#1052 交渉成立〈上級転職チケット〉を投資しよう!
―――〈戦車鳥ピュイチ〉。
テイムモンスターの一種で姿はエミュー、所謂ダチョウ型だ。そして騎乗モンスターである。
その最大の特性は戦車と名が付いている通り、〈戦車〉〈馬車〉カテゴリーの装備と同じく、敵と戦闘せずに蹴散らして進むスキルを持っている点だ。(倒しても経験値は得られない)
〈ダン活〉の騎乗モンスターの特徴として、戦闘はできるが〈イブキ〉のように敵を蹴散らして進むことなんて普通はできない。
しかし、〈戦車鳥ピュイチ〉は人を背中に乗せたまま凄まじい速度で走り、そしてそのまま敵を蹴り飛ばして進む。エンカウントせず敵を蹴散らすことが可能なのだ。
まるでサッカーでもしているの? と言わんばかりに敵をコロがしながら駆けることができる。その上モンスターなので通常の戦闘も可能。
ゲーム〈ダン活〉では〈馬車〉のレシピを運悪くドロップ出来ない悲劇があった。割と頻繁に。
その代用品として〈戦車鳥ピュイチ〉がよく使われていたんだ。
最初は1人しか乗せられないので先行し、敵を蹴散らしながらダンジョンを走破する、残りのメンバーが後を全力で走ってついてくるというやり方があった。本物の〈馬車〉を使うよりは遅いが、それでも戦闘をなるべく回避して最奥まで進めるので重宝されていた戦法だ。
モンスターなので、レシピとは違って確実にゲット出来るというのが特に人気のモンスターだった。
しかし強い代わりに入手がやや特殊。
一度卵にして孵化させて進化させてという手間が掛かる。
しかも卵を産ませることができるのは【牧場主】や【モンスターブリーダー】などの一部の職業だけ。
〈プリミティブ・エミュー〉などの〈ダチョウ〉型にボス系の〈鳥〉カテゴリーを掛け合わせて生ませる必要があった。
〈プリミティブ・エミュー〉は中級下位でテイム出来るが、ボスモンスターはテイムできないので進化させるしかない。
初心者ダンジョンの〈コケッコー(ヒヨコ)〉をテイムして〈ボスコッコ〉まで育てるやり方が最速だった。
しかし、その苦労に見合うだけの性能はある。
〈ピュイチ〉をさらに上級モンスターに進化させて5人を背中に乗せられるビッグサイズになるとすごいのだ。
なんと上級ダンジョンまで走ることができるようになる。足が長いので地面の凸凹も何のそのだ。長い目で見るとかなり有用。まあ、空は飛べないけどな。
俺たちには〈からくり馬車〉や〈イブキ〉があったし必要無かったと言えばなかったのだが、今後フラーミナを起点としたダンジョン高速攻略が可能になるという点を考えれば大きな利点だろう。特に面倒な卵にする部分が終わっているのが良い。
余っている〈上級転職チケット〉で〈ピュイチ〉の卵を交換できるなんて、これはお買い得どころの話じゃないぜ!
「ほう、〈ピュイチ〉の卵か! 良い、すごく良いぞ! ――しかし、本当に良いのか? 卵を産ませたということは、親は還っちゃったんだろ?」
内心超浮かれてはいるが、心配事もある。
それは卵を生ませると親モンスターは光に還ってしまう点だ。もちろん〈御霊石〉も残さない。事実上の消滅だ。ゲームではよくあること。
そんな貴重な卵をお礼にもらってしまって良いのか? そういう意味が込められた問いだ。
しかし、俺の心配は杞憂だった。
「安心して。現在大量の〈プリミティブ・エミュー〉と〈コケッコー〉を乱獲――じゃなくてテイムして〈ピュイチ〉量産計画を実施している最中なの。〈ピュイチ〉はこの子だけじゃないわ」
「ほほう!」
なんと! まさか〈ピュイチ〉量産計画とな!?
なるほど。〈集え・テイマーサモナー〉のようにたくさんの【テイマー】系が所属するギルドだからこそできるやり方か!
大量の〈ピュイチ〉に跨がって攻めてくるギルドを想像してしまう。
なにそれすごい!!
「これが私たちがAランクギルドに居続けるための切り札。〈世界の熊〉の熊騎兵戦法を参考にした」
「そこで必要なのが【モンスターブリーダー】という訳ですよ! つまり僕の力ですね!」
エイリン先輩が補足し、アニィは胸に手を当てて自慢げに胸を張った。なお、彼女はスレンダーだ。
「すごい大改革だな~。もしかして2年生のカリン先輩がギルドマスターに就任したのもそれが理由なのか?」
「ぬ、超当たりだね!」
「メル先輩はゴーレムオンリーだったから」
「Aランク戦に挑むときにカリン先輩が陣頭指揮を執ってほぼ全員に騎乗モンスターをテイムさせたんですよ。まあ、あの時は間に合わせの〈ウルフ〉でしたけど、今回のが本命ですね! それもこれもカリン先輩とエイリン先輩のリーダーシップの賜物で――」
カリン先輩が唸り、エイリン先輩が疲れた目をして、アニィが自慢げに内情を喋った。
どうやら前ギルドマスターの方針に異議を申し立てたカリン先輩が、あれこれやってギルドマスターの地位を引き継いだらしい。そしてAランクギルドに昇格するという結果を出したので、ギルドは今カリン先輩とエイリン先輩をリーダーにした良い雰囲気が出来上がっているとのことだ。(なお、アニィ談)
「――というわけでカリン先輩とエイリン先輩はすごいんです!」
そうアニィが締めくくる。
アニィは先輩たちが好きすぎだな!
見ろ、カリン先輩もエイリン先輩もちょっと照れてるぞ。良き。
しかしなるほど納得した。
Bランク非公式ランキング第八位だった〈集え・テイマーサモナー〉はもういない。
今後はAランクギルドにふさわしい実力を持って敵を打ち負かす、強者のギルドに生まれ変わろうとしているのだ。
いいね。いい、とてもいいよ!
俺そういうの大好きだ!
そういうの聞くと応援を贈りたくなってくるんだよ。
「よし、返事はオーケー、〈エデン〉は〈上級転職チケット〉を出そう」
「「「わぁ!!」」」
交渉成立。
俺はテーブルに1枚の〈上級転職チケット〉を置いた。
これは間違いなくギルドのためになる。
ギルドメンバーには事後承諾だが、〈上級転職チケット〉が必要なメンバーは残りラウだけだ。そしてラウの〈上級転職チケット〉は別ですでに確保してあるので文句を言うメンバーはいないだろう。
今回の交渉は、今後のためにこういう交渉に〈上級転職チケット〉を使うことを周知する必要性を感じた。
また、これだけだと俺の気持ちが収まらない。良い話を聞かせてもらったしな。
なのでいくつかアドバイスも贈るとする。
「そうだアニィ」
「はいです!」
「〈ワイバーン〉、〈リヴァイアサン〉、〈ベヒモス〉、〈古代樹〉、この四種のモンスターを知っているか?」
「も、もちろんです! どれも物語で語られるような高位のモンスターたちです!」
「竜が発見された件もあったし、もしかしたら上級で会えるかもってみんなでドキドキしてるんだー。もし会えたらあわよくばテイムしたいしね!」
「等身大ぬいぐるみとか欲しい」
3人のテンションが見る見る高くなった。
そうだろうそうだろう。欲しいよな。ゲットしてみたいよな。
「そうかそうか。それで話は変わるが最近な、〈採集課〉のメンバーが上級ダンジョンに進出したという話は知っているか?」
「??」
「私は知ってるよ! 1年生だよね」
「〈結晶〉と〈宝玉〉が多く取引されてる」
アニィは首を傾げていたが、さすがにカリン先輩とエイリン先輩は知っていたようだ。
さすがはAランクギルドのマスターとサブマスターだ。
「そうだ。彼らがな、何やら妙なものを採集したと言っていてな。どうもモンスターの進化ルートの開放に使うアイテムらしいぞ」
――採集。
〈ダン活〉では『採取』、『釣り』、『発掘』、『伐採』のことを総称して採集と呼ばれている。
上級ダンジョンで上級採集職が採集するものは多岐に渡る。
その中には【モンスターブリーダー】として見逃せないアイテムもあるのだ。
モンスターの特殊進化ルートの開放は【モンスターブリーダー】の領分だからな。
「「「ちょ、ゼフィルス君、それ本当なの(です)!?」」」
うむ、良い反応だ!
「ああ。行って一度聞いてみるといいぞ」
俺はそう3人にアドバイスした。
さて〈上級転職チケット〉2枚。
これの使い道も決まったな。




