現状
獣人の中でも、先祖の血を濃く受け継ぎ先祖返りが出来る一族や者を魔人という。
マルがフェンリルに変態できる銀狼族という魔人であり、他にも色々な魔人が各地に存在しているという。
ただそれだけなら、聖王国としても弾圧や排斥は行わなかったそうだ。なぜ、聖王国がそこまで獣人や魔人を敵視するのか。
第二教皇が言うには、その存在そのものが聖王国の祝福のシステムを壊しかねないということだった。
「魔人の方々は魔物が残した力を残り火と呼んでいますね。そしてその残り火を身のうちに取り込むことで力を得る」
マルが頷くと、第二教皇も頷き返し話の続きを語り出す。
「この残り火というのは、魔石化していない力そのものといっていいものです。特に肉体ではなく精神体で存在している魔物が多く残すと言われています」
俺の頭をよぎったのはダークエレメントとカオス=イレ。どちらも精霊のなれの果てだという話だったはずだ。
「聖王国ではこの残り火と言われるに相当する力を魔石から吸い出し、加工することで祝福という防衛機構を作り上げました。現に、祝福を確立させてからは周辺諸国や魔物の侵略を許したことはありません」
「聖骸布のようなもので、魔石の色を吸い取っていた事ですか」
俺の問いに頷き肯定する第二教皇。
「私達は属性と呼んでいますが、複雑に絡み合った属性の力を抽出し、特定の配合にすることで光でも闇でも、地水火風でもない聖属性が生み出せるのです。これが祝福の正体です」
そして……と、第二教皇は獣人と魔人を忌避する理由を述べた。
「残り火と似た特性をもつ祝福を、獣人と魔人はその身に取り込んでしまいます。つまり、聖王国の防衛機構は獣人と魔人には無効ということです。祝福をその身に吸収し、力と変えてしまうのですから」
俺はマルを見る。鑑定スキルで見ればマルは祝福状態になっている。第二教皇が言うように祝福を吸収してしまうなら、祝福状態なんてなっていないはずではないか。
「マルは魔人だけど、ちゃんと祝福状態になっていますよ」
俺が告げると「そんな馬鹿な」と驚きの声を上げるが、即座に何かに思い至ったのか右の手のひらで口元を押さえ、後ずさりするような格好をとった。
「マルさん……とおっしゃいましたか。もしや、貴方は完全な先祖返りに成功しているのでしょうか」
「完全というのがどうなのか分かりませんが、私が先祖の力を使う為に最高の残り火を手に入れる事が出来たのは事実です。私は、一族を救う力が欲しかったから」
「そう、ですか。完全に適合した残り火をその身に宿すと、魔人の力は完全となりそれ以降は力を吸収しなくなるといいます。私達はそれを完全体と呼んでいるのです」
どうやら、災厄級のカオス=イレの残り火を手に入れたことでマルは完全体――完全な先祖返りが出来たらしい。そう言われると、あの圧倒的な力が納得できなくもない。
「獣人や魔人を弾圧しないという事は可能かもしれません。もちろん聖王国に入り込んだ場合はその限りではないです。それに、マルさんの様に完全体の魔人なら、祝福に悪影響を与えないですが、逆にそれだけの力をもった者と言うことで脅威とみなされるでしょう」
これだけ聞くと、とてもじゃないが和平なんて無理に思えてきた。聖王国の存在をそこにいるだけで脅かすのが獣人と魔人なら、どうやっても相容れないじゃないか。
「そこまでの事を話して頂けたと言うことは、それを打開する何かがあるということでしょうか」
マルは若干前のめりになりながらも、強く両手を組んで第二教皇に伺う。
「はい。それがこの上質の魔石です」
クリスタル……いや、ジュエルリザードの魔石を再び手に取り、第二教皇は若干だが雰囲気を和らげた気がした。
「要は吸収される以上の祝福を供給できれば良いという力技です」
第二教皇が言うには、低品質の魔石では属性の力が偏っていたり打ち消しあっていたりと、祝福に変換するには効率が悪すぎるそうだ。
それが、上質な魔石になるほど効率も内包する力も大きくなっていく。
災厄級となれそれがどれだけの物になるか、第二教皇がここまで聖王国の内情を口にしてでも良いと思える程には貴重という事が俺でも分かった。
「聖王国についてこれだけ話したのです。次はそちらの事情を伺っても?」
俺はここまで弱みと言っても良い情報を教えてくれた第二教皇は信じて良いと思えている。となりで考え込んでいるマルはどうか分からないが、俺個人としては信じたい。
「俺は冒険者ギルドのギルドマスターをしています」
「はて、ギルドマスターには会ったことがありますが、近々代替わりでもしたのですか」
俺は冒険者ギルドを裏から纏める本当の冒険者ギルド――『闇』ギルドの話や、ランクA以上のランクSという存在について説明していく。
マルがランクSと聞いたときは「腑に落ちました」と心から納得しているようだった。
「マル、悪いがランクの事は勝手に言わせて貰った。俺は第二教皇様を信じたいと思う」
ずっと考え続けていたマルは、ゆっくりと首を振って気にしないでと伝えてくる。
「私が気にしているのは、ゴブリンエンペラーの魔石を第三教皇様が手に入れたことです。恐らく私達の宿を襲撃したのも第三教皇様の手の者なのではないですか」
「襲撃! まさかそこまで強引に進めようとしていたなんて」
本日、何度目かの驚きの表情を浮かべる第二教皇。
「お恥ずかしながら、魔石が聖王国の生命線となっています。どれだけ魔石を集めて国に貢献できるかで次の第一教皇が決まると言っても過言ではありません」
「つまり、第三教皇は第一教皇になりたいと」
否定も肯定もしない第二教皇だったが、その強い眼差しが答えを物語っていた。
「この国の頂点とも言える第一教皇ですが、私はそんなものに興味はありません。私は権力よりも平和に民が暮らせる国が作れれば良いのです。ただ、その為に権力が必要なため、今の地位に居るだけです。ですが、第三教皇は違います」
第三教皇は分かりやすい権力志向の人間らしいということだった。ただ、行きすぎることはあっても、私利私欲を貪るだけの人間ではないらしいのが、逆にやっかいらしい。
現に、第三教皇派と呼ばれる派閥も出来ているそうだ。
「ここまでお互いの腹の内を話しましたが、これから私が言うことは聖王国の未来を揺るがす事態ですので、絶対に内密にお願いします」
さらに大仰に語った第二教皇の口から、今までの話で一番とんでもない内容が飛び出してきた。
現在、第一教皇は歳もさることながら体調を大きく崩しており、第二、第三教皇と教皇候補の間で次代の第一教皇の座を巡って緊張が高まっているとのことだった。
「そんな話までして良かったんですか」
「お互い、外では話を出来ない内容を聞いたのです。今更ですよ。それにこの魔石を頂けるということは、私が第一教皇に近付く事にもなります。先程言ったような和平は難しくとも弾圧などは防げるかと思います」
腹を割って話すか――いつのまにか取引になっているが、それでも俺は第二教皇を信じて見ようと思う。
第二教皇は、ここまでの話をしたにも関わらず選択肢を俺達に持たせてくれている。普通だったら問答無用で手伝わせる事だってできるのに、だ。
「第二教皇様、魔石をお譲りするのに条件があります」
勝手に決めてごめんなさいとマルが謝罪しつつ、マルが条件を口にする。
普通に考えれば大したことのない条件だと思えたが、魔人という立場のマルからすれば大変な条件だった。
「それについては条件を限定させる事で可能と思いますが、それだけでよいのですか」
「はい」
ジュエルリザードの魔石は正式に第二教皇の手へと渡り、俺達は第二教皇の立場を助ける手伝いをこれからも続けると約束を交わした。
マルの思い描いていた形とは違うかもしれないが、聖王国と魔人の和平が近づいて来た気がした。




