黒幕の影
日付を越え、すでに朝日が昇ろうとしていた。空に浮かぶ鉱山は地上よりいち早く太陽の恩恵が預かれるのは正直助かった。
「ぜはー、ぜはー。ほんっとこいつらしつこいな」
クリスタルリザードに決定打を与えられないまま、かれこれ半日程は戦っている。クリスタルリザードの鈍重な攻撃は俺達に当たらず、俺達の攻撃もクリスタルリザードに通らない。
その中で一番何がやっかいなのかというか、空を飛んで俺達の隙を突いて攻撃してくるワイバーン共だった。
的確に俺達の隙をついてくるおかげで、休む暇がないったらありゃしない。身体能力が高い俺とマルじゃなければとっくに動けなくなっていてもおかしくない活動量だった。
「シュウさん。ここは私が変態して先にクリスタルリザードを」
「変態するば攻撃が通るのか? 自信がないならやめとけ」
口をぐっと閉じ、悔しそうにマルはワイバーン達の攻撃を避けていく。
ぶっちゃけ、俺も何度もスキルを使ってクリスタルリザードとワイバーンに攻撃はしている。
今まで使ったことのある上級魔法や、超人化も使ってはいるのだがクリスタルリザードにダメージは通らない。ワイバーンにいたっては俺が魔法を使おうとすると、すぐに範囲外に逃げてしまうのだ。
俺が片目を潰したワイバーン。あいつが俺の行動を常に見張っており、俺が何かしようとすると周囲のワイバーンに耳をつんざく鳴き声で合図を送っている。
クリスタルリザードを先に魔法で攻撃する前に、ワイバーンを打ち落としていればここまで警戒されずに済んだのにと、後悔せずにはいられない。
「でも、このままじゃじり貧ですよ」
おれもポイントをゴリゴリ消費しているので、体力的にも人生的にもじり貧だ。
「まずはワイバーンをどうにかしよう。ボス格のあいつを倒せばどうとでもなるかもしれない」
俺は空で悠々とこちらを見下ろしている片目のワイバーンを睨む。それに気付いたのか、向こうも低いうなり声を上げた気がした。
「マルは力には自信があるか」
「あるし、変態すれば桁違いに強くなるよ」
ならやってみる価値はあるかもしれないと、俺はスキル項目から赤く染まった一つの項目を選択した。
「マル、合図をしたら変態してくれ。これからワイバーンを空から地上に落とす、だからワイバーンを全滅せてくれ」
「言うのは簡単だけど、どうやってやるの!」
「細かい説明の時間はないし、俺も初めて使う魔法だからどうなるか分からない。だから、マルの力強さだけが頼りなんだ」
荒い息を吐きながら、ワイバーンの攻撃を避けつつマルが俺から少し距離を取った。
「一蓮托生。こっちはいつでも準備完了」
「いくぞ、マル変態しろ! 重波檻!」
俺が魔法を使った途端、俺を中心として世界が激しくぶれだしたと感じた。俺は咄嗟に蹲るような体勢をとり、体の臓器が『超重力』の影響で潰れないように対策する。
――ズン!
空へ逃げようが関係無い。俺を中心に巻き起こった超重力はあらゆる物を地上へと抑えつけ、縫い付けていく。魔法の作用範囲なんざ限界まで広げたんだ、逃がさねーよ。
俺が魔法を使うと見て空へと逃げ出したワイバーン達も、まさか自信の体が何百倍にも重くなるなんて予想していなかっただろう。
何度羽ばたいても近付いてくる地上へと次々に落下していった。
全ての生物が動けないと思える状況で、マルだけがヨロヨロとした動きでワイバーンの元へ歩いていく。
さすがに何百倍もの重力に耐えるのはマルでもギリギリらしく、ワイバーンの息の根を止めるのに、首に自信の前足を乗せて圧殺する方法がやっとのようだった。
実際はそれほど長くはなかったのだろうが、超重力で縛られた世界で耐え続けるのは辛く、マルがワイバーンを全滅させるのに、ゆうに一時間以上はかかった気がした。
「かい……じょ」
再度、世界がぶれることで正常な状態へともどり、おれは何度も何度も深呼吸をした。マルも無理をしたせいが変態が解けて素っ裸の状態で荒い息を吐いていた。
ワイバーンは全滅。これでクリスタルリザードに専念出来ると思って心機一転、クリスタルリザードに向き直る。
クリスタルリザードはまるで俺の重波檻が効いていなかったかのように、大きくあくびをしていた。
「まじかよ」
「固すぎですよ、あれ」
替えの服にさっと着替えたマルが俺の隣に立つ。やっぱり大分無理をしたみたいで、体中から汗という汗をかいているようだった。
「まあ、考えが無いわけでもないんだが」
「え、本当に!」
俺の言葉に目を輝かせるマルの視線が痛い。俺が考えている方法はとてもじゃないが、まともな方法とは言えないからだ。
この戦いが始まってから『ポイントがマイナスです』『ポイントがマイナスです』とあの少女の声で警告がひっきりなしに鳴っている。
マルが俺に対して変な願い事をするとは思えないから大丈夫だろうが、今の状態を維持し続けるのは非常にまずい。悪人に良いように操られないとも限らないだろうから。
デカいマイナスポイントを打ち消す、大きな願いは今の所一つしか思いつかない。マルには悪いが、内緒で俺に付き合って貰うことにする。
すまん、マルの願いを叶えるという事でチャラにして欲しい。
自分勝手な懺悔が済んだ俺は、マルにクリスタルリザードを倒す方法を伝えた。その方法を聞いたときのマルは、まるで俺が狂ったみたいな目で見てきた。だが、少し考えてそれが現実的な方法だと考え直したのだろう、しぶしぶながら協力して貰えることとなった。
自分のあまりの防御力に自信があるのか、クリスタルリザードはゆうゆうとこちらに近付いていくる。クリスタルリザードの攻撃が当たらず、こちらの攻撃も通らないとしても、いつからは俺達のほうが体力が切れる。それが分かっているんだろう。
「残念だったな。命のやりとりでのんびりしてるおまえが悪いんだぜ」
俺の言葉を合図にマルが服を脱ぎ、再度、変態を始める。
巨大なトカゲと巨大なオオカミ。けれど、マルの攻撃はクリスタルリザードに傷一つ付けることは出来なかった。
だが、それでいい。そうやってクリスタルリザードを油断させてくれればいいのだ。
俺は既にスキル項目から一つのスキルを行使済みだ。これで、マルのタイミングに合わせていつでも行ける!
俺の視線を合図と受け取ったのか、マルは自身の口と前足をつかってクリスタルリザードを力尽くで横出しにした。顕わになった腹には、予想外にも背中と同様の魔石が大量にこびりついていた。
だが、残念。俺の狙いはそっちじゃない。
マルが横倒しになったクリスタルリザードの上顎と下顎を両前足で押さえ、口を半開きにさせる。
そこに俺が駆け込み、右腕を思いっきり突っ込んだ。
その時になってようやく俺達の意図を理解したクリスタルリザードが暴れ、マルと俺は吹き飛ばされた。
『シュウさん、右腕が!』
フェンリルの状態で喋るマルの声がおもったよりかわいらしく、口から笑みが漏れてしまった。
右腕をクリスタルリザードに食われたのに、笑っている俺をみてマルはまるで不可思議な者を見ているように眉根を寄せていた。
「もう終わったよ」
そう、もう終わったのだ。眼の前で立ち尽くすクリスタルリザードは既に死んでいる。体の内側から炎に焼き尽くされて。
俺はこの世界の人々と同じスキルは使えない。正確には、スキル項目に無い限り使うことは出来ない。そんな中、俺が使ったスキルは『精霊化』だった。
かつて、死炎のガイラスが神と名乗っている少女に師事して得たスキルだ。神に師事して得たスキルなら、似た立場だという俺が持っていても不思議ではない。
案の上『精霊化』というスキルでそれは存在し、俺の体から離れた右腕が極炎となってクリスタルリザードを内側から焼き尽くしたのだ。
にしても。
おれはステータスボードをみてポイントを確認すると、マイナスな事以外は文字が化けてもう何が何やらな状態になっていた。
「俺、もしかしてしばらく隠者の生活しないといけないのかな」
ああ、めんどくせえ。
途端にやってきた眠気に抗えず『精霊化』が強制解除されると、なくなっていた腕も元に戻っていた。おれはマルの制止の呼び声を遠くに聞きながら、意識を簡単に手放していった。
俺が起きたときには何もかもが変わっていた。クリスタルリザードの死骸はなくなり、ワイバーンの死骸ものきなみ無くなっていた。
そして、落ちたはずの吊り橋が元に戻っていたのだ。
鉱山はダンジョンだったという話は本当だったという事か? 勝手に遺体がなくなり、吊り橋が元に戻るなんて。
「ごめんなさい、シュウさん」
寝っ転がる俺の直ぐ横で泣きそうな顔で俯いているマル。今にも滴が俺の頬にでも落ちてきそうだった。
おれは、左手でマルの涙を拭ってやる。
再度、謝罪の言葉を述べたマルは、俺が寝ている間に何が起きたのか語ってくれた。
クリスタルリザードを倒したのは良いが、どうやって戻ったら良いか悩んでいたマルに、遠くから知った男が声をかけてきたそうだ。
その男はライゼルで、一緒に居た教会関係者がテイムした魔物で橋をこれから掛けるということだった。
「で、その代償ってわけか」
「うん、ごめんなさい。ワイバーンもクリスタルリザードも……ゴブリンエンペラーの魔石も全部取引でとられちゃった」
その間俺は寝ていて無防備だし、マルも力をほとんど使い果たしている。こんな場所に何時までもいられないし、ライゼルが牙を剥いてきたら抵抗出来なかったろうな。
「ライゼルを信用しすぎた俺が悪いんだ、気にするな」
また泣きそうになりながら、首を左右に振るマル。
「ライゼルは第三教皇の手駒だったの。新しく聖王都にやってきた冒険者を、第三教皇の息のかかった大教会の受付に連れて行くのが仕事」
そういや魔石鏡の前で魔石の隠匿は不可能だっけ。だったら最初からゴブリンエンペラーの魔石を持っているのはバレていたって事か。
「騙されたのは仕方ないさ。命があっただけでも儲けものだろ」
それでも納得しそうにないマルに、俺はあるものを握らせた。
「俺達が抵抗出来ないって踏んで、ちゃんと魔石鏡で検査しなかったんだろうな。クリスタルリザードとワイバーンの死骸もあったし、油断したんだろうな」
俺が手をどかすと、マルの手の中には小さいながらも七色に光るとてつもない力を感じる魔石があった。
そう『精霊化』の解除と共に抜き取ったクリスタルリザードの魔石だ。
「これ、これ!」
「そのうちクリスタルリザードの魔石がないことがバレるだろうから、第二教皇さまにでも持っていくか?」
こんどこそ大粒の涙を流してしまったマルは、うんうんと声にならない声をあげて賛成してくれた。
「そんじゃ、聖王都へ帰るか」
鉱山へきてたった一日、されど長い一日が無事に過ぎて俺は立って大きく伸びをした。
そんな俺をみて、マルがおかしそうに笑い声を上げていた。




