#1586 ゼフィルス襲来が年末の学園長に直撃しました
12月31日、学園は年載せの準備で大忙しだった。
何しろ〈ダン活〉では数え歳で元旦にみんな揃って年齢が増えるものだから、お正月は大人が一斉に子どもの成長を盛大に祝うのだ。
学園ではもう学園祭並のお祭りといった雰囲気。
違うのは学生は祝われる側なので出店を全くしていないというところか。
出店側は全て大人が担当。
子どもは楽しみ尽くせ、といった行事である。
もちろん学園長なんか超多忙。
「忙し、忙し、孫の手も借りたいくらいじゃ」
「ですから全力で手伝っているではありませんか」
ここ、学園長室ではまさに必死に事務作業に取り組む学園の長、ヴァンダムド学園長の姿があった。
また、普段は来客用のソファーとテーブルが置かれている場所では、ヴァンダムド学園長の直系の孫にして〈救護委員会〉の会長を務めている、ヴィアラン会長も事務作業を手伝っていた。
「ヴィアラン様、お茶のおかわりはいかがでしょう?」
「いただけるかしら?」
「コレット君、わしも頼むのじゃ」
「畏まりました。では熱いお茶ととっても熱いお茶、どちらになさいますか?」
「いや、じゃからとっても熱いお茶はいらんから作らなくてよろしいぞい!?」
「?」
手は動かしながら秘書コレットの冗談にもしっかり付き合うヴァンダムド学園長。
内心「冗談じゃよね? 本当にとっても熱いお茶なんか入れないよね?」という願いが混ざっているが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。
コレットはやるときはマジでやるのだ。そしてコレットのおかげで吹っ飛んでどこかへ行ってしまった意識が帰ってきたことを何度も経験している。学園長にとってはありがたいような、もうちょっと手加減してほしいような、そんな存在だ。
ちなみに〈殺人級に熱いお茶〉の名は、人前で言うのをちゃんと自制しているコレットである。
今後は〈とっても熱いお茶〉でいく模様だ。
「どうぞ、ご要望の、とっても――」
「とっても!?」
「いえ間違えました。普通の熱いお茶です」
なんだ、ただの間違えだったんだ。と安心はできない。
学園長はチラリと、恐る恐るお茶を見て、例の煮えたぎっている感じじゃないことを確認。なぜか力の入っていた肩から良い具合に力が抜けていったのだった。
「ズズズ、ふむ。美味い」
「ありがとうございます」
よかった。本当に普通の熱いお茶だった。
学園長の心に余裕と安らぎが広がった。
「学園長、これで書類も最後になります」
「おお、助かったぞいヴィアラン。そちらも忙しいのに、手伝ってくれて本当にありがとう」
「いえ、こちらは特に出し物もやりませんから」
ヴィアラン会長から確認済みの最後の書類を提出され、後は学園長がハンコを押すだけで今日の業務は完了する。
本当は日を跨ぐのでは? という量のあった書類だったが、ヴィアラン会長が来てくれたことでなんと夕方には仕事に終わりが見えていたのだ。
学園長が「本当にありがとう」と大感謝を告げるのも分かる。
これならば日が暮れる頃には仕事も終わるだろう。
ならば久しぶりに孫と水入らずで食事をするのも悪くはない。おじいちゃん楽しみになってきた。
そんな学園長がうきうきとしてハンコを手に持った時だった。
突如報告が舞い込んできたのである。
「学園長! 至急ご報告したいことがあります!」
「フィリス!? どうしたのじゃいったい!?」
ノックもほとんど省略する勢いで学園長室に入ってきたのは、こちらもヴァンダムド学園長の孫、侯爵家に嫁いだ娘の子で、フィリス先生だった。ヴィアラン会長とは従姉妹同士にあたる。
至急。
それは非常に急ぐこと。それも報告である。
しかもフィリス先生はとあるクラスの担任を務めていて、そのクラスが毎度問題――いや、騒ぎ? うん、世界をどよめかせるほどの騒ぎを運んでくるのだから学園長の表情は徐々に強ばっていく。「え、また? この日に?」そんなことを思う。
それを見てとっても熱いお茶の準備を始めるコレット。
ポカンとそれを見るヴィアラン会長。
そんな3者の前でフィリス先生から爆弾が放たれる。
「ゼフィルス君率いる〈エデン〉が、上級上位ダンジョンの攻略に成功して帰ってきました!」
「おぶほっ!?」
「が、学園長!?」
爆弾は見事に学園長に直撃して爆発。
学園長椅子に完全に身を預けるようにしてビクンビクン震え始めたのだ。
こんな学園長、さすがのヴィアラン会長も見るのは初めて。
そこにクールなコレットが近づく。
「学園長、学園長。しっかりしてください。まだ仕事が終わっていませんよ」
「がふっ!?」
「ト、トドメです!?」
容赦のない仕事を突きつけるコレットによってヴァンダムド学園長はビクンビクン。
ヴィアラン会長がそれをトドメと評したのも分かる光景だった。
「ヒィ、ヒィ」
「はい。こちらお茶です。これで元気を出してください」
心を落ち着かせるため、一息吐きたそうに伸ばされる手にコレットがさっき渡した熱いお茶――とは別のとっても熱いお茶を持たせる。
今度は湯飲みまで熱くならないよう調節したとっても熱いお茶だ。
「あ」
そして意識がどこかに飛んで行ってしまったような学園長はそれをズズズと吸い――。
「熱っつぁ!?!?」
見事に現世に戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「コ、コレット君、じゃからとっても熱いお茶はいらんと何度も言っているのじゃ」
「それよりも至急の報告ですよ。ちゃんと聞いてあげてください」
「…………聞こうか。――フィリス?」
「は、はい! 報告します!」
本当はとっても逃げたかったけどそうもいかない学園長は覚悟を決めてフィリス先生から話を聞く。
「2学期の終業式から上級上位ダンジョンのランク1、通称〈幻迷ダン〉に潜っていた〈エデン〉ですが、つい先程全員が攻略者の証を身に着けて帰還しました」
「ああ、もう攻略しちゃった……か…………。え? 全員? ず、ずいぶんと、早かったなぁ」
フィリス先生の報告にまたも気の遠くなる感覚がした学園長。
「ちょっと待ってください。ぜ、全員ですか? 〈エデン〉は49人で入ダンしていたと聞きます。しかもまだ入ダンして1週間ちょっとですよ? もう、ですか?」
「はい。私も報告を聞いて直接ゼフィルス君のところに向かいましたが、本人も『攻略して来ました!』と親指を立てて肯定していました」
「元気すぎるんじゃ……」
そう感想を漏らした学園長の声は、震えていた。
当然だ。
何しろ上級上位ダンジョンの突破報告である。前代未聞の偉業達成。間違いなく歴史の1ページに刻まれると断言できる。
それも攻略したのは5人、じゃない。49人全員が、である。
しかも〈エデン〉の――というかゼフィルスのすごく、そしてやべぇところはそれを精密な報告書という名の攻略本にしてしまうところなのだ。
その報告1つ1つに膨大な価値があり、それを使えば後続だって攻略出来てしまえることがすでに証明されている。
しかも〈エデン〉には支援職のメンバーも参加しているので、最奥のボスを支援職ありで攻略してしまえるほどの情報が、その報告書には記されていることだろう。
それは有り体に言えば、誰でも上級上位ダンジョンの攻略者の証がゲットできる、という意味でもある。
そんな情報、誰でも欲しいよね?
じゃあ、そんなとんでもない情報は学園の長が管理しないといけないよね?
お仕事いっぱい増えるじゃん。
そんな図式が学園長の頭で展開し、これから膨大な仕事が舞い込むことが、半ば決定してしまった学園長は、少し、いやかなり遠い目になった。だが、いつもならここで再びとっても熱いお茶の出番だが、今日は自力で目に力が灯り、希望に縋るようにして――チラリとヴィアラン会長を見た。
「言っておきますが、私はまだそちらの席を継ぐ気はありませんよ?」
「そこをなんとかならんかのう?」
「いいえ、まだまだ学園長は現役なご様子。若輩の私ではとても務まりません。せめてあと2年は勉強が必要です」
学園長、至急ヴィアラン会長に「学園長の座をあげよう。やったね出世だよ?」と迫るも、ヴィアラン会長からは「いやですよそんな多忙な席。ゼフィルスさんが卒業するまで2年は絶対やりませんからね」と突っぱねる構図だ。
「学園長、至急動いた方がよろしいかと」
結局ヴィアラン会長から断られてしまった学園長は、重い腰を上げることにした。
「…………そうじゃな。頑張って――」
とそこまで言った辺りで。
「失礼しまーす! 学園長先生にお土産をお持ちしました!」
―――ゼフィルス襲来。
「上級上位ダンジョン、その最奥ボスのドロップなんかを持ってきましたよー! あ、もちろん上級上位ダンジョンのランク1、〈幻迷ダン〉も攻略して来ました!」
「…………」
ちなみにゼフィルスを部屋まで連れてきたのは、いつの間にか姿が消えていたコレットである。来客の知らせが届いたので学園長の意識を戻した後、玄関まで出向いてゼフィルスを出迎え、連れてきたのである。
「コレット君」
「はい」
「…………」
なんとも言えずに縋るような視線を向ける学園長。
だが、それをコレットはクールに受け流した。凄まじいクールスキルである。
そしてゼフィルスは「本日の成果です!」とか言って最奥ボスを何度も倒したドロップのうち、いくつかと〈ヒヒイロカネ武器〉シリーズのレシピをペラリと見せて「これを〈青空と女神〉と一緒に作って行こうと思うんですよ!」と満面の笑みで言うのだった。
「これもそのうち数ができたら〈エデン店〉で販売する予定です!」
「そうか……。ついに学生のお店に上級上位ダンジョンの〈金箱〉級装備が並んでしまうのか……」
「はい! あ、ちゃんと学生にもお求めになりやすくするためにお値段も抑えますよ!」
「…………うむ」
そこは全く気にしていなかったが、ゼフィルスがとってもキラキラした目で見てくるので「うむ」しか言えなかった学園長。
「あれ? ヴィアラン会長にフィリス先生?」
そこでゼフィルスがヴィアラン会長たちに気が付いた。
今気が付いたのかと心の中で全員がツッコんだ。
「あ、ヴィアラン会長にも例の報告書、できたらすぐにお渡ししに行きますね!」
「え、ええ。待っています」
そんな大変貴重な物を気軽に「渡しに行きますね」と言われてヴィアラン会長もちょっとクラクラした。「あれ? 私の常識が間違っていたのかしら?」と、ゼフィルス済みの傾向が漂っていた。
また、ヴァンダムド学園長やヴィアラン会長たちも、これから起こる上級上位ダンジョン攻略報告のあれこれを思い、少し頭が重くなっていたのだが。
もちろんあのゼフィルスがこれくらいで終わるわけがなかった。
「それじゃあ俺たちは年明けて2日から次の攻略を始めますね!」
「次? ―――次!?」
一瞬聞き間違えだろうかと思ったが、全然聞き間違えじゃなかった。
ゼフィルスならやる。絶対にやる。
というか1つ攻略した程度でジッとしているわけがなかった。
下手をすれば冬休み中にもう1個上級上位ダンジョンが攻略されると知って、今度こそヴァンダムド学園長は――ちょっと意識が飛んだ。
「ほほ、ほっほっほっほっほっほ」
「はははははは! それではこれにて失礼しますね! 先生方、良き年載せを!」
なぜかヴァンダムド学園長が笑い出して、ゼフィルスも一緒ににっこり。
そうして報告を終えて嵐のようなゼフィルスは去って行ったのだった。
残されたのは、壊れたヴァンダムド学園長と、初の上級上位ダンジョンの報告書の扱いに困るヴィアラン会長。そして「ヴィアラン会長にもとっても熱いお茶を用意した方がいいでしょうか?」と悩むコレットだった。
なお、フィリス先生はこっそり離脱に成功していたりする。




