#1105 3年生卒業式。別れの挨拶。嫌われのインサー?
学生の光と闇が交差する魔の学年末テストも終わると、もう3月になっていた。
そして3月の始めに来るのは、卒業式だ。
3月4日火曜日。
昨日テスト返却が行なわれたばかりなのに、翌日はもう卒業式である。
3年生たちはほとんどの人たちが就活を終えた頃ということで、学園でやることも終わり。
こうして社会へと旅立っていくのだ。
「ゼフィルス氏」
「インサー先輩?」
卒業式がある今日は、1年生と2年生も授業は無し。
3年生を送るためにそれぞれの校舎や校庭で待機していた。
やるべきことは、卒業証書をもらった先輩たちと別れの挨拶をすることなので、卒業式には参加はできない。というか在校生が多すぎて室内に入りきらない。
そのため〈戦闘課〉の1年生と2年生は、3年生の校舎である〈戦闘1号館〉の校庭でおとなしく彼ら彼女らが出てくるのを待っていた。
そこへ〈ギルバドヨッシャー〉のギルドマスター、インサー先輩が物憂げに話しかけてきた。
「一緒に見送ってもいいかい?」
「もちろん構わないぞ」
「いやはや、助かる」
なんだか物憂げなインサー先輩が珍しい。
しかし、それも当然か。俺もなんだかさみしいもん。
ギルドメンバーで集まっていた輪を外れ、インサー先輩の隣に立つ。
「インサー先輩もさみしい感じか?」
「だな。なんだか、ゼフィルス氏と無性に語り合いたくなってしまった」
そんなことを言うインサー先輩が、〈戦闘1号館〉の校舎を見ながら呟く。
「我々〈ギルバドヨッシャー〉はSランクギルドだったからな。横の繋がりは濃かった。ユーリ殿下やヨウカ氏、ガルゼ氏、カノン氏、キリちゃん氏など、それはそれは強い人物も多く、彼ら彼女らのギルドバトルがある度に足繁く通ったものだ」
「分かる」
強い人のギルドバトルを見て学ぶ。
強くなるための基本だ。
「試合を見た後はギルドに戻ってみんなで盛り上がるまでセットでな。1戦1戦が練られ、考えられ、そして有能な職業たちの活躍。充実して凝縮された濃密なギルドバトルは非常に刺激的だったのだが。正直あれが無くなると思うと、さみしいやら悲しいやらで感情が抑えられんのだ」
「……そうか、まあその気持ちは分からんでもない」
俺は〈ダン活〉のエンディングを思い出す。
〈ダン活〉は学生3年間という時間制限のあるゲームだった。
そして最後は卒業でエンディングなのだ。エンディング曲後にその後主人公がどうなったのかが後日談だとして少し語られるが、ゲームの終わりは3年生の卒業式だった。
それが終わればタイトルに戻る。
あの時の虚脱感やさみしさ、悲しさは筆舌に尽くしがたいものがあった。
まあ、すぐ新しく引き継いで【はじめから】をやり直すんだけどな。
ゲームではまた始めることは可能だったからこそすぐ収まった感傷だったが、リアルではそうもいかない。そんなことは分かっている。
だが、感傷を和らげることはできる。
「なら、新しい出会いを探せば良い」
「新しい出会い?」
「ああ。何しろ来年度の入学者は倍を超えるらしいからな。しかも今年からは高位職がバンバン増えるだろう。上級職だって増える。悲しいだなんて思っている暇はないかもしれないぞインサー先輩?」
「……ふ、そうかもしれないな。我々がいた年とは違う。来年にはもっと、より良い出会いが待っているのかもしれない。ゼフィルス氏に会えたように」
「おう。だから今回の別れを惜しみつつも、次の出会いを考え、明るく3年生を送り出してやればいい。お互いにより良い未来がありますようにってな」
「なるほど。ゼフィルス氏から教えてもらうことはやはり多いな」
そんなことを呟くインサー先輩が再び「ふっ」と笑うと、卒業式が終わったのだろう。校舎から次々に3年生が出てきた。全員が卒業証書の入った筒を持っている。
今日みたいな日に〈空間収納鞄〉へ仕舞う人なんて、誰1人いなかった。
「行くか」
「おう」
ギルドメンバーにジェスチャーで行ってくると告げ、そのままインサー先輩と歩き出すと、こっちに向かってデカい体で手を振る巨漢が現れた。
「おうゼフィルス、インサー。見送りか?」
「「ガルゼ先輩(氏)。ご卒業、おめでとうございます」」
「おいおいやめろやめろ、ゼフィルスとインサーがそんな口調を使うなんてむず痒くて鳥肌が立っちまうぜ」
まず最初に出会った3年生はガルゼ先輩だった。
ビシッとした制服姿が、ちょっと似合ってない。
「ガルゼ先輩は卒業したらどうするんだ?」
「俺か? 俺は家業を継ぐため帰ってまた修業だな」
「あれだけの力を持ちながらまだ修業をするのか?」
ガルゼ先輩の答えにインサー先輩がビックリする。
ガルゼ先輩は俺の第1回合同攻略参加者の1人だ。そしてLV30に至り、五段階目ツリーの開放を成し遂げ、未知の超強力なスキルを開放している人物でもある。
「がはは、まだまだ使いこなせてないからな。それにこれを使った運用、傭兵の方針なんかも話し合わなくちゃならん。強くなりすぎると傭兵はそれだけ金額が変わるからな」
「なるほど、ガルゼ先輩は間違いなくトップクラスの傭兵として運用されるだろうからな。これからは超強力なダンジョンへの入ダン依頼も来るだろうし、なかなかに大変そうだ」
ガルゼ先輩はこの世界でも最強の一角になった。
そうなると、今後の依頼もとんでもないものが多く来ることが予想できる。
だからこその修業。なかなかに大変そうだ。
「それとゼフィルス。悪いが来年のゼルレカの入学が正式に決まったそうだ。まあ、気に掛けてやってくれるとありがたい」
「確か、ガルゼ氏の妹君だったか。おめでとうガルゼ氏」
「任せてくれガルゼ先輩。さすがに他のギルドの人事に干渉しすぎるのは良くないが、何かあれば頼ってくれていい。ガルゼ先輩には世話になったからな」
「助かるぜ。あいつはお転婆だからな。迷惑を掛ける」
その後もいくつか話すと、ガルゼ先輩を呼びに来たミミナ先輩に連れられてどこかに行ってしまった。どうも、最後なのだから、しっかり顔を売れ、的なことをミミナ先輩が言っていたので、実家の傭兵業関連かもしれない。
ガルゼ先輩がどこかに行くと、今度は〈百鬼夜行〉のヨウカ先輩がハクと一緒に近くを通りかかった。
「あ、ヨウカ先輩。ハク」
「ん? おお、ゼフィルスかえ。あまり会うことも少なくなっていたが、元気にやっておるか?」
「俺も居るんだがヨウカ氏?」
「なんじゃインサーも居たのか。卒業の時にもお主の顔を見ることになるとは難儀じゃのぅ」
「ヨウカ先輩はこちらの方と面識があるん?」
「そういえばハクは初対面じゃったのぅ。こやつがSランクギルド〈ギルバドヨッシャー〉のギルドマスター。インサーじゃ」
「え? この人が?」
「まったく強者には見えんじゃろう?」
「ぐっ!?」
ヨウカ先輩がの言葉がインサー先輩の心に深く刺さった。
意外にもヨウカ先輩の言葉にはトゲが多いな。
「えっと。ヨウカ先輩。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうのうゼフィルス」
「ヨウカ氏。卒業おめでとう」
「インサーからのお祝いなんかいらんわ。送り返してくれる」
どうやらインサー先輩とヨウカ先輩は仲が悪いらしい。
「なあインサー先輩、なんかヨウカ先輩から嫌われているみたいだが、何をしたんだ?」
「別に大したことはしていない。ギルドバトルで20回ほど勝負し、全勝しただけだ」
「そりゃ嫌われるわ!」
「こやつは〈百鬼夜行〉に目を付け、〈決闘戦〉に引き下がらない我らを遠慮無しにコテンパンにしたのじゃ。負け続けてSランクという自信をポッキリ折られたメンバーを再起させるのに妾がどれだけ苦労したか分かるか?」
うん。これはインサー先輩たちやりすぎたな。
きっとやりたい戦術が多すぎたのだろう。
「まあ、妾たちも引き下がらなかったのは悪かったと反省してはいるのじゃ。あれは若気の至りじゃな」
〈城取り〉や〈拠点落とし〉は日に何度もできる。
負けっぱなしではやめるに止めれず、3日間で20敗したらしいヨウカ先輩が溜め息を吐いていた。
それからは〈ギルバドヨッシャー〉が「〈決闘戦〉をしよう!」と毎日のように来ても追い返したらしい。
「というわけでハクよ、〈ギルバドヨッシャー〉からのギルドバトルは一切受け付けんようにの」
「へぇ。そこら辺はヨウカ先輩に何度も聞いたから安心してや」
「そ、そんな、ヨウカ氏!?」
「そういうわけじゃからの。――ハク、行くぞ」
「へぇ。ほんじゃゼフィルスはんもまた教室で」
「おう。じゃあな~」
そう、ヨウカ先輩たちに手を振って別れる。
そこでチラッとインサー先輩を見ると、見事にorzっていたのだった。




