ワイバーン
高ランクに位置する鉱山は、エスレクのダンジョンのように不可思議な光景が続いていた。
鉱山の入り口で人の出入りを監視していた教会の人間から、この鉱山の特徴をかいつまんで聞く。
複数の空飛ぶ島々。それが吊り橋で繋がれており、各島でそれぞれ属性の違う魔石がとれるという事だ。
「空かも地上からも地中からも魔物が現れます。特に空からの襲撃に対する対策が不十分なら引き返すか、襲われたら直ぐに吊り橋から離れ島で魔物が諦めるまで待つことをお勧めします」
「クリスタルリザードの討伐依頼を受けたのですけど、どこに居るか知っていますか」
マルの言葉ににわかに信じられないような者を見た顔をする教会の人間。
「鉱山以外の魔石も歓迎しますが、よりによってクリスタルリザードとは。命がいくつあっても足りると思えません」
眉根を寄せ、まるで睨み付けるように厳しい視線で見つめてくる。最初の鉱山と違ってここの教会の人間は女性であり、するどい視線ながらもその雰囲気には温かさが含まれているようだった。
「死にに行くだけならお教えすることは出来ません」
明らかにこちらを心配しているような言動に、女性の心根が優しい事がうかがえる。
マルは問題ないという言うように、冒険者カードを女性に見せる。
冒険者カードを受け取った女性は、書かれているランクとマルの名前を何度も見るが、表情から険しさが消える事はなかった。
「ランクAなのは理解しましたが、それでも危険すぎる事に変わりはありません。知らない様ですが、過去にランクAの冒険者がクリスタルリザードの挑み、命からがら逃げ帰ったのですよ」
かたくなに情報を教えてくれない教会の女性。ただ、その拒絶の態度が悪意からくるものではなく、俺達の身を案じることから来ているから無碍にし難かった。
俺はどうせ最後には魔石鏡で知られることになるのだからと、ゴブリンエンペラーの魔石を取り出した。
突然魔石を取り出した俺に首を捻った女性だが、その魔石の大きさ、輝き、質に気付くとすぐに魔石鏡で調べ出す。
「こ、これはどうしたのですか」
先程の表情とはまったく違う、驚き一色に塗りつぶされた顔色を浮かべ、女性の魔石を持つ手が震えていた。
「ゴブリンエンペラーの魔石だ。これは俺達がゴブリンエンペラーを倒すことで手に入れた物だ」
俺の言葉に驚愕した女性は、しばらく逡巡しているようだった。
「実力はあるとしても、命の保証は出来ませんよ」
「問題ない。逃げ足の速さは自信があるから」
俺はマルをちらりと見ると、マルは自分を指差して驚いていた。
逃げるときは頼りにしてるぜ、マル。
「クリスタルリザートはここから北北東に見える、あの島に生息すると言われています。何度も言いますが、命の保証はありませんからね」
ゴブリンエンペラーの魔石を返して貰うが、俺を見つめる表情がずっと心配げで暗い影を落としていた。
「帰りの魔石の鑑定と徴収は期待しててくれよ」
おれは、この心根の優しく心配性な女性に努めて明るく言ってから鉱山に足を踏み入れた。
鉱山の入り口からみて、女性の教えて貰った浮島を目指せる道程を確かめる。
「こっちの吊り橋から行けばまっすぐ辿り着くか」
「そうみたいだけど、そんな簡単にいかないかも」
辺りを警戒しているマルが首を巡らせていると、一方向に顔を向けた。
「シュウさん、何かくるよ」
マルの警戒の声から少し経つと、大きな羽音が聞こえてきた。それは虫の羽音のような可愛らしいものではなく、体の芯に響いてきそうな程大きな羽音だった。
下位種とはいえ竜種に名を連ねるワイバーンの群れ。それが吊り橋の周りに現れたかと思うと、こちらの様子を見ながら空中で静止していた。
「こっちが空を飛べないって分かって待ってるってか」
「下位でも竜種ですから、その位の頭は持っているんでしょうね」
空で何も出来ない獲物が吊り橋を渡ってくるのを待っているのだろう。
まあ、後先考えずにスキルを使えばどうにでもなるんだが、後々が怖いのでここは別の方法を考える。
「ワイバーンの数は十匹か。次の島までの距離はおよそ五百メートルか」
「五百めいとる? シュウさんって時々聞いたことない言葉使うよね。長さ的に百レセル、一気に駆け抜ける?」
「本気を出せば駆け抜けられるけど、ちょっとデメリットがな」
「だったら」
マルがいきなり俺に抱きついてきたと思うと、一気に小脇に抱えるような体勢で持ち上げられた。一瞬良い匂いがしたななんて馬鹿な事に考えをとられている内に、抵抗するタイミングを逃してしまった。
「暴れないで下さいよ、一気に行きますから」
言うやいなや、小さい地響きと共に駆け出したマルは一気に吊り橋を駆けていく。
予想と違う行動に驚いたのか、ワイバーン達は吊り橋の中間ちかくにさしかかるまで呆然としていたようで、何もしてこなかった。
ギャギャギャギャギャギャアアアア!
群れの一番奥にいたワイバーンが叫ぶと、我を取り戻したのか空を泳ぎ出すワイバーン達。だが、マルの駆ける速度があまりにも速すぎて、空から急襲するも難なく躱されていった。
ギャアギャア!
また奥のワイバーンが叫ぶと、今度は三匹が連携して襲いかかってきた。これにはマルも対応せざるをえず、一度勢いを殺すフェイント入れながら、左右に体を振ってワイバーンの爪を避けていく。
腰を抱えられているが、俺は両手がフリーになっているので懐から投げナイフを取り出した。ただの投げナイフだが、超人化がないまでも筋力強化のパッシブスキルである程度の威力は出せる。
マルがワイバーンの攻撃を回避する際、一瞬体が硬直した瞬間を狙って投げナイフを思いっきり目標に向かって投げた。
先程までの叫び声とはまったく違う、狂ったような叫びが一番奥のワイバーンの口から漏れる。
俺が投げた投げナイフは見事、奥のワイバーンの左目に突き刺さる事に成功していた。
「やっぱり、さすがです」
ぶっちゃけこれ位の芸当は、今のマルにだって出来るだろうのとは思うが、そんな会話をしている暇はない。司令塔のワイバーンが無力化されている間に吊り橋を渡りきる。
俺達の後ろではどんな気持ちで見ているのか、潰れた左目のワイバーンがずっとこちらを睨んでいた。
「左目だけで済んでよかったですね。これ以上やるなら、覚悟して下さい」
マルの重く強い言葉に負けたのか、それとも違う考えなのか、少しの間を置いてワイバーン達は吊り橋の周りから居なくなった。
「無事に吊り橋を渡れたけど、ちょっとあれはないんじゃないか」
「他にもっと良い案があったのなら聞きますよ」
にっこりと有無を言わせないマルの笑顔。もしかしたら、俺が力を使うにはそれなりの代償なりが必要だって気付いているのかもしれないと感じさせた。
「とにかくまだまだ先の浮島が目的なんですから。どうせまだどっかの吊り橋かどこかで襲ってきますよ」
「あ、マルもそう思うか」
苦虫を噛み潰したような顔で頷くマル。彼女も、最後のワイバーンの様子を気になっているんだろう。
「ワイバーンが小細工を考えるまえに、行けるところまで行きましょう」
俺はマルの意見に賛成すると、せっかくの鉱山だが採掘は二の次にして先へ先へと進むことにした。




