#1041 湖温の奥に秘境。聖なる温泉杯から眺める絶景
〈湖温の秘湯〉は湖のようであり、川のようでもある、超巨大な温泉。
微妙に流れもあって上流(?)にある滝から温泉が流れてくるのだ。
「ということで温泉探検だ!」
「温泉探検!!」
「すっごくワクワクする響きなのです!」
「温泉探検なんて言葉、初めて聞きました。そういうものがあるのですね」
俺の宣言に幼女組のエリサ、ルル、フィナがそれぞれテンション高めに反応する。
いや、フィナだけクールだったな。
いつの間にかルルも合流していて、何か面白いところないのと言わんばかりの瞳で見つめられたので温泉探検をしようという結論に至った。
「温泉探検がしたいかー!」
「「「おおー!」」」
「ダメですよルル。温泉なんですからゆっくり温泉に浸かりましょう?」
「ノーなのです! ルルは温泉探検がしてみたいのです! シェリアお姉ちゃんも一緒に行くのです!」
「行きます」
「てのひら返しが早いなシェリア!?」
今さっきまでルルを諭していたシェリアが一瞬で手のひらを返していた。
まあいい。同行者が4人になっただけだ。シェリアも合流っと。
「じゃあ、ルルたちはどこに行きたい?」
「まずはあの温泉の滝さんの上を見たいのです!」
「あそこに登るのね、いいわね! 私も気になっていたのよ、まさに温泉探検だわ!」
「……あの周辺、岩がゴツゴツしているのに、坂道のような場所があるのはなぜですか?」
フィナ、そういう仕様なんだとしか言えない。きっと昔は温泉が流れていて、水の力で坂が出来たんだろう。ここはダンジョン。つまりはそういうことだ。
まあ、探検だ。ワクワクするのが目的。
ということで目標に向けて進んでみた。
「ふひゅ~~~。これは泳いじゃった方が速い気がするのです~~」
「ルルは体が小さいですからね」
「私も泳いじゃった方が速いかな?」
「こうも大きい温泉だと自然と泳ぎたくなってきますね」
ルルが即で歩くのをやめて泳ぎ始めるのが微笑ましい。
泳ぐと言っても全力でバタ足するでもなく、肩まで浸かって底を足で蹴ってスィーと進むだけだ。ルルたちの身長だと歩くよりもこっちの方が早かった。
それに感化されたのかエリサとフィナも試しに泳ぎ始める。
うむ、温泉は貸し切り状態だ。学生なら泳ぐのはお約束。泳ぎたくなるよな! 俺も泳ぐか!
「周りは雪の積もる温度ですが、スキル『湯着』のおかげで寒さは感じませんし、なんだか不思議な感覚ですね。ですが温泉に浸かりすぎると逆にのぼせないか心配になります」
「そこも安心していいぞシェリア。『湯着』にはのぼせるのも防ぐ効果がある。〈耐寒&のぼせ無効〉が『湯着』の効果だからな」
「そうなのですか? ここの温泉は不思議な効果があるのですね」
それな。〈秘境ダン〉の温泉は全て浸かった時にスキル『湯着』のバフを得る。ゲーム〈ダン活〉時代はここ以外に温泉なんてなかったから、これが〈秘境ダン〉の効果なのか、この世界の効果なのか分からなかったが、シェリアの話から察するにどうやら〈秘境ダン〉の特性の様子だ。
「気持ちいいわね~」
「はい。ずっと浸かっていたいです」
「いつまでもお湯に浸かっていられるのは幸せなのです」
それな。ここの温泉、すっごく気持ちいい。ずっと浸かっていたいと思わせる魔力を持っているぜ。
歩いていたシェリアもいつの間にか湯に浸かり、ルルたちの真似をして軽く泳いで進んでいるほどだ。
ちなみに俺もそうしている。手を下に伸ばせば底に突くので溺れる心配も体力の消耗も少ない。手押し車のように温泉を手で歩いてみたりする。スィー。楽しい!
「あ、良いこと思いついたわ。えい!」
「おお?」
「「あ!」」
突如背中に強襲。見ればエリサが背中に抱きついてきていた。
「姉さま、なんてことを。すぐにそこを明け渡しなさい」
「渡さないよ! あとそこは降りろとか離せとか言う場面だよフィナちゃん!?」
「ルルもするのです! とう!」
「ルルもか!」
今度はルルも来た。右肩らへんに飛びつかれた。お姉ちゃんの真似をしたかったのかもしれない。さらに。
「なるほど、なら私も続きます」
「フィナも来た!」
左肩にはフィナがピタッとくっついてきた。
俺は幼女の乗り物となったのだ。ふっ、軽い。
そのまま手の力だけでスィーと歩いていく。
「な! る、ルル。そこでは狭いと思います。私の背中が空いていますがいかがですか?」
いつの間にかシェリアも俺と同じ格好をしていた。しかし。
「ヤーなのです! ルルはゼフィルスお兄様がいいのです!」
「がーん!?」
シェリアが速攻でルルに構ってアピールをして撃沈していた。
続いてエリサとフィナにも交渉していたが、2人とも断ってシェリアがどんより状態になった。
「ほ、ほら、到着したぞ。ここが温泉の湧き上がる場所。聖なる温泉杯だ」
「「「聖なる温泉杯(なのです?)(ですか?)」」」
山脈に挟まれた長い温泉の最奥にそれはある。
名前の由来は、見た目が滝で分かりにくいが、滝を止めるとまるで聖杯のような形をしていて、杯の中から温泉が湧き出ているところから来ている。湧き出た温泉が杯から溢れて滝のようになっているんだ。
なお、聖なる温泉杯とは俺たち〈ダン活〉プレイヤーたちが勝手に名付けた。所謂撮影スポットだったのだ。
「こっちから上に登れそうだな。一度温泉を出なくちゃいけないが――」
そう言いながら杯まで登れそうな坂道をさり気なく案内すると。
背中から幼女が消えた。
「探検なのです! ルルが行くのです!」
「私ももちろん行くわよ!」
「姉さまが行くのでしたら、私も」
あ、寂しい。
「3人が足を滑らせてもすぐ支えられるよう護衛します」
「護衛はいらないと思うぞシェリア。普通に付いていけばいいさ」
幼女3人が背中から退いてしまったのに少し寂しさを感じつつ、聖なる温泉杯の脇からご丁寧に温泉が湧いている場所まで伸びた坂道を登ると、そこはまさに秘湯の中の秘湯があった。
「「「「わぁ!」」」」
「おお~!」
それは大きな杯の形の温泉だ。中央では水面が盛り上がり、その真下から温泉が勢いよく湧き出ているのが分かる。巨大杯はお椀型の湯船だった。
「入ってみるか?」
「「「「はい(なのです)!」」」」
ということで当然入浴だ。
おお~、これはいい、いいぞ。下から湧き出るお湯の流れと滝の音がすごく心地良い。
思ったより勢いがあって湯の流れが強いのが逆に気持ちいい。
「ふわ~。気持ちいいのです~」
「眺めもいいわね!」
「これはまた、絶景ですね」
「高いところに温泉地ですか。まさかこんなものがあるなんて、ダンジョンは本当に不思議です」
苦労、というほど苦労はしていないが、秘湯まで来た達成感と充実感があった。
ここは温泉の最奥、そこから眺められるのは〈湖温の秘湯〉の全容。
少し高い位置から見下ろす巨大温泉はまさに絶景だった。
「あ! ゼフィルス君なにそこ!」
「そんなところに浸かれる場所があるの~!?」
「いいな~! 私たちも行っていいかな?」
「もちろんだ、どんどん来て良いぜ」
「「「やったー!」」」
滝上から眺めているとすぐに仲良し3人娘のサチ、エミ、ユウカに見つかった。
3人に見つかれば後は早い。
どんどんメンバーが集まってくる。
おっとちょっと待ってくれ、順番。順番だ。
このままじゃ女子が集まって押しくら饅頭状態になってしまうぞ? 杯はそんなに広くないのだ。隠しスポットだからな。
「人が集まってきましたね。少し狭くなってきました。ゼフィルス殿、そろそろ別の場所に探検に行ってはいかがでしょう」
そうだな。人数規制はするべきだな。じゃあ、俺はもう堪能したしそろそろ出るか。
シェリアは? え? まだ残ってる? え? いいけど。人が増えたら他の人にも譲ってやってくれよ?
少し腑に落ちなかったものの、俺は1人聖なる温泉杯から降りて別のところに探検しに行くことにしたのだった。
さすがは聖なる温泉杯、大人気になってしまったな。今からあそこに男1人乗り込むには勇気が要るほどになってしまった。
『勇気』使えばいけるかな?
女子たちが集まる湯に浸かるために『勇気』で覚醒する勇者を想像してみる。
……やめておこう。
俺はフッと背を向けた。




