#1624 〈天下一パイレーツ〉の控え室。モニカの作戦
「あんたたち、決まっちまったものは仕方やがりません。あたしも覚悟決めて全力でやってやるです! あんたたちも自分のやったことに責任を持って、全力で挑みやがれですよ!! 途中で逃げ出したら蹴り飛ばしてやるですからね!」
――――おおおおーーー!!
試合時間が迫り、モニカが吹っ切れたように言う。ヤケクソとも言うかもしれない。
だが、〈天下一パイレーツ〉のメンバーは憎たらしいほど元気だった。
きっと自分たちがしでかしたことなんて、欠片も理解していないに違いない。
それを見てまたピキッとくるモニカ。
最近あまりに順調に勝ちすぎたのかもしれない。
夏休み、モニカがCランク戦のギルドバトルに参加できるくらい強くなってから〈天下一パイレーツ〉は負け無し。
それまで勝っては負けての繰り返しだったが、指導者たるモニカの台頭で一気に負け無しの〈天下一パイレーツ〉になったのだ。
〈上級転職チケット〉の供給でどんどん戦力も増していき、なんとAランク戦を行なう頃には50人全員が上級職になったというのだから半端ない。
どんだけ〈芳醇な100%リンゴジュース〉採ってきたの? と言わんばかりだ。
しかも、それだけ交換しても〈エデン〉は交換屋をやめないし、というか〈上級転職チケット〉の在庫も無くならないしで、安定供給し続けて今ではマジでSランクギルドとしてもやっていけそうな戦力が整ってしまったのである。
現在ギルドメンバーがフルで上級職になっているのは、Sランクギルドでも〈エデン〉だけ。とはいえ他のSランクギルドも実に90%は上級職となり、Aランクギルドでも上位勢は80%から85%が上級職となっているのだから、これでもだいぶ上級職の人材が増えたのである。
だが、〈天下一パイレーツ〉は親ギルド30名、下部組織が20人、計50人全員、100%が上級職になっているのであると言えばどれだけ凄いかが分かるだろう。
これもギルドメンバーたちの増長、もとい暴走の原因だ。
増長くらいならモニカが叩いてでも目を覚まさせる。今までも、それで順調にここまで来れたのだ。
Aランク戦にあそこまで差を示して余裕まで残して勝てたのは、まさにモニカの手腕の賜物である。
だからこそ、モニカは油断も何もしていなかったし、勝って兜の緒を締めよの如く、ギルドメンバーの引き締めを強化していたはずだった。
にもかかわらず今回の暴走である。〈エデン〉への因縁は、モニカの想像を斜め下に駆け抜けてしまったのだ。
だが、嘆いてばかりもいられないとモニカも覚悟を決めた。
まあ多分負けるだろうけど、真の強者がどういう存在なのか、自分の盾で確かめるというのは、ワクワクもする。
負けるのは好きじゃ無いが、さらなる躍進の切っ掛けになるだろう。
モニカはそうポジティブに自分に言い聞かせ、前を向く。
〈天下一パイレーツ〉のメンバーたち。
お世辞にも組が上位とは言えない連中ばかりなので、細かい作戦が伝えられないのがネック。
〈天下一パイレーツ〉のメンバーは、その実力とは裏腹に、頭がちょっと悪かった。中には100組台というとんでもないやからもいる。〈天プラ〉とか呼ばれている奴らだ。
なのに一定数のファンが居るというのだからこの学園は摩訶不思議だとモニカは思う。
モニカは、かなりの常識人だった。ゼフィルスが好きそうなレベルで。
しかもなぜか〈天プラ〉はこの中ではかなりの強者で、ポジションの取り方、間合いの取り方、攻撃のタイミングや戦い方が上手いのだ。なんでこれで100組台なのか不思議なレベルで。
もちろんこれはゼフィルスの教えが骨の髄にまで叩き込まれているからなのだが、モニカが知るよしもなし。
なお、その教えを十全に活かせきれてないのが〈天プラ〉である。だが、それはモニカという新しい指導者が加わったことで本来の力が発揮されていた。
おかげで〈天プラ〉たちは〈天下一パイレーツ〉の主力レベルだ。
常識人のモニカからすれば、訳が分からないよ状態である。
「それじゃあ作戦を通達するです! みんな、このフィールドの地図は持ってきているですね? 持ってきてない奴は名乗り出るです!」
「「「はい! 忘れました姉御!」」」
「チェストー!!」
「「「あふーん!?」」」
「このバカたれでやがります! ほら、予備の地図を渡してやるですから、それを読むでやがります!」
「「「優しい姉御、大好きです!」」」
まったくこいつらは、すぐに年下の自分に甘えてくる。
大事な物を忘れた大の男をお仕置きし、分かっていたとばかりに予備に持ってきておいた地図を渡すモニカ。
揃ってキラキラした目で受け取るアホ男子たち。その男子、心が揃ってる。つまりはいつもの光景だった。
モニカもいつもアホ男子たちのためにせっせと毎回予備を作ってきているのだから慕われているのも分かる。
どうやら今回は3人だけの様子。残り45枚の出番は無さそうだと心の中でそっと息を吐くモニカである。ちなみにまともなのは自分と、あともう1人のヒーラーくらいだと思っているのはもちろん口には出さない。
お仕置きされて喜ぶアホ共といつものやり取りをしたモニカは地図を見せながら説明する。
ここは控え室。最後の打ち合わせ場所だ。
「今回はSランク戦、第一アリーナ、ローカルルール適用の〈城取り〉、〈50人戦〉、〈120分バトル〉、〈敗者復活〉ルール。そして〈エデン〉が選んだフィールドは、〈九角形〉! 〈障害物有り〉でやがります!」
――――おおおおお!!
そう、そこは過去。
かの〈キングアブソリュート〉と〈千剣フラカル〉がSランク戦を繰り広げたのと同じフィールドだ。
あの時は学園の思惑も有り、特に〈キングアブソリュート〉のユーリ王太子の実力を多くの大物たちに見せたい狙いがあったため〈障害物無し〉で行なわれたが、本来であれば〈障害物有り〉がスタンダード。
そして今回〈エデン〉が指定してきたのは、そのスタンダードな〈九角形〉フィールドだったのである。
これにはモニカ以外のメンバーたちが湧く。
この〈天下一パイレーツ〉は1年生がモニカしかいない、2年生と3年生がメイン構成のギルドなのだ。
こういう時、共感出来なくてちょっと困る。
みんなあの〈九角形〉フィールドにSランク戦で出場することや、そこで〈エデン〉を下してしまう自分たちを想像して超盛り上がっているのだ。
負けることなんて欠片も考えていないに違いない。
「ほら騒ぐんじゃねぇですよ! 時間は有限だっていつも言っているです! サターンも高笑いをやめるです! ひっぱたくですよ!」
「なんだと!?」
「〈エデン〉に勝ちたいですよね? 作戦無しで勝てるほど〈エデン〉は弱いでやがりますか?」
「……いいだろう」
年下に注意されてプライドがガタッとするが、すぐにモニカの巧みな話術によって座り直すサターン。見事に年下に操られていることに、サターンは気が付かない。
モニカがですます口調なくせに声を少し荒っぽくして言うのは、偉そうにしている方がみんなが言うことを聞きやすいからだ。優しく諭したところで逆効果にしかならないので、こうして敢えてモニカは荒っぽい言葉を使っていたりする。
「みんなは知っていると思うでやがりますが、ここは去年、なんか大規模なランク戦のフィールドになったらしいですね。その時、Sランクギルド〈ギルバドヨッシャー〉が解析しまくったらしいです。それでその時のデータがこれでやがります!」
「「「「「????」」」」」
だが、そんなデータを見せても分かる人材は1人しかいない。他の48人は首を傾げるばかりだ。
知ってた! 分かってた! だってここは〈天下一パイレーツ〉だもん!
〈ギルバドヨッシャー〉からもらったデータが当日になってしまったのが悔やまれる。こいつらに教えるには、日数が必要なのだ!
〈エデン〉に勝つため、最低限〈ギルバドヨッシャー〉の協力が必要だと思ったモニカが交渉したが「相手が〈エデン〉の場合の〈九角形〉フィールド戦だと!? ちょっと待っててくれ、もう一度見直したい!」とか言って変に盛り上がった〈ギルバドヨッシャー〉によって、当日まで待たされたのだ。
だから、モニカはここに居る奴らでも分かるよう噛み砕いた説明の資料を配った。
「これを元にしてあんたたちができそうな作戦を考えたです。まず狙うべき場所、〈エデン〉の動き方の予想、あたしたちの配置に動き方まで! あんたたち、これに沿って動きやがれです! 初動が命です! この場で頭に叩き込むでやがります!」
「「「「おおおお!!」」」」
「それなら分かるぞ!」
「なるほど、ここが最初の我らの勝利する場所か~」
「ふふ、場所が分かっていればこっちのものです。奇襲も何もやり放題じゃないですか」
そんなわけあるかい! とモニカは思う。
向こうは全戦全勝のギルド〈エデン〉。
当然こちらが考えることは向こうも分かっていると思っていい。
そのことをまたギルドメンバーに分からせたり、あーだこーだと作戦を説明する。
まあ、この作戦も向こうは想定しているはずだから粉砕されるだろうけど、無いよりましだろう多分。
それと、サターンたちギルドメンバーの目も覚めるだろう。覚めてほしいなぁ。
目覚めなかったらどうしよう。ギルド、変える?
そんなことを考えていたら、ついに試合時間はやってきた。




