#1775 後夜祭に集まる掲示板住人とエリエルのお願い
「もう~、冒険者先輩ったらステータスが上がっても冒険者先輩なんですから~。ギルドバトルを見て見直しちゃいましたよ~」
「そ、そうか? えへへへへ」
「絶対に冒険者が思っている意味と違うぞ」
「混沌!」
そこに居たのは結構な人数の集団、中心には〈氷の城塞〉のベニテ、〈筋肉は最強だ〉のオルク、〈ギルバドヨッシャー〉のシンジやオスカー君なんかが見えるな。
〈エデン〉だけじゃあなく、他のギルドもこうして交流しているのか、仲の良い様子を見られるのはなんとなく嬉しい。
ちょっと声を掛けるタイミングを計ってみよう。
「〈筋肉は最強だ〉か、あの対決は――ちょっと思い出したくないなぁ」
「神官は〈筋肉は最強だ〉の六段階目ツリー、『サタンブラックホール』に引き寄せられて筋肉と押しくら饅頭してたからな」
「あれは目に痛いものだったっす」
「ぐはっ!? 思い出させんな!? 未だに筋肉の感触がこびり付いてんだよ!」
「なんで筋肉は何かを引き寄せられるんだ?」
「タンクの技だから、ですかね~」
「混沌!」
うむ。【サタン】の六段階目ツリー、『サタンブラックホール』。なぜか自らの肉体に相手を引き寄せる強力なドロー系スキルだ。くっついて捕まってしまったが最後、逃れることはできない。
でもあれ、分断工作によく使われてたんだよなぁ、強いから。
見た目は……ちょっとどころじゃなくやばかったが。
〈筋肉は最強だ〉は、アレと〈真・筋肉サンビーム〉を組み合わせ、2人1組で片方が『サタンブラックホール』を発動。もう1人が担いで走るという荒技で相手を引き寄せ、攫っていったんだ。シンジは攫われた1人だったらしい。
その後、前後から挟み込むようにダブルラリアットをむぎゅっと喰らってしまいシンジは退場してしまった。直後オスカー君の「こんとーーーーん!」という叫びが会場中に響いたのは忘れたくても忘れられない、とニュースの名シーン集に載っていたほどだ。
〈ギルバドヨッシャー〉対〈筋肉は最強だ〉の戦いはマジでアイディア勝負。
どっちの頭脳がより高みにいるかの勝負だったと言っても過言では無かったらしい。
あの〈ギルバドヨッシャー〉が筋肉の予想外の発想力に後手に回ることもあり、オスカー君は昏倒、あわやベスト8で敗退か!? と危ぶまれた試合でもあったようだ。
くぅ、なんで第二アリーナでそんな名勝負を! 俺も見たかった!
「まあ、冒険者は俺よりも早く退場してたけどな」
「っすね。〈中毒メシ満腹中〉の試合も見たっすよ。ビーム合戦でなんで間に挟まってたんっすか?」
「ああ、あれは厳しかった……ホネデスさんの身体の隙間を縫ってビームが直撃したんだ」
「マージ骨だしな。そんで冒険者が吹っ飛んだ先が〈真・筋肉サンビーム〉を放っている最中の筋肉たちで、応戦する〈中毒メシ満腹中〉とのビーム合戦の間に見事割り込んで光になったんだ。奇跡かよ」
「震えた」
「混沌!」
ベスト16を決める戦い、〈筋肉は最強だ〉対〈中毒メシ満腹中〉かぁ。あれも見たかったなぁ。片や筋肉ビーム、片や美味い砲ビーム。まさかのビーム対決だったらしいからな。しかも〈筋肉は最強だ〉は、俺が流した〈タンクトップユニフォーム〉を『パージ』してパワーアップし、押し勝ったというのだからヤバい。もはやあの戦法は伝説となって、〈トップタンク筋肉〉だとか呼ばれているようだ。
俺は筋肉にぴったり過ぎるものを与えてしまったのかもしれない。
「それ以前の戦いも、みーんな冒険者先輩は〈敗者のお部屋〉に連れて行かれてて、もう凄かったんですよ~」
「いや紅盾、それ自慢するところ違うぞ!? もっとあるだろ、俺が活躍したシーンとか!」
「…………たは!」
「あ、それは賢兎さんの誤魔化し戦法っす!」
「誤魔化された!? どういうことだ!?」
「これが現実だ冒険者。諦めろ」
「お、俺だってベスト8にまで残って……」
「俺はベスト2な」
「ぐおおおおお!? 神官ーーーー!!!!」
「もう~全試合で早期退場とか、冒険者先輩はこうでなくっちゃ~。そんな冒険者先輩が私は大好きです!」
「こ、告白っすか!?」
「うおおおおおお! 嬉しいのになぜか気持ちが複雑すぎる~~~~!!」
ふむ。どうやら今は取り込み中らしい。
オルクにまさかの春が来たのか!? 心の中で祝福しておこう。
これ以上は野暮になるかもとスッと離れ、さあ次はどこへ行こうかと思っていると、近寄ってくる存在に気が付く。
それは――【偽聖女】のエリエルだった。
「こんばんはゼフィルス様、少し話をいいかしら?」
「もちろんだぜエリエル」
さっき〈天下一パイレーツ〉の代表としてモニカと一緒に来ていたが、今はモニカがいない。エリエル1人きりだ。これは意外。いったいどうしたのだろう?
「実は、お願いがあって来たのです」
「ほう、なんだろう?」
〈天下一パイレーツ〉としてのお願いだろうか? なぜだろう、思い当たることが多い気がする。
「モニカのことなんですよ」
そう改まって言うエリエル。
改めて見ると、本当に聖女らしい言動の方だなぁ。
いや、別にラナが聖女っぽくないという話じゃないぞ? うん。ラナは大聖女だからな!
おっと、話を戻さないと。
「モニカの?」
「はい。どうか私が卒業した後、モニカを〈エデン〉に迎え入れてほしいのです」
「それは願ってもない!」
なんとエリエルからのお願いとは、モニカの移籍についてだった!
その話はシエラが進めていてくれたはずだが、実は今ちょっとトラブルを起こしているらしい。きっとその件で、考えを改めないでほしいという話だろう。
「ありがとうございます! 私が卒業してしまったらギルドの女子があの子だけになってしまって、とても心配しているのです!」
「た、確かに」
エリエルの力強いコメントに頷くしかない。
〈天下一パイレーツ〉って、女子2人しかいないんだよな。
また、モニカには何か目標があったらしいが、それは大体達成したとのことで〈天下一パイレーツ〉に拘る理由はもはやない的なことも聞かされる。
「モニカは言葉使いは、ちょっと修行中ですが、責任感の強い子なのでこのままだと〈天下一パイレーツ〉の面倒をずっと見続けてしまうでしょう。ですが、サターン君たちにモニカを預けるのは勿体ないです」
「勿体ない……」
サターンたちよ。ギルドメンバーで2人しかいない女子からこんなこと言われているぞ? つい彼らの姿を探してしまった。近くにはいないな。
どうやら聞いていなかったようで良かったよ。
「そんな訳で、是非モニカをもらってやってほしいのです! モニカは強いので、絶対に〈エデン〉のお役に立つでしょう。モニカの成長のためにもなるはずです」
微妙にエリエルの口調も乱れ始めている気がするが、きっと気のせいだろう。
つまりエリエルが声を掛けてきたのは、モニカの移籍願いのアピール。
自分の卒業後のモニカを心配しての接触だった様子だ。
「うちのモニカでは不足でしょうか?」
「全然不足じゃありません! 今はトラブって話が止まっているが、必ず〈エデン〉に迎え入れると約束しましょう!」
「ふふ、良かったです」
「はっ!? つい心の本音が漏れてしまったぜ」
「ゼフィルス様は面白い方ですね」
おかしそうにクスクス笑うエリエル。
正直、この方も3年生じゃなければ〈エデン〉に欲しかった。
実は2年生ってことない? ないかぁ。
「でもいいのか? モニカの意思とか」
「問題ありません。あの子だって本音では〈エデン〉に入りたいと思っていますからね。ただ、責任感から〈天下一パイレーツ〉をここまで大きくしておいて、しかもそれを支える自分が抜けてしまった後の〈天下一パイレーツ〉を想像して、抜けるに抜け出せなくなっているだけですから。むしろ攫っていって欲しいくらいです」
そう言ってエリエルは一度言葉を切って、再び続ける。
「今この時期しかないんです。ほとんどのギルドが弱体化する卒業のタイミングしか。それなら〈天下一パイレーツ〉の弱体化も最上級生が卒業した影響だ、ということで心理的にも軽くなります。だからゼフィルス様。お願いします」
そう言って両手を合わせた祈りのポーズでお願いしてくるエリエル。
そんなこと言われて頷かないはずがない!
「俺に任せてくれエリエル!」
「! ありがとうございますゼフィルス様。やっぱり、ゼフィルス様に頼んで良かったです」
俺がグッと拳を握ってそう表明すると、エリエルが花が咲いたように笑顔になった。こんな純粋な人のお願いを、断れるわけないよな! よっしゃモニカゲットだ!
「(ふふふ、計画通りってね。)ではモニカは私の方から言いくるめて――ではなくて、諭しておきますね」
「ん? おう。ありがとう?」
「では卒業式で、また」
「おう。エリエルも気をつけて~?」
なぜだろう? あんな純粋で聖女っぽいエリエルから、何か計算尽くみたいなセリフが聞こえた気がしたんだ。
いや、きっと気のせいだろう。エリエルはピュアなんだ。
俺は手を振ってエリエルを見送った。
そして気が付けば、後夜祭もほとんど終わりの時間だった。
明日は卒業式だな。