#1142 キキョウとゼルレカの案内人。あの人と再会。
テキパキと荷解きをして、2人でアリスの下へと向かう。
「夕食は食堂みたいだから、3人で食べられるね」
「ああ。アリスはちゃんと寮にたどり着けたんかね? あたいはそれが心配だよ」
「……確かに」
そんな心配をしながらアリスが入寮したはずの貴族舎へと到着した。
しかしそこでも苦難が待ち受ける。
「へ? 許可が無いと中に入れないのですか?」
「今は新入生が入ってくる時期だから警戒度が増していてな。いくらお友達と言えど許可無く入ることはできないんだ」
そう受付の警備をしていた学生に止められてしまったのだ。
しかし、そこでも救いの手が差し伸べられる。
「あれ? もしかしてさっきの子たちじゃないですか?」
「あ、案内してくださった先輩!?」
聞き覚えのある声にキキョウたちが振り向くと、そこには先ほど案内をしてくれた在校生の先輩がいたのだ。
なんでこんなところに? と思うもそれもすぐにかき消される。
警備員の学生が勢いよく敬礼したからだ。
「は、ハンナ様! ようこそいらっしゃいました!」
え、なにごと!? そう思う間もなく話は進んでいく。
「あ、あはは。あの、この子たちがどうかしましたか?」
「あ、もしかしてハンナ様のお連れでしたか! それでしたらどうぞお入りください!」
「いえ、違いますよ!?」
どうやら警備員の学生が盛大な勘違いをしているらしい。
あと、ハンナ様と呼ばれた名前はしっかりキキョウとゼルレカの心に刻まれた。
それから事情を聞いたハンナ様がキキョウたちの方へ向く。
「えっと、名前を聞いてもいいかな?」
「は、はい! 私はキキョウって言います」
「ゼルレカ、です」
「キキョウちゃんとゼルレカちゃんね。私はハンナっていいます。人を訪ねたかったのですか?」
「はい。今日入寮したばかりの新入生の子で、その、子爵家の女の子なんです。心配で」
しどろもどろになりつつ説明するキキョウにハンナ様がハッとする。
「子爵ちゃん!? それは、うん、心配なのすごくわかります。本当はあまりいいことじゃないですが、私と一緒なら中に入っても大丈夫みたいですから一緒に行きましょうか」
なんとハンナ様はキキョウたちを貴族舎に招き入れてくれたのだ。
許可を得ているのはハンナ様なので、警備の学生もキキョウたちがハンナ様の付き添いなら入っても良いと言ってくれた。
「あの、ハンナ様。ありがとうございます」
「ありがとうございます、とても助かる、じゃなくて、助かりました」
「いいんですよ。私の所属するギルドにも子爵の子がいて心配なのも分かりますから。それじゃ、一緒に行きましょう?」
「「はい!」」
早速頼りになる先輩に出会えた幸運を噛みしめ、寮の中に入る2人。
しかし気になる。ハンナ様が何者なのか気になるキキョウが、そっと横から話しかける。
「あの、ハンナ様はここにお住まいなのですか?」
「いえ、私は貴族ではありませんよ。普通の村娘です」
「普通?」
ハンナ様の答えにゼルレカが首を捻った。普通の村娘ってなんだっけと混乱しているらしい。
有名人ハンナ様は何者? → 普通の村娘 → ???。
「さ、行きますよ。私から離れないでくださいね。貴族舎は下の階と上の階で男女が分かれていますから目的地は階段を登った先になります。でもその前に、寮母さんに許可を得ますから」
「あ、はい!」
ハンナ様が近くの寮長室に行くと、とても若々しい人が出迎えてくれた。
「あら、どうしたのハンナさん。そちらの子たちは?」
「寮母さん、えっとですね――」
そこでハンナ様が説明してくれると、許可はあっさりと取れた。
「ハンナさんが面倒を見るのなら構わないわよ」
「ありがとうございます。また後で正式に常時訪問許可を取りに来ますね」
「わかったわ。許可証を発行しておくわね」
「す、すごい」
「あ、ああ。この先輩、やっぱただもんじゃねぇぜ」
そんなかっこいいハンナ様の姿にキキョウとゼルレカは尊敬の眼差しを向けていたが、本人は気付いていなかった。ハンナ様にとってこれはなんでもないことなのだ。完全に色々なことに染まりきっている。
「さ、行きますよ2人とも」
ハンナ様がするする階段を登っていくのについていく。
ありがたいことに、移動の短い間にハンナ様は出来る限り貴族舎の説明をしてくれた。
「貴族舎は基本的に許可を得た人じゃないと入れません。入るには、ここに住まう方の許可がいるのですけど、その手続きは1階の寮母さんのところでします。また、常時訪問許可はかなり限定的で、例えば人を訪ねるのであればその人の部屋以外に寄り道をしてはいけないなど、結構厳しいルールがあります」
「え? それではハンナ様は?」
「私は、いつの間にか寮内の自由行動許可が下りていました」
「え、ええ? どういうことですか!?」
寮内で寄り道はダメという言葉にキキョウが聞けば、よくわからない答えが返ってきてキキョウを更に混乱させた。
ハンナ様も顔を逸らすだけだ。どうやらハンナ様にもよく分かっていないらしい。
本当は学園への凄まじい貢献度と生産隊長という肩書きで色々制限が外れただけだ。ただ、そのことをハンナも1割くらいしか知らない。それだけの話なのだ。
「と、とにかくですね。入寮したてならまだ〈学生手帳〉は使いこなせていないでしょうから会うのも一苦労です。今日のうちに3人で寮母さんのところへ行って、今後の常時訪問許可の許可証を受け取るべきですね」
そうハンナ様が捲し立てればキキョウとゼルレカは頷く。
そうこう会話しているうちに、ようやく目的地へと到着した。
「アリス、アリスいますか?」
すぐにキキョウがノックをすると、すぐにガチャリと扉が開く。
「キキョウ?」
「あ、良かった。ちゃんと部屋にたどり着いていたんだね」
「おうおうアリス、心配したぞ」
アリスの無事が確認出来てヒシっと抱きつくキキョウと頭をポンポンするゼルレカ。
自分たちがああなったのだ。1人になったアリスがどうなっているのかとても心配になっていた2人もようやく張っていた力が抜けたようだ。
「うん。大丈夫だよ? お兄ちゃんに案内してもらったから」
「ん?」
その言葉にピクッと抱きついていたキキョウが反応して離れ、近距離で向かい合う形で聞く。
「お兄ちゃん?」
「うん。学園祭の時のお兄ちゃん。道で会ったの」
「そいつは、凄い偶然だな」
「お兄ちゃん、アリスのこと覚えていてくれたんだ。アリスが歩いていたらね。声を掛けてくれたの」
「そうだったの。良かった」
「ああ。さすが兄貴のお墨付きの人だ。最初から疑っちゃいなかったが、これで頼りになる人だっていうのは確定だな」
アリスの言葉に驚く2人。
この広い学園都市で偶然にも再会する確率は高くはないだろう。
言葉を交わしたことがあるとはいえほんの数分の出来事、向こうは忘れている可能性の方が高かったのだからこれは幸運だ。さらにまた助けてくれるなんて、向こうの人柄も分かるというもの。
キキョウは予定通り近々ギルドに挨拶に伺おうと決めたのだった。
そして思い出す、ハンナ様のことを蚊帳の外に置きっぱなしにしてしまったことを。
慌てて振り向くと、ハンナ様はニコニコしながら傍観しているところだった。
「あ、すみませんハンナ様」
「いいんですよ。心配だったんですよね?」
ハンナ様の言葉に恥ずかしそうに頷くキキョウ。
そこでアリスがハンナ様に気がついた。
「どなた?」
「私はハンナと言います。初めまして」
「初めまして。アリスだよ。キキョウとゼルレカを案内してくれたの?」
「はい。貴族舎では許可が無いと他寮の学生は入ることはできませんから」
自己紹介をして、ハンナ様がアリスへ先ほどキキョウにした説明をする。
「要はアリスちゃんが部屋に来る許可を出した、という証を2人に持たせれば良いんです。早い方がいいので証と許可を取りに、アリスちゃんを連れて寮長室へ向かいましょう」
「うん。行く」
ハンナ様の説明に納得するようにこくんと頷くアリス。
見た目は幼いが、今の説明でもしっかり理解していた。さすがは子爵っ子である。
「何から何までお世話になります」
ペコリと頭を下げてお礼を言うキキョウ。ゼルレカもキキョウと同じく頭を下げている。
その後4人で寮長室へ向かうと、ハンナが改めて寮母さんを紹介した。
「キキョウちゃんとゼルレカちゃんは2回目ですが、改めて紹介しますね。この貴族舎の寮母さんです」
「改めて、寮母です。寮母さんと呼んでくださいね。ようこそ迷宮学園へ」
案内されて出てきたのは、先ほどキキョウたちがチラッと見た若々しい寮母さんだった。
「あのキキョウです」
「ゼルレカ、です」
「この寮でお世話になる、アリスです」
自己紹介が終わればハンナから寮母さんに話し、許可証をもらう。
「はい。これが許可証ね。間違えて他の部屋とかには入らないよう注意してね?」
「「「ありがとうございます!」」」
結構あっさりと許可証は発行され、キキョウとゼルレカに渡された。
その後しっかり説明を受ける。
これでキキョウとゼルレカはいつでもアリスの部屋を訪ねることができるようになった。
「それじゃあ私は行くね」
「ハンナ様、何から何までお世話になりました」
「このお礼は必ずします」
「ハンナお姉ちゃん。ありがとう~」
「いえ、どういたしまして。それじゃあ3人とも、忙しいと思うけれどがんばってね。また会おうね~」
許可証があればハンナ様のお役目も終わり。
ハンナ様もやるべきことがあるためここで別れることになった。
もう少し落ち着いたら一度お礼に伺おう。
そう思いながら3人は手を振ってハンナ様を見送ったのだ。
しかし、その再会は割とすぐにやってくることを、この時はまだ誰も知らない。




