#1488 ゼフィルスのスマートで強力で円満解決な交渉
〈秩序風紀委員会〉は、学園都市を警邏する警備兵の下部組織だ。
分かりやすく言えば、おまわりさん見習い、とでも言えばいいか。
都市全体を見て回る警備兵だが学園内、特に校舎内などを警邏することは難しいため、ならば学生に任せようという目的で作られたのが〈秩序風紀委員会〉と言われている。
インターン的な側面もあり、卒業後は即戦力ということもあって就職に大変有利になるため学園公式ギルドの中では最も人気の高いギルドでもある。
少し脱線したが、まとめると警備兵の目が行き届かない学園の校舎で、秩序と風紀を守るギルドだな。
「うちの優秀な通信兵を持っていかれるのは、ちょっと看過できないね」
おまわりさん見習いは、将来的にはそのまま警備兵になる者も少なくない。
故に、人材の引き抜きには結構厳しかったりする。
こうしてトップが出てくるくらいには。
もっと言えばシヅキは〈秩序風紀委員会〉のバックアップを相当受けてここまで成長したため、トップが出てくるのは当然のことだった。
この方が現在の〈秩序風紀委員会〉トップ。
俺は向きなおって挨拶した。
「初めまして、〈エデン〉のギルドマスターを務めているゼフィルスです」
「あたしはこの〈秩序風紀委員会〉のギルドマスターを務めているカンナってもんさ。あんたにはラダベナ先生の娘と言った方が馴染みがあるかい?」
「ラダベナ先生の娘さんですか!」
なんと、意外な繋がり。
だが、確かに似ている。髪の色もそうだが、しゃべり方や雰囲気もそっくりだった。ラダベナ先生を若くしたら、こんな感じだったのかもしれない。
ちなみにラダベナ先生とは1年生の頃からうちの副担任を務めている先生だ。昔は〈轟炎のラダベナ〉と呼ばれ、約20年前にギルド〈キングヴィクトリー〉に参加して上級ダンジョンの攻略に貢献したとして、教科書にも名前が載っているような方である。
ちなみにラダベナ先生の職業は、【兵士】系【鬼軍曹】の上級職、高の下【灼熱地獄鬼軍曹】だ。なんか、ぴったり感あるよね。
娘のカンナさんはギルドマスターと名乗っているので3年生の先輩だろう。
つまりご卒業してしまったメシリア先輩の後任だ。
「まあ、それは置いておこうかね。それで話を戻すが、聞いていればうちのシヅキを〈転職〉させて引き抜こうって話らしいじゃないのさ。そうなれば当然通信兵としての役割は果たせなくなる。掛け持ちすらできなくなるよ。それはうちの〈秩序風紀委員会〉としても困るというものさね」
まあ、そうだな。最初は掛け持ちを考えていたのだが、シヅキが予想以上に偉い地位だったのでちょっと悩んでいた所だったのだ。実際は〈転職〉ではなく〈下級転職〉だしな。
カンナ先輩の言うことはもっともだった。
「シヅキは手塩に掛けて育ててきた子だ。なにせ〈上級転職チケット〉すら与えたんだからね。それを引き抜くとあっちゃ黙ってられないというのは分かってもらえると思う」
「ですね。もちろんシヅキが〈エデン〉に本当に加入するとなれば〈上級転職チケット〉は補填しますよ。それに、その他補填が必要なものは言ってくださればもちろん用意します」
俺も完全に同意なので、その辺は補填することを約束。〈上級転職チケット〉はいっぱいあるしな。
ただ、少し話が先に行きすぎているとも感じる。まだシヅキが〈エデン〉に正式に加入するとも決まっていないのだ。
なので、俺は「シヅキが〈エデン〉に本当に加入するとなれば」と付け加えた。
すると、当人のシヅキが突然ガタリと立ち上がり――カンナ先輩に一礼。
「カンナ総隊長! お世話になりました!」
「そんな簡単に決めてんじゃないよ! このすっとこどっこい!」
すっとこどっこいって言った。
この人、なかなかに切れのあるツッコミ持ちだ!
「まったく、ただでさえ外では妙な気配やモンスターが増えてきているっていう時に――」
「ん? カンナ先輩、それは」
難しい顔で腕を組むカンナ先輩の言葉に、俺は素早く反応した。
この人、今とても聞き逃せないことを言わなかったか?
外? 外のダンジョン?
「……いや、なんでもないさね。それよりも、シヅキのことさ。そう簡単に脱退されちゃ困るよって話だよ」
「えー」
「えー、じゃないよまったく」
うむ、誤魔化されてしまった。今の、かなり重要な情報だと思うんだが。
いや、重要だからこそ教えられないのかもしれない。あとで学園長に聞きに行かなければ。
お土産は、なにがいいだろう?
そう考えていると、シエラがこんなことを言い放った。
「別に〈エデン〉はシヅキに拘る必要はないから、〈秩序風紀委員会〉との関係を悪化させてまで勧誘するメリットは薄いわね」
「うっそでしょ!? ちょっと待って! 今説得してみせるから!」
対してシヅキは泡を食ったように目を見開いてカンナ先輩に飛びつく。
「お願いしますカンナ総隊長! これとんでもない大チャンスなんです! もうこの先来ないような超幸運なんです! 絶対に掴みたいんです! お願いします!」
「こらこら落ち着きな、お願いであたしを押し倒す気かい!?」
「必要があれば、投げ飛ばしたりもしますとも!」
「どんなお願いの仕方だいこのすかたん!」
今度はすかたんって言った。
ちょっと面白い。
「この通りです! 本当に! マジで! お願いします! というかそろそろ契約の1年が過ぎる頃ですよね!?」
「はぁ。仮に認めるとしても補填は相当なものになるよ? 〈エデン〉には……そうさね、〈上級転職チケット〉の補填は当然頼むとして、例の〈テレポート水晶〉の納品も加えさせてもらおうかね。最低でも十数個は欲しいが」
「テ、〈テレポ〉!? それってオークションでとんでもない値段で落札されたやつじゃ!? この欲張り! カンナ総隊長のアホー! そんなの〈エデン〉だってそう簡単に用意出来るわけ――」
「別に構わないぞ。用意しよう」
「勇者君素敵! 絶対ついていくね!」
「この子、色々と良い性格してるわね」
「ですよね。こういう子ゼフィルスさんが気に入りそうな子だと思いました」
「はぁ」
うむ。シヅキは面白いな。
マリアはナイスだ。確かに、俺はこういう面白い子が大好きだ!
上司にアホ言ってカンナ先輩からついにヘッドロックを決められてタップしている光景は、ちょっと笑ってしまったよ。
〈秩序風紀委員会〉って、結構面白いところだったんだな。
「でも、実力は本当にあるのかしら? なんだか不安なのだけど。〈転職〉したら返品は利かないのよ?」
「あれ!? 私の返品について相談されてる!? 待ってくださいシエラさん、私はこれでも優秀です! ほら見てください、総隊長が引き留めるくらいには優秀です!」
「とてもそうは見えないのだけど」
「シヅキちゃん、普段の言動がアレですから」
「アレ!?」
カンナ総隊長を手で指して必死に自分は優秀アピールをしていくシヅキだが、なぜかシエラには逆効果な予感。
ここは、しっかり真面目にした方が好感度が上がるぞ?
ということで、真面目に聞いてみた。
「シヅキ」
「! は、はい!」
名前を呼ぶと一瞬でピンと背筋を伸ばして姿勢を正すシヅキ。
良く訓練されている。さすがは〈秩序風紀委員会〉の副隊長格。
こういうきびきびしている姿を見せればシエラも安心出来るだろう。
「〈エデン〉はSランクギルドだ。そして、学園どころかまだ世界が成し遂げていない上級中位ダンジョンの攻略中でもある。そして、俺は今後上級上位ダンジョンや、最上級ダンジョンにも挑戦する予定だ」
「上級上位ダンジョン、最上級ダンジョン!?」
「また、とんでもない話が出てきたね」
さらにピンと伸びるシヅキに、たらりと汗が流れるカンナ先輩。
よし、俺の、俺たちの本気度、ちゃんと伝わっているな。
「当然誰も到達したことはないからな。そこがどんなところなのか、どんな危険が待っているのか、誰にも分からない。学園祭で登場したあの〈ヘカトンケイル〉みたいなモンスターだって出てくるかもしれない」
ここで一旦区切ると、ゴクリという喉が鳴る音が正面から聞こえて来た。
そして、このタイミングで問う。
「シヅキに問おう。そんな場所を先駆者として踏破していく覚悟はあるか?」
問われたシヅキは1度腕を組み。何やら色々考えているのだろう、表情をコロコロと変えた。これにはカンナ先輩も何も言わず見守る姿勢だ。
そして時間にして30秒ほど悩んだだろうシヅキは、またピンと伸びた姿勢で答えた。
「私にはまだ実感ができません。〈戦闘課〉には所属していますが、どちらかというとサポートがメインでしたから。ですが、自信はあります。ダンジョンに行く覚悟もあります。そして勇者君の期待に応えたいと強く思っています! 一生懸命頑張ります! だからどうか、私を〈エデン〉に加えてください!」
「……覚悟はある、ということね? それは、大面接の時よりも大きいのかしら?」
そう聞くのはシエラだ。何しろ先程まで半信半疑みたいな目をしていたからな。
色々聞きたいこともあるのだろう。
これにはシヅキも頷く。
「もちろんです! あの時の私はまだ未熟で、自信もそれほどなく、〈エデン〉に加入したいとしか思っていませんでした。ですが、今は違います。〈エデン〉で役に立ちたいです! あと、たっくさん自慢してくれやがったトモヨちゃんやマリアちゃんたちに――いえ、これはなんでもありませんでした! とにかく、私はどんな危険なところでも〈エデン〉に付いていき、〈エデン〉を支え、共に歩んでいきたいと思っています! ……ですが」
「安心してくれ。その力は授けることを約束する」
「! はい!」
「というわけだシエラ、どう思う?」
「あなたはもう決まっているのでしょ?」
「ああ。【ルシファー】は強い。もうとんでもなく強い。……ちょっとシヅキとはイメージが合わないが、まあ問題無いと思っている。シヅキ自身もやる気あるみたいだしな」
「……なんだか、いまいち反応に困るのだけど……。まあいいわ。――シヅキ、あなたの覚悟とやる気、確かに見せてもらったわ。私はあなたが加入してくれることを歓迎するわ」
「! シエラさん!」
「俺もシエラに同意だ。ということで――カンナ先輩に提案です」
シエラからも無事許可が下りたので、俺も心置きなく交渉できるな。
「なんだい? 貴重な通信部の人間を引き抜くことが可能な提案なんだろうね?」
「もちろんですよ。今カンナ先輩が言ったとおり、通信出来る人は貴重とのこと。俺はその解決手段を持っています」
「ほう?」
自信あり。
何しろこの学園では、というか国では通信できる人、つまりは【通信兵】がとても不足しているのだ。
通信ができる職業というのはとても少ない。
「公爵」関係や【ブレイン】の様な専用アイテムが必要な上級職。
そして【通信兵】系統である。
この中で最もコストが低く通信が可能なのが、【通信兵】だ。
学園は【通信兵】をとても欲している。しかし、【通信兵】もまた貴重な職業だ。
その理由は―――発現条件が分からないから、である。
去年、シヅキをわざわざ中位職の【通信兵】に〈転職〉させてまでスカウトした行為から見ても、【通信兵】が貴重で公式ギルドがとても欲していると言うのが分かるだろう。ならば、である。
「カンナ先輩。俺は【通信兵】の発現条件を知っています。それを提供しましょう。上手くすれば次の〈転職制度〉で多くの【通信兵】をスカウトできますよ?」
「!!」
俺の提案に大きく目を見開くカンナ先輩。
不足しているのなら、大量に足してしまえば良いのだよ!
〈秩序風紀委員会〉がシヅキに拘る必要がないくらいにな!!




