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祈りの灯台  作者: ぬりえ
第一章
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六、

 あの姉妹が「ギルの店」と呼んでいた店で修行をすることが決まった。

 ――は、いいのだが。

 師匠スタルクは奥の部屋にこもったまま出てこない。特に指示もない。「好きにすれば」という師匠の言葉はそのままそっくり受け取ったほうがよさそうだ。放任主義、というやつか。

 とにかく今できることをクラリスは考える。弟子になったとはいえど、招かれてもいないのに作業場(だと思われる奥の部屋)にずけずけと入っていくわけにはいかないし、家の中(間取りなどまったくわからないが、多分二階もある)を歩き回るわけにもいかない。クラリスの行動範囲は店内に限られる。

 ならば、やるべきことは一つ!

 掃除だ!

 クラリスはショルダーバッグの中からエプロンを取り出し身に付ける。大きめのスカーフをバンダナ替わりにきゅっと締め、スカートの裾は邪魔になるので髪ゴムで縛る。歩幅は狭くなるけど仕方ないし、そこまで広くないから大して問題にはならないだろう。


 あの物語の主人公も、掃除婦として魔法使いの城に居候していた。クラリスは家主の許可を得ているところが物語とは違うところ。せっかくいいものを作っているのに、見てくれがこんなんじゃ人が寄り付かない。見た目は大切だ。まずはきれいにすることで役に立とうと考えたのだ。掃除をしながら売っている商品と場所、できれば価格も覚えたい。それができれば一石二鳥だ。


 クラリスは店のすみっこに放られていた布きれと水桶を持って外へ出る。行動開始だ。

 まず、ご近所の方々にご挨拶をして回りながら水を得る。これから長い間この市でお世話になるのだ。人付き合いは大切だし、師匠の評判にもかかわることなので、なるべく丁寧に、好印象を持ってもらえるように気を付けて。少なくとも会えたご近所さんはいい人たちで、優しくクラリスを受け入れてくれた。お近づきの印に、と故郷で作った寄木細工の飾りを差し出すと、とても喜んでもらえた。木の細工はここでは珍しいのかもしれない。草の蔓で編んだひもに飾りと鈴をつけた簡素なものだ。ここでも材料さえ手に入れば作ることができる。また作ろうと思った。

 毎日少しずつ、お付き合いの輪を広げていこう。とりあえず、まだ一部ではあるけれど、市の人たちへのご挨拶、という第一段階をクリアしたクラリスだった。


 次は教えてもらった水場へ向かう。第二段階は掃除だ。

 師匠の作業場にはきっと水道も火の元もあるだろうけど、そこへは招かれるまで足を踏み入れないと決めている。水場まで少し距離はあるけれど、往復中に出会う人たちと顔見知りになれる。水場は奥様方の情報交換の場でもあるし、その時々でたくさんの人に出会える。

 水を汲んだら店に戻る。幸い、古びた水桶は、漏れずに水をためていてくれた。


 掃除は上からが基本。布きれを雑巾替わりに、さあ始めよう!

 お言葉どおり、好きにさせてもらいますよ、師匠?

 濡らして固く絞った雑巾で上から拭いていく。うわ、ほこりが山のように積もってる! どうすればこんなふうになるんだろう・・・・・・。はたくと商品が汚れるので、雑巾で拭っていく。


 商品のある棚に足をかけてよじのぼるなどもってのほか、これまた放置されていた木箱を積み上げて台にする。ランプの傘はルシファーに頼んだ。器用に口に雑巾をくわえて拭いてくれている。

 入り口から一番遠い壁の棚から始めていると、その棚はまじない関係の包みが並んでいることがわかった。どんな効果があるのか、名前が書かれているものは読んで覚える。ほこりをはたきで払い(商品用のはたきが欲しいな、と口にしたら、ルシファーが乾いた布きれをぱくぱくと口で切って、作ってくれた)、商品をそぉっと持ち上げて棚を拭き、もとの場所に戻す。昨日来ていた姉妹のように、場所でお客様の商品が決められていたら大変だ。


 丁寧に丁寧に、と気を付けて進めていると、時間がかかる。商品の中身に考えを巡らせていることもあり、まだ最初に取り掛かった棚の半分も終わらないうちに、お昼になってしまった。腹の虫がぐうと鳴る。そういえば、朝食を取っていなかった。昨日も昼と夜でサンドイッチ一つ。全然食べなかったな、と実感したら、無償に空腹を感じてしまうようになった。

(ごはん、どうしようかな・・・・・・)

 昨日いただいたお菓子が残っている。それでどうにかしのごうかな。師匠は普段、食事はどうしているのだろう。作業中に声をかけるわけにもいかず、どうしようかと悩んでいると、扉のベルがカランと軽やかになった。ルシファーがさっとカバンに隠れる(まだ人に見られるのはよくなさそうなので、誰か来たら隠れるようにお願いしてあった)。入ってきたのは、午前中にご挨拶した奥様のひとりだった。


「クラリスちゃ~ん、差し入れ持ってきたわよ~。ギルさんの分もあるから」

 奥様はかごに入ったパンを台の上に置く。焼き立てほやほやで、ほかほかと湯気が立ち上り、香ばしい良い香りが鼻をくすぐった。

「で、でも、いただくわけには・・・・・・」

 クラリスが戸惑っていると、お腹は遠慮せずにぐうぅ~、と音を出した。顔が真っ赤になる。

 奥様はくすくすと、「お腹は正直ね」と笑った。

「遠慮しないで食べてちょうだい。私たち、ギルさんのお店にはよくお世話になってるの。夜も娘たちに持ってこさせるわ」

「す、すみません・・・・・・」

 クラリスが恐縮していると、奥様が耳打ちしてきた。

「ギルさんは不器用だから、慣れるまで私たちがあなたの生活面をサポートするわ。あなたは修行に励みなさい」

 ウインクをすると、「またね」と奥様は出て行った。


 クラリスはパンの入ったかごに目を移す。二人分にわけてある。大き目のほうが師匠のだろう。

「あの・・・・・・お昼ご飯の差し入れをいただきました」

 クラリスの声は奥の部屋へと吸い込まれていく。返事はない。

「置いておきますね」

 自分の分だけとって、クラリスは店の扉の外の階段に座る。今朝寝ていたところだ。店内でまさか飲食するわけにはいかない。

 外へ出ると、爽やかな風が頬をなでた。海から潮の香りが運ばれてくる。頭にしていたバンダナとエプロンをはずし、ぱんっ、と一振りして階段のはしに引っ掛ける。

 ぱくり。

 パンにかぶりつくと、口の中に手作り独特の酵母の酸味と優しい甘さが広がった。空いていたお腹が喜んでいるのがわかる。ちぎって何度かパンの端切れをカバンの中のルシファーにあげる。「んー、うみゃい」と言いながらもっちゃもっちゃと咀嚼する音が聞こえる。クラリスはおいしくて、ついすべて平らげてしまった。


 これで午後もがんばれる、と思ったがすでにもう午後だった。水を入れておいた水筒を傾けぐいと飲み干すと、手できゅっと口をぬぐい、気持ちを引き締めた。

 まだ一日目。まだまだ!

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