#1493 一方、高位職の神官が――絶望に沈むまで
冒険者が〈筋肉は最強だ〉に加入し、まるでマネージャーのようなポジションに居座ったベニテが声援を贈りながら〈マッチョ改造ダンベル〉によって鍛えられていく冒険者を眺めている頃、とある男子もパワーアップのためにとある施設に訪れていた。
「ついにこの日が来たか。俺もこれで高位職に。ははは、すまん冒険者。俺は一足先に4バカから抜けるぜ」
そう、この男子は掲示板の神官3年生ご本人。
先日の深夜に冒険者と掲示板で語り合った内容は、正しく本当のことだった。
神官は〈支援課〉に所属し、【神官】に就いている。
【神官】はヒーラー。ダンジョンでは味方を回復する魔法で援護し、ダンジョンの外ではポーションの作製なども可能という、中々に有用な職業だ。性能は低いが。
だが、なぜかこの神官はまるで探偵のような仕事に長け、1日中情報集めという名の見張りをこなすこともできる、ちょっと就く職業間違えたんじゃないの? というアビリティーを持っていた。
これに目を付けたのが掲示板の調査OGことユミキ。
インターン先として自分の所属する〈学園の鳥〉を紹介したのである。
そして、これもなぜかピタリと神官にハマった。
やっぱり就く職業を間違えていたようだ。
『自分に合った正しい職業に就くことが出来た人は、みんな実力をどんどん伸ばしているわ。それは〈新学年〉組と呼ばれている子たちを見れば、一目瞭然ね』
とはユミキの言葉だ。
神官もそれには深く納得できるところ。
そして〈学園の鳥〉としても【神官】より、調査関係ができる職業に就いた人材の方が欲しい。
そして神官も、まさに調査関係の職業の方が合っている模様だ。
神官の実力も色々とユミキを通して把握したし、〈学園の鳥〉は〈転職〉できるのであれば、神官を鍛えあげ主力に置こうと決めていた。
そこからは話が早く、目前に〈転職制度〉が迫っていることもあり、〈学園の鳥〉が所有する情報。【センサー】か【レーダーマン】の発現条件を教えてもいいという結論に至ったのである。
神官としては、自分の今までの行ないが認められた形。
今日ほどうきうきワクワクする日はなかった。
掲示板でいつの間にか4バカとひとくくりにされていることが発覚したのは記憶に新しい。
甚だ遺憾である。
神官はこれでも支援先輩との話に付いていけるくらいには自分は頭が良いと思っているのだ。……ちょっと行動が伴っていないが。
地味に4バカから脱却出来るのも嬉しかったりする。
そうしてワクワクをその身に携え、気持ち引き締めた表情で〈学園の鳥〉の事務所に入る。すると、ユミキが出迎えてくれた。
「あ、来たわね。時間通りだったわね」
「ユミキ先輩。今日はよろしくお願いします!」
勢いよく90度の角度で頭を下げる神官。それにユミキは「ええ、よろしくね」と笑って続けた。
「そのまま聞いてね、これからあなたを高位職に〈転職〉させるわ」
「はい! って、え、このまま?」
なお、神官はまだ90度である。
もちろんそのまま聞く神官。
結構、辛い体勢だった。もうすでに身体がプルプル震え出している。
「もちろん〈転職〉しただけだと色々分からないことも多いだろうから、こっちで師を付けるわ。その人の後輩になって手取り足取り教えてもらってね」
「は、はい!」
「3年生だと、残り半年くらいしか時間が無いから、できれば〈調査課〉に〈転課〉して〈新学年〉からやり直してほしいのだけど。もちろんその場合〈学園の鳥〉にインターンで在籍する形になるわね。私も3年生の時から〈学園の鳥〉所属だったけれど、学業と〈学園の鳥〉の仕事の両立は結構忙しいわよ? 楽しかったけどね」
「もちろんです! 俺は〈転職制度〉を受けて〈新学年〉からやり直します!」
90度な神官の力強い返事。
神官にとってユミキは成功の象徴だ。
あんな風になれる可能性が自分にあるのなら、学業をまた1からやり直すくらい喜んで飛び込むレベルである。
なお、そろそろ神官のプルプルは限界っぽい。
「うん、いいわね。とてもいい返事よ。それで――」
「あの、ユミキ先輩、そろそろ頭を上げてもいいですか?」
「え? いいわよ」
「いいんだ!?」
瞬間、解放されてがばっと頭を上げる神官。
ユミキ先輩はそれにきょとんと首を傾げていた。まるで「なんでそんな体勢を維持してたの?」と言わんばかりだ。
どうやら頭を下げ続けるよう言われたと思ったセリフは神官の勘違いだったらしい。
無駄に腹筋が鍛えられてしまった。
緊張による初歩的なミス!
なお、それにツッコまないのはユミキの優しさか? それともお茶目か?
「それで神官、あ、もう神官じゃ無くなるのよね。えっと……シンジ、【センサー】か【レーダーマン】、どちらに就くか決めた?」
「今俺の名前忘れてなかった?」
シンジ、それが神官の名前だ。
なお、あまり知られていないので大体神官と呼ばれることが多い。職業と同じ名前なので呼びやすいのだ。
ユミキも今まで神官呼びしていたが、本日改名しなくてはいけないため、超久しぶりに名前を呼んだ。なお、少し思い出すのに時間が掛かったのはご愛嬌。
「やっぱり神官は【神官】の方が呼びやすいわね。やっぱり〈転職〉は無しにする?」
「そんな理由で〈転職〉無しにしないよ!?!?」
どうやら引き締めていた気が緩んできた模様だ。神官の口調もだいぶ元に戻ってきていた。それに気づき、気を引き締め直す神官。
「こほん。俺は【レーダーマン】を希望します。ユミキ先輩から【センサー】の上級職、【フリーダムメビウス】になるためには〈メビウスの輪〉という専用アイテムが必要だって聞いたので」
「あら、【レーダーマン】を選ぶのね。……本当に良いの?」
「え? なにその問い。いい、ですけど?」
「もし【センサー】を選んでいたら師匠役は私だったんだけど、【レーダーマン】なら別の人にしないとね」
その話を聞いて、なぜか神官は少しホッとした。
ユミキが師匠。なにそれ、すっごい疲れそう。
さっき色々体験したばかりの神官は【センサー】選ばなくて良かったー、と胸をなで下ろしたのだ。
だが、この選択を死ぬほど後悔することになるとは、この時の神官はまだ知らない。
「それじゃあ、早速〈転職〉を始めましょう。準備は出来ているわ」
ユミキからの明るいセリフに神官も明るい。
ついに、ようやく自分も高位職だと、気分は大きく高揚した。冒険者のことは綺麗に忘れ去られた。
それから色々と装備を着け、モンスターを頑張って狩ったりして、その時は来る。
「お、おお、おおお! 【レーダーマン】だ! 高位職の【レーダーマン】が発現してる!!」
「おめでとうシンジ。それじゃあポチッと押しちゃいなさい」
「どぉぉぉりゃああああ!!」
ジョブ一覧。そこにはしっかりと【レーダーマン】の文字が輝き、神官は感動で泣きそうになった。
ちなみに他にもいくつか高位職が生えていたのだが、神官は気が付かない。
ヒーラーだったので〈モンスターを100体倒す〉系の条件すら満たしていなかったのだ。満たしていればもっと早く高位職に就けていただろうに。
まあ、それは今は良いだろう。
神官は気合いを入れ叫びながら【レーダーマン】の項目をタップした。
他の選択肢がフェードアウトしていき、【神官】がフッと消えて【レーダーマン】に代わり、輝いた。
これで神官、もといシンジも【レーダーマン】だ。
「おめでとう…………シンジ」
「俺の名前を呼ぶとき一拍悩むのはなぜですかね!? でも、ありがとうございますユミキ先輩!」
「それじゃあ一旦〈学園の鳥〉へ戻りましょうか。あなたの師匠役の人には、もう来てもらっているのよ」
「マジ!? やっべ、待たせちゃった!?」
「いいえ。その子は待っていたかったんですって」
「子? え、どういうことユミキ先輩?」
「あら、そういえばまだ話していなかったわね。教えてあげるわ」
〈測定室〉から〈学園の鳥〉までの短い距離を歩きながらユミキは語る。
「さっきも言ったけど、あなたが【センサー】に就くのだったら私が師匠役になっていたのよ」
「あ、はい」
そうならないで良かったと思うシンジ。だが、その考えは後数分でひっくり返る。
「それで【レーダーマン】に就くのだったら、私の後輩、2年生の〈調査課〉でナンバーワンの実力を持ち、さらにSランクギルド〈ギルバドヨッシャー〉所属の子にあなたの師匠になってほしいってお願いしていたの」
「〈調査課2年生〉のナンバーワン!? しかもSランクギルド所属!? また凄い大物だな!?」
まさか、【センサー】に就いても【レーダーマン】に就いてもそんな大物が自分の師匠役になってくれるだなんて、もしかしなくても俺、期待されてる? そう考えて気分が高揚するシンジ。
なお、年下に抜かされている現状はすでに慣れた模様だ。いつも抜かされていた人生だった。
だがもう違う。これからは自分も抜かすだけの人生だ!
そう、心がハッピーになるシンジ。
〈学園の鳥〉の事務所に到着したのは、まさにそんな時だった。
中に入ると、とある男子が満面の笑みで立っていたのだ。
「あ、もう待っていてくれたのね。神か――じゃなくてシンジ。紹介するわね――彼が〈ギルバドヨッシャー〉所属にして〈調査課2年生〉のトップ、【レーダーマン】の上級職【エウレカカオス】に就く――オスカー君よ」
「混沌!!」
「……なゃ?」
なんかシンジの口から変な声が出た。
「【レーダーマン】の時も彼は凄かったの。破竹の勢いでどんどん上り詰めちゃってね。彼以上の実力者は学生にはいないわ」
「混沌!!」
「ちょっと待ってくれ調査先輩! じゃなくてユミキ先輩!! こいつ混沌つってんだけど!?!?」
「気のせいです」
「絶対今言ってただろ!? お、おま、お前まさか――混沌野郎なのか!?」
「気のせいです」
「絶対混沌野郎だろうがーーー!!」
「混沌!!」
「動かぬ証拠が今出たーーーーーー!!!!!!」
ハッとして口を押さえるオスカー君。
しかし、この混沌力、抗えない。
「混沌!!」
あ、漏れた。
「や、やっぱりじゃねぇか!! え? ちょっと待て、俺の、師匠?」
「混沌!!」
ダメだ、これは押さえられない。
混沌の口からは混沌しか出なかった。すっごい良い笑顔も添えられていたりする。なお、これが全部オスカー君の反射反応だ。
そして神官も徐々にとんでもないことに気が付いていく。
「え? 〈調査課2年生〉でトップ? Sランクギルド〈ギルバドヨッシャー〉所属? 上級高位職? こ、混沌野郎が? 上級高位職!?!?!?」
「混沌!!」
「う、嘘だろ!?」
「混沌!!」
「これからはツーマンセルで行動してもらうことも増えるだろうから、仲良くしてね」
「ちょ……、ちょ…………、ちょぉぉぉぉぉ!? うっそだろユミキせんぱーーーーーーーーーいっ!?!?!?」
「こんとーーーーーーーん!!!!」
こうしてシンジはオスカーの正体を知ってしまい、後輩兼弟子に収まったのだった。
 




