#097 特大〈モチッコ〉モチモチぬいぐるみを巡って。
練習場ではラナを始め、他のメンバーも新スキル新魔法のお披露目や、その新技を絡ませた連携について練習した。
遠巻きに見つめる他の同級生が自主練もストップしてポカーンとしているのが面白かった。
早く職業を取得しないとどんどん差が開いちゃうぞ同級生。
「ふう。いい汗かいたわね」
「はい。有意義な時間でした」
意外に体育会系な前衛の二人がタオルで汗をぬぐっている光景がなんか色っぽい。
それに比べて、
「ありがとうハンナ」
「カルアちゃんも自分で拭きなよぉ」
何故か棒立ちでハンナに汗を拭いてもらっているカルア。こっちのロリっ子組はなんだか微笑ましい。
カルアは身長150cmを余裕で超えているが、童顔なのでロリっぽく見えるんだよ。
ちなみにラナはMP枯渇で少し前から休憩中だ。傍でストロー片手にジュースを飲んでいる。
「ちょうどお昼だし一度汗を流すか」
「そうね」
もう昼なので昼食も含めて一度解散することにした。
後で夕方にまた落ち合う約束をする。
俺は一度戻り汗を流して学食で昼食を取ったあと、午後はショッピングに出かけることにした。
とはいえ俺の全財産は58万ミールなので装備の更新は微妙なところだ。
なので今日は本当にただのショッピングだ。
「お、これなんかいいか?」
やってきたのは雑貨屋だった、そこにあった特大の〈モチッコ〉ぬいぐるみを見て少し悩む。
うちのギルドメンバーは女の子ばっかり、しかも皆可愛い物好きみたいなためマスコットのぬいぐるみを所望していた。
このままでは、またいつ〈幸猫様〉に魔の手が掛かるか分からないからな。
しかし、手を伸ばしたところで同じく横から伸びた手と重なった。
「ん?」
「あ」
いつの間にか隣に女の子がいたらしい。気付かず漫画みたいなことをしてしまった。
「………」
目が合う。
長いポニーテールをしているが頭防具〈スポーツキャップ〉を目深に被っていて顔は分かりづらい、変装中か?
青い刺繍の入ったスカートから一年女子ということは分かるが。
何故か初めて会ったのに既視感がある。ゲームの登場キャラだろうか? いや、それにしては覚えがない…。
「……君も、そのぬいぐるみが欲しいのか?」
記憶を探っていたら彼女が話しかけてきた。
「あ、ああ。も、ということはそっちもか」
「うむ。しかし、ぬいぐるみは一つしかない。困ったな…」
なんかこの話し方もどこかで聞いた気がするんだけどな…。どこだっけ?
女の子が眉を寄せて困っている様子そっちのけで俺は記憶を洗い出していくが、誰とも合致せず。結論として彼女とは初対面だと思う。
「店員に同じものがないか聞いてみようか。少し待っていてほしい」
また話が進んでいたらしい。しかし、そこまでして欲しいと思うぬいぐるみではないので彼女が店の奥に行こうとするのを手で遮った。
「いや、俺は別のやつを探すからそれはそっちが買っていいぞ」
そう言って場所を譲ってやると、今度は彼女から待ったが掛かった。
「待ってほしい。君もこの特大〈モチッコ〉モチモチぬいぐるみが欲しかったのだろう? なら譲られる理由がない」
いや、別に本当にそこまで欲しいものじゃなかったんだ。
というかそんなネーミングだったの? おいしそうじゃないか。なんだか途端に欲しくなってきたぞ。いや、でも買ってどうするよ俺。ギルメンに攫われるイメージしか湧かないわ。
「いや。考えてみたら別のでも十分満足出来そうかなって。そのもちもち〈モチッコ〉ぬいぐるみだっけ? 欲しい人がいるならその人が買った方が良いって絶対」
「む、むう。そうか? 本当に良いのだな?」
「どうぞどうぞ」
「そうか。感謝する」
よほど欲しかったのだろう。譲ると押してみれば簡単に決着が付いた。
別に感謝を言われるほどじゃないが、良い笑顔をしながらイソイソとぬいぐるみを買いに向かう彼女を見ていると良い事をしたような気がするのだから不思議だ。
しかし、直後にトラブルが起きた。
「12万ミールになりまッス」
「12万ミール!?」
彼女の悲痛な叫びが店内に響いた。幸い客は他に俺しかいなかったが。
その悲鳴を聞いてなんだかこの後の展開が読めた気がする。
「な、なんとかもう少し負からないだろうか、その例えば5000ミールくらいに?」
「無理ッス」
慈悲もなし。
まあさすがに24分の1には負からないだろう。
「あ」
再び彼女と目が合った。
さっきまでちょっと頬を染めて嬉しさいっぱいの笑顔を浮かべていたその表情は今では見る影も無い。
むしろ涙すら溜まっていた。
彼女の心境は察するに余りある。今買えなければ、一度手放したぬいぐるみは二度と手に入らないだろう。俺に買われてしまうから。
そんな事を考えているに違いない、証拠に〈モチッコ〉ぬいぐるみを持つ手がこの子は離さないと言わんばかりにギュッと力が入っている。しかし、
「あ、あぁ、だ、ダメだ…」
彼女の絶望の声が耳に届いた。
先ほどの凛々しかった彼女はどこに行ってしまったというのか。
そこに居たのはお気に入りの玩具を取り上げられまいとするただの少女だった。
さて、どうしようこの状況。