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魔石

 聖王都へ戻った後、大教会で採掘してきた魔石を透明な魔石にしてもらい、それで終わりではなかった。

 突然、血相を変えた協会のシスターらしき人が走り寄ってきたと思えば、やんごとないお方がお呼びだと案内に来たのだ。

 もちろん面倒なことに関わりたくない俺は断れるものなら断ろうとした。だが、ライゼルから聖王国を実質支配しているような協会の言うことは聞いたほうが良いと耳打ちされてしまった。

 おとなしく案内されることとなった俺は警戒しながら案内のシスターの後ろを着いていく。

 マルもあの時の森でみた警戒する表情をしており、油断していないことが分かる。

 あの軽い印象のライゼルも口数少なく、心なしか無理に平静を装うとしているように見えた。


「こちらでございます」


 案内のシスターはこれでお役御免とばかりに、大きな観音扉の前まで俺たちを案内すると、そのまま通路の奥へと消えて行ってしまった。


「普通、中まで案内するんじゃないのかね。生まれ育った国だけど、協会の決まりは良く分からんな」


 一見ほったらかしにされた状態にぼやくライゼルだったが、そのぼやきに答えるように部屋の中から声が聞こえてきた。


『鍵はかかっていませんからどうぞ中へお入りください。ノックなどの作法も気にしなくて良いですよ』


 扉越しとはいえ、とても澄んだ声は部屋の外まではっきりと聞こえてきた。


「俺の愚痴も聞こえてたり……して」


 若干顔をひきつらせたライゼル。

 俺とマルは顔を合わせるとどちらからともなく頷き、お互い片方の扉の取っ手を握ってゆっくりと開けていった。

 観音扉の荘厳さから中はとても広く神々しい祭壇でもあるのかと思っていたが、想像とは違っていわゆる書斎のような感じになっていた。

 左右の壁には天井まで届く本棚が据え付けられ、そのほとんどを貴重そうな本が埋めている。

 奥には大きな窓ガラスが嵌め込まれ、太陽の光を目いっぱいに取り込んでいた。

 そんな太陽の光を背に受けて、一人の年若い女性が立って柔和に微笑んでいた。

 年は二十台だろうか。シスターではなく司祭のような服を着て、長い金髪を三つ編みにして肩から前に垂らしている。


「こちらへお掛けください」


 流れるような所作で案内されたのは、女性が使っているだろう事務机の前にある一組のソファだった。

 俺とマルが恐る恐るその上質そうなソファに腰かけると、ライゼルは俺たちの後ろに直立不動で立った。


「どうされましたか」

「私はこの二人に雇われている身ですので」


 女性の質問にすらすらと答えるライゼル。

 俺はライゼルが座りやすいように、腰を上げてスペースを広く取ろうとすると「お気になさらず」と、ライゼルに肩を抑えられた。

 こいつ、面倒なことを全部こっちに丸投げする気だ。


「本当はお茶でもお出ししたいところなのですが、人を呼ぶのはあまり得策ではないのでご容赦ください」


 女性がよく意味の分からない言い回しをしてくる。


「俺たちはなんでここへ呼ばれたのですか」


 本当のことを言えば、あの魔石を協会関係者に見られた時の反応で、遠からずこうなる事は予想していた。でも、いくらなんでも早すぎる。

 俺たちが鉱山を出た後、まっすぐ定期便の馬車で聖王都に戻ったのだから。


「はい。端的に言いますと、あなた方のお持ちの珍しい魔石を見せていただきたいのですよ」


 やっぱり。

 俺はマルを見る。ゴブリンエンペラーの魔石は聖王都と魔人の和平のために手に入れたものだ。魔石をどうするかはマルの意思にかかっていると思っている。


「シュウさん。ゴブリンエンペラーの魔石を出してください」

「「ゴブリンエンペラー!」」


 マルの言葉に反応するライゼルとと女性。

 あまりの衝撃につい大声をだしたことに恥じらいを感じたのか、女性は小さく咳をすると「お見苦しいところを」と姿勢を正した。


「失礼しました。用件より、まずは自己紹介が先でしたね。私はこの聖王国で第二教皇の座を預からせていただいているリリン=ラーレーンと申します」

「だ、第二教皇様ですか」


 喉から絞り出すように、かすれた声をだすマル。ライゼルが喉を鳴らした音が聞こえた気がした。

 一人だけ分かっていなかった俺に、ライゼルが簡単に耳打ちしてくれる。それによれば聖王国の実権を実質握っている協会のトップの内の一人だそうだ。教皇は全部で三人。そのうちの一人というわけだ。


「俺の名前はシュウで、冒険者をやっています。こっちは旅の仲間のマルエスティル――マルと俺は呼んでいて、後ろの男性は聖王都の案内を依頼したライゼルという冒険者です」


 唯一気後れしなかったのは俺だけみたいだったようで、俺が平然と受け答えをするのを見てマルが驚いたような顔をしている。

 そりゃ、ディスパーでは王女だの女王だの歴史改変だのやりまくって、国のトップに会うだけなら今更って感じだ。


「シュウさんとマル……さん、それとライゼルさんですね」


 改めて自己紹介をした俺達は、本題に入るためにゴブリンエンペラーの魔石をテーブルに置いた。

 喉を鳴らす音。今度はライゼルではなく目の前のリリン教皇からだった。

 いくら災厄級とはいっても、国のトップが動揺するほどの物なのか?


「触っても?」

「ご自由にどうぞ」


 恐る恐るといった体で、魔石に指を這わせたリリン教皇はひとしきり感触を確かめたのか、懐から虫眼鏡――魔石鏡を取り出した。


「これが災厄級と言われるゴブリンエンペラーの魔石ですか。素晴らしいです。全部の属性が打ち消し合うことなく見事に溶け合っています。それに魔石がもつ魔力自体もとても強く質が高い」


 緊張に顔を強張らせるほど、食い入るように魔石を見ながらリリン教皇は小さく唸り声をあげた。


「失礼を承知でお聞きします。これはどうやって手に入れたのですか」

「信じてもらえないと思いますが、俺がゴブリンエンペラーを倒して手に入れました」

「その歳でランクAの冒険者でしたか。いえ、もしかしてうわさに聞くさらに上の――」

「あ、俺のランクはEですので」

「……え」


 どうやらリリン教皇は『闇』ギルドの事を知っているみたいだ。みなまで言わせず、俺のランクを伝えておく。


「申し訳ありませんが、にわかには信じられません」

「でしょうね。俺も同じ立場ならそう言うと思います。ですが、本当に俺が倒し魔石を手に入れました」

「本当です。シュウさんが一撃でゴブリンエンペラーの首を刎ねて倒したのを見ていました」

「そう、ですか。ちなみにどこでゴブリンエンペラーと出会ったかは」


 ここまで魔石と深くかかわる国が、災厄級の魔石がどこにあるか分かればどうするか。考えなくても面倒臭くなると思った俺は「聖王国の国外とだけ」と言って濁した。

 俺の答えに悪感情をもったふうな様子はなく、リリン教皇はそのまま黙ってしまった。けれど、次に口を開いたときは予想通りの言葉を紡いできた。


「この魔石を譲っていただけないでしょうか。もちろん可能な限りの謝礼はいたします」

「――申し訳ありませんが」


 これに間髪いれず答えたのはマルだった。魔石の重要性もゴブリンエンペラーの魔石の貴重さも分からない状態で、和平の鍵となるかもしれない魔石をマルが手放すとは思えない。




 あのあと、食い下がるかと思ったリリン教皇だったが、素直にそのまま引き下がった。その代わりに「聖王都にいる間に貴重な魔石が手に入ったら直接取引させていただきたい」という約束はさせられたが。


「魔石も驚いたが、まさか教皇様のお願いを断るなんて。俺には真似出来ねえな」


 またもソファの後ろに立ってぼやくライゼル。

 俺たちは今度は、冒険者ギルドのギルドマスターの部屋にいた。透明にしてもらった魔石を受付で買い取ってもらった後、ここに案内されたのだ。

 ゴブリンエンペラーの魔石を見せ、リリン教皇との話を掻い摘んで話すとギルドマスターは唸り声をだして黙ってしまった。

 ギルドマスターは五十歳ほどの初老の男性で元々は冒険者だという。ランクはBまでいったそうで、いまでも肉体の衰えを見せないかのような偉丈夫だった。


「何から何まで信じられん」


 ようやく喋ったかと思うとまた唸ってしまうギルドマスター。


「本当に、何一つ嘘はついてませんよ」

「だったら何でゴブリンエンペラーを倒してるのにランクEなんだ」

「ランクを上げないで欲しいとお願いしたので」

「意味が分からん」


 結局、教会が手を引いた魔石に冒険者ギルドが手を出すのは問題になるということになった。俺たちが冒険者ギルドに譲らないと言わない限り無理強いはしないということだ。

 冒険者ギルドを出るとき、ライゼルが「一生遊べて暮らせるかもしれないのに信じらんねえ」と言っていた。やはり聖王国に住む人にとって魔石の価値はディスパーより高いらしい。




 なんだかんだで日が落ちてから宿に戻った俺たちは、さっさと夕食をすませベッドにもぐり込んでいた。


「こういうのってフラグだよな」


 俺は寝たふりをしていると、日付を跨いで大分たったころだろうか、隣の部屋から強烈な殺気が立ち昇ったのを感知して飛び起きた。

 そのまま自分が借りている部屋を出て、となりのマルが借りている部屋へと向かう。

 マルの部屋のドアへと手をかけると鍵がかかっていたが、そんな鍵など無視して力づくでドアを開ける。

 部屋の中ではマルが木窓から外を厳しい目で眺めていた。


「マル!」


 ピリピリした雰囲気のマルが振り返って俺を見ると、一気に立ち込めていた殺気が霧散した。

 マルの殺気だったのか。


「シュウさん。気配を消して二人の多分人間が近づいてきてました」


 やっぱりこうなったかと、当たり前のように話が進んで腹立たしい。


「追い払ったのか」

「うん。多分、今夜はもう来ないと思う」

「そっか」


 教会か冒険者ギルドか。どっちが黒幕なのかは知らないが、面倒臭いことになったのだけは確かだった。

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