#1812 喜ばしい!学園の未来は来年度も明るそうだ!
「ゼフィルス君、起きてる~?」
「寝てる~」
「そっか~」
「…………ってそこはツッコむところだぞハンナ!?」
「ふえ?」
いつもの朝の俺の部屋。
現在春休みの長期休暇中。
朝からだらだら寝ていても全く問題無い学生にのみ許された怠惰な時。
だが、そんな時でも我らが〈エデン〉の生産職、ハンナは俺を起こしに7時には部屋に来てくれていたのだ。
学園がある日は大体6時30分頃に来るので、ちょっとおやすみの日モードではあるかな。
そんなハンナの甘やかしは留まるところを知らず、俺が寝たいと言えば、たとえ起こしに来たはずでも「もうちょっと寝る?」と聞いてきてくれるのだ。
そのまま「寝る~」と甘えたらずるずるお昼まで夢の中で幸せになれることだろう。今だってこの通りだ。気を抜いたらダメになってしまう!
「あ、ゼフィルス君、起きたんだ」
「もちろんだ。俺はハンナの朝食を逃しはしないぜ」
「もう~、ゼフィルス君ったら、今準備するね。その間に顔洗ってきてね」
「頼む~」
なんだろう、この幼馴染みを超えたやり取り。
こんなのが繰り返されてもうすぐ2年になろうとしているのに、全くやめたいと思わない。むしろ一生続いてほしいまである。
だが、俺は気付いている。ハンナがちょっと元気が無いことを。
「どうぞゼフィルス君。今日は和風だよ~」
「ハンナの和風朝ご飯、俺は大好きだ!」
俺が和風朝食が好きと知っているハンナは俺の胃を離さないとばかりにガッチリ掴む。もう逃げられない。逃げる気もおきない。だって俺好みの味付け、完璧にマスターされてるんだもん。
そんな幸せな朝食を終えて、俺は今まで思っていたことを聞いてみた。
「ハンナ、大丈夫か?」
「ふえ? なに、ゼフィルス君?」
「やっぱり少し元気が無いように見えてさ。俺でよかったら話くらいは聞くぞ?」
「うん。ありがとうゼフィルス君。やっぱりこの時期は寂しいなぁってちょっと気持ちが沈んじゃったみたい」
「卒業シーズンだからな。日に日に学園都市を去る人が居るし、逆に入学のためにやってくる1年生たちも増えてきたからな」
思い出すのは分校に戻るクイナダを見送った日。あの日からもう2週間が過ぎていた。
今日は3月24日火曜日だ。後10日ほどで新学期が始まる。
そのために今の学園はもうてんやわんや状態。
寮から出て学園都市から出ていく卒業生たちが居ると同時に、新しい1年生たちが日々入寮していく。
ハンナなんか最上級生にとても可愛がられていたらしく、ハンナの住む福女子寮では毎日のように涙ながらにハンナにバイバイして去って行く先輩が居るのだという。
俺の住む貴族舎だと去って行く先輩は多くはないからなぁ。
新卒で学園で働く人が多く学園都市内に居るのでいつでも会えるという状況なため、さほどお別れという感じがしないのだ。
俺にはハンナの話を聞いて気持ちを楽にさせてやることしかできない。
「でも、そろそろ切り替えないとだよね。新1年生も増えてきたし、私だって最上級生になるんだもん、落ち込んでばかりもいられないし!」
「おお、あのハンナが、2年前はあんなに怯えまくっていたのに、逞しくなってしまって」
「もう、ゼフィルス君からかわないでよ~」
「だが、元気出ただろ?」
「うん。話聞いてくれて、ありがとねゼフィルス君」
ハンナは自らの手で立ち上がる。
本当に逞しくなってしまって。今では〈生徒会〉の生産隊長様だからな。やることも多いことだろう。
「ゼフィルス君こそ、最近忙しそうだったけど大丈夫なの?」
そう、実は俺もこの2週間、凄まじく忙しく過ごしていた。
なにせ〈SSランクギルドカップ〉優勝に加え、最上級ダンジョンの1つを攻略だ。
学園長からなんか呼び出されて、根掘り葉掘り聞かれたよ。
大量の研究員を交えてな。
まあ、今回の攻略はクイナダへの思い出プレゼントという側面が強くて急ぎ攻略したからな。今後はもう少し緩やかに攻略していくつもりだ。やることいっぱいあるし。
実は最上級ダンジョンのランク2、〈猫界ダン〉にはあの時以来入れていない。まあ、これは仕方ないだろう。
「そうだゼフィルス君、聞いたよ。正式にSSランクギルドに昇格したんでしょ?」
「耳が早いなぁ。まあな。とはいえ実情は今までと大きく変わらないぞ。新しいギルドハウスに引っ越す、という話ももらったが、同じ〈S等地〉内だから辞退したしな」
「う~ん、私も今のギルドハウスの方がいいなぁ。というか、あれよりも大きくなるって迷っちゃいそうだし」
〈SSランクギルドカップ〉優勝。SSランクギルド昇格。
あれから3週間以上が経つが、今のところ〈エデン〉の生活は変わっていない。
〈S等地〉には新しくSランクのギルドハウスが1件建ったし、〈エデン〉のギルドハウスはSSランクギルドハウスと宣言されたが、他のSランクギルドハウスと変わりはほとんど無い。人数の上限も増えなかったので、今までと同じ50人だ。
ならなにが変化したのかというと、驚けたまげろ。
なんと、もう1つ下部組織を持っても良い特典が与えられたのだ!!
凄い! 普通1つしか持てない下部組織がもう1つ持てるなんて、凄い!
しかもである、なんともう1つの下部組織は、本来下部組織の上限であるDランクギルドまでにしか昇格出来ない、という規則を取っ払い、Sランクギルドまで昇格できる特典まであるのである!!
これにはテンション上がったよ! 新しい仲間が、追加で50人!? 最強を求めるわけではない、夢のあんなギルドやこんなギルドも作れちゃう!?
マジでとんでもないことだぜ。
これはおそらく、学園が〈エデン〉に多くの人材を育ててほしいからとつけ加えた、特別な措置だと思われる。
この入学生が大量に来る時期にそんな権利もらっちゃってさ、もう作るしかないじゃん! そういう結論に至るのも自然なことだ。今はリーナたち〈エデン〉の頭脳陣と協議中なのだ! もう、忙しくて参っちゃうぜ。(ニコニコ)
こんな感じで、〈SSランクギルドカップ〉を征してからもまだまだ忙しさから抜けていない状況だ。
「あと、〈エデン〉の方もそうだな。できればあと2人、メンバーを加えたいところだ」
「新しい子だね。〈エンテレ〉も量産できているからすぐにでもみんなに追いつくと思うよ」
〈エンテレ〉とは、2週間前に最上級ダンジョン攻略でゲットしたアイテム、〈ダンジョンワールド・エンド・テレポート〉の通称名である。
その効果は、1人だけ行ったこともない最奥の救済場所へ一緒に転移させることができるという優れもの。
俺たちはこれを実験として、モニカに協力してもらい、いくつかのダンジョンですでに使用している。
結果、上級上位ダンジョンでは〈巣多ダン〉しか潜ったことのないモニカが、今ではランク1の〈幻迷ダン〉、ランク2の〈空島ダン〉、ランク4の〈巣多ダン〉、ランク8の〈教会ダン〉、ランク9の〈竜ダン〉を〈エデン〉メンバーと一緒に攻略し、〈エデン〉メンバーに続いて最上級ダンジョン入ダンの資格を得てしまった。
モニカには感謝だよ。本人は乾いた笑いを浮かべていたけどさ。
これで〈エンテレ〉を使えば、ちょっぱやで〈エデン〉の居る最上級ダンジョンに追いつけるというのが分かった。量産してくれたハンナには感謝しかない。
故に、ここで新キャラをメンバーに加えたいのだ。
1人はもう候補が決まっているので、残り1人だな。
今、新入生の中に良い人がいないか、目を光らせているところだ。
「あと〈エンテレ〉も発表したいんだが、そう学園長に伝えたらなんかコレットさんたちに連れて行かれちゃったんだよな。〈エデン〉だけじゃ使いきれないし、他のギルドも〈エンテレ〉をたくさん使ってほしいところなんだが」
「う、うーん。学園長先生大丈夫かなぁ、こんなの突然見せられて目を回してなければいいけど……」
〈エンテレ〉はまさに革命を起こすアイテムだ。
これを使えば、道中の広大なダンジョンで迷いに迷い、もしくは環境を突破できずに燻っていた学生も最奥へひとっ飛び。そこで〈ダンジョン商委員会〉、〈出張エデン店〉がサポートすれば――ふはは!
学園の未来は、来年度も明るそうだ!




