#1082 始動するゼフィルスの計画とフラーラの作品。
〈岩ダン〉の攻略情報が公開されてから2週間。
LV的に〈岩ダン〉へ突入できるギルドが限られており、未だに五段階目ツリーが開放できる階層まで潜れるギルドは、俺が合同攻略を持ちかけた〈キングアブソリュート〉、〈獣王ガルタイガ〉、〈百鬼夜行〉、〈千剣フラカル〉だけだ。
それに加えて3年生の就活狩りのため、エリアボスを遠慮する暗黙の了解みたいなのが出来てしまったために、2年生のレベル上げがあまり進んでいない。
これはいけない。
他のギルド、例えば〈ギルバドヨッシャー〉や〈ミーティア〉はギルドマスターがLV20。先日Aランクに上がったばかりのギルドであればLV15からLV18の人物が多いらしい。ヒラメンバーならもっと低い。
あ、ちなみに上級職だけの話だ。上級職がギルド内に5人いないギルドもいるので、それも上級ダンジョンの攻略が進まない理由に輪を掛けている。
この状態では公開された〈岩ダン〉の攻略情報を活かすのは難しいだろう。
色々足りないものが多すぎる。
ということで、今回の攻略ダンジョンは〈岩ダン〉ではない。
今回攻略する上級ダンジョンは、なんとランク3の〈山ダン〉だ。
色々すっ飛ばしてしまった〈エデン〉が攻略し損ねているダンジョンでもある。
うむ、〈エデン〉はランク1の〈嵐ダン〉、〈ランク2〉の〈霧ダン〉と来て、なぜかランク6の〈岩ダン〉を攻略しているからな。途中の3から5はどうするのよという話になっていたりする。
まあ、おそらくその内〈イブキ〉で強引に攻略するだろう。
でもその前にじっくり攻略してもいいよね?
そんな訳で、まずはLV25にしようぜ。ついでに〈山ダン〉も攻略しようぜ。そしたら〈岩ダン〉で五段階目ツリーも開放出来るぜ。という計画を思いついた。即興で。
見返してみてもなかなかに穴だらけな策である。だがそれが良い。
そしてこの話を各ギルドにチャットで送ったところ、ものすごい勢いで返事が返ってきた。
「そしてこれがその返事だ。みなオーケーだってさ」
「これは……必死さが出ていますね」
「そうなんだよ。実は2年生の今置かれている立場が微妙にヤバいらしい」
返信の内容を見せるとアイギスが唸った。それはアイギスの言うとおり、文章に必死さが伺えるからだ。それも割と強めに。
「現3年生は優秀だ」
「そうですね。ゼフィルスさんと共に攻略に乗り出したユーリ殿下を始め、かなりの強者が揃っていました」
「そして1年生もヤバいな」
「……そうですね。1年生はヤバいですね」
アイギスが俺の方をジッと見つめながら言う。
俺は気が付かないフリをしながら話を進めた。
「その1年生や3年生と比べて、今の2年生だと……ちょっと見劣りするらしいんだ」
「それは、分かります。私も元2年生でしたし、当時はかなりのプレッシャーがありました。進級すれば下級生に負ける最上級生と言われるのではないか、と恐れていた時期もありました」
アイギスが職業LVがカンストしていたのにもかかわらず〈転職〉を選んだ理由でもあるからな。結構根が深い。
今年、いやもう去年か。1年生に高位職が大量に出た。
このまま進級したとき、2年生は今の1年生に負けるだろうと思われていたんだ。
そして〈転職制度〉が実施された。おかげで2年生にも高位職がたくさん増えた。やったね! とはならなかった。だって〈転職〉した学生の多くは〈新学年〉となり1年生からやり直すことになったのだから。
1年生+新学年だ。数、質と共に今の2年生では太刀打ちできないとすぐに分かる。
今は1年生、2年生、3年生、新学年、と分かれており、さらに新学年もLVがリセットされたばかりでそれほど強くはないため問題にはなっていないが、いずれ1年生と2年生の強さに逆転が起こりえることは明らかだった。
そんな中期待されているのが、〈ギルバドヨッシャー〉のインサー先輩たちや〈ミーティア〉のアンジェ先輩たちだ。
要は活躍している人がいれば良いのだ。現2年生でも強い人は強い。今の1年生や最上級生と比べても負けてはいないぞという印象を持ってもらえばいい。
だが、すでに1年生ギルド〈エデン〉に抜かされている現状。
そしてレベル上げの停滞。
アンジェ先輩たちは焦っている様子だ。
なお、〈ギルバドヨッシャー〉からはそんなの関係無いとばかりに「一緒にダンジョン? 行く行く~絶対行く~」という感じの軽いメッセージが送られてきているが。
正直なところ、俺としてもこのまま3年生が卒業すると〈エデン〉一強になってしまうため、それは避けたいところだ。とはいえ俺が全部教えて育成するのは違うだろう。「それ身内と何が違うの?」ってなる。楽しくない。
だから一部の道筋だけを教える。後は自分たちで考え、試行錯誤してもらいたいんだ。
そうすれば自分たちだけの力が出来る。自分たちのオンリー戦術を開拓できる。
その第一歩として、俺は上級ダンジョンの攻略法を伝授することにしたんだ。
何しろ上級ダンジョンすら攻略出来ていないギルドだってまだまだ多い。
1箇所だけでも攻略してしまえば後は早い。
だから、初めの一歩を補助するんだ。
「そんな訳で許可は得た。あとは装備、そんで上級職を増やさないとな」
心の中でほくそ笑んでいると、道の真ん中で声を掛けてきた女子が現れた。
「あら? ゼフィルスさん? アイギスも?」
「ん? おお、タバサ先輩。あれ? タバサ先輩がなぜここに?」
「タバサ先輩。偶然ですね」
偶然バッタリという感じで現れたのはタバサ先輩だった。
よく見ると機嫌が良さそうな感じ、肩がウキウキ揺れているような気がする。
何か良いことでもあったのかな?
「ふふ、実はフラーラから今日、新しいぬいぐるみをいただくことになっているのよ」
「ああ、あの件か!」
俺はポンと手を打った。
ちょっと前の話だが、冬休みの間に〈天道のぬいぐるみ職人・フラーラ〉先輩という〈生徒会〉の生産副隊長代理にしてサトルのお姉さんである方に〈上級転職〉してもらっていた。
あの時ばかりは〈エデン〉女子が結託して即行で〈上級転職チケット〉を使うことを可決させていたからな。すごかった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないぜ」
「そう?」
「なんじゃ店先でさっきからもたもたと。タバサは早く入ってくるのじゃ」
「ん?」
また別の声に反応して振り向くと、俺たちはちょうど1件の店の前にいたようだ。
この店はギルドハウスとは別に、一般人も学生も商売のために借りられる商店の一つだ。
そこから、ちょっとぼさっとした髪のロリが出てきたのである。
この「のじゃロリ」こそ今噂していたフラーラ先輩、ご本人だった。
「フラーラ。受け取りに来たわよ」
「フラーラ先輩! ご無沙汰です」
「こんにちは」
「なんじゃ、〈エデン〉のイケメンを捕まえて来たのじゃ? タバサもよくやるのじゃ」
「ふふ、いいでしょ?」
そう言って俺の腕に抱きつくお茶目なタバサ先輩。
腕がちょっと幸せになった。
「横見てみぃ、修羅場にならんよう気をつけるのじゃ」
「あら、アイギスも一緒にするかしら?」
「もう、タバサ先輩、離れてください!」
アイギスがタバサ先輩の脇に手を入れて、羽交い締めっぽい格好で引き剥がした。
腕が少し寂しくなった。
「あらあら、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい。もうやらないわ」
「まったくタバサ先輩、いたずらはほどほどにしてください」
タバサ先輩が振り向いてそう言うと、アイギスがそっと地面にタバサ先輩を降ろして注意する。
「ここはフラーラ先輩の店だったのか?」
「ん? いんや、店としては開くことは無いのじゃ。うちがここでしているのはぬいぐるみの作製じゃな。ここには専用の道具が揃っていてな。ひっそりとやらせてもらっているのじゃ」
「フラーラは目立つからね。目ざとい人たちに見つかるとぬいぐるみを売ってほしいと言われて大変なの。だからここでこっそり作っているのよ」
「そうだったのか」
「隠れ家みたいですね」
「残り少ない学生期間までぬいぐるみ作製に追われるのはいやじゃからな。もうあんな過酷なデスマーチはしたくはないのじゃ」
そう言ってブルブル震えるフラーラ先輩。昔、注文が溜まりすぎて身を隠す事態になったらしいからな。その時のことを思い出したのだろう。
有名な生産職は大変だ。
……ハンナをもう少し労ってあげないとな。
一瞬レンカ先輩の顔が脳裏を過ぎった気がしたが、きっと気のせいだろう。
「それでフラーラ?」
「おおそうじゃった。こんなところで立ち話もなんじゃ、奥に来るが良いのじゃ」
中に入ると、店のシャッターが自動で閉まった。ハイテクだな~。
「ここじゃ」
案内されて店の奥に進むと。あったのは作業空間だった。
糸を紡ぐ機械から、糸染め中と思われる大きな桶、糸に何やら付与する設備、糸から布を織っている機械などなど、様々な機械が稼働していた。
「これは、すごいな」
「はい。初めて見ます。興味深いです」
アイギスも思わず感嘆とした声を上げていたくらいだ。俺も同意する。
「ようやく満足できるものが仕上がったのじゃ。これでどうじゃ?」
そう言ってフラーラ先輩が差し出してきたのは、大きさ30センチほどの――悪魔と天使を模したぬいぐるみだった。
「こっちがエリサちゃん、こっちがフィナリナちゃんじゃ」
というかエリサとフィナのぬいぐるみだった。
「おい」
「わっはっは。冗談じゃ。ちょっと作ってみたくなっただけじゃよ」
思わず手の甲でパチンとツッコミを入れてしまった俺は悪くないんだぜ。
「まあ、これはあげるのじゃ。記念に持って帰ると良いのじゃ」
「ありがとうございます。大切にギルドに飾りますね」
「あれ? 冗談でぬいぐるみが2つ増えたんだが?」
冗談……冗談ってどういう意味だっけ?
「本命はこっちじゃ。ステータスを見てもらったら分かるはずじゃが、これはいいものじゃぞ」
「これは。剣と盾を持った、竜?」
「うむ。攻撃するのなら剣、防御するのなら盾。あの〈千剣姫〉と〈操盾〉、そして竜の子であるゼニスを見て思い至ったが、性能を見るとこれがベストじゃった」
フラーラ先輩から差し出されたのは、ゼニスのような竜が剣と盾を持っているぬいぐるみだった。
「こいつは【マギドールメイカー】のうちが仕込んだ魔道具ぬいぐるみじゃ。ちゃんと空も飛べるぞ。口から火を吐くことも可能じゃ。盾で防御するも良し、剣で攻撃するも良し。今のうちができる最高傑作じゃ」




