#1623 〈天下一パイレーツ〉の総意?不運なモニカ。
1月24日。
その日は多くの人々が驚愕に目が飛び出すことになる。
「お、おい、見ろよ。〈エデン〉だ! 〈エデン〉の行進だ!」
「ほ、本当に第一アリーナに向かってやがる……!」
「噂は本当だったのかよ〈天下一パイレーツ〉! マジで〈エデン〉に挑んじゃったの!?」
「ああ。しかもな。〈天下一パイレーツ〉の主要メンバー、〈エデン〉に勝つ気満々らしいぜ?」
「無謀過ぎるぜ! 〈あげて美味しい天プラ〉さんたち、これだから〈天プラ〉さんのファンはやめられねぇんだぜ!」
「フォー!」
「あの〈天プラ〉に一定数のファンが居たというのが、驚きなのだけど!?」
「隠れファンってやつね。あの人たちがギルドバトルに出る時、大概何かをやらかしてくれる」
「会場はその度に大きく盛り上がり、そして笑いに包まれるのよ」
「ギルドバトルであそこまで笑うってことはそうそうないからね。貴重なギルドなのよね」
「本人からしたら微妙すぎる評価に笑いが漏れちゃうんだけど!?」
「でもそんな〈天プラ〉もSランク戦に挑むようになったのか、なんか感慨深いな」
「そこで〈エデン〉を選ぶところが〈天プラ〉らしいよね!」
「あなたたち、今は〈エデン〉を見なさいよ! 見てよあの煌びやかな装備の数々を! きっとこの日のために作りあげたのよ!」
「か、かっけぇ!! あれって噂に聞く黒竜装備では!?」
「勇者の装備はなんだ? 〈黒竜〉とはちょっと違うのか?」
「勇者君の新装備キターーーー!」
「防衛戦には気合いを入れて臨まなければならない。だけど〈天下一パイレーツ〉を相手に準備しすぎじゃない!?」
「ちょ、この時点でちょっとニヤニヤが止まらなくなってきたんだけど!? 今の私変な顔しているから見ないでよね!」
「〈天プラ〉のファンを自覚している人はみんなニヤニヤ笑いが止まらなくなる現象だな」
「あの、なんで〈エデン〉にハンナ様がいるの?」
〈エデン〉が大通りを通る。
そんないつもの光景だが、なぜかそれだけでニヤニヤ笑いの人が増加する不思議。
〈エデン〉が強そうであればあるほど、なぜかニヤニヤが込み上げてくるのだ。実に不思議である。
「な、なぁ。なんか〈エデン〉の雰囲気、変わってないか? オーラみたいなやつ」
「え? どこがよ。いつもの強者オーラ全開じゃないの」
「装備がガラッと変わっているからじゃないか? 見ろよあの勇者氏の防具と盾と剣。超かっこいいぞ」
「それだけじゃない気がするんだよ。俺もダンジョン潜りすぎて久しぶりに見たからかもしれないけどさ。こう、強者感が増してないか?」
「〈エデン〉は確か、上級上位ダンジョンのランク4を攻略中らしいぜ」
「!! つまり、上級上位ダンジョンに潜る者の強者なオーラってやつなのか!」
〈エデン〉に秘策有り。
勇者ゼフィルスによって鍛えに鍛えられた50人。
その全てが、とある最新のスキル・魔法・ユニークスキルを備えていた。
上級上位ダンジョンのランク4は〈61エリア〉。
上級職LV61まで育成できるダンジョン。
そこをゼフィルスたちは、攻略し、周回し、全員が……まあ、うん。超強くなっているのだ。
中にはそんな〈エデン〉がまた一段と強くなったことを肌で感じる者もいたようだが、〈エデン〉はLVだけに留まらず、なんとほぼ全員の装備を更新し、上級上位級や最上級に揃えてきていた。
もう完全武装を超える、超過剰武装とも言える準備万端という姿で〈天下一パイレーツ〉を迎え撃つ気なのだ。
ちなみに周りの〈天プラ〉ファンだけじゃなく、〈エデン〉の先頭を歩くゼフィルス本人もニヤニヤ笑いが抑えられていない様子なのはご愛嬌。
もうその笑顔が完全に憂いのうの字も無い、完璧な仕上がりであると告げていた。
勘の良いものならこんな〈エデン〉を前にバトルすると知った時点で逃走するような、超強者のオーラをバンバン放ちつつ、〈エデン〉は進んでいく。
なお〈天プラ〉を知らない世代、つまり〈エデン〉の1年生は「ちょっと仕上がりすぎじゃない?」と思っていたりするのだが、それも「初の防衛戦だし、気を抜いちゃダメだよね」的なことと思い直してゼフィルスの方針に全力で応えていたりする。
見事にゼフィルス済みだった。
◇
一方、〈天下一パイレーツ〉も同じく、〈エデン〉とは反対の方角から第一アリーナに近づいていた――のだが。
「「「「〈天プラ〉! 〈天プラ〉!」」」」
「すげーぞ〈天プラ〉! あの〈エデン〉に挑むなんてな!」
「いつもの〈天プラ〉、期待しているぜ!」
なぜか謎の〈天プラ〉コールに盛り上がっていた。
しかも当の本人たちだが。
「はははははは! 笑いが止まらんとはまさにこの事だなジーロンよ! みな我らを応援しているぞ!」
「ふふ、ええ。どうやら〈エデン〉が学園トップという事実を受け入れられない人は、思ったよりも多かったようですね。群集が我らの味方です」
「〈天プラ〉〈天プラ〉言ってるのが気になるが、これ相変わらずどういう意味なんだろうな。まあ俺たちのことを指していることに違いはないが」
「俺様は忘れられていなかった! この声援が俺様の力になるのだ!」
と、こうして意気揚々と進んでいたりする。
サターンたちにとって〈天プラ〉は自分たちを指す言葉だとは知っているが、意味まではぼやかされている。
最初は〈あげて美味しい天プラ〉さんの略だと聞いたことがあったはずの彼らだが、すでにSランク戦に挑む強さを得ているのだ。それを唱え続けるのはおかしいだろう。きっと自分たちを褒め称える言葉に違いないと今では脳内変換を起こしていた。
こんなに声援とも思える応援をしてくれるのだ。きっとそうに違いないと本人たちは祝福や応援の言葉として受け取ってた。
事実は知らない方が幸せである。
「はぁ~~~~~~~~~」
そんな中、特大の溜め息を吐く者が1人。
それはなにを隠そう、この〈天下一パイレーツ〉のギルドマスター、モニカ1年生である。
「本当に幸せな頭をしてやがりますよねあんたたちは」
「はははははは!!」
「はぁ、なんでこんなことになりやがったですか」
そんな憂い全開の抗議は幸福絶頂状態のサターンたちには聞こえない。
もちろん、モニカも聞こえていないと分かっているので、再び溜め息を吐くだけだ。
なんでこんなことになったのやら。なんであたしは世界最強ギルドに挑もうとしてんだろう? と、モニカはここまでのことを振り返る。
モニカは、約20年前〈キングヴィクトリー〉に所属していた主力だった者の一人娘である。
それはそれはもう、幼い頃から強かった。母親譲りだろう、特にやんちゃな子どもに大人気で、姉御とかおやびんなんて呼ばれながら育ってきた。
故に、そういう輩をまとめ上げるのは得意だし、従えるのも得意だった。
そして入学当初。
手頃なDランクギルドにでも入って乗っ取り、そのままSランクへ下剋上するのもいーですよね、というちょっとした野望を抱いていたのがいけなかったのかもしれない。モニカは自分の力がどこまで通じるか、試してみたかったのだ。
選んだのは自分が従えるのに容易そうな人種の多かったギルド。
卒業式の日に合併したばかりの〈天下一パイレーツ〉だった。母も【賊職】系の職業持ちさんをたくさん従え、学生時代は〈賊職首領〉なんて呼ばれていた。そんな才能を、モニカは120%受け継いでいたのだ。
故に他のギルドにはあまり興味もなく決めてしまう。
それから、母から受け継いだ盾を持ち、母から教わった発現条件やらステ振りやらをしっかりこなして――タンクとして才能を開花させていくことになる。
レベルはモニカの方が低いが、なぜか従ってしまう姉御的オーラとも言える人柄でギルド内を徐々に掌握していき、がっつりと育成の補助をしてもらってレベル上げ。
ギルドが、というか〈カッターオブパイレーツ〉時代に溜め込んでいたQPも潤沢に使って、ガンガン〈天下一パイレーツ〉全体のレベルを上げていったのだ。
もちろんその下部組織である〈シットの大罪〉も平等に扱うモニカが、ギルドメンバーから支持を得て、ギルド全体のレベル上げ担当者になるのにそう時間は掛からなかった。
もちろん、1年生のモニカが使えるようになるまで結構な時間が掛かったが、育成効率化の波に乗り、元Sランクギルドだった母からの教えを忠実に実行し、とある〈カッターオブパイレーツ〉ギルドにあったダンジョンの地図も手に入れて、高速で攻略&〈道場〉でレベル上げを繰り返したのだ。
誰がギルドマスターになるかで散々揉め、なぜか当時下級職のサターンがギルドマスターをやっていたため、〈天下一パイレーツ〉の実力は隠されていた。
しかし、元Bランクギルドだったのは事実であり、モニカは予想を遥かに上回る早さでギルド全体を効率的に強化できたのである。これは僥倖だった。
その手段と効率化を果たせた大きな理由が―――〈カッターオブパイレーツ〉は【賊職】系が多い集団だったこと。
そして【賊職】には、レアモンスターと遭遇する確率が高くなるスキルや、レアモンスターを探すスキル、そのドロップの数を増やしたり、奪い取ったりする職業もあったことがあげられる。
これを使い、モニカは〈芳醇な100%リンゴジュース〉を乱獲しまくったのだ。
朝から夜まで、そっち系の職業持ちには毎日のようにレアモンスターを狩らせていたおかげもあり、大量の〈芳醇な100%リンゴジュース〉を入手。
そして、とあるSランクギルドがやっちゃってる〈リンゴとチケット交換屋〉で徐々に徐々に〈上級転職チケット〉を手に入れ、ギルド内メンバーを次々と上級職にして上級ダンジョンにも進出。
〈芳醇な100%リンゴジュース〉を報酬に高ランクギルドを護衛に雇ってパワーレベリングを依頼したりもし、じゃんじゃん上級ダンジョンも進んでいったのだ。
加えて最近急激に需要が高まっている〈芳醇な100%リンゴジュース〉を納品することで、上位のギルドからは大量のQPを得たりもしてランク戦の費用も稼いだ。
モニカは思った。〈芳醇な100%リンゴジュース〉は全てを解決すると。これを大量に持つ者こそ覇権を握るのだと、ちょっと本気で思ったこともあった。
結果、夏休み辺りから軌道にのった〈天下一パイレーツ〉は立て直しに成功し、以来負け無しでギルドバトルに勝ちまくり、つい先日Aランクギルドまで下した。
ここまではモニカも想定通り。
学園の整備が行き届いていたおかげで予想よりも大分早い進出になったが、Sランク戦に挑めるまでに成長を遂げたのだ。
ちなみにモニカは夏休みの時点で〈上級転職チケット〉でサターンの頬をペチペチしてギルドマスターの座を円満にいただいている。正式に譲られたのが11月なのは、3ヶ月間はサブマスターの地位で色々学んでいたためだ。
それからはモニカがギルドマスター、サターンがサブマスターとして〈天下一パイレーツ〉を動かしていた。
全てが順調。
後はこの前〈ミーティア〉との戦いで戦力の割れた〈百鬼夜行〉辺りを狙えばSランクも――なんて考えて居たのだが、モニカはサターンたちを甘く見ていたと言わざるを得なかった。
サターンからギルドに提案があったのだ。いや、提案というよりも、それは宣言だった。
「我らは力を付けた。今こそ、あの時の雪辱を果たす時だ!!」
「「「「「おおおおおおーーーーーーー!!!!」」」」」
そして、その言葉はギルドメンバーたちの心に突き刺さり、大歓声が上がった。
「は? ちょっと待ちやがれですあんたたち、なにをしやがる気です――」
「狙いは、〈エデン〉。我々は、今度こそ奴らを下し、打ち勝ってSランクギルドの座を手に入れるのだ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
「いやだから待てって言ってるです! 〈エデン〉は一番ダメだろうです!!」
そう、モニカが訴えるがサターンたちには届かなかった。
なにせ〈天下一大星〉も〈カッターオブパイレーツ〉のメンバーも、みんな〈エデン〉に敗北し、少なからず因縁があったのだから。
〈カッターオブパイレーツ〉も、ギルドマスターの乱心が原因とはいえ〈エデン〉に負けたことでギルドが空中分解したことは事実。
あの時勝っていれば、Dランクに落ちぶれることは無かった。
と思っている者が大半だった。サターンたちも言わずもがなである。
元々〈天下一パイレーツ〉はSランクギルドを目指すとモニカも宣言していたのだが、どこを狙うかはまだ宣言していなかった。
それも重なり、〈エデン〉に勝ちたいという原動力が動き出し、火が灯ったのだ。
狙うべきSランクギルドは――〈エデン〉であると。
モニカは、この流れを止めることができず、ギルドメンバーの9割が賛成して、なぜか〈エデン〉に挑むことが決まってしまったのである。




