#1506 勇者が人気過ぎて休憩が取れないので変装する
お昼になると休憩だ。
いや、本当は随分前から待機という名の少し休め指示が出ていたのだが、どこから聞きつけたのか「今、第一アリーナに勇者登場!」の噂が流れ、人が押し寄せてきたのだ。
おかげでてんやわんや、まともに休むことができなかったために〈秩序風紀委員会〉の本部がこれはマズいと人員を送ってくれて対応。
俺たちはひとまず〈秩序風紀委員会〉の本部へ帰還することになった。
「有名人に警邏を任せるのは、ちょっと早計すぎたかもしれないね」
「多少であれば大丈夫かと思うのですが、ゼフィルスさんですから」
「ですわね。同じギルド所属のわたくしたちでさえこれは予想を遥かに超えておりましたわ。人が集まってくるレベル、ゼフィルスさん自体がイベントの出し物という感じでしたもの」
「俺はイベントそのものか」
カンナ先輩が溜め息を吐き、アイギスとリーナがそれに相槌を打つ。
いやぁ、有名人って辛い。そんなことを言えない雰囲気だ。
俺も有名になったものである。苦労を掛けるぜ。
「午後はゼフィルス班の場所を変えることで対処するよ。第一アリーナは別の人員に任せることにする」
「了解しました」
カンナ先輩の命で俺たちの班は一箇所に留まらず、一定時間ごとに警邏するエリアを転々とすることに決まった。
正直あまりよろしい手ではないが、致し方ないという判断の様子。
「悪いが警邏するとき以外は『変装』系スキルの装備を身に着けてもらうよ。他の〈秩序風紀委員会〉メンバーには『変装』を見破るスキル持ちもいるから声を掛けられることもあるが、その場合は〈秩序風紀委員会〉のエンブレムが入った腕章を見せればいい」
「わかりました」
『変装』系とは文字通り別人になるものから、印象を薄くするものまで様々なものがある。中にはネコミミを生やすだけの『ネコミミ変装』スキルもあるほどだ。
まあネタスキルだな。あれはネタ装備だったし。
とはいえ『変装』している怪しい人物は警戒の対象だ。
顔を見てもらえば俺だと分かるだろうが、できる限り顔を見せないように立ち回るので警戒されることもあるだろう。ということだ。
こちらこそ、俺が有名すぎて迷惑掛けます! もちろんこんなセリフは口には出さない。
というわけで早速支給された装備を装着する。
「〈明るい『変装』のイヤリング〉か。顔とかはそのままに、服装を明るいものに変えて印象操作をする装備だな。確か少し幻想や『インビジブル』系も混ざっていた気がする」
「よく知ってるねぇ。これで結構印象が変わる。まあ見る人が見れば分かるんだが、初めて会ったという人にはまず顔バレしないという便利なアイテムさ。これをゼフィルスには装備してもらう。――ヘカテリーナ、アイギス、2人もゼフィルスと一緒に休憩を取るなら用意するよ。1人だけ変装していると逆に浮いて注目されちまうからね」
「お願いいたしますわ」
「私の分もお願いします」
「あいよ」
こうして3人分の装備を受け取る。黒い水晶みたいなものが付いたシンプルな見た目だ。すぐに装着してスキルを使う。
「それじゃあ俺から行くぞ。『明るい変装』!」
「「わぁ!」」
俺がスキルを唱えると、一瞬磁気嵐のような「ザザザ――」という音と共に、服装がいつもの勇者装備ではなく、大きさに余裕のあるヒーラー的な服装に変化していた。色は白と黒。
おお~、確かに、勇者がヒーラー装備になっているとかかなり印象が違うな。
「いいですわゼフィルスさん!」
「こういった格好も、なかなかです。良いものが見れました」
「そうだ、スクショ、スクショを撮りませんと!」
「落ち着けリーナ」
「あ、失礼いたしました。ついその、記録に残したくて」
「いや、分かる。スクショ撮りたい気持ちはよく分かるぞ。だが、撮るなら3人でだ」
「! はい!」
「楽しんでるねぇあんたたち」
「学園祭ですもの!」
「カンナ先輩、スクショのシャッターを切ってもらえますか!」
「総隊長にそんなことを頼むんじゃないよ! ――ほら、誰か撮ってやんな」
せっかくの『変装』スキルなので楽しまなきゃ損である。
うっかりカンナ先輩にスクショを頼んだらツッコミを入れられてしまったが、優しいカンナ先輩はすぐに代わりの人を用意してくれた。良い人だなぁカンナ先輩。
「変身ですわ!」
「リーナさんそれ違います。『変装』ですよ」
「あら、わたくしとしたことが」
まあ『変身』も『変装』も〈ダン活〉ではあんまり見た目が変わらないからな。
リーナがついうっかり間違っちゃっても無理はない。
ちなみに〈ダン活〉では、職業によるスキルが『変身』。装備によるスキルが『変装』と分けられている。
効果については『変身』はパワーアップ系のガチスキルなのに対し、『変装』は見た目だけ変えるネタスキルだ。
……結構違うな。
「ではいきます。『明るい変装』!」
「続きますわ! 『明るい変装』ですわ!」
「おお~!」
アイギスの変装は、なんと魔女っ娘風だった。
赤系をベースに、演劇やアニメなんかで見るような魔女が着ているコスチュームになっている。
そしてリーナは、ゴスロリドレス服だった。でも全然ロリではないな、どちらかというとお嬢様が豪華なドレスを着ているようにしか見えない。さすがはファンタジーにして本物の姫。着こなしていらっしゃる。
「これは、変なパーティになってしまいましたわ」
「全員後衛ですね」
「あ、気にするとこそっちなんだ」
さすがは真面目なリーナとアイギス。
しかし、見た目はかなりいい。こんな2人が見られるとは!
これはいつかギルドハウスで〈大『変装』会〉でも開かなければなるまい!
ちなみに『変装』スキルを使っていてもステータス自体に変更はないし、装備している者の見た目が変わっているだけなので、普通にスキルは使えるぞ。
じゃあ『変装』しながらダンジョンに潜っても良いじゃんと思ったりもするが、〈ダン活〉には〈デザインペイント変更屋〉という便利なものがあるので、わざわざ装備枠を1つ潰す『変装』は使い勝手が悪いのだ。ネタスキルと呼ばれている所以だな。
「それじゃあスクショを頼みます! こんな可愛い服を着たリーナとアイギスを、是非スクショに納めてほしい!」
「か、か、可愛い!」
「そういえば、ゼフィルスさんから可愛いとは初めて言われた気がします」
確かに、だってリーナもアイギスも美しいとか綺麗系なんだもん。普段の装備もかっこいい系だし。
まさかその2人がこんな可愛い系を着ることになるとは。
学園祭って凄い! 有能!
俺は〈秩序風紀委員会〉の人に3人で写ったスクショを撮ってもらったあと、色んなポーズのリーナとアイギスを撮りまくったのは言うまでもない。
「あんたたち、結構時間が経っているが、腹は空かないのかい? 確保した休憩時間はそう多くないよ?」
「おっとこれはいけない。それじゃあ学園祭に繰り出してきます!」
「いってきますわ」
「なんだか、この格好で外に出るのは恥ずかしくなってきました」
と言いつつも俺たち3人は学園祭を楽しむべく出撃。
普段と違う格好だからか、マジで俺が勇者だと気付かれない。
やはり、勇者が勇者たり得るのは勇者っぽい装備が大きいのだと実感する思いだ。
「どなたもゼフィルスさんに気が付いておりませんわね」
「はい。作戦は成功のようです」
多少俺たちの装備を見てくる人もいるが、俺たちの装備は割と学園祭では普通だ。
ダンジョンは学園祭の期間閉じられて使用できなくなっているが、なぜか装備を着用している人がとても多い。
中には魔女っ娘装備や、ゴスロリ甘ロリといった装備も見られるし、もっと目立つ装備を身に着けている人もたくさんいる。
そのため装備が珍しく俺たちに注目してくる人はほとんど居なかった。
「よーし、それじゃあどんどん出店、回っちゃおうか!」
「はい! 楽しみですわ!」
「まずはどこに行きましょうか」
こうして俺たちは充実した休憩時間を過ごすことができたのだった。
カンナ先輩には感謝だぜ。




