#1696 ハンナは俺のことを本当によくわかっている!
「来週からはダンジョン週間、今年度最後のダンジョン週間が始まる!」
「うん。計画を練らないとだね!」
俺の言葉にハンナも同意してフンスする。
ここは朝の俺の部屋。2月9日月曜日だ。
相変わらず朝食を持ってきてくれるハンナに感謝しながら食べ、今日からの予定を話し合う。
今年度最後と言ったように、来月は春休みがあるため3月のダンジョン週間は無いのだ。
このダンジョン週間までに備えておかなければならないことがいくつもある。
「ゼフィルス君からこんなメッセージが来た時はびっくりしたよ」
「悪いなハンナ。だが、ハンナの助けがどうしても必要なんだ!」
「うん、いいよ。ゼフィルス君が必要なら、私も頑張っちゃうよ!」
「ハンナ!」
ジーンとくるハンナの言葉に俺は感動を禁じ得ない。
なんて良い子なんだハンナは。
俺はハンナにあるお願いをしていた。
それが〈エリクサー〉の大量生産。
最近では上級ダンジョンに潜る人たちも増えに増え、〈エリクサー〉の素材の供給もだいぶ増えてきた。
MPの回復はダンジョンでもギルドバトルでも最重要課題なため、〈エデン店〉でも買い取りを優先的に行なっている。
最近になってやり始めたのは、〈エリクサー〉素材を一定量納品してくれた人には〈芳醇な100%リンゴジュース〉と交換もできるよ、というサービスだ。
これが凄まじく効果的だった。
もう大反響。自力で〈芳醇な100%リンゴジュース〉を集められないという人も、これならばできると目の色を変えて収穫しまくったのだ。
もちろん〈芳醇な100%リンゴジュース〉は後で〈エデン〉に返ってくるので一度放出してしまっても問題は無い。というか、別に飲んでもらっても良い。
最近になり、あまりに増えすぎて、これ飲みきれないんじゃない? と思い始めてきた〈芳醇な100%リンゴジュース〉の新たな活用方法だった。
あれ? リンゴジュースってこんな市場を揺るがすような物だったっけ?
なお、ラナには秘密だ。秘密だぞ?
え? バレたら? その時は在庫の山を見せながら説得するしかない!
「でもゼフィルス君、本当に大丈夫なの? SSランク戦で当たるんでしょ?」
「もちろんだ! 〈天下一パイレーツ〉戦では俺も全力を尽くしたが、五段階目ツリーが相手ではちょっと味気なさ過ぎる。ハンナですら勝ててしまうしな」
「え? うん。そうだね。うん……?」
俺の言葉になぜか納得しがたいように頷くハンナ。
だが俺は知っている。あのSランク戦でハンナのゴーレムがそこそこキル数を稼いでいたことを。
Aランクギルドのメンバーが相手でも、ハンナはきっちり勝ってくるのである。
いや、別にハンナを負かせてほしいという意味では無いぞ?
「そして今のままだとSSランク戦が始まっても、六段階目ツリーを開放出来た人が少なすぎて〈エデン〉が圧勝してしまう!」
「はい! 質問ですゼフィルス君!」
「はいハンナ君、質問を許可するぞ」
「そもそもSSランク戦ってなにかな?」
「おっと、そこからだったか。正式名称〈SSランクギルドカップ〉、通称SSランク戦。学園最強ギルドの座を賭けた、ギルドの頂点を決めるためのギルドバトルだ。ここまではハンナも知ってるだろ?」
「うん。具体的な内容がちょっと分かんなくて。たくさんのギルドが集まって〈拠点落とし〉するの?」
「いや、今回ばかりは〈城取り〉だ。トーナメント方式だな」
「トーナメント!」
「出場できるギルドはCランク以上、下部組織の参加有りのルールで〈35人戦〉だ。そして勝てばCランクでもSSランクに昇格出来る」
「35人!? えっと、Cランクって上限人数が20人で、下部組織もDランクだと上限20人だから」
「そう、親ギルドと下部組織あわせても、ほぼ上限ギリギリだな」
あまりにも思い切ったことをする。
下部組織というのは持っていないギルドも多い。
維持費も掛かるし、そもそもそんなに人数が参加しているギルドが少ない。
どこのギルドも〈エデン〉みたいにみんなが入りたいと殺到するギルドでは無いのだ。
加えて下部組織というのは本来の目的は救済処置。
BランクギルドからCランクギルドにランク落ちしたときに、人数が割れたギルドメンバーを一時的に留めておくための場所である。
故に、基本Bランク以上じゃないと持っていないのだ。
だが、それでもCランクギルドの参加を認めているのは、やはり一大イベントだからだろう。
Bランクギルド相当の実力はあるのに、枠が足りなかった、防衛実績が積めない、QPが不足している、タイミングが悪かったなどの理由で燻っている人材がいないとも限らない。
SSランク戦は、学園トップのギルドを決める大会だ。
つまり、それだけ多くの人々が駆けつけるだろう。極めつきはその時期。
この〈SSランクギルドカップ〉には別の目的もある。故に出来るだけ多くの人材を参加させたいのである。
「このSSランク戦はテスト明け、2月28日から開催される」
「就活最後の追い込み、ってことだよね」
そう、ハンナの言う通りなのだ。
学園長もなぜあっさりSSランク戦を決めたのかというと、この理由が背景にある。
実を言うと今年度の3年生は、就職率がかなり低かったらしい。
それはそれは例年に比べ、6割に留まるレベルで。
理由は明白だ。来年、たくさんの高位職人材の時代が来るからである。
今年の最上級生はとても苦しい状態だ。
その対策の一環として、学園は〈転職制度〉を施すなどあらゆる対策を取ってきたが、それでもやっぱり厳しい。
そのため最後の追い上げ、大規模ギルドバトルを開催することにしたのである!
目立て! 励め! 一発逆転を狙え!
企業勢は挙って集まるだろう。
成長しきり、卒業を控えて仕上げきった学生たちを見て「よくぞここまで実った! 是非我が会社に!」とお誘いがくる可能性も非常に高い。
そのアピールの場として、卒業直前の最強の座決定戦ギルドバトルの開催だった。
最上級生たちは気合いを入れまくり、発表があってから数日で多くのDランクギルドがCランクギルドに合併したり併合したり、下部組織にそのまま収まったりして人材と人数を確保していったのだ。
その目は超ギラッギラである。うむ、学園長に提案して良かったよ。
「〈城取り〉か~、でも何ギルド参加するのか分からないけど大変そうだね」
「トーナメントだからな。1試合40分から1時間くらいのスパンでサクサク進めて3日で終えると思うぞ。3月3日は卒業式だからな」
「あ、卒業式の日には間に合うんだね」
ちなみに〈城取り〉の理由は、将来的に見てSSランク戦への挑戦者は〈城取り〉で決着を付けるからだ。ランク戦の基本は〈城取り〉だしな。
〈拠点落とし〉は空席を賭けた一斉バトルロイヤルだが、来年以降SSランクにはギルドが存在するため〈拠点落とし〉の前例を作るのはよくないと判断し、今後も全て〈城取り〉で決めようと判断した結果らしい。
まあ俺も〈城取り〉の方が好きなので問題無し!
1対1の方が燃えるよな! しかしだ。
「それでだいぶ話が逸れちゃったけど、ゼフィルス君は他のギルドが六段階目ツリーを開放していないと、〈エデン〉が勝っちゃうって言うんだよね?」
「まさにその通りだハンナ!」
「それで、他のギルドも育成しちゃおうってことなんだよね? 良い勝負をするために」
「ハンナは俺のことをよく分かってる!」
「えへへ~」
そう、そうして話は帰結する。
せめてAランクギルドやSランクギルドだけでも六段階目ツリーになってないと、〈エデン〉とまともに戦えないぞ!
というわけで、俺は他のギルドを育成することにしたのだ。
「でも強い相手と戦って勝つために相手を育成するなんて、そんなことをするのはゼフィルス君だけだと思うな」
「ははははは!」
これがのちに〈エデンの狂化合宿〉と呼ばれる、卒業前の大イベントの始まりだった。




