#130 ミストン所長再び。高位職取得実験が大開催!
「とうとうここまで来たって感じだな」
初級ダンジョンが集まる〈ダンジョン門・初伝〉通称:初ダン。
その門を見てしみじみと呟く。
「やっと初級上位ダンジョンね! 楽しみね!」
「私の装備のせいで遅れてしまってすみませんラナ様」
「別にハンナのせいじゃないでしょ? 私だってハンナと一緒に初級上位ダンジョン潜りたかったのだから全然構わないわ!」
「そうだぞハンナ、気にするな。それに今回土曜日、日曜日にダンジョンアタックをパスした理由は別に有る。なんか周りを見て気がつかないか?」
「え? そういえば……、人が多いような?」
時刻は朝、にも関わらず初ダンの門、そして中では何やら多くの人で賑わっていた。
ハンナがキョロキョロして呟き、それを聞いたシエラが一つ頷く。
「そうね、今週は月の第四週目。この期間を迷宮学園では〈ダンジョン週間〉と呼ぶそうよ。学園の授業が全て休みになり、学生はダンジョン関係の自習に精を出すみたいね」
「補足しますと、一年生は普通に授業があるみたいです。職業発現期間のラストスパート、とも言われていますね」
「そうなんですね、それでこんなに多くの人が…」
「ちなみにマリー先輩が月曜日の朝にもかかわらずギルドに居たのもそういう理由だぞ」
「あ、そういえば!」
ハンナは今気がついたらしい。
まあ、毎日が休みだと曜日感覚無くなるよな。
「あれ? でもなんか青の刺繍の人が多く居ません? あれって一年生ですよね?」
「ん?」
ハンナに言われてよく目をこらしてみると、確かに青い刺繍が入った学園支給の初心者装備に身を包んだ人物が多く見られる。大体半分近くいないか?
これは……。
「確か、一年生は普通に授業が有るんですよね?」
「ええ、そのはずよ? でもここに居るということはすでに職業に就いた、という事かしら?」
「それはおかしいです。見たところ一年生の数は100人を超えています。数人、多くても数十人ならば分かりますが、この数は尋常ではありません」
ジョブ計測のデッドラインまで後十日ほど時間がある。
この世界ではなるべく良い職業を取得するため、一年生はタイムリミットギリギリまで職業を取得しない。だからデッドライン前にこれだけの一年生が初ダンに集まっているのはおかしいのだ。
「あ、誰か来ました」
「あの方は」
エステルとシエラが見る方を向くと、見覚えのある白衣に身を包んだ初老の男性が出てきた。
その初老の研究員が前に出ると、一年生集団が一気に彼の前に集まっていく。
なるほど、この集まりの正体が見えてきたな。
「やあやあやあ、前途のある若者たちよ! よくぞ集まってくれた! 私は研究所の所長ミストンだ。今日は君たちに高位職に就いてもらうべく、試してほしい実験があって招待した! これから我が研究所の職員と共にツーマンセルで〈初心者ダンジョン〉へ潜って欲しい! もちろん、職業には就く前にだ!」
両手をバッと広げ大勢の一年生に高らかに叫ぶミストン所長。
瞬間、どこに隠れていたのかバババッと研究所の職員たちが一斉に出てきて所長の後ろに並ぶ。本当によく訓練されている。
一年生たちもこれには度肝を抜かれたようでざわめきが初ダンを満たした。
俺はその様子を見て確信する。
「しかし、これで大体分かったな」
「え? そうなのですか?」
それまでポカーンとした様子で一連の騒動を見ていたエステルが振り返って聞いてくる。
まあ、な。
だってこの騒動、多分俺がリークしたやつだろうからな。
続くミストン所長の話に耳を傾けた。
「我々がとある筋から入手した情報によると、モンスターを倒す事が高位職発現の一歩である事が分かったのだ!」
ほらな。
おそらくだが、高位職に多くある発現条件の一つ、〈○○してモンスターを○○回倒す〉をクリアしようという目論見だろう。
あれをどうにかする事が大きな懸念事項だったはずだ。何しろ生身でモンスター相手に攻撃されたらとても危険だからな。危険をできる限り排除するために今日まで掛かったと思われる。
実はこの発現条件だが、本来は別の用途があったんだ。
本来なら、一度〈低・中位職〉でモンスターと戦った後に〈転職〉を用いて〈高位職〉へ至るのが筋道だと、開発陣は設定していたはずなんだ。
しかし、〈転職〉には条件がある。〈職業LV15以上〉〈下級転職チケット〉の使用。これをクリアしなければならない。
するとどうだろうか。ゲームでは「タイムリミットが有るのにそんな時間あるか!」とスラリポマラソンという画期的な高位職へのルートが開発され、リアル〈ダン活〉では「LVリセットなんてとんでもない! 下手すりゃ人生が詰むかも知れないんだぞ!?」と〈転職〉自体、行う人間が希になってしまった。
開発陣が考えていたと思われる方向には誰も進んでくれなくなってしまったのだ。
まあ、そういうこともあるよね。
ちなみに〈下級転職チケット〉は〈銀箱〉産のレアドロップだ。
〈高位職〉は強ジョブであり優良職でもあるため、〈下級転職チケット〉をレアドロップに設定しちゃったわけだな。おかげで転職のハードルが無駄に上がってしまった。
そんなわけで、最初っから一発で高位職へ至るために研究所の職員たちが考え抜いたのがこの〈初心者ダンジョンで研究員とツーマンセル〉だったというわけだ。
研究所職員によるパワーレベリング。そんな感じのイメージだろう。レベルは上がらないけど。
さすがに学生全員分の〈下級転職チケット〉は学園も持っていないだろうからな。一度職業を取得すると転職が面倒なので、その前に高位職に就くやり方を模索したと思われる。
ちなみにスラリポマラソンはまだギルド〈エデン〉が独占している。さすがにこれを教えるのはダメだ。秘匿というわけではなく、全部おんぶに抱っこではこの世界の人たちは自分で模索しなくなってしまう。〈ダン活〉から情熱を取り除いたら何も残らないというのが俺の持論だ。手分けして探し尽くせ! そしてそこから効率の良いやり方を模索しろ!
ま、『錬金』の大失敗自体は知られているんだ。頭の良い奴なら近いうち気がつくだろう。
それで、どうやってモンスター問題を解決してくるのかなぁと思っていたのだが、割と力業で来たな。スラリポマラソンはまだ発見出来ていない模様。
「さ、順調に後続が育ってきているみたいだから俺たちは俺たちで先に進もうか」
「見ていかなくて良いのですか?」
「いいのいいの。俺たちはダンジョンでレベル上げしようぜ」
後続が高位職になって迫ってくるのだ、俺たちはレベルを上げるぞ!
さて、これでどのくらいの一年生が高位職に育つのだろうか。
楽しみだなぁ。
将来、共にギルドを盛り上げてくれるかも知れない同級生たちよ、頑張って駆け上がってこい。
俺たちは先へ進んで待ってるからな。
心の中でグッドラックと親指を上げて、そのまま初級上位ダンジョンの門を潜った。