#1448 ハンナ連れて行かれる「私はここまでみたい」
一昔前までは男性が女性に〈上級転職チケット〉を贈る行為は結婚してほしいというような意味があった。おかげで一部では別名〈嫁チケット〉、なんて呼ばれてたりしたんだ。
だが、そんな時代はもうとっくに終わっている。
だからタネテちゃんにこれをペラリと見せても大丈夫なはずだ。
しかし。
俺が差し出した〈上級転職チケット〉をタネテちゃんは最初よく分からない物を見る目で見つめていた。
そして俺を見て、〈上級転職チケット〉を見て、そして俺をもう一度見る。
あれ?
「え、えええええ!? 私ですか!?」
「あ、ちょーっとストップなんだよ。あのねタネテちゃん。説明するね」
もうびっくりしたというリアクションが起こった瞬間、ハンナが待ったを掛けた。そのままタネテちゃんを連れてギルドハウスに入る。俺は〈上級転職チケット〉をペラリしたまま取り残されてしまった。
「だから――な訳で」
「えー。じゃあ―――なん―――なのですか? な――です?」
「それ――ゼフィルス君――と言うしか……」
「と――わ――です」
そして1分くらいで出てきた。
「お受けします」
戻ってきたタネテちゃんが最初に言ったセリフがこれだった。
「ハンナの説得超有効だな!?」
おお! すげぇ。
今度から生産職をスカウトするときはハンナに手伝ってもらえれば良いんじゃない? と本気でそう思った。
でもハンナからの笑顔の圧がなんかすごい。
いったいどうしたのだろう?
「まったくゼフィルス君ったら。これはあとでシエラさんに報告だよ」
「え、シエラにはタネテちゃんを専属にすることはもう話してあるぞ? 素材流してたし」
「そういう意味じゃないんだよゼフィルス君?」
「あ、はい」
どうやら俺が〈上級転職チケット〉をペラリと渡そうとしてしまったのが問題だったらしい。
いや、だってレベルカンストしたら〈上級転職チケット〉が必要だろ?
だからセーフってことでここはどうか一つ。
そうハンナに願ったのだが、ハンナは「それはシエラさんに判断してもらうから」と言ってシエラに判断を委ねてしまった。
……なぜか背筋が寒くなったのは、きっと気のせいだと思いたい。
「そういうわけだからタネテちゃん。よろしくね」
「いえこっちこそよろしくです生産隊長様」
「私のことはハンナ先輩でいいよ? なんだったら、ハンナでも」
「はい! ではハンナ様と呼ばせてもらうです!」
「え?」
こうしてかねてからの計画通り、タネテちゃんと専属契約を交わすことになった。
ケンタロウと同じものだ。
〈上級転職チケット〉を渡す代わりに、〈エデン〉を優先して依頼をこなすこと。
なお、別に〈エデン〉だけじゃなくて他の依頼も受けてもいいよ。でも〈エデン〉優先ね。
という契約だ。
なぜか視界の端でケンタロウがプルプル震えている姿を幻視したが、これも気のせいだろう。
後でセレスタンに来てもらうということにして。
さて〈上級転職〉してもらおう!
「俺はタネテちゃんに【プロフェッショナルクラフター】に就いてほしいと思ってる」
「聞いてるです。先代も今代のギルドマスターも、みんな〈エデン〉の、というよりゼフィルス先輩の指導を受けて〈上級転職〉したですって。私も是非【プロフェッショナルクラフター】になりたいと思ってるです」
「話が早い!」
「ありゃりゃ、でも明日からクラス対抗戦だし、今〈上級転職〉すると調整が大変だよ?」
経験者は語る。
去年、ハンナもクラス対抗戦の1週間前に〈上級転職〉して、1週間で学園を震撼させるほど仕上げてきたが、大変だったようだ。
「いいえ、今の私はまだまだです。やはりクラス対抗戦で良い成績を残すには上級職になるのは欠かせないです! ゼフィルス先輩、ハンナ様、やってくださいです!」
「その意気や良し!」
「ああ……やっぱりハンナ様は確定なんだ……」
結局タネテちゃんはそれから30分後、見事に【プロフェッショナルクラフター】に就いていたのだった。
よっし! これで新たな専属が増えたぞ! クラス対抗戦が終わったら早速色々注文しようと思う!
「これでタロウ先輩に頼らなくてもよくなるです。私が〈彫金ノ技工士〉を引っ張ってみせるです!」
燃える様子のタネテちゃん。
あれ? これケンタロウの席とか大丈夫なのだろうか?
なぜかギルドマスターという地位から蹴落とされたケンタロウの姿が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。
最強育成論を渡してSPを振ってもらい、今からクラス対抗戦に向けて調整するというタネテちゃんと別れて、俺たちは再び散策に戻った。
「ゼフィルス君、色んな人に援助してるよね」
「おう! これが巡り巡って〈エデン〉のためになるって信じているからな!」
「すごいな~」
ハンナにすごいって言われちゃった。俺はとても気分が良くなった。
その後は軽く買い物。
色々小物を買い求めたり、食事したり、マリー先輩のところに行って装備を秋用にちょっとコーディネートしてもらったり。まあ、色々しながら過ごしたのだった。
「はぁ~。なんだか、久しぶりだねこういうの」
「1日ハンナと居られる日も少なくなったからなぁ」
ゆっくりのんびりする日も久しぶりだが、ハンナが言いたいのは多分、俺と2人で1日過ごすことを言っているのだろう。
最初学園に来たときはハンナと2人だったし、その後もちょくちょく2人になることも多かったが、メンバーが増えてなかなかそういう機会も減っていた。
でもたまにはこういうのんびりとした休息も必要だなぁとしみじみ思う。
「ハンナ、今日はどうだった?」
「うーん、ちょっとバタバタしてたけど、それも含めて楽しかったよ?」
「そう言ってもらえて良かった。そろそろ帰るか?」
「うん。少し寂しいね」
「だな」
しかし、もう日は沈み、夜になってる。
明日もあるし、俺はハンナを福女子寮まで送り届けた。
「なんか見られてるんだが?」
「き、気のせいじゃないかな? うん」
ハンナも必死に誤魔化そうとしているが、福女子寮の窓という窓からこっちを覗く視線があるのは気のせいかな? ほら、あそこに居るのシレイアさんにアルストリアさんじゃね? あ、ミリアス先輩もいるな。ジッとハンナを見ているが?
「えっと、今日はシエラさんのところに泊めてもらおうかな」
「……それがいいかもなぁ」
先延ばしな気がしないでもないが、明日からはクラス対抗戦があるし、ハンナばかりを気にしていられる余裕はないだろうという判断だ。
せっかく送り届けたが、俺たちは貴族舎にUターンすることになった。
メッセージでアポイントを取ると、無事シエラがオーケーしてくれたので、貴族舎の1階で待ち合わせする。
すると、なぜかシエラに加え、ラナとリーナまで揃っていた。おや?
「お帰りハンナ。さ、お泊まり会をしましょうか」
「じっくり聞かせてねハンナ」
「今日は寝られるか分かりませんわね」
「は、はわわ!? ゼ、ゼフィルス君……」
ハンナはとても切なそうに「どうやら私はここまでみたい」という顔をしてシエラたちに連れて行かれてしまった。
楽しいお泊まり会のはずが、なぜか冷や汗が流れるのはなぜだろう?
俺は心の中でハンナ頑張れと応援し、手を振って見送った。
翌日の朝、ハンナは俺の部屋に来なかった。




