#1269 トモヨの決意。〈下級転職ランクダウン〉!
「強さを手に入れるには並々ならぬ覚悟がいるぞ。トモヨにその覚悟が――」
「やる!」
「こらトモヨ。まだ全部言ってないぞ!」
「ゼフィルス君が提案することなんて全部私たちのためになることだって分かってるもん! 私はなんでもやるよ!」
「ほほう、なんでも? じゃあ、もし今以上の力を手にするために、今の実力を一度失ってしまうとしても構わないということかね?」
「! う、うん! 構わないんだよ!」
俺の提案に一度怯んだ様子のトモヨだったが、決意は堅いようでしっかりと頷いたのだった。
それに心の中で俺も頷いて、俺は深く感心した。
今の一度怯んだ様子から、意味をしっかり理解した上で、それでも前に進もうとしていると分かったからだ。
今のトモヨのLVは――世界でもトップクラス。
そのLVは上級職の34だ。
今の所、このLVに達している者はこの世界全体を見てもこの〈エデン〉くらいしかいないのではなかろうか、という超高レベルである。
就活の面で見れば間違いなく好待遇で受け入れられ、引く手あまただろうと簡単に予想出来るほどだ。
しかしトモヨはそんなことよりギルドの仲間に追いつきたいという道を選んだ。
たとえ1度LVをリセットしてしまったとしても、やり直すことになったとしてもギルドの仲間と肩を並べたいと。
ここまで言われれば俺も覚悟を決めよう。トモヨの覚悟に報いよう!
「その意気や良し! ならば俺がトモヨに指す道は1つ――〈下級転職〉を勧める!」
「!! や、やっぱり!」
今の実力を一度失うの辺りでトモヨも察していたようで、俺の言葉に若干驚きとも怯みともつかない表情でおののくトモヨ。
―――〈下級転職〉。
それは〈上級転職〉の真逆で上級職から下級職になりもう一度LVゼロからレベルを上げ直すこと。
ゲーム〈ダン活〉時代、3年という時間制限のあった〈ダン活〉では〈下級転職〉というのは最後の手段だった。
王族貴族、天使と悪魔のカテゴリーは人数制限があった関係で育成に失敗したときはたまにされていた方法だったが、血の涙さえ流しかねない決意が必要だったんだ。
だって失敗したんだもん。
プレイヤーの中には「子爵ちゃんの弱っちぃ時代が好きだ!」と言って逆に育成しては〈下級転職〉を繰り返し、弱っちぃ時代を何度もプレイしては育成するというマニアックな人もいたが、俺は強いキャラに仕上げたい派だったので相容れなかった。
しかし、やり直すことには大きな利点がある。
〈下級転職〉後、大体が育成に成功するのだ。やり直したのだから当然とも言えるかもしれないが。
狙った職業に就き、がっつり理想の育成をこなして大成したキャラに仕上げる。俺は〈下級転職〉させたキャラは全て最強に育て上げた実績があった。
だからこそ自信を持ってトモヨに提案する。
とはいえ、それはトモヨの覚悟次第だ。
「どうするトモヨ? 今ならまだ引き返せるぞ? 一度下級職、しかもLVゼロからやり直して再びギルドメンバーと肩を並べるまでレベルを上げるか、それともこのままみんなと一緒に上級ダンジョンへ挑み続けるか」
「やる! やるよ! 私だってもっと強くなりたいもん!」
「その覚悟しかと受け取った! 俺に任せろ! トモヨを他のメンバーにも見劣りしないくらい立派に育成してやるぜ!」
「お願いします!」
ガシッと両手でトモヨの両手を握る。
これは絶対に失敗できないな。
俺は早速行動に移る。迅速にことを運ばなくてはならない。
「よし、ではまずギルドに移るぞ。トモヨはこんな時間だが大丈夫か?」
「私が言い出したことだもん。もちろんだよ」
「その言葉が聞きたかった!」
というわけでラウンジから〈エデン〉のギルドハウスまで戻る。
もう21時を過ぎてはいるものの、まだギルドハウスには灯りが付いていた。
ギルドハウスの温泉は24時間、いつでも入れるのです。
最近は朝風呂に入りたいとか言い出したメンバーが、余った部屋にベッドを持ち込んで寝泊まり出来る環境を整えていたりするので不思議なことではない。もう夏だからな。朝風呂っていいよね。
「それでゼフィルス君、私はどんな職業に就けばいいの? できればタンクは続けたいんだけど」
「トモヨを他のメンバーと遜色ない強さの職業に就かせるにはいくつかの道があるが、上級職、高の上、つまり覚醒の光が出るほどの職業に就きたいのなら選択肢は限られる。ズバリ、【天使】系か【悪魔】系だ」
「フィナ先輩とエリサ先輩みたいな!?」
トモヨの脳裏に天使と悪魔の双子姉妹が過ぎったようだ。
そういえばトモヨは2人のことを先輩と呼んで慕っているんだったな。
他のメンバーの多くがちゃん付けで呼ぶ双子姉妹だが、実力は〈エデン〉の中でも上位に来る。トモヨとしては尊敬する先輩のようだ。クラスメイトだけどな。
「わ、私が天使、もしくは悪魔に、か~。えへへ」
「こーら妄想に飛ぶには早いぞ」
「はっ!? ついクセで!」
クセなのか? どうやらトモヨはクセになっているくらいいつも妄想をしている様子だ。
何を妄想しているか、ちょっと気になるところ。
「ちなみに何か希望とかはあるのか?」
「よく分からないので、ゼフィルス君にお任せで!」
「潔い!」
――〈ゼフィルス君のお任せコース〉。
ぶっちゃけそれが強くなるための近道。
トモヨは〈エデン〉に染まりきってるな~。(ゼフィルス済み)
「とはいえなるべく希望には添うようにするけどな。トモヨは【天使】の方がいいとか、逆に【悪魔】の方が良いとかあるか?」
「どっちでも構わないよ~。エリサ先輩すっごく強いしね」
昔フィナとエリサに【天使】と【悪魔】を紹介した時、「【悪魔】はちょっと遠慮したい」という意見が上がったのだ。まあその意見は今ではどこか行ってしまったのだが。
現在エリサがもの凄い活躍をするおかげで【悪魔】のイメージもだいぶ改善されている。むしろ人気すら出てきているほどだ。
〈学園出世大戦〉で引き起こした筋肉大量殲滅。
〈学園春風大戦〉でやらかした〈獣王ガルタイガ〉のギルマスとサブマスの2タテ、これは本校に通う学生にとって衝撃的だったようだ。
今では密かに〈天魔のぬいぐるみ〉が値上がりしていっているという。
トモヨとしても【天使】系と【悪魔】系に特に思うことは無いようだ。
「となると、やっぱり【天使】系かな。【悪魔】もタンクは居るが盾を持てないし」
ネックは盾。
【悪魔】系は超強い職業系統ではあるのだが、唯一〈盾〉の適性が皆無なのだ。
つまり盾を持てないのである。
【悪魔】系の上級職でタンク職である【サタン】も『己の肉体で全てを受け止める!!』的な職業である。うーん悪魔っぽい。
対して【天使】はほとんどの職業が盾に適性を持つ。ほとんどというか全部だな。
故に、タンク女子にお勧めするとすればやはり【天使】系になるだろう。
そう軽く説明する。
「天使か~。私がフィナ先輩みたいに空飛んじゃうのか~。えへへ」
「おーいトモヨ~。ありゃ、旅立っちまったか?」
「はっ! 旅立ってないよ! うん!」
怪しい。
まあ、いいか。
「それで目指す上級職なんだが、タンク特化なら――【ガブリエル】だな」
「【ガブリエル】?」
「【アークエンジェル】からのルートで、今のフィナがオールマイティだとすれば、【ガブリエル】はタンクに非常に特化している。受けタンクと避けタンクの両立はもちろん。天使特性で回復魔法まで常備されている優秀な職業だ」
フィナの【ミカエル】は攻撃にも通じているので物理、魔法、両方の攻撃技を獲得可能だ。まさにオールマイティ。
それに対し【ガブリエル】は本当にタンク特化型。いや、空も飛べるし回復はできるし避けタンクも出来るので純粋なガッチガチのタンクではないが、【アルティメット・イージス】の特色だったはずの『完全耐性』系もいくつか覚えるほどだと言えば、どれほどタンクとしての適性が高いか分かるだろう。
実はフィナもタンク希望だったので【ガブリエル】にしようか、と悩んだこともあったのだが、フィナは子爵。思考が攻撃に寄りすぎているところがあったので【ミカエル】ルートへ進んだのだ。トモヨはタンク寄りの思考をしているので今度こそ【ガブリエル】を勧めたいところ。
そう伝えると、一瞬遠い目になったトモヨがガシっと俺の肩を掴んできた。
「ゼフィルス君。どうか、どうかよろしくお願いします」
「おう! 任せろ! というかギルドハウスでスラリポして〈天魔のぬいぐるみ〉と〈下級転職チケット〉を持ったら早速〈転職〉だ!」
いつの間にかなんかいっぱい集まっている〈下級転職チケット〉と、数えたらなぜか4つもあった〈天魔のぬいぐるみ〉のうち1つを拝借し、発現条件を満たしてから俺たちは貴族舎にある〈測定室〉へと向かったのだった。
ちなみにスラリポをしたのは【アークエンジェル】の条件に〈盾と剣を装備した状態で〈雷属性〉〈光属性〉〈聖属性〉を使ってそれぞれモンスター100体倒す〉というものがあるからだ。ギルドハウスにある溢れんばかりの武器を使えば余裕でクリアだな。
そして、〈天魔のぬいぐるみ〉を使用!
「うう、なんかフィナ先輩とエリサ先輩を使ってしまったみたいで地味に気が引けるよ~」
「ああ。なんでだろうな?」
ゲーム時代、まったくそんなこと思わなかったのにリアルだとぬいぐるみを使うのに抵抗がある。すっごく不思議!? 俺も〈エデン〉に染められているのかもしれない!?
あと3つも残ってたし、1つくらい使っちゃっても構わないよね? なぜかダメと引き留められている気がする――ええい気のせいだ!
条件も達成して最後に〈下級転職チケット〉をトモヨに渡す。
「これでよし。トモヨ、〈下級転職チケット〉を持ってタッチしてみな」
「う、うん!」
〈下級転職チケット〉はLV15から使える下級職に就くためのアイテム。
トモヨはLV34なので問題なく使用可能だ。
「あ、あった。【アークエンジェル】」
「よし、間違えるなよ」
「うん!」
トモヨは間違えることなく【アークエンジェル】をタップした。
【アークエンジェル】がクローズアップしてトモヨの上部に輝き、【アルティメット・イージス】がどっかいく。
こうしてトモヨは、【アークエンジェル】に〈下級転職〉したのだった。




