#1837 サターンたち視点。軽ーく捻ってやろう。
〈決闘戦〉、〈エースシャングリラ〉対〈天下一パイレーツ〉戦の試合前。
こちらは〈天下一パイレーツ〉側。
サターンたちは、笑いが堪えられないとばかりにほくそ笑んでいた。
「ふははははははは!」
そしてついに暴発。
「ふふふふふふふふ!」
ついでに誘爆。
「「はははははははははは!!」」
〈天下一パイレーツ〉は笑っていた。〈エースシャングリラ〉戦の前なのに。
「我ら調べではやはり〈エースシャングリラ〉のLVは30にも満たないとのことだぞ!」
「ふふ、僕たちとの戦力差は明らかです」
「正面からひねり潰してゼフィルスにぎゃふんと言わせてやるぜ!」
「俺様を忘れてもらっては困るぞ! その時は俺様が先陣を切るぜ!」
もう勝ったと思い込んでいるサターンたち。
いや、〈天下一パイレーツ〉全体でそう思われていた。
それだけ六段階目ツリーのスキル・魔法というのは強い。レイドボスを相手にするためのスキルなのだからそりゃ強い。
ゼフィルスもこれを当てられたらさすがの〈エースシャングリラ〉も厳しいと言っていたほどだ。まあ、なら当たらなければいいのだが。
「ジーロンよ、モニカが戻って来たあとの好待遇は決まったのか?」
「ふふ、僕が用意したのですよ? 抜かりありません」
すでに勝ったあとの相談までしている。
足下!! 足下見てサターン! そこ掬われる寸前だよ!!
強者(?)故の驕りか? サターンたちが驕ってしまったらもう大変だ。美味しくあがる未来しか見えない。
そんなサターンたちを一目見ようと観客席は満員だ。
それを、何を勘違いしたのかサターンたちは自分たちの勇姿を見るために集まって来ていると思い込んでいる始末である。
「では、これより〈エースシャングリラ〉対〈天下一パイレーツ〉の試合を行なうよ!」
「おっと我らの出番が来たようだ」
「ふふ、ついにゼフィルスに目にものを見せる時が来たのですね」
「あのゼフィルスが育てたという下部組織、俺の斧で全て刈り取ってやるよ!」
「俺様が先陣を切る! 一生忘れられない記憶を植え付けてやろう!」
気合い十分。驕り120%でサターンたちが行く。さすが、フラグ建設はお手の物だ。
そして試合開始から40秒くらいで、もう笑っていた気持ちが引っ込むことになった。
「な! 我らよりも速いだと!?」
「お、おいジーロン! 急げ!」
「俺様を忘れないでーー!!」
〈天下一パイレーツ〉からはジーロン、そしてもう1人LV28の【サーチ・アンド・デストロイ】男子がツーマンセルで〈スタダロード戦法〉を展開していた。
このレベル差だ。さらには『移動速度上昇LV10』の装備まで身に着けていて準備は万全。
北側からでも十分勝負ができる。それどころか〈エースシャングリラ〉の行く手を阻めるかもしれない。そう思っていたのに。
蓋を開けてみれば、なんか向こうの方が速かった。
ジーロンたちは速度で負け、本気AGI装備に身を包んだフェンラとクラが、逆に〈天下一パイレーツ〉の進行方向を保護期間で塞いでしまったのだ。
「「「ギャー!?」」」
思わず悲鳴が上がった。それやっちゃダメだって!
北側から20人全員を送り込んでいた〈天下一パイレーツ〉、進行方向を通行止めにしたら、全員足止めされてしまうじゃん!
『今です! フェンラさん組はそのまま東へ! 他は〈中央巨城〉へ!』
そこへ〈エースシャングリラ〉から響く女子の声。これはユナの声だった。
広大な戦場にもかかわらず全体に聞こえるような明確な音量の指示だし。
実際ユナは【後陣の姫大名】で後衛なためそこまでAGIが高くない。つまりこの付近には居ないにもかかわらず、その声はサターンたちにもはっきり聞こえるほど、近くから聞こえた。
これはシオンの【思伝生誕の海姫】のスキルだ。
思伝とは思いを伝えると書く。つまり声を遠くまで届けるスキルを持っているのだ。これが指揮官と非常に相性が良い。
ユナはシオンと共に行動することで、その声を思伝で遠くのメンバーに届かせているのである。ただまだ距離感的に練習不足なのでサターンにも少し聞こえてしまったらしい。
ここでサターンたちは、遠距離から指示だしする指揮官が存在することを知る。
「ふふ! サターン、どうします? これでは巨城が!」
さすがに進行方向を塞がれ、〈エースシャングリラ〉20人全員が巨城攻略に向かったのを見れば慌てるなと言う方が不可能。
ジーロンはすぐにサターンの下に踵を返して指示を仰いできた。この辺が〈エースシャングリラ〉との差である。
だがここで、サターンに天啓とも言える閃きが過ぎった。
「なにをしている! まだ1つここから狙える城があるだろう! 本拠地だ! 白本拠地を取ってリセットするんだ! 20人が出張っている今ならガラ空きだろう!」
「「そうか!!」」
本拠地を落とされれば一度全員が本拠地に戻って仕切り直し。サターンの閃きはまさにこの状況を打破する1手になりうる――はずだった。
〈エースシャングリラ〉が4城も取らなければ。
「残っているのは〈中央西巨城〉と〈南巨城〉だけだと……!?」
「ふふ……、赤本拠地から最も遠い巨城の2つですね。逆に〈中央西巨城〉は〈エースシャングリラ〉から近い」
「せっかく点数でほぼ同点になってるんだ! まだ負けたわけじゃねぇ!」
「俺様を忘れてもらっては困るぞ!」
白本拠地を落として仕切り直し。4城を奪い、赤チームのものにして8000点を獲得したが、サターンたちの顔は暗かった。
残り2城、しかもそこがかなり遠くだったのだ。〈天下一パイレーツ〉のメンバーに「まさか?」の文字が過ぎる。
もう余裕なんて欠片も無い。全力でいく。
「ジーロン、あれを飲むぞ!」
「ふ、仕方ありませんね」
もしものために購入しておいたAGIとINTの値を入れ替える〈スピリタンI〉やAGIとSTRの値を入れ替える〈スピリタンS〉を飲み、一時的に火力よりも移動速度を取る。
このステータス変換アイテムは非常に素晴らしい効果なのだが、時間経過でしか効果が切れず、上書きや任意で効果を切ることができないため、攻撃したいときに能力値を都合良く変換することができないのが大きなネック。
故に、緊急時の使用のみとしていたアイテムだった。だが、相手の方が速いと知った今、これを切らざるを得ない。
仕切り直しが終わった瞬間サターンとジーロンがぐいっと飲んでダッシュ。
だが、それでも〈エースシャングリラ〉とほぼ同速。
狙いの〈南巨城〉には同着だった。
「ありったけの火力をぶつけるのだ!」
火力では〈天下一パイレーツ〉が有利。だが、ここでAGIとINTを入れ替えてしまったサターンや、AGIとSTRを入れ替えたジーロンが足を引っ張ることになる。
せっかくの六段階目ツリーも、ステータスが弱々では意味がない。
結局〈南巨城〉も――〈エースシャングリラ〉に奪われてしまったのだった。
「「ノォォォォォォォ!?」」
「ま、まだだ! 〈中央西巨城〉へ向かえ! 全力疾走だ!」
だが最後の〈中央西巨城〉も保護期間で防がれてしまい、間に合わず。
初動では、〈エースシャングリラ〉が6城確保という大記録を打ち立ててしまったのだった。
もちろん〈天下一パイレーツ〉はここで引くわけが無い。
「ふふ! こうなったら、〈エースシャングリラ〉を1人残らず退場させるのです!」
「人が居なくなればあとは小城も本拠地も取り放題だ! 俺たちの力を十全に活かすんだ!」
「俺様を忘れてもらっては困るぞ!」
6城取られたらほぼ敗北が決定する。
だが、それは小城で逆転すればいいだけのこと、ならば相手が小城を取れないくらい対人戦で退場させまくれば、あとは悠々と小城Pで逆転し、本拠地を落とせば逆転勝ちできる。
すぐにその可能性を通知し、みんなで〈エースシャングリラ〉を追いかけた。
「って速い!?」
「鬼さんこちら~」
「クラ、そこまで煽らないでください。囮役、結構怖いのですからね?」
「ぐぬぬぬぬぬーー!! 待てーーーーー!!」
都合良く目の前に現れたのはクラとフェンラ。なぜか接近するギリギリまで〈天下一パイレーツ〉に気が付かなかったようで、今は鬼ごっこの真っ最中だった。しかし。
「ふふ!? 待ってくださいサターン、後方で爆発が!」
「なんだと!?」
「おい! 2年生が強襲を受けて何人か退場したぞ!」
「俺様を出し抜いただと!?」
『今です! クラさん!』
「この声は!?」
「フェンラ、あとお願いね! 『アバドン』!」
「な! このスキルはロデンの!? だが、『アルティメットフレイムソウルピラー』!」
「『雷速前進』! クラ、退きますよ!」
「あいよー!」
「ぐっ、逃がしただと!?」
「ふふ、なんですかあのスピードは……!」
「おいサターン、ジーロン! 後方がやべぇぞ! 戻れ! もうヘルクが先行してる!」
「くっ! 後方を任せていたポリスはどうした!」
「ポリスは〈敗者のお部屋〉に直行したぞ!」
「なんだと!?」
〈天プラ〉を相手にするメンバーは、最初から決めていた。
もちろんAGIの高い、速いメンバーのみである。
移動速度に難のあるメンバーはなるべく遠くで小城確保に取り組んでいた。
そしてフェンラとクラがこれ見よがしに隙を作ってサターンたちを誘い。
フィッシュしたところで下級職の2年生を狙った別働隊がちゅどーん。
ここでヒーラーのポリスを含めた6人が退場した。ヒーラーを潰すのは基本だ。
これは予想外だった〈天下一パイレーツ〉。
〈エースシャングリラ〉の数を減らそうとしたら、逆に〈天下一パイレーツ〉のメンバーが減らされてしまったのだ。
強いのは一部であり、下級職の2年生なんて全員が上級職の〈エースシャングリラ〉なら負けない。
数を減らせば勝ちという条件は、〈エースシャングリラ〉も同じだった。
こんな作戦ができるのもシオンとユナの指揮あってこそだ。
「ならば白本拠地だ! あそこならば防衛しているメンバーを確実に減らすことができる!」
今日のサターンは冴えている。
色々と作戦がキュピーンと浮かぶのだ。
もしかしたら、今までで一番輝いている瞬間かもしれない。見る人が見れば、本当に本物のサターンであるか疑ったに違いないほどだ。
しかし、それをゼフィルスが想定していないはずも無く。
「な、なんだあの壁は!?」
「ふふ?? 〈バリケード〉? いえ、〈城取り〉ではあれほど大きな物は持ち込めないはず。あれはなんですか?」
サターンたちは確実にメンバーを屠れるであろう白の本拠地に攻め込んだが、そこには先程までは無かった陣が敷いてあったのだ。
これが【後陣の姫大名】と【御館姫】のスキルであると知らない〈天下一パイレーツ〉はただただ驚くばかり。
木製のバリケードみたいなものに覆われた陣が本拠地の周り、3マスにまで広がっていたのだ。
「こんな物! 『壊刃』!」
「ぶっこわせー! 『究極フルスイング』!」
「俺様を舐めてもらっては困るぞ! 『要塞シールドバッシュ』!」
こうしてバリケードの一部を破壊して中に入るも瞬間ずしんと身体が重くなる感覚。
「これは、デバフか!?」
『その通り! この陣地に入ったが最後、デバフに侵されてしまうのです』
「ふふ、さっきの声が!」
「何者だ! 姿を見せろ!」
「俺様を忘れてもらっては困るぞ!」
そう言って待ち構えるも反応無し。
「だんまりか。ならば引きずり出してやろう! 突撃だーー!」
「『陣地形成・保護期間』!」
「「「「ぐああ!?」」」」
瞬間、〈天下一パイレーツ〉たちは弾かれる。そこには、バリケード内のマスが白の保護期間になっている光景が映っていた。
【後陣の姫大名】は、陣地を形成したマスを、好きなタイミングで保護期間にできるのである。なにそれ鬼強い。
1マス1マスにスキルで作ったバリケードで陣地を作らなければいけないのでクールタイムとの関係上あまり効率は良くないが、嵌まればとんでもない時間稼ぎが可能。それが【後陣の姫大名】の能力の1つ。
「サターン、残り時間が!」
「ふふ!? マズいです、今から全員で小城を取っても間に合うかどうか」
「ええいここは我らだけでいい! 他の者は小城取りに行かせるのだ!」
残り時間を見てビビる〈天下一パイレーツ〉。
〈エースシャングリラ〉がしたのは時間稼ぎだけじゃない。
同時に小城マス取りもしていたのだ。
残り時間と小城Pを照らし合わせると、いつの間にか今から全力で小城Pを取りに行っても逆転できるか否かという点差が開いていたのだ。
「あ、白本拠地に居たメンバーが逃げました!」
「本拠地を守らないだと!? お、追え! 追えーー!」
「ふふ!? また前方に保護期間が!」
「あ、ああああああああああああ!?」
そこからも結局逃げ切り勝ちに焦点を置いた〈エースシャングリラ〉へは〈天下一パイレーツ〉も追いつけず。タイムアップしてしまう。
辺りには、〈天下一パイレーツ〉の良い叫び声が響いたとか。
こうして〈エースシャングリラ〉と〈天下一パイレーツ〉の〈決闘戦〉は、
〈エースシャングリラ〉が勝利した。




