#1683 〈ジェットドラゴン〉空中戦。拳の連打で沈め
「ギャアアア!」
「逃がすか! ――『獣王無尽』!」
「『森界疾駆』!」
〈ジェット〉が高速のあり得ないような軌道で急旋回するも、すでに超高速移動スキルによりラウとミジュが接近していた。
ラウはそのまま攻撃に移り、ミジュは懐に潜り込んでギュッと握りしめた拳で穿つ。
「『森界・ヴィクトリーストロング・ベアード』!」
「ギャアア!?」
ズドンと〈ジェット〉の腹に突き刺さるパンチ。熊掌の跡がくっきり残る素晴らしいパンチだ。パンチなのになぜ熊掌の跡が残るのかは誰にも分からない。
「『タウントサード』! 『シールドタウント』! いい加減こっちにくるっすー! ヘイトが全然稼げないっすよ!」
一方ナキキはちょっと涙目。
すっさまじい速度の〈ジェット〉に全く追いつけてない。
【破壊王】の強力な挑発スキルはガツンとハンマーで攻撃する類いなので近づいてきてくれないと困るのだ。なのに。
「ギャアアアア!」
来たのは暴風の渦。
ドラゴンブレスとは違う、風の息吹だった。
近づいてくれない! ナキキショック!
「ええい――『シールドオブセット』っす!」
だが攻撃を引きつけられたのは僥倖だと六段階目ツリーの強力な防御スキルで暴風を防ぎ、ハンマーを振りかぶった。
「反撃っす! 『巨神の一撃』!」
瞬間、ハンマー投げ。
ズバーンというハンマーを投げたとは思えない音と共に飛ぶハンマー。
『巨神の一撃』はユニークスキルを除けば【破壊王】最強技。
近距離では振り下ろし、遠距離ではハンマー投げとして使用でき、非常に強力な大ダメージを与えることが可能だ。
「ギャ!?」
「ナイスナキキ。仕留める――『ビッグクマン・ギガデストロイフィスト』! むっ」
ハンマーが突き刺さり、吹っ飛ぶ〈ジェット〉。
こりゃ大チャンスだとミジュが背後にビッグクマンの幻影を立たせ、伝説級のパンチを打たせるが、残念ながら回避されてしまう。
あのタイミングで回避されるとは思っていなかったミジュが僅かに驚愕。
〈ジェット〉は――怒りモードに突入していた。
もう旋回なんてまどろっこしいと言わんばかりに、なんというか生物か怪しい軌道で高速移動を始める〈ジェット〉。左右にぶれる様子はまるで空中反復横跳びだ。マジどういう理屈か分からない動きで翻弄しながら、ナキキへと躍りかかる。しかし。
「やっと来たと思ったら、動きがめちゃくちゃっすよ!? ってあ!? そっち行っちゃダメっす!?」
なんと予想外。〈ジェット〉はナキキを迂回してなんと〈スターライト〉の方へ向かってしまったのだ。
「こっちに来ましたわ!?」
「安心しろカタリナ。こっちにはセレスタンが居る」
「ゼフィルス様、どうぞご命令を」
「ひゃ!? いつの間に!」
ほんといつの間に!? である。
なんとゼフィルスの側にいつの間にかセレスタンが帰ってきていて、命令待ちをしていたのだ。
これにはカタリナがびっくりして可愛い悲鳴を上げる。ついでに両手を胸元に寄せるぶりっこポーズだった。かなり良き。
それにゼフィルスはニヤリと微笑み、セレスタンに指示を出した。
「倒せセレスタン!」
「――『イエス・マイロード』!」
セレスタンが一度片手を胸に当ててやや頭を下げる仕草をすると、ユニークスキルを発動する。
その瞬間、軌道がめちゃくちゃすぎて狙いが定まらないどころかどこから来るかも分からない飛行をしていた〈ジェット〉の目の前に、鬼が居た。
いや、鬼ではなくセレスタンだが、その苛烈な攻撃は、まさに鬼だった。
「はああああああああああ!!」
「ギャアアアアアアアア!?」
珍しく腹の底から声を出し、セレスタンが拳の連打で〈ジェット〉を迎撃する。
そのダメージはとんでもないものだ。
これを嫌い、〈ジェット〉は明らかに物理的な動きを伴わずに横へスライドするように高速移動するが、セレスタンは完璧に追ってきて殴るのを止めない。
〈ジェット〉も反撃と言わんばかりにその場でぐるんと回転、翼や尻尾で反撃し、追加で至近距離で暴風の息吹をぶっ放した。
だが、執事はその全てを受けきって――なお殴る。
『イエス・マイロード』は主人の命令を必ず、それこそ自身の命が尽きようとも果たすユニークスキル。
その効果は、自己バフ&攻撃。攻撃力や防御力などの能力を全て上昇し、どんな攻撃を受けてもノックバックもせずに粉砕して突き進む大技だ。
セレスタンの場合は拳。
それは相手の攻撃や防御を粉砕し、自分のHPが減ろうとも関係無しに懐に飛び込んで大量の拳の雨を降らせる。まさに必殺技。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドと、まるで絨毯爆撃のような音と共に大量の拳が打ち込まれると、さすがの〈ジェット〉も強烈なノックバックからノックバックダウンを捥ぎ取られて、足場結界の上に墜落した。
「やっべぇっす……」
あれは絶対食らいたくないと思うナキキ。
墜落した〈ジェット〉はビクンビクン。
〈竜〉を墜落させてビクンビクンさせる拳の連打ってなんだろう?
当のセレスタンは拳から湯気みたいなものをシューっと出しながらいつもの微笑みを浮かべていて、ナキキはぽけっとした。
「ナキキ、攻撃!」
「あ! しまったっす!」
ここで〈ジェット〉がダウンしていたことに気付いて総攻撃。
ついに9班は〈ジェット〉を倒す事に成功する。
「おっしゃ! ナイスだ4人とも!」
「さすがです! ではみなさん帰投させますね――『ノアの方舟大脱出』!」
「おう! カタリナもすげぇ助かった、お疲れ様だ!」
最後はカタリナが4人の9班メンバーをその場から脱出させる。
足場結界が形を変えて船――〈イブキ〉のような見た目に変化して、高速で移動。
これは元々本拠地から伯爵などを脱出させるための魔法。
だが、見方を変えれば遠くにいるメンバーを回収することもできる良魔法に化けるのである。
こうしてHPが5割を切っているセレスタン他、9班全員が〈スターライト〉に帰還した。
◇
「セレスタン、ラウ、ミジュ、ナキキ、お疲れ様!」
「ゼフィルス様、ただいま帰投しました」
「空中戦闘、なかなか楽しかったぜ」
「うん。いっぱい勉強になった」
「わ、私はもうお腹いっぱいっす~」
カタリナのノアの方舟で帰投した4人を労う。
もちろん当のカタリナは真っ先に褒めておいたよ。
その影響かはしらないが、とてもニッコニッコなカタリナがさっきからポヤポヤした表情で外の景色を眺めているんだ。
その光景、まさに深窓の令嬢。あ、フラーミナたちに連れて行かれた。
「それで、状況は? なんか戻る時に3体の〈竜〉を迎撃しているのが見えたが」
「ラウの見た通りだ。さっきの〈ジェット〉を合わせて8体を撃破して今は2班、5班、それと7班がまた戦闘中だな! 良い感じのペースだ。まだまだ余裕があるぜ!」
エリアボス61層から71層で登場する11体の〈竜〉が断続的に掛かってきたが、順に各パーティが迎撃している。
さすがに高速で飛び回る〈ジェット〉を相手にするには時間が掛かったため、他のところは大体終わっていた。61層から70層エリアボスはすでに一度倒したボスだ。余裕だな。
「たくさんのボス〈竜〉に襲い掛かられてまだまだ余裕? とんでもないことっす……」
お? ナキキもツッコミ役に転向か?
いいぜツッコミ役が増える分には大歓迎だ!
そう思っていると、リーナからコネクト。
「『ゼフィルスさん、また8体の〈竜〉が接近中ですわ! さらに一際大きな〈竜〉が居ます!』」
「了解! すぐ行く!」
気持ちを切り替え、〈竜樹〉の方を見れば、7体の様々な特性を持つ〈竜〉と、一際目立つ1体の黒い竜が飛んでくるところだった。
「あれは――〈黒竜〉か!」
「ほう、あれがか!」
あ、うっかり口から出ちゃった。
一緒に並走していたラウが思いっきり聞いちゃっているが、まあ大丈夫だろう。
あれは72層から79層のエリアボス集団だ。
79層エリアボスは〈黒竜〉。エリアボスのトップ。
実際会ったことは無いが、上級中位の〈火山ダン〉徘徊型ボス、〈夜ワイン〉から〈黒竜装備シリーズ〉がドロップしたのはみんな知っている。
だってエステルやアイギスたちが装備してるしな。
つまりは、上級上位には本物の〈黒竜〉が居るとみんな考えていたわけだ。
その本物が、今こっちに接近してきている、黒い竜である。
「ゼフィルスさん、誰がやりますの?」
リーナのところにたどり着けば、リーナは色んなことを省いて端的に聞いてきた。各パーティにどんどん割り振っていき、最後の〈黒竜〉の番。
「〈黒竜〉は8班に担当してもらう!」
「え? 〈黒竜〉を、私たちが!?」
「こ、これは責任重大だよ!」
「任せて。撃ち抜いて見せるよ!」
8班はサチ、エミ、ユウカ、シャロン、ルキア、というヒーラーは居ないがサブヒーラーが2人入り、タンクがシャロンという特殊なパーティだ。
「うーん、壁は何とかなるけど、ゴーレム出せないのがちょっと厳しい!」
「ま、その時は私に任せてよ! フォローするよ!」
シャロンの最近の戦術はオリハルコンゴーレムを出してのゴーレムタンクだった。
だが、さすがにあの巨大なゴーレムは、ここでは出せない。飛べないし、大きすぎて甲板では邪魔になるからな。
ならば近づいてきたらサポートは任せてくれとルキアが胸に手を置いてアピールする。
「安心しろって、8班なら大丈夫だろうさ!」
「信用されてるね!」
「うん! これは張り切っちゃうよ!」
「たとえ〈黒竜〉でも、今の私たちなら負ける気がしないね!」
すでにあのエリアボスたちは看破済み。
〈黒竜〉と知っても問題無いとばかりに8班が甲板の側面へと向かうのを見送った。




