#178 ラナ帰還、〈幸猫様〉奪取される!
「ただいま帰ったわ! 王女様のお帰りよ!」
「お〜。おかえりラナ」
「あ。おかえりなさいラナ様」
みんなでカレーを食べに行った翌日の朝、今日は日曜日だ。
土曜日で一時帰省していたラナが帰ってきた。
ギルドの扉をいつも通りノックもせず開け放ち、元気いっぱいに帰還の挨拶をするラナ。
しかし、その表情は徐々に不満が現れていく。
「ちょっと軽くないかしら? 王女が帰ってきたのよ? 向こうではそれはそれは熱烈な歓迎をされたんだから!」
「そりゃそうだろうけどな」
向こうって王宮だろ?
そりゃ王女が帰ってきたんだから歓迎するだろう。
こっちは学園のギルド、王女が戻ってきたところで……、あれ? 確かに、歓迎したほうがいいのか? どっちかわからんな。まあ別にやらなくても良いだろう、向こうでいっぱい歓迎されたらしいし。軽く労いの言葉だけ掛けておけばいいよな。
「とりあえずお疲れ。ちょうど今ブレイクタイムだったんだ。ラナもどうだ? セレスタンの出す紅茶はすごく美味いぞ」
「頂くわ!」
そのままラナは流れるように神棚に向かい〈幸猫様〉を奪取すると、いつもラナが座っている定位置の席に着いた。
〈幸猫様〉!?
俺の驚愕を余所に、そこへ透かさずセレスタンが紅茶の入ったティーを置いた。
「どうぞ、ラナ殿下。御熱いのでご注意くださいませ」
「苦しゅうないわ!」
「いや、ちょっと待とうかラナ。その手に収まっている〈幸猫様〉をすぐに戻すんだ」
「それは苦しいわ」
誰が上手い事言えと。
完全に膝の上に置かれた〈幸猫様〉を絶対離さないとばかりに両手で抱え込むラナ。
「良いじゃない。私だって〈幸猫様〉不足だったんだから。少しくらいなら〈幸猫様〉だって許してくれるわよ」
どうやらラナは急な帰省で〈幸猫様〉成分が足りていないらしい。
このギルド、ぬいぐるみ成分が必要な人多くない? 隣に座っているハンナもいつの間にか膝にぬいぐるみを置いているし。
〈幸猫様〉を見る。その表情はいつも通り和やかだ。
許してやる、とでも言うのだろうか。〈幸猫様〉は懐が深い。
仕方ないので厳重注意だけで済ませ、俺も続きのブレイクタイムを続行する。
セレスタンは『ティー作製』のスキルを持っている。そのおかげで紅茶がとても美味い。
この〈紅茶〉、実は料理アイテムである。
リアル〈ダン活〉に来て以来、初めての料理アイテムが〈紅茶〉と言うのはちょっと予想外だったが、味については予想以上だった。
今まで飲んでいたティーパックの紅茶はなんだったんだという深い香りと味がする。
これで『ティー作製LV2』だと言うんだから恐ろしい。LV10まで育ててしまえばどんな紅茶が生まれるというのか…。飲んでみたい気もする。
「よろしければ『ティー作製』をLV10まで振りましょうか?」
「却下だ。普通に『ティー作製LV10』を持っている人を探すから、セレスタンはそのまま【バトラー】道を極めてほしい」
「かしこまりました」
セレスタンがとんでもない提案をしてきたので即で却下しておく。
というか、なんでそんなピンポイントで話題を振ってきたの? 俺の考えを読んだとでも言うのか。執事ってそんなことも出来るのか?
それはともかく、久しぶりにまったりとした朝を過ごした。
今日からは新メンバーを含む後続を育成する。
昨日はそのためにスケジュールを巻きで職業LV10まで育ててもらったのだ。初級下位ダンジョンまで到達してしまえば後は周回でとんとん拍子にLVも上がるからな。
じゃんじゃんレベル上げだ!
今日はこの後メンバー全員集合して、それぞれの役割を割り振る予定。
「あ、言い忘れていたのだけど今日はエステル、パメラ、シズ、は来られないそうよ。なんか事後処理があるみたいなの」
「マジで?」
いきなり予定が頓挫した。
ちなみにパメラとシズというのは新しく〈エデン〉のメンバーになったラナの従者2人だ。面接の時と合わせてまだ数回しか会っていないので割と楽しみにしていたのだが、来られなくなったらしい。
「ラナは実家で何をしたんだ?」
「ちょっと、私のせいじゃないわ。何故か噂で【勇者】と私の仲が良いみたいなことが広まったらひっきりなしに縁談が舞い込んできただけよ。いい迷惑だわ」
縁談…。確かにリアル王族じゃそういうこともあるだろう。
俺にはついぞ縁のなかった話題に一瞬脳が認識を拒否してしまったぞ。
こほん。しかし、ラナは今のところ縁談を受ける予定は無いらしい。
そりゃそうだ。ゲームでは勇者と王女が結ばれるエンディングも用意されていた。ここでラナが結婚なんてすればゲームエンディングが崩壊してしまう! いや、俺がラナと結ばれたいとかそんなわけでは……、うーん。でもそのエンディングを目指すのも悪くない?
ふむ。どのエンディングを目指すのか、この機会にもう少し考察してみるのもいいのかもしれない。ここはリアル〈ダン活〉。この先何が起こるかわからない。前もって準備しておくというのも今後は必要になるのかもしれないな。
「? どうしたのよ黙っちゃって」
「いいや。それより今日の予定だが、少し変更だな」
ラナの質問に考察を一旦置いておき首を振る。
そうだな。まずは今日これからの予定だ。
そう気持ちを切り替えたところでトントントンとノックの音が鳴りがらりと扉が開いた。
「あら、ラナ殿下。おかえりなさい」
「ただいま戻ったわシエラ」
「あ、ラナ殿下! ご機嫌麗しゅうです」
入ってきたのはシエラとルルだった。
ちょこんとシエラの陰から顔を出したルル、〈幸猫様〉を抱いて優雅に紅茶を頂いている王女を見つけると、トテトテと走り寄って挨拶していた。
俺はその姿を見て言葉を失った。なんだこの可愛い生き物は?
シエラを見ると目を逸らされた。
どうやら説明はいただけないらしい。
もう一度ルルを見る。その姿は昨日〈初心者ダンジョン〉に行った時と一新していた。
それはそれは可愛いコスチューム。ルルは金と白を基調とした鎧系装備に身を包んでいた。
鎧と言ってもプレートメイルのようなものではなく、シエラと同じ多くのパーツから成り立つ、ゴツくないスマートな、いやどちらかと言うとモコモコしたタイプ。手には白のミトンのようなグローブをしておりとても可愛らしい。
武器は身体のサイズに合うコンパクトな片手剣。
あれが「子爵」「姫」の初期装備〈スィートロリータ〉一式。
画面上でも大変可愛かったが、リアルだと5割り増し可愛いのだ。
アレで動き回って無双するというんだから〈ダン活〉のロリータはすばらしい。
「ゼフィルスお兄様、おはようございます!」
「おはよう! 今日もよろしくな」
敬礼のポーズで挨拶するルルに俺も礼を返して挨拶した。