#1223 学園はついに〈幸猫様〉の存在を知る。
「〈金箱〉だー!」
「ゼフィルスさん。ダ・メ・よ?」
「おっふ」
〈金箱〉出現、しかも2個。これは〈幸猫様〉の恩恵。
ということで一気にテンションが上がっていつも通り我を忘れかけたのだが、タバサ先生にダメって言われて鎮火した。
まるで待てと言われた犬の気分だ。大丈夫、俺、ちゃんと待て、出来る(?)。
「〈金箱〉が、2つだと?」
「ふわー! すっご!」
「特殊なボスじゃったからのう。それで宝箱が増えたのじゃ?」
そこへやってくるキリちゃん先生とカノン先生、そしてヨウカ先生。後ろからぞろぞろと出てくる先生方。
ボスのいなくなった部屋は先生方に一瞬で占拠されてしまった。
なお、みんなの注目は隠し部屋よりも2つの〈金箱〉に集中されている。
ふっふっふ。当然だな。
しかし、その時先生方からあるまじきとんでもないセリフが聞こえた。
「凄まじいな」
「ああ、どんな物が入っているのか楽しみだ」
「キリエ先生、早速開けて貰えますでしょうか?」
開ける? 今、〈金箱〉を開けるって言った?
思い出すのは〈島ダン〉でお祈りも捧げずにパカッと〈金箱〉開いた先生方の姿。
まさか、再び〈幸猫様〉にお祈りも捧げずに〈金箱〉を開ける気か!?
「『英勇転移』!」
「ゼフィルスさん!?」
「そこの先生方! ちょっと待たれい!!」
「「「うおお!?」」」
「な、なにごとだ!?」
俺は転移して一瞬で〈金箱〉の前に現れると両手を広げて遮った。
おののく先生方とキリちゃん先生。
「この宝箱倍加現象は〈幸猫様〉の恩恵! しっかり〈幸猫様〉にお礼とお祈りを捧げなければ宝箱を開けてはならないと心得よ!」
「さ、さちねこさま??」
俺の迫力に目を瞬かせながらキリちゃん先生が言うのに頷き、俺は彼ら彼女らに〈ダン活〉の道理を説いた。
「そうだ! ここのイベントボス〈ホネデス〉が落とす〈金箱〉は本来1個だ! しかし、〈幸猫様〉の『幸運』により、宝箱の倍加現象が発生した! 今回〈金箱〉が2つになったのは間違いなく〈幸猫様〉が恩恵をくださったからだ! しっかりとお礼とお祈りをしなければ宝箱を――」
「もう、おちついてゼフィルスさん」
「――ふにゃ」
しかし話の途中で背後から迫ったタバサ先生に再び頭を掴まれて胸に引き寄せられ、鎮火してしまう。おっふ2度目。
この感触に抵抗は無意味だった。むしろ抵抗する気が起きない。俺は大人しくなった。
「えっと? タバサちゃん、今のはいったい?」
「気にしないでカノンさん。ゼフィルスさんは〈金箱〉のことになると、たまに暴走するの」
「あ、ああ。そういえば合同攻略の時も〈金箱〉の時はテンションが高かった覚えがある」
俺の目の部分はタバサ先生の両手で塞がれているため見ることは出来ないが、キリちゃん先生たちは戸惑いつつもどこか腑に落ちたといった様子だ。
「それでタバサ、この宝箱はどうすればいいかのぅ? 開けても良いのじゃ?」
「お祈りをすれば開けても構わないわよ」
「お祈り? 先ほどゼフィルスが言っていたな。そのさちねこさま?? というのに祈れば良いのか?」
「そのとおぉぉぉ――」
「はいはい。ゼフィルスさんはここにいましょうね」
「――ふにゃあ」
「――ええ。〈エデン〉ではね、〈幸猫様〉という守り神がギルドハウスに飾られてるの。そして〈金箱〉などが出た際は、〈幸猫様〉にお祈りして開けるのが常識になっているのよ。こう「良い物ください」とか「〈金箱〉ありがとうございます」と言って開ける感じね。そうすると、いつもよりもレアなものが当たるのよ」
「え!?」
「それは本当なのか!?」
「先ほどゼフィルスも〈幸猫様〉の『幸運』と言っていたのじゃ。もしかしてそれか?」
「えっと。ゼフィルスさん、ここから先は言っていいのかしら?」
そう言ったタバサ先生がようやく俺を離してくれる。後頭部に幸せを感じなくなってちょっと悲しくなりつつも、仰け反った姿勢から元に戻る。
「ふう。――説明しよう! 要は〈幸猫様〉にお祈りすれば『幸運』を授けてくれるんだ! ギルド設置アイテムだな!」
「なんと!」
「そんなものが!?」
ざわざわ。俺の言葉に先生方が一気にざわめいた。
〈幸猫様〉のことをバラしてもいいのか? 答えは「良い」である。
というか普通にドロップするアイテムなのだから普通に使えば良いんだ。俺の許可を取る必要なんてない。
しかし、キリちゃん先生たちの反応は〈幸猫様〉の存在を知らない人のそれだった。おっと、そうだったな。
「ちなみに〈幸猫様〉とは尊い愛称で、正式名称は〈幸運を招く猫〉と言う!」
「……それも、聞いたことがない」
「妾もじゃ」
キリちゃん先生とヨウカ先生、そしてざわめく先生方もまったく聞いたことがないという。
そんなことがあり得るのか? 実はあり得てしまうのだ。
〈幸猫様〉がドロップするダンジョンはかなり限定されており、初級中位ダンジョンの3箇所全てと〈猫ダン〉の計4箇所でしかドロップしないのだ。しかも全てレアボスドロップという超激レアアイテムである。その効果を見れば納得のレアリティと入手難易度だ。
ここでポイントなのが初級中位ダンジョンのレアボスドロップという点。
俺は初級中位の〈野草の草原ダンジョン〉のレアボス、〈エンペラーゴブリン〉からドロップしたが、本来ここで〈幸猫様〉がドロップする確率はかなり低い。激レアだしな。
だからこそ〈ダン活〉プレイヤーは〈幸猫様〉がドロップする確率がそれなりに高い〈猫ダン〉に足繁く通い、〈幸猫様〉をなんとしても手に入れてきたのである。
そして初級中位というのはレアボスからドロップする報酬の価値が低い。
〈笛〉を使って呼び出すとなると、その回復代に収支が釣り合わないのだ。
4回吹いてレアボスが2回出なかっただけで収支がマイナス。しかもドロップ率が辛く、〈幸猫様〉をお迎えするためにどれだけ笛を吹けば良いのかも分からない。ついでに言えば初級中位では資金的な面でまだ脆弱の時なので、〈笛〉の回復代を稼ぐことも四苦八苦する時期だ。むしろ〈笛〉を持っていないまである。
そしてLV的にも資金面でも成長した時にはもう初級中位には潜らなくなっている。
そういう意味で〈猫ダン〉は非常に重要なダンジョンのわけだが。ここで大問題。
―――この世界の学生は、〈猫ダン〉を攻略しないのだ。
どういうことなのか?
理由は――「猫、可愛い」。
これで全て説明できる。
冗談だ。ちゃんと――「猫、強い」も添えておくさ。
つまりそういうことだ。
この世界の猫は可愛くて強い、ある意味で最強の存在。
誰もそんな猫を撃破しながらダンジョンを攻略したいと思わないのだ。むしろ可愛さを愛でるために1層は猫の園になっている。
故に、レアボスどころか〈猫ダン〉の攻略者の証を持っている学生すら今では〈エデン〉メンバーくらいしかいないのが実情だ。
これが〈迷宮学園・本校〉で誰も〈幸猫様〉を持っておらず、その存在も知らない理由である。
ということでここから先は有料です。まずは宝箱を開けましょう。
「よし、では俺のお祈りをしっかり見て真似してくれ――ああ〈幸猫様〉今日も素晴らしい〈金箱〉をありがとうございます! 良い物をお願いします!」
ということで俺はお手本を示した。ちなみに〈仔猫様〉へのお祈りは心の中で済ませた。
すまん〈仔猫様〉。今回はお手本なので、後でお供えいっぱいしますね。
「それは、本当にお祈りなのか?」
「お礼と願望が混ざってるし!」
「カッカッカ!」
キリちゃん先生とカノン先生のツッコミが心地良い。ヨウカ先生は俺のお祈りが面白かったのか笑っているようだ。
「では、オープン!」
ふっふっふ、話の流れで俺が自然と〈金箱〉を開けることになったぜ。
そうして開けると、中から出てきたのは――〈地獄の三つ叉の戟〉という武器だった。
「「「おおおおおおおお!」」」
「鑑定! すぐに『解析』するんだ!」
「自分に任せてくれ! 『解析』! ――これはまさか、【悪魔】系限定装備か!」
「最近名が良く上がるようになった【悪魔】系、その限定装備だと!?」
「「「おおお!!」」」
それは両手槍。
先が三つ叉に分かれ禍々しい黒に染められつつも、両刃の剣のような形をしていてかっこいい。先生方がとても盛り上がっていらっしゃった。
よっし、当たりだ!! 俺も内心よっしゃした。
レアイベントは〈金箱〉確定。そのドロップは非常に限定されており、10種類もないのだ。欲しいドロップを狙いやすく人気の狩り場だった。とてもやりにくいことを除けばな。
これはまさに上級悪魔や魔王が持っているにふさわしい槍だという姿で実に素晴らしい。かっこいい!
実は〈木箱〉産にも〈悪魔の槍〉という三つ叉の槍が存在するのだが、そっちは玩具かな? 的な見た目なので比べて感動も一入だ。
イルカ先生の言うとおり、これは【悪魔】系限定装備。
完全に物理系武器なのでエリサには装備させられないが、むしろこれは上級職の条件達成で使用する類いの武器なので元々装備させるつもりもない。いつか再び【悪魔】系に就くメンバーが現れた時のために取っておこうと思う。
あ、これは俺が当てたものだから〈エデン〉の物だぞ?
「あら。私のところにはフィナとエリサが入っていたわ」
「え? マジで!?」
ちなみにもう1つの〈金箱〉をタバサ先生が開けると、出てきたのは〈天魔のぬいぐるみ〉だった。
タバサ先生! それはフィナとエリサではありません!




