよ」
そこに居たのは今や学園の頂点、SSランクギルド〈エデン〉のギルドマスターゼフィルスの右腕と称される、リーナ。
彼女に呼ばれてやってきたのは、タンク最強、サブマスターのシエラ。
竜騎士の頂点、【竜騎姫】のアイギス。
そして我らが王女様のラナだった。
4人の視線の先には仲良く喋っているゼフィルスとハンナが映っている。
リーナが2人を見かけたのは偶然だった。道を普通に歩いていたら、テラス席に堂々と座る、この学園都市で一番の有名人たちが無警戒でお茶していたのである。
リーナはスッと別のお店に入り、3人を呼び出して今に到るのだ。
「やはりゼフィルスはハンナが……」
「いえ、まだわかりませんわ。なにか〈生徒会〉関係のことでも話しているのかもしれませんし」
「あ! ゼフィルスさんとハンナさんが手を繋ぎました!」
「んな!? なによあのゼフィルスの顔、デレッとしているわ!」
どうやらゼフィルスは、難問を後回しにしただけでは無く、更なる難題まで作り出してしまったみたいだ。
◇
その日の夜。ギルドハウスにて。
「ハンナ、ちょっと今いいかしら?」
「あ、シエラさん! ちょうどシエラさんのところに行こうとしていたところだったんです。新作のワッフルを作ってみたんですけど、感想を聞きたくって」
「…………本当に、ハンナはいい子過ぎるわ」
「ふえ?」
シエラが今朝のことを聞き出そうとハンナに声を掛けたら、危うく浄化されかけた。
場所を移し、シエラの部屋でワッフルタイム。
「これはダメだわ」
「ふえ!? ダ、ダメですか!?」
「あ、いえ、違うのよハンナ。ワッフルはすごく美味しいの、でも、だからこそハンナには問い詰められないというのかしら」
「??」
「私も、ダンジョンで活躍したりゼフィルスを支えるだけじゃ足りない……もっと別の方向で積極的にいくべきなの?」
ワッフルは、幸せの味がした。なんかすっごい幸せになった。
こんなの食べたら、ゼフィルスだってそりゃ幸せになっちゃうよ。
サクッと一口食べただけでそれを察したシエラが、心の中で戦慄していた。
◇
「ハンナさん、今よろしいでしょうか?」
「もちろんですよリーナさん。物資ですか? いっぱい作っておきました!」
ゼフィルスとハンナの喫茶店デートを目撃した翌日。
リーナがハンナを呼び止めていた。するとそこへ、偶然にもセレスタンが通りかかる。
「ああ丁度良かったです。ハンナ様、ヘカテリーナ様、すみませんが少しお時間をいただけないでしょうか? 〈エデン店〉の売上を見ていただきたいのですが――」
「構いませんわ。…………? え? こんな金額、なんですの?」
「はい。どうやら学生を通して買い占めようとした企業が複数あったようで。とはいえ、ハンナ様の生産力の前に買い占めは不可能。全額出しても売り切れにはなりませんでした」
セレスタンが見せてくれた帳簿にリーナの目が点になる。
その金額は、リーナですらも見たことも無い桁だったのだ。
そんな金額を稼げる品をたった1ヶ月で大量に作ってしまうハンナに、改めて戦慄を隠せないリーナ。
なお、金額を見せられたハンナは、すでに理解の範疇を突破しているので「へぇ~多いんですねぇ~」で済んでいる。
数十万、数百万なら実感できても、億を突破し、11桁や12桁が舞う金額を見せられてもハンナは実感できないのだ。全部一律で「多いね」で済んでしまう。
その後、ハンナに用があって声を掛けたはずのリーナは「さすがにこの金額が1箇所に集まりすぎているのはいただけません、対策を講じましょう」と言うセレスタンに連れて行かれてしまったのだった。
◇
「あの、ハンナさん。今よろしいでしょうか?」
「クワァ!」
「アイギスさん! ゼニスちゃん! もちろんです!」
アイギスももちろんハンナに突撃してみた。
「あの、ゼフィルスさんと進展とか、していたり、しますか?」
「ふえ?」
シエラとリーナが言えなかったことを聞けたアイギス偉い。
完全に及び腰というか、震え声だった気がするが、アイギスはやってのけた。
なお、ハンナは言われた意味を咀嚼できずにつっかえているが。
「実は昨日、その、喫茶店で2人でいるところを見かけてしまいまして。デートだったのかな、と」
「デート? ……デート!?」
ボンっと赤くなるハンナ。
なんかいつも通り過ぎる展開だったので全くそんな意識が無かった模様だ。
今更になってあれは立派なデートだったと自覚するハンナ。
ハンナからすれば、あれは普段朝からゼフィルスを起こしにいく延長みたいなものだったのだ。
「は、はわわ!? 確かに、あれはデートだったかも!」
「今気が付かれたのですか!?」
「クワァ!?」
これにはアイギスもびっくりだ。
つまり、ハンナは意識しないくらい自然とゼフィルスと2人きりになれるということで、それは距離が一番近いことを示していた。
しかも今デートを自覚させてしまった。失敗である。
「あ、あ、今のは忘れていただければ」
「いえいえいえ、忘れられるはずありませんとも!」
ハンナ、ようやく気を引き締める。
アイギスの勇気を振り絞った聞き込みは、更なる大きなライバルを育ててしまったのかもしれない。
◇
「ハンナ! 昨日ゼフィルスとはデートだったの!? 白状なさい!」
「はい! 私、昨日はゼフィルス君とデートしました!」
「あひゅん!?」
「ラ、ラナ様ー!?」
続いて突撃したのはラナ。
しかし、アイギスによってデートを自覚させられたハンナは鬼強かった。
一瞬でラナが打ちのめされて従者兼護衛のエステルに「お気を確かに~!?」と介抱される。
「く、油断したわ。私とはいっつもあんなに楽しそうなのに、ハンナを選ぶ気なのかしら……!」
なんとか立ち上がるラナ。
ゼフィルスの普段の行動を鑑みるに、ラナと気が合うのは明らかだ。
なのに自分を誘うどころかハンナを誘うとは、改めて危機感を抱くラナ。
「今日のところは引くわ! でもハンナ、最後にゼフィルスをもらうのは私よ!」
「ま、負けません! 私がゼフィルス君を幸せにしてあげます!」
今までとろ火だった情勢が、徐々に徐々に燃焼をし始めていた。




