#1208 マリー先輩の良い笑顔! 新しい店で超練習!
〈学園春風大戦〉から数日経って盛り上がりも落ち着いてきた。
昨年度の最上級生が抜け、その影響で合併や解散でギルド数が減って出来た空席を取り合うギルドバトルは無事終了。
〈エデン〉を含む、数十のギルドが昇格を果たした。
また、今回の〈学園春風大戦〉の後、5月9日金曜日までが防衛実績の期間とされたことで〈城取り〉などのランク戦が一時的に縮小化した。
つまりギルドの戦力を回復、強化する期間に突入したわけだな。
元最上級生が抜けて弱体化した隙をついて多くのギルドランクが入れ替わった。
このランクを継続・維持できるか、それとも防衛実績が明ける5月にランク戦を挑まれて元に戻るのか。
今後のパワーバランスが決定する非常に重要な期間だな。
というわけで勧誘合戦が本格化してきた。
戦力強化に強い人材は欠かせない。
どこのギルドも力を入れ、部活動の勧誘の如くそこら中で1年生や留学生を勧誘している様子が見受けられる。
特に留学生の勧誘の様子が凄い。
1年生はまだ覚職していない人が多いが、留学生は分校で選抜されたエリートたち。つまり即戦力!
現在そこら中で留学生と思われる学生たちが勧誘合戦という名の本校の荒波に揉まれまくっていた。
「良い雰囲気だな」
「どこがや。そこら中でバチバチいっとるで?」
俺の言葉にツッコミを入れたのは隣にいたマリー先輩だ。
ここはとある校舎に近い道沿い。そこを珍しくマリー先輩と一緒に歩いている。
というかマリー先輩が外に出ていること自体珍しいかもしれないな。
最近はずっとギルドに缶詰めだったらしいから。
「青春の雰囲気を感じないか? 出会い的な意味で?」
「まあ、刺激的な出会いという意味では分からんでもないかもなぁ。いや、やっぱり分からんわ」
おっと、せっかくマリー先輩が納得しかけたのに、目の前で1人の人材を賭けて「〈決闘戦〉だ!」「〈決闘戦〉? 望むところだ!」と言い合っている勧誘2組を見てマリー先輩の考えが変わってしまったぞ。なんてことだ。
まあ、〈決闘戦〉も青春だ。俺も混ぜてくれないかな?
「兄さんのところは勧誘とかしなくてええんか? いや、勧誘するまでもないんかな?」
「勧誘はすでに大体終わってるぞ。マリー先輩がひたすら注文品を片付けている間にな。それより〈ワッペンシールステッカー〉こそどうなんだ? せっかくAランクになって上限人数が増えただろ?」
「まあ〈エデン〉の人気ぶりならそうやろうなぁ。うちんとこは他のメンバーに任せてあるわぁ。適材適所やな」
そう、実はマリー先輩のギルドはBランクからこの度Aランクギルドへと昇格していた。
Aランクギルドには10ギルド中、1つだけ生産ギルド枠がある。
少し前までここには〈青空と女神〉と提携していた3年生のギルドがあった。しかし先月全員卒業で解散してしまっていた。
マジで? と思うかもしれないがこれがマジだ。そのギルドは元Bランクの時は2つのギルドだったのだが、12月にあった〈学園出世大戦〉で合併してAランクギルドに昇格。下部組織も合わせて60人という超大ギルドだったのにもかかわらず、全員が最上級生で60人全員が卒業というびっくりな解散の仕方をしていた。
そうして空いた枠を巡るギルドバトル〈作品コンテスト〉で、〈彫金ノ技工士〉にうち勝って〈ワッペンシールステッカー〉がAランクギルドに昇格したのだ。
「いやぁ、めでたいなぁ」
「……大変やったんやでAランク戦は」
「いやぁ、そんなこと言われても、俺ほとんど〈彫金ノ技工士〉に援助もアドバイスもしてないよ?」
「わかっとる。全部あの筋肉インパクトのせいやってな。おかげでびっくりするほど僅差でギリギリの勝利やったで。兄さんに援助してもらわなければ負けとったわ。マジ恐ろしいわぁ」
そう呟いてマリー先輩は両腕を抱きながらぷるると震える。
生産ギルド同士のギルドバトル、Aランク戦は大変だったらしい。
何しろ〈彫金ノ技工士〉は何をとち狂ったのかあの〈ガンゴレ・マッスルバージョン〉を〈作品コンテスト〉に出してきたらしいからな。
審査員すらぶっ倒れるほどのインパクトに高度な採点が進められ、しかし〈ワッペンシールステッカー〉はなんとか、本当にギリギリで勝利したらしい。
最初聞いたときは冗談かと思ったぜ。冗談じゃなかったようだけど。
いや、本当に〈ワッペンシールステッカー〉に上級素材とか卸しまくってなかったら負けていた可能性が高かったというのだからマジで驚いた。そっと潜り込ませた上級レシピとか「やり過ぎたかな?」とちょっと思っていたのにギリギリ勝利ってどういうこと?
〈ガンゴレ・マッスルバージョン〉を考えついたケンタロウとアラン、恐ろしい男たちだぜ。
まあ、勝てたんだから良し!
そして今はその新しい〈ワッペンシールステッカー〉のギルドハウスへ向かっているところだったりする。ようやく最上級裁縫工房の改装が終わったらしく、それまでBランクギルドで作業していたマリー先輩もお引っ越しとなったわけだ。
ちなみに〈エデン店〉も昨日改装が終わった。
以前ハンナと打ち合わせしたとおり、入口門の両側に2店舗の〈エデン店〉を構えて、渡り廊下で繋ぐ門のような見た目になりむちゃくちゃかっこよくなってるぞ。
今はうちの〈アークアルカディア〉のメンバーが全力で営業の準備を整えているところだ。もうじきリニューアルオープンができるだろう。記念撮影もしないとな。
「お、見えてきたで」
「あれが新しい〈ワッペンシールステッカー〉のギルドかぁ。〈C道〉にいたときとは比べものにならないくらいでっかくなったなぁ」
「せやなぁ。うちもこんなんデカくなるとは思わんかったわ」
さすがはAランクギルドのギルドハウスといったところか。
〈ワッペンシールステッカー〉のお店はそれはもうどこの家電量販店だと言わんばかりの巨大なお店に変貌していた。
ちょっと前までの一戸建てみたいなお店とは偉い違いだ。
個人営業だったお店が二段階のランクアップで家電量販店か。ヤベぇな。
「こりゃあ商業課が人材の売り込みを掛けてくるはずやわぁ」
「だな~。〈エデン〉にも相当来たらしいって聞いたぜ」
―――〈ダンジョン営業専攻・商業課〉。
ギルド〈アークアルカディア〉の中ではマリアやメリーナ先輩が所属する課で、主に〈総商会〉に務めて腕を磨いている。しかし「こんな巨大なお店が〈生産専攻〉の学生40人で回せるはずがない、是非私たちを雇いませんか!?」と売り込みを掛けてきたらしい。
以前Aランクギルドだった〈青空と女神〉は完全な工場形態だったからな。契約している企業に出来た物を送るだけという無駄を極限にまで取り除いた生産特化形態をしていたため商業課の出る幕なんてほとんど無かった。
そこへ台頭してきた〈エデン〉と〈ワッペンシールステッカー〉が大々的に巨大なお店をオープンさせる。それを聞いた商業課も黙ってはおらず、ガンガン人材の売り込みを掛けてきた、というわけだ。
〈エデン〉ではその辺は全てマリア、メリーナ先輩、サトル、そしてセラミロさんに任せているが、商業課の人員を大人数雇う契約をするみたいなことを言っていた。
まあ、これだけデカい店だと従業員がかなりいないと回らないだろうなぁ。
「んじゃ、入るで!」
「楽しみだな!」
というわけでいざ〈ワッペンシールステッカー〉の店へ入店。
まだオープンしていないお店へ悠々と入る。すると。
「「「「おかえりなさいませ、ギルドマスター様」」」」
「「おおー」」
商業課の学生が両側に勢揃いして出迎えてくれた。
これ、どこの貴族のエントランス?
思わず俺もマリー先輩も驚きとも感銘ともつかない声を上げてしまったぞ。
「マリー、よく来た。こっちこっち」
「あいよメイリー」
出迎えに感激しながらも並ぶ商業課学生たちの間を抜けると、いつも眠そうなメイリー先輩が珍しくハキハキしてマリー先輩を呼ぶ。俺も呼んでほしいなぁ。
そこから店内を見せてもらった。
「「「おお~」」」
その巨大な店内を見て再び感嘆の声を上げる。メイリー先輩まで上げているのはなんでだろう?
「お気に召しましたか?」
「お、商業課のリーダーはんやな」
「はい。店内のご案内に参りました」
商業課の3年生の女子だが、パリッとしたスーツを着用しているこの方がリーダーさんの模様。
キャリアウーマンみたいで出来る女子って感じがするなぁ。
案内してもらうと、もう見渡す限り服装備だらけ。
なんだかこれだけ種類があると、服屋という感じがする。
この装備全部作るのは大変だっただろうなぁ。
それに服装備だけではない、インテリア系の物も多く売られていた。ワッペンとか。
攻略には関係ないが、こういった余裕も必要だろう。
巨大なレジ付近には買い取り所やオーダーメイドの受付所があり、少し離れた所にはこれまたいくつあるのという数の試着室エリアがあった。
うーむ、すげぇ迫力。
こんな立派な店のギルドマスターになってしまって、マリー先輩のドヤ顔がとどまる様子がありません。
商業課の人材の動きもよく訓練されているとわかる。
現場に散って整理整頓や掃除、品出しする気配りと丁寧さ、正確さがよく現れていた。
「どうでしょうマリー様」
「ええな! 凄くええで!」
「ありがとうございます」
マリー先輩もとても気分が良さそうである。
さて、場は暖まったな。そろそろ始めるとしようか。
マリー先輩がチラッと見てきたのでそれに頷く。
「ではこれから実際に商いの練習はじめんで! 〈ワッペンシールステッカー〉はAランクギルド。Aランクギルドに来る顧客が普通のわけがあらへん。中にはとんでもない物を持ち寄る客もおる。それをまず知ってもらおうか」
マリー先輩がむっちゃ胸を張って言う。「とんでもない物を持ち寄る客」のところで俺を見ていたが、その通り、俺が今日ここにお邪魔したのもそのため、俺は今日とんでもない物を持ち込む客役だというわけだ。
もちろん練習だからといって手を抜いたりしないぞ!
「さあ、ゼフィルス兄さんが来ました。買い取りをご所望や。その時の対応をまず見せてもらおうか」
マリー先輩が怪しい笑顔で言う言葉に頷き、俺は買い取りエリアで〈空間収納鞄〉をひっくり返した。
こうして商業課の試練が始まった。
数時間後、そこには先ほどまでキリッとしていたはずの学生はおらず、みんな肩で息をしたり、ヘロヘロになった学生たちが残っていた。
春休みの周回で大量に集めた素材群は、見事にクリーンヒットしたらしい。
それを見たマリー先輩は、なぜか良い笑顔だった。




