#1042 〈湖温の秘湯〉の終着点。鍾乳洞と団扇と悲鳴。
「あ、ゼフィルスさんだ」
「ん? 本当だ。――ゼフィルスさん、どこに行くんだ?」
「お、ルキアにラウ、それにミサトとメルトもいるのか」
「たはは~。楽しんでるよ~」
「ああ。浸かって良し、眺めて良し、広々としていて開放的、体の芯からじんわりくる暖かさ。これはいいものだ」
移動中にふと話しかけられてそちらを見ると、4人がのんびり浸かっているところだった。
楽しんでいるようで、メルトなんて珍しく超饒舌になっている。宿の温泉の時はそうでもなかったから〈湖温の秘湯〉が相当気に入ったんだろう。
「それでゼフィルス君はどこに向かってるの?」
「ああ、実は今この〈湖温の秘湯〉を探検中なんだ。さっきは向こうにあった温泉が湧いている場所に行ってきてな、今度は逆に温泉が消えていく場所を探検するつもりなんだ」
「へえ! なんだか面白そうだね! 私も付いて行って良いかな」
「もちろんだルキア。探検のお供は大歓迎だぜ」
「なら俺も良いだろうか?」
「ラウ君も行くの? メル君メル君、それなら私たちも一緒に行こうよ!」
「メル君はやめろミサト。だが、確かにこの温泉がどこへ向かっているのかは気になるな」
「もちろん付いてくるのは歓迎だぜ。3人も一緒に行くか?」
「ついて行こう」
「私も~。ほらメルト様、メルト様も」
「分かった分かった。だからくっつくな。ミサトはもう少し恥じらいを持て」
ということで4人が旅のお供になった。
一緒に下流(?)を目指してお湯に浸かりながら進んで行く。
「こう広々とした温泉でゆったり泳いで進むのは、贅沢だな」
「全くだ。俺もそう思う」
「上から見たら男子3人が温泉で泳ぐ姿はちょっと間抜けそうだが、だからこそ贅沢を感じるのだろうな」
メルトが言い出したことに俺が頷くと、ラウが妙な分析していた。
確かに温泉を男子3人で泳ぐのはプライドやかっこよさ的にあまり見られたくはないが、楽しいのだから仕方ない。俺も仰向けでぷかぷか浮くように進む。流れがあるのでこうした方が歩くよりも速いのだ。
「うふふ~。なんだか男子を追いかけながら付いていくのって楽しいかも」
「たはは~。分かる気がするよ~。なんだか微笑ましくなるよね。普段はこんな光景見れないもん」
「おいミサト、あまり見るな」
「たはは~、メルト様のお願いでもそれはできない相談だよ~」
女子は女子で色々楽しんでいるようだ。
男子だって水着の女子を見て眼福なのだから見られるくらい俺は問題無いが、主従関係に近いメルトとしては結構抵抗があるようだ。顔が少し赤いのはお湯のせいではないのかもしれない。
「しかし長いな。これはどこまで続いているんだ?」
「そういえばさっきから他の子たちが見かけないね」
「みんな滝の方いっちまったからなぁ、下流(?)の方にはあまり来ていないのかもしれないな」
ラウとルキアが下流(?)方向を見渡すが、長い上に他に人も見かけなくなってしまった。
「いや、どうやら終着点のようだ。あれを見ろ」
「なになにメルト様――あ、なんか洞窟っぽいのあるよ!」
メルトが指さした先には、山脈に大きな洞窟がぽっかり空いていた。
中はほんのり光っていて、まさにダンジョンの洞窟という雰囲気を出している。
「あそこに温泉は消えているのかな?」
「多分な。山脈のさらに奥を見ても行き止まりのように見える。この洞窟の先で温泉が流れて消えていると考えるのが自然だろう」
ミサトの言葉にメルトが考察する。
「なるほど。それでゼフィルスさんどうする? 入るか?」
「もちろんだ。俺は温泉探検に来たからな」
「私も一緒に行くよ~」
ラウの言葉にもちろんだと頷くと、ミサトが嬉々として手を挙げて主張した。
ざばぁと温泉からいきなり立ち上がるものだから貝殻模様ビキニの大きい胸が凄まじい主張をしていた。もちろん紳士な俺はスルーする。
お湯でしっとりした髪をオールバックにまとめておいて俺も立ち上がった。
ここからは歩いて行く。
「あ、メルト様。髪結わいちゃうからちょっとこっち来てね」
「……別にこのままでも構わないのだけどな」
同じく立ち上がるメルトだが、メルトは割と髪が長く肩に届くか届かないくらいまで伸びているため、濡れてぴったりと顔にひっついた髪が邪魔そうだ。
そこにミサトがササッと近づいてきてどこに隠し持っていたのか、胸の谷間からヘアゴムを取り出してメルトの髪を後ろ1本に纏めていた。ちなみに後ろを向いているメルトはそれに気が付かない。
「おお~、なんか髪纏めたメルトは新鮮だな」
「ああ。男でもそれくらい髪が長いと少し大変そうだな」
「そうか? あまり気になったことはないが。――ミサト、ありがとな」
「どういたしまして~」
俺とラウの言葉に腕を組んで首を傾げたメルトが振り向いてミサトに礼を言う。
ミサトが手慣れている気がするのは、きっと幼馴染的なアレだろう。
準備が終わるといざ洞窟へ。
「では、行くか!」
「ここまで来たんだ。俺も行かせてもらおう」
「メルト様が行くならもちろん私も行くよ!」
「レッツゴー!」
メルトとミサトももちろん参加を表明すると、ルキアもミサトに負けないくらいの勢いでざばぁんと立ち上がって先頭に出ようとする。
そこへラウが待ったを掛けた。
「おいおい待てルキア、先に行くと危ないかも知れないぞ。ここは俺が行く」
「えー、だってラウ君が一番弱いじゃん。ラウ君が一番心配だよ」
「ぐっ!? そ、そうだが、VITは高いぞ。少なくともルキアよりかは高いはずだ」
ルキアに言葉のナイフでサクッとやられたラウだったがなんとか持ち直していた。
うむ。ルキアは先日上級職になったので、もう〈アークアルカディア〉で下級職はラウだけだ。ラウの〈上級転職〉にはまだ時期が合わないので仕方ないのだが、出遅れている感が拭えないラウが少し焦っているな。
「まあ待て、この中で一番強いのは俺だ。俺が先頭を行く。ラウは一番後ろで後方を警戒してくれ」
「! ああ、分かった。任せてくれ」
「まあ、『直感』に反応は無いし、なにも出ないと思うから気楽にな」
〈秘境ダン〉では秘湯にモンスターは出ない。だって装備が水着だからな。
10層までの秘湯には動物が出現するが、11層以降は動物も見かけなくなるため危険はほぼ無いと言っていい。なので安心だ。せいぜい足を滑らせる危険があるかないかくらいだろう。
しかしこれは探検。隊列は大事だ。
ということでフォーメーションは俺が先頭、続いてメルト、ミサト、ルキア、最後がラウの順番で洞窟を進むことになった。
「これ、洞窟の中も足下ツルツルだね」
「進みやすくて良いじゃないか。ゴツゴツしているより全然いいぞ」
「…………」
ルキアの言葉に俺が普通に答えると、メルトがもの凄くなにか言いたげにしていた。
結局言わなかったが。
洞窟の中はダンジョンの洞窟と同じく光る不思議洞窟だった。
温泉の深さは変わらず、洞窟の奥に続いている。ただ、温泉地帯にはモンスターは出ないことを俺は知っているのでズンズン進んでいった。
そしてしばらく進むと、一つの秘境へと突き当たる。
「「わぁ!!」」
まず声を上げたのはミサトとルキアだった。
とても感嘆とした声だった。
「これは、すごいな。本当に自然物なのか? いや、ここはダンジョンだったな」
「ああ。ここがダンジョンであると度々忘れそうになる。すごい景色だ」
ラウが辺りを見渡しながら言い、メルトもそれに同意する。
奥にあったのは鍾乳洞の広間だった。しかもこれまた絶景。
その鍾乳洞の天井の一部はぽっかり穴が空いており、上から光が降り注いで白い温泉をキラキラ光らせ、青色の光が水面から反射して洞窟内を照らし、周りを美しくかつ幻想的な光景に仕上げていた。
ここも撮影スポットの一つ。青洞の光窓と呼ばれている場所だ。
さらにその奥ではまた滝のような水の流れる音が聞こえている。温泉はこの奥に流れて地下に消えていっているのである。ここが〈湖温の秘湯〉の終着点だ。
「綺麗だな」
「ああ。絶景だ。来て良かった」
「うん! これ見れただけでも来た甲斐があるよ!」
「まさに秘湯だね。ここが温泉地なんて本当に信じられない」
メルトが端的で気持ちのこもった感想を漏らすとラウがそれに深々と頷き、ミサトとルキアも絶賛する。そう言ってもらえると連れて来た甲斐があるというものだ。
そして俺も、この絶景に感無量だ。ゲーム時代は画像でしか見ることのなかった秘境。その場所を実際に目で見ることが出来た。かなり感動する。ああ、マジでここに来てよかったぜ。
5人でじんわりと鍾乳洞の幻想的な光景を鑑賞することしばらく。俺たちはようやく動きだした。
そして奥に鎮座しているとあるものに集中する。
「じゃあ、あれ開ける?」
「おう。もう十分鑑賞したしな」
実は光が降り注いでいた場所にもう一つ存在感を表すものがあった。
――宝箱だ。〈木箱〉が1つ、〈銀箱〉が1つ、そして〈金箱〉が1つの計3つ。
しかし、このコントラストには逆に〈木箱〉が映えるな。〈金箱〉に景観負けしていない。青洞の光窓から降り注ぐ光に照らされているからだろう、〈木箱〉のくせに凄い存在感を放っている。
近づけば一部台座のように岩が盛り上がって温泉から飛び出ていて、そこに3つの宝箱が鎮座していたのだ。
視線で誰か開けるか聞いてみると、ミサトとルキアが手を挙げる。俺も挙げた!
「「「はい!」」」
「え?」
「ああ。気にしなくていいぞラウ。いつものあれだ」
「いつものあれってなんだ?」
ラウがとてもハテナマークを浮かべていた。そういえばラウって宝箱を一緒にするの初めてだっけ? ちなみに10層の兎ボスの〈木箱〉はノーカウントだ。
「まあ、今回は見学だラウ。そして慣れろ。これが〈エデン〉のノリだ」
「ノリ、なのか? ゼフィルスさんの目がさっきとまるで違うんだが。すごく真剣な表情だぞ? いったい何を?」
「ごほん。ゼフィルス、今回は3人で開けたら良い。俺とラウは今回見学している」
「ほんとかメルト! ありがたい!」
メルトとラウは今回見学したいという。なら、メルトとラウの分まで良いのを当てないとな。ここの宝箱の中身ってランダムなんだよ。
割り振りは俺が〈金箱〉、ミサトが〈銀箱〉、ルキアが〈木箱〉を担当することになった。ちゃんと公平にじゃんけんで勝ち取ったぞ!
俺は〈幸猫様〉と〈仔猫様〉へ祈りを捧げ、〈金箱〉をパカリと開ける。
「これは、レシピか! くっ、解読用のアイテムが無い!」
〈金箱〉の中身はレシピだった。何が書いてあるかは分からない。後で絶対に確かめようと決める。
ちなみにこれは後に〈白薬湯〉という【薬師】系の上級レシピと判明した。もちろん【錬金術師】も作製可能で、これを体に掛けると一定時間HP継続回復を得る、という効果があるアイテムが作れる。さすがは〈金箱〉産アイテム、強い!
しかし、体にぶっかけるタイプか……。ゲームなら良いがリアルだと困る使い方だ。とりあえず〈エデン店〉に置いてみようと決めた。
続いてミサトの番。開けるのは〈銀箱〉だ。
「ん? えっと。何これ? 雪だるま?」
「お~。これはギルド設置アイテム〈雪怠魔〉だな。置いておくと一定時間で〈魔氷〉という素材を生み出す。〈魔氷〉は〈料理〉から〈爆弾〉、〈錬金〉、そして武器の属性付与まで幅広く使える有用素材だ。なかなかの当たりだぞ」
「ほんと、やった!」
ミサトが当てたのは20センチほどの雪だるま型のアイテムだった。
主に氷属性のアイテムを作ったりするのに有用で、当たりの分類となる。
最後はルキアの番。開けるのは〈木箱〉だが。これがなかなか面白い物が入っていた。
「ウチワ?」
「団扇だね」
「温泉のマークが入っている団扇、か」
「何か効果があるのか? 涼しくなるとか」
そう、温泉マークの描かれた何の変哲も無い団扇だった。
しかし、俺はそれを見たところでそっとその場から離れた。
「扇いでみるラウ君?」
「あ、ああ。じゃあルキアやってみてくれ」
「はいよー」
そしてルキアがラウを団扇で扇いだ瞬間、ラウが跳び上がった。
「うおおお!? 寒、寒いいい!? ――――はぁ、はぁ、ぬ、ぬくい。温泉がぬくい……」
そのまま湯にダイブしたラウがそのまま温泉とお友達になった。
「へ? なにこれ?」
「私もやってみる。貸してルキアちゃん。――メルト様」
「おい、やめろバカミサトうおおおおお!?」
悲鳴と「ザバーン」というお湯に飛び込む音が洞窟内に響いた。
ミサトの一振りでメルトが跳び上がってラウと同じく運命を共にしたのだ。
安全になったのを見計らって俺がその真相を教えてあげる。
「それはあれだな、〈湯着消し器〉だな。『湯着』スキルを消す効果のある団扇だ」
「「ああ~」」
それを聞いて2人がポンと手を打った。
ここ、外は雪だらけだからな。本来は水着で出歩ける場所じゃないんだ。
「この〈秘境ダン〉ではよくドロップする定番のアイテムだ。『湯着』の効果が切れるまで2時間掛かるから、それを待てない人用の消すアイテム、というわけだな。注意事項、水着の時は使ってはいけません」
「たはは~うきゅ!?」
「ミサト~、捕まえたぞ~」
「は、はわ!」
おお! いつの間にか近寄ったメルトがミサトの背後からウサ耳クローを決めていた。
温泉に浸かったことで再度『湯着』スキルを得たようだな。
そしてゆっくりとミサトの持つ〈湯着消し器〉を奪い取る。
気が付けばラウもルキアの手を掴んでいた。
「覚悟はいいなミサト?」
「う、うきゅ!」
「えっとラウ君、手を掴まれると逃げられないんだけど?」
「メルトよ、次はルキアにも試してあげてくれ」
「いいだろう。――行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
うむ。俺はもう少しだけ離れて湯船に浸かりながら傍観するとしよう。
「「ひゃああああぁぁぁぁ―――――――――――」」
そして洞窟内に2つの悲鳴が響き渡った。




