#1504 警邏1日目、最初のハプニングはパージ筋肉事件
「巡回、なんだか懐かしいな」
「そうですわね。ライザ分隊長が『巡回は最も大事だ。私たちが巡回をすることで未然に防げる問題が数多くある』と言っていたのを、今でも覚えていますわ」
俺が去年の巡回を思い出してしみじみしていると、リーナもそれに乗ってくる。
というか、ライザ分隊長のその教えを一字一句覚えてるのリーナ?
そっちの方がすごくない?
「なんだか、ゼフィルスさんとリーナさんだけ共通の思い出があって羨ましいです」
「アイギスさんは去年、〈新学年〉で別クラスでしたものね」
「安心しろって、今年はアイギスも一緒だ。3日間で思い出作ろうぜ」
「! はい!」
少し寂しそうなアイギスだったが、励ますと綻んだ笑顔を見せてくれた。
巡回ってかなり大事な役目だけど、休憩時間も多く貰えるらしいので思い出作りはできるだろう。
ラナやシエラたちとは別れてしまったが、それでも2チームや3チームの休憩時間が被ったときは合流しようと話していたので、ラナやシエラたちとも思い出が作れればいいな。
そんなことを思いながら〈秩序風紀委員会〉のギルドハウスを出ると、俺たちは自分たちに振られたエリアである、第一アリーナ付近へと足を進めたのだった。
まずはここの現場責任者に挨拶する。俺たちはあくまで臨時の戦力なのだ。
アリーナの一部屋に設えられた臨時出張所に入室すれば、この辺のエリア現場責任者だろう。先輩と思われる女子学生が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。臨警1班の方々ですね?」
「はい。臨時警邏2年生第1班所属、ゼフィルス、ヘカテリーナ、アイギスが着任いたしました」
「確認しました。では早速持ち場と巡回ルートの説明を――」
ちなみに俺たちは現在、臨時警邏の2年生第1班に属しているので名乗るときはしっかり所属を明らかにすることを忘れてはいけない。
今年は本格的なのだ。
敬礼はしないっぽいけど、なんか本格的すぎてちょっとドキドキするよな。
現場責任者の先輩から説明を受けると、俺たちは巡回ルートを教えてもらい早速そこへと向かった。
「では、まだ開始されていない、空いているうちにルートをチェックしておきますわよ。道が広いので、手分けしましょう」
「はい! 私は向こう側を見てみます」
「人が少ないとは言ってもはぐれないように気をつけてくれ。あんまり離れすぎないようにな」
そう声を掛け合って第一アリーナの南側周囲から散策していく。
実はここ第一アリーナは、校舎の次か、もしくは校舎よりも人気のスポット。
何しろこの学園都市で最も有名かつ重要な施設だからな。
去年まではクラス対抗戦で最も来場者数が多く、誰もが訪れたことのある会場と言えば、この第一アリーナだったのだ。
さらに学園祭3日目には恒例のレイドバトルイベント〈迷宮防衛大戦〉がある。
故に、第一アリーナを一目見ようとする人たち、つまり観光客が多くこの辺をうろつくのだ。
そんな場所に俺たちを配置するとは、カンナ先輩はよく分かっている。
「こちらは異常ありませんでした」
「こっちもですわ」
「俺のところもだ。よし、移動しよう」
まだ学園祭が始まってもいないので、問題なんてあるわけがない。
「ふー、どうだ俺の筋肉は?」
「フォー! アランの筋肉は最高だ!」
「今日もキレッキレのテカッテカだぜ!」
「悪魔的筋肉だぜ! レベルが下がっても、筋肉は盛り上がってらぁ!」
「おおっとリーナ、アイギスは向こうを見てきてくれ」
いきなり色物が出てきてさっきのセリフが歪みまくっていた。慌てて2人に別の場所を頼む。
何してんだこいつら!
「ん? おうゼフィルスじゃないか! 今日も良い筋肉だな!」
「おはようアラン。なんでここにいるんだ?」
学園祭はクラスの出し物イベントである。まあギルドで出し物をしても良いけどな。
だからだろう。ここに居たのは、キレッキレの筋肉を持つ〈筋肉は最強だ〉の方々だった。その人数、チラッと見えるだけで40人弱。やべぇ。一応上半身はシャツ姿だが、サイズが小さすぎるのか、1人を除いてピチピチだった。うっかり筋肉でも膨らませたらボンッと服が弾け飛んでしてしまいそうだ。
こんなのを一等地である第一アリーナ周辺に配置したやつは誰だ!!
そんな俺の疑問にアランは答えてくれた。なぜかサイドチェストを決めながら。
「ふ、学園からどうしてもこの第一アリーナで試合をするAランク、もしくはSランクギルドに出店してもらえないか、という依頼があってな。他のギルドはどこも難しかったようで、俺たちが受けることになったんだ」
「いやいやいや、アランは〈2組〉だろ? 〈秩序風紀委員会〉の仕事は!?」
「今はまだ俺の出番ではないからな。ギルドメンバーを見にきたのさ。最近新しく加わったメンバーもいるしな」
「キレッキレのマッスルポーズを取っているようにしか見えなかったが」
見ろ、いつの間にか両手を上げたダブルバイセップスのポーズになってる。
二の腕と大胸筋を激しく強調してくるんだが。どうしろと?
盛り上がる筋肉、シャツがすごくビリビリ言って、いや、待て。
「フン!」
瞬間、「ボンッ!」とハジけ飛ぶシャツだったもの。
や、破けた~~~~!!
明らかな事案発生!!
「おおお!」
「ヒューヒュー!」
「さっすがアランの筋肉だぜ!」
しかし盛り上がる周囲。
「ふ~。やはり服がハジける感触は良い」
いやいや、ダメだろ。
そりゃちょっと筋肉の盛り上がりで弾き飛ばしたくなるロマンは分かるけどさ!
「アラン、新しい服だ! 今回は2枚重ねで行け!」
「おう。悪いな!」
そして新しいシャツを投げ渡されるアラン。2枚着る?
着てどうする気だよこいつら!? 今度はうっかり1枚弾けても安心か!?
ダメだ。ツッコミが追いつかない。
あれ? さっき何を話してたんだっけ。途中からシャツが弾けた衝撃でわけわかんなくなっちまった。
あ、いや、思い出した! 思い出したぞ! でかした俺!
〈筋肉は最強だ〉に学園から直接依頼があったって話だったな!
しかし、うむ。内容は分かった。
おそらく第一アリーナで活躍するようなギルドの出し物をここで出すことで、さらにお客さんの満足度を上げると共に、集客率を上げようという魂胆だろう。
だが学園よ、〈筋肉は最強だ〉を選んだのは明らかなミスじゃない?
〈筋肉は最強だ〉にどんなパフォーマンスを求めているんだ!
なお、他のAランク以上のギルドは、メンバーが大体上位のクラスなので、もれなく警邏に駆り出され、残っていたのが〈筋肉は最強だ〉しか居なかったという悲しい理由だったのを、のちに俺は知ることになる。
「えーっと、ここは何をする露店なんだ?」
「筋肉を魅せるのさ」
筋肉を見せる? 誰に? 通行人に、だろうか? あのハジけるシャツを?
え? もうこれだけで補導案件じゃ?
俺はこっそり〈秩序風紀委員会〉に連絡した。これ大丈夫ですか?
まさか気合いを入れて臨んだ警邏の初仕事が〈筋肉は最強だ〉になるとか誰が予想したよ。
即で返ってきたメッセージには「状況グリーン、そのまま警邏を続行してください」とだけ書かれていた。
「グリーン」は=「問題無し」の意味。
ほ、本当?
だが職務に忠実な俺はアランと別れて警邏に戻ることにした。
「そ、そうか。邪魔して悪かったな。出し物、頑張ってくれよ」
「おう。そっちも頑張れよゼフィルス。今日も良い筋肉を」
「ああ。今日も良い筋肉を」
アランと別れてその場を離れる。
最後の「今日も良い1日を」的なセリフがまた濃い。なぜかどっと疲れた気がした。
その後はリーナとアイギスと合流して任されたエリアを1周。
なんとか最初の巡回を問題無く終えることが出来た。
すると、ここで放送が入る。
学園全体に響く、学園放送だ。
「時間ですわ」
「ああ。なんか、あっという間だったなぁ~」
「―――時刻は10時になりました! 只今より、迷宮学園祭を開催します!」
そんなアナウンスにより、学園中は「わあああああ」という歓声が響き渡った。
―――学園祭、開始だ!!




