#1140 学園長の孫到着。孫は〈エデン〉にご執心。
学園ではついに夢と希望を抱いてやってきた新入生の受付を開始した。
受付では次々とやってくる新入生たちの対応に大忙しだ。
「ああ、忙しい、忙しいわー!」
「こら、無駄口叩いていないで手を動かしなさい」
「該当名簿に載っていなければBエリアへ、確認が出来たらまず寮に案内する。急いで。新入生は去年の倍以上いるんだよ」
「ひー、もっと前から受付しておけば良かったのにー。一気に来すぎだよー」
「仕方ないでしょ、最近まで寮の建築と内装を整えていたのだから。来年はもっと楽になるわ」
「来年ではなくて今楽にしてほしいです~」
学園採用になって最初の仕事でヒーヒー言っている新卒女性にベテラン女性たちが発破を掛ける。
新卒女性はそのまま資料を持って受付へと戻って行った。
「つ、次の方どうぞー」
「お願いいたしますね」
新卒女性が次の人を呼ぶと、綺麗な金色の髪をした女性が丁寧な仕草で書類を差し出してきた。
「は、はーい。(わわ、綺麗な人~。う、胸が大きい、私よりも……相手は新入生なのに……)」
一瞬で敗北を悟った新卒女性、しかしそこはこの学園に採用されたエリート。そんなことはおくびにも表情には出さずに資料を確認する。
そしてそこに書かれていることに驚いた。
「…………!? し、少々お待ちくださいませ!」
そこにあったのは2枚の資料。見れば金髪の女子とは別に、クリーム色の髪をショートヘアにした付き人がいた。もう1枚の資料は彼女のものだ。
普通なら付き人の方が書類を差し出してくるんじゃ、と考えたのも一瞬。経験の乏しい自分よりもベテランに頼る案件だと考え直してすぐにベテラン女性の下へすっ飛んでいった。
「先輩先輩! 来ました! 連絡のあったお嬢様来ました!」
「!! すぐにご案内するわ。臨時停留所にご案内して」
「はい!」
新卒女性がビシッと敬礼して返事をする。その敬礼はやたらと堂に入っていた。
すぐに新入生2人は案内され、この日のために設置された臨時停留所に置かれた一台の大きな馬車に乗る。
「すぐに発進します」
「ご苦労様ですわ」
労いの言葉と共に付き人が扉を閉めると、すぐに馬車が出発した。
それを敬礼のまま見送る新卒女性は馬車が見えなくなったところでようやくそれを直した。
「はあ、緊張した~。あの方が学園長先生のお孫さんかぁ。綺麗な人だったなぁ~。あ、戻らないと」
その呟きはスッと空気に溶けて誰の耳にも届かず消えていった。
「学園は賑やかねクラリス」
「今年は新入生が多いと聞きますから、みんなそれで忙しそうにしているのでしょう。お嬢様、長旅お疲れでしょうがもう少々のご辛抱を」
「あら、私はそんなヤワじゃないわ。それに、今とてもウキウキしているの。やっとこの学園に来られたのだもの。疲れなんて吹き飛んでしまったわ」
「ふふ……そのようですね」
馬車の中で、流れる景色を見ながらお嬢様と呼ばれた女の子がはしゃぐ。
それに付き従うのは1人の従者だ。男爵カテゴリーの女子のシンボルであるチョーカーを首に付けている。
お嬢様の口調は先ほどより崩れているため2人の仲がとても良いことが分かる。浮ついて先ほどから会話が絶えないようだ。
彼女たちは馬車で来た。とはいえ王都住まいなのでさほど距離が離れているわけでもなく、2日程度での到着だった。
しかし、馬車は学園到着後、彼女たちを降ろし終わったらすぐに帰した。
この時期はそうしないと次々来る馬車ですぐ渋滞が発生してしまうからだ。
渋滞緩和のためスムーズな入出庫をお願いし、例え公爵家の娘だろうがそこからは徒歩となる。
とはいえ、学園内を進む馬車は別だ。コレは学園都市専用の馬車で、渋滞が発生しないよう通る場所があらかじめ決められ、そこしか通らない馬車だ。
もちろん学園都市に来た馬車が通る道とも重ならない。
しばらくすると2人の乗る馬車は学園都市の中央にそびえ立つ立派な城。
〈ダンジョン公爵城〉に到着していた。
「いらっしゃいませ、お嬢様、クラリスさん」
「コレットさん。ご無沙汰ね」
「はい。3年ぶりくらいでしょうか」
「もうそんなに経つかしら」
そこで待っていたのはゼフィルスがクール秘書と内心で呼んでいる、スーツ姿が似合う女性だった。学園長の秘書でもある。
今日はとても大事なお客様が来られるということで、クール秘書さん自ら待っていたのだ。
「ではご案内します。こちらへどうぞ」
少しばかり挨拶と世間話をした後、2人を2階の学園長室へと案内する。
学園長室の扉を規則正しくノックすると、中から学園長の声が届いた。
「学園長、ヴィレルノーアお嬢様とクラリス様がいらっしゃいました」
「うむ、入りたまえ」
「失礼しますわ」
「失礼いたします」
コレットは脇に寄って軽く礼をして待ち、2人が中に入るとお茶の準備を始める。
2人はソファには座らず、学園長席の前へと立ってそのままカーテシーで挨拶した。
「お爺さま、お久しぶりですわ」
「ご当主様、お久しぶりでございます」
「うむ。2人とも久しぶりじゃの。楽にするといい」
好々爺のような雰囲気になって顔が緩む学園長。それもそのはずだ。
金髪の彼女は学園長の孫だからだ。
彼女の名前はヴィレルノーア。学園長の孫の中でも末っ子に当たり、とても可愛がっている姫だ。
「ノーア、大きくなったのう。そしてずいぶん可愛くなった」
「ありがとうございますお爺さま、お爺さまは以前と変わりませんわね」
「ほっほっほ。最近は忙しくての、少し背が縮んだかもしれんのう。それでノーアは少しは落ち着いたのかの?」
「ほほほ」
「うーむ、その様子じゃと報告の通りのようじゃなぁ」
学園長の問いにヴィレルノーアが口に手を添えて笑って誤魔化し、学園長が溜め息を吐く。何やら憂いがある様子だ。
しかし二度自慢の髭を摩ると、学園長は続いてクラリスと呼ばれた従者の方へ向きなおる。
「さてクラリスよ」
「はっ!」
「ノーアの付き人、ご苦労じゃ。学園でも友として、良き理解者としてノーアを支えてやってほしい」
「もちろんです。お嬢様のことは私が精一杯支えさせていただきます」
「うむ。さて、挨拶はここまでにしようかのう」
「ふう。少し肩がこったかもしれないわ」
「お嬢様、そんなすぐに気を抜いては」
「ほっほ、相変らずだのぉノーアは。――クラリス、構わん。今は身内の時間じゃ。まあ、あまり時間を取ってやれないのは心苦しくあるがのう」
「お仕事お疲れ様お爺さま。それでお願いがありますの!」
「労ってすぐにお願いをしてくるとは、ほんと変わっとらんのう」
「これでもだいぶ落ち着いたのです」
両手を合わせて首の横に倒し、首も一緒に倒したお願いポーズをするノーアに学園長は、なぜか顔が緩む。末っ子の孫が自分を頼ってきてくれているのだ。口ではなんと言おうとそれがちょっと嬉しいおじいちゃんである。
色々大変な時期ではあるが、少しくらいならば時間は取れる。
孫の願いはなるべく叶えてあげたくなる学園長なのであった。
「うむ。言ってみなさい」
「はい。私、今とても注目しているギルドがありますの」
「うむ」
この時点ですでに予想ができる。学園長はノーアが来るなら絶対に言い出すだろうなと思っていたことがあったのだが、どうやらそれは的中したらしい。
「もちろんAランクギルド〈エデン〉のことですわ。是非紹介してほしいですの。お願いお爺さま」
やっぱりと学園長は思った。分かりみが深すぎた。むしろ当然の帰結とすら思う。
ノーアは、今は落ち着きがあるように見えるが、本来の性格はとても活発だ。
一度戦ってみたいですわと言い出しかねないほどエネルギッシュでもある。
このままでは【司令官】のような後衛ではなく、前に出て戦う系の【大尉】や【少佐】に就くとすら言い出しかねないほど好戦的でもあった。
そんな孫が〈エデン〉のようなギルドに興味を抱かないはずがなかった。
もちろん学園長も承知のこと。
だからこそゼフィルスたちに孫を【姫軍師】に就かせてやってほしいとお願いしていたりする。後衛の【姫軍師】に就ければノーアも少しは落ち着くだろうと願って。
それはともかくとしてそんな可愛くお願いされたら断ることなんて出来ないのがおじいちゃんである。まあ、元々ノーアを〈エデン〉へ連れて行く約束は取り付けてあるのだが、ちょっと特別感を装うのを忘れない。
「ふむ、仕方ないの。特別じゃぞ?」
「やりましたわー! これでゼフィルス様と話せますのね! はぁ、話したいことがいっぱいあったのですわ」
ノーアは〈エデン〉の噂話が大好きだ。
学園の噂なんて普通はあまり外に聞こえないはずなのに、どんどん聞こえてくる〈エデン〉とゼフィルスの噂に、現在王都のご令嬢たちはご執心なのであった。
そしてそれは、公爵家令嬢でも変わらない。




