#1161 南西エリアの状況と、南東エリアの戦い。
北エリアでなかなかに激しいバトルが起こっている頃、南西エリアでは密かに様々なことが水面下で行なわれていた。
俯瞰してみると、直角二等辺三角形の形、まるで潰れた横向きの三角形の中心に配置されているのが〈サクセスブレーン〉だ。北エリアの〈エデン〉と同じく2拠点に挟まれているように見える位置だった。
その拠点で〈サクセスブレーン〉のギルドマスター、カイエンは方々より届く連絡を確認していた。
「『暗号受信』! 『電脳解析』!」
『南班! 〈獣王ガルタイガ〉と遭遇! 情報通り南に拠点有り! 現在交渉中、被害ゼロ!』『北班! 〈カオスアビス〉を発見! 偵察を一旦停止、交渉を開始しているであります!』。
その報告をカイエンが極めて冷静に見えるかのように対処していた。
「近隣にいるのは〈獣王ガルタイガ〉に〈カオスアビス〉か。相手に取って不足は無いな(なんで古参のAランクギルドに挟まれてるんだーー!)」
心の中で絶叫していたが、もちろん他のギルドメンバーは気が付かない。
「おお! 強大な2つのギルドに挟まれてあの冷静さ。さすがはカイエン先輩だ!」
「かっこいい!」
「うんうん! 普通はこんなのどうしようって思うもの!」
「なに、冷静に対処すれば問題ない(俺だって本当はどうしようって言いたいよ!? 問題ありまくりだよ!? でもやるしかないんだよ!?)」
メンバーたちのキラキラした視線に振り向くカイエンが、極めて冷静沈着でかっこよく見えるポーズを決めながら指示を出す。もちろん心の中の絶叫も添えて。絶叫の方は伝わらないが。
「カイエン先輩! どうするのですか!?」
1人の男子がキラキラした瞳で挙手をした。
カイエンはそれに答えるように冷静に頷き、説明する。
「当然、当初予定していたとおり対エデン連合に勧誘する。だが、その前にトラップを張っておけ。〈獣王ガルタイガ〉はトラップが効かないことで有名だが、それも踏まえて新トラップを作ってある。交渉が決裂した場合のことも考え、対策しておくのだ(切実にぶつからないでほしい)」
「「「「おおー!!」」」」
「すげぇ、新トラップか!」
「〈獣王ガルタイガ〉だけじゃない。〈カオスアビス〉もトラップを飲み込むことで有名だぞ!」
「それを対処できるトラップを開発しただなんて、さすがはカイエンだ!」
キラキラした視線が増した。
カイエンは心の中で呻いた。
本当は〈サクセスブレーン〉に所属する【トラッパー】の1人に【トレジャーミミック】に〈上級転職〉してもらい、上級の罠作製レシピを最近仲良くなった〈エデン〉に売ってもらって渡しただけなのだ。
「実際に罠作りを頑張ったのは【トレジャーミミック】のフォルノ君なのに、なんで君もそっち側でキラキラした視線で見つめているの?」とカイエンは思う。
しかし、そんなことはおくびにも出さずに〈空間収納鞄〉からいくつものトラップを取り出す。
「これが上級トラップだ。これを至る所に設置しろ。あとを任せる。交渉の席には俺が行く!(行きたくない!)」
「「「「おおー!!」」」」
〈サクセスブレーン〉の士気は高い。
南西エリアはどうやら手を組むことを選んだようだ。
◇
一方で南東エリアではギルド〈氷の城塞〉のギルドマスター、レイテルが必死に指示を出していた。
「『氷河の崖壁』! 今のうちに体勢を立て直して!」
「筋肉筋肉!」
氷の向こうから筋肉という掛け声のようなものが聞こえる。
そして氷を叩く音も同時に。
そう、今〈氷の城塞〉は〈筋肉は最強だ〉から襲撃を受けていた。
事前情報通り、〈筋肉は最強だ〉が居たのは南東エリアの中心地。
2つのギルドに挟まれた位置だというのに、筋肉たちは恐れずに挑んできたのだ。
これは筋肉のネームバリューのせいでもある。
〈筋肉は最強だ〉の名前が強すぎて試合開始直後に絶対に狙われないだろうという自信から来る、初手からの集団侵攻だった。
〈氷の城塞〉が居たのは〈筋肉は最強だ〉から見て北側。
〈氷の城塞〉はもちろん警戒し、最初は周囲の索敵もほどほどに防衛設備の充実に力を入れていた。
〈氷の城塞〉はそのギルドの姿を大きく防御に振って成長し、今では複数のドワーフまで抱えて〈防壁〉による要塞を築きあげる戦法を獲得していた。
レイテルの職業も大きく変わっており、〈学園出世大戦〉では下級職の【氷城主】だった彼女は、今では〈上級転職〉して【永久凍土の氷城主】に就いている。
さらに〈上級転職〉しているメンバーが、後2人。
〈氷の城塞〉は、〈エデン〉を参考にすることでここまでのし上がってきたギルド。
さらに防御を上げるため生産系のドワーフを2人、上級職へと〈上級転職〉させさらに防御力が向上していた。
だが、なぜか筋肉に押し込まれている。
「氷、破られます!」
「『氷河崩落』!」
「おお!? だがそんなもの――ぐびぐび――効かーん!!」
氷河の壁が崩れると同時に襲いかかる『氷河崩落』。防御で誘ってから襲わせる非常に威力の高い一撃だが。筋肉たちはすぐにポーションを飲んで回復していた。
その中心地には、上半身裸のアラン。
「よう、良い筋肉だな」
「あいにく、筋肉をそこまで育てたことはないわね」
「なぁに。ただの挨拶だ」
そう言って筋肉を膨らませるアラン。自慢の筋肉をむちゃくちゃひけらかしていた。
ちなみに〈筋肉は最強だ〉の「良い筋肉だな」は「ハロー」みたいな意味である。
「いきなりで悪いが、我らが筋肉の糧になってくれ」
「お断りよ。『十氷槍砲』!」
「ふん!!」
レイテルは魔法を放ち、アランは鉄の拳で粉砕し突き進む。
ついに筋肉たちがギルド〈氷の城塞〉の拠点へと攻め込んで来たのだ。
要塞を造られる前に攻め落とす。
以前ゼフィルスが言っていた、対伯爵戦法そのものを気付かず勘だけでアランたちは実行していた。
〈氷の城塞〉は防御を充実させる前に攻められたことで大きなピンチを迎えている。
各筋肉たちが放たれ、〈氷の城塞〉メンバーたちが必死に防衛する。
「レイテル、一旦下がれ!」
「タクト!」
そこに飛び出したのは〈氷の城塞〉のサブマスター。3年生の男子だ。
職業は【殴りマジシャン】の上級職、【伝説のマジ殴りマン】。
相変らず接近戦でしか魔法の使えないネタ職業だが、その火力は本物。
「燃えろ我が右手! 『バーニングフィスト』――!!」
「ぬ!!」
ズドンッと衝撃。アランの大胸筋に突き刺さる。
これは物理攻撃に見えて、実はゼロ距離魔法攻撃。ゼロ距離で全ての魔法を叩き込むため威力が凝縮され、非常に火力が高いのだ。
そして防御力は大きく上昇しても、魔法防御は上がらない【鋼鉄筋戦士】には絶大な威力を誇る。なんと一撃でアランのHPを半分以上を消し飛ばしたのだ。
「「「「おお!!」」」」
〈氷の城塞〉から歓声が響いた。
しかし、直後にその肩に手が置かれる。
「やるじゃないか。次はこっちの番だな」
「!」
ちなみに【伝説のマジ殴りマン】は〈上級転職〉しても、あくまで魔法職。
つまり、物理に弱い。
「フン!!」
「フォァグラッ!?」
レバーに一撃。HP3割削れた。
「フン! フン!」
「ぐお!? ぐはっ!?」
さらに2発、残りHPが1割になった。
一瞬の逆転劇。
「ちょ!? タクトも下がりなさい!」
「待っ、肩を離せ!?」
「断る!」
「た、助けてーー!?」
「止めだ! 筋肉~チョォォップッ!!」
最後のチョップが脳天にクラッシュするとタクトのHPがゼロになり。そのまま転移陣で消えていった。
「「「「さ、サブマスーーー!?」」」」
〈氷の城塞〉に絶叫が轟いた。




