#196 学園長、運命の日に学生たちを見守る。
5月1日。
人は呼ぶ、運命の日と。
人は呼ぶ、デッドラインと。
この日を一日でも過ぎてしまえば16歳の職業未取得者は強制的に【ビギナー】を取得してしまう。
泣いても笑っても今日が職業選択の最終日。
人はこの日を最終測定日と呼ぶ。
そんな人の人生を左右する日、学園もこの日は大忙しだ。
職員が総出でジョブ測定に当たり、上級生は授業が全て休講となって職員のサポートに駆り出される。
いくつもの特設会場が設けられ、職業未取得の1年生は午後8時までに会場に入場することが義務づけられている。ここで職業測定を行うのだ。
8時という期限は、そうでもしないと日付が変わるギリギリまで職業発現に勤しむ学生が現れるためだ。
過去、同じ事を考えていた学生で測定渋滞になってしまい、結局測定が間に合わず数百人の学生が【ビギナー】になってしまう悲劇が続出した。
それ以降、午後8時までを期限として定め、それを過ぎた身勝手な学生にはペナルティを設けている。
また〈学生手帳〉の通知もバンバン鳴って知らせてくるし、動けない学生や寝込んでいる学生、身体の弱い学生などは職員や上級生がデリバリーで〈竜の像〉を運んできてくれる、万全の態勢を確保されている。
学園全体で「とにかく【ビギナー】だけは一人も出すな」をモットーに職員や上級生たちが走り回る。
とにかく慌ただしい日だ。
そして職員だけではなく、新1年生にとっても大変な日だ。
今までしてきた努力が実るのか否か、そしてこれからの人生が掛かっている。
そのプレッシャーは大学受験の比ではない。文字通り人生が左右される日だ。やり直しは利かない。(実は利きます。ザ・転職…)
新1年生たちはこの一ヶ月、死ぬほど頑張ってきた。
頑張らない学生は低位職、もっと悪ければ〈標準職〉にしか就けない。
逆に言えば頑張れば中位職には就けるので、新1年生たちは本気で頑張るのだ。
朝にはこれからの人生を夢見て多くの新一年生が長蛇の列を作った。
皆、目標の職業に向けて邁進してきた者たちだ。
一様に真剣な表情をしている。
そして、それを見守る一人の老人と一人の初老の男性がいた。
「今年もみな良い目つきだの」
「そうですな! しかも今年は誰に触発されたのか、真面目に取り組むものが多かった! みなさぞ良い目をしている事でしょう!」
「それも、お主らが発表した高位職の発現条件の発見が大きいかの? ミストン」
「フハハハ! もちろんそれも大きいでしょうが、やはり〈エデン〉、それに〈マッチョーズ〉など有望な〈ギルド〉の影響が多いでしょうな。学生を触発させるのはいつの時代も学生ですよ、学園長!」
そう、片やここ、〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉の学園長。
サンタと見間違えるほどの立派な髭を拵えたヴァンダムド学園長だった。
そして片や、〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉研究所の所長。
高位職の発現条件の一部を解明し、多くの学生を高位職へ到らせた実績が評価され今や時の人となりつつある。自称男前のミストン所長だった。
「〈エデン〉、それに【勇者】か。まさか彼がここまで学園に影響を及ぼす存在とは思わなんだ」
「ええ。自分も夢にも思いませんでした。彼が婉曲に伝えてくれた高位職の条件、モンスター討伐、そして下部職業の網羅。職業の系統、ルートの概念などなど、挙げれば切りがありませんが研究所職員一同、彼の知識に触れられた事で何段も真理に近づけたと感じています。これでは研究員の立場がありませんな! ハハハ」
「そう笑い事で済ませられるのも彼の厚意の賜じゃ。彼はいったいどのようにしてそのような知識を身につけたのかの?」
「それがさっぱりでしてな! 調べましたが村では普通の子どもだったとのことでした。特筆するべき所は何も無く、また何かの研究をしていた様子も無いとの事でした。おそらく人より感じ取る力が並外れて強いのだと思っています。もしくは【勇者】の力ですか」
「【勇者】か…」
本当に【勇者】に何か人を導くような力が備わっているのか、分からないが可能性は高いだろうとヴァンダムドは考える。でなければただの村の子が数百年続いた〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉をここまで激変させられるわけが無い。
「他にも聞ける事は無いかの? 【勇者】の知識、是非とも窺い知りたいのじゃが」
「あるだろうと思われます。しかし残念ながら、今はその知識を受け止めるだけのキャパシティが我々にはありません。研究員たちは教えていただいた情報が大きすぎて消化し切れていない状態です。【勇者】の知識は影響力が大きすぎます。受け止めるにはそれなりの基礎知識を持つ多くの人と膨大な時間を要するでしょう」
「それほどか……」
【勇者】がもたらした情報がそれほどまでに大きい事にヴァンダムドは唸った。
今や〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉には各地に散らばるシーヤトナ王国ほぼ全ての研究者や学者たちが押しかけてきている状態だ。
高位職の発現条件、その一角が判明しただけでもこの影響力だ。そしてその集まったシーヤトナ王国全ての研究員たちですら次の情報を受け止めきれるだけのキャパシティを確保出来ないというのだから学園長が唸るのも分かる。
しかもこれが【勇者】と小一時間話しただけで起こった現象というのだから恐ろしい。
もし聞き出したとして、それを解読消化するのにも人と時間が必要だ。
【勇者】が何者なのか、どんな知識を有しているのか興味はあれど、迂闊に聞き出せば大事になる。
ただ人を増やせば解決する問題ではない。基礎知識という名の膨大な職業の知識を持っていて初めて受け止められる特大の情報だ。
ヴァンダムド学園長は一つ息を吐くと、しばらく【勇者】の情報を受け止められるだけの余裕が出来るまでは彼に迂闊に近づくのを控えようと決めた。
それに国王様の目もある。あまり迂闊に近づけばあの方を刺激しかねない。
今は静観が吉だろう。そう結論づけてヴァンダムドは話を変える。
「今年の入学生はどのくらい高位職に就けるかの?」
「なんとも言えませんが2割は確実でしょうな。戦闘職だけで見れば4割近い学生は高位職に至れるかと。生産職やその他の職業は高位職が発現しにくい傾向にありますな。もしくはモンスターを倒すというのは戦闘職限定の条件なのかもしれません。まだまだ研究が足りませんな」
「凄まじいのう、それに。ふふ、良い顔になったのミストン。前の燻っていた頃のお主よりだいぶマシになったわい」
「おっと、これはお恥ずかしい。ですが、彼のおかげで今や私は昔の情熱を取り戻せました。感謝していますよ。これからも鋭意努力をし続けます」
「そうか。頑張れミストン。お主の働きに期待しておるぞ」