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聖王都

 少し行軍の速度を遅くしようかどうか、マルが俺の顔色を見て気遣ってくれていた。あの少女との会話から俺は寝ることができず、交代の時間になってもマルを起こさず徹夜をしていたのだ。

 なんで起こしてくれなかったのかとマルは文句を言ってきたが、俺の顔色をみると心配そうな表情となった。


「シュウさん、何かあったの」


 神様に会って訳の分からない話をしましたなんて、正直に喋ってもそれこそ何が何だが分からないだろう。


「ちょっと俺のスキルについて訓練してたら時間を忘れてただけだよ」


 スキル関連なのは嘘じゃないし、何が訓練になるのか分からないのだからモンモンと悩んでたって訓練になっていた可能性もある。

 ひどいこじつけだと思うが、とにかくこの話題から離れたかった。正直、よくわからない不気味なものから考えを逸らしたかった。

 マルとの旅は、ミラとセリスと一緒に居るときのように心地が良い物だった。それほどの付き合いがあるわけでは無く、話題なんて直ぐに尽きてしまう。だが、その後に訪れる沈黙が心苦しい物では無く穏やかな感じで、アジャルスト聖王国まで順調に辿り着く事が出来た。


「耳、痛くないのか」


 幅広の布で器用に髪を結い上げると同時に、獣耳を折りたたんでいくマル。さらにその上からフードを被れば、どこからどう見ても獣人には見えなかった。


「獣人が好き好んで聖王国を訪れることなんて無いですから。これだけしておけば大丈夫です」


 ディスパー王国に来る際も同じ要領で潜り抜けたらしいので、自信があるのかマルが若干胸を張っているように見えた。


「マルの言葉を疑ってる訳じゃ無いけどな。問題はどうやって教皇もしくは、それに近い立場の教会関係者に会うかだろうけど」


 マルの目的である聖王国との和平。それには教会トップの教皇に会う必要があるとは言うが、どうやって会ったらいいかなんてマルは考えついていなかった。もちろん、俺もそんな方法は思いつかないし、コネもない。

 そりゃ教会が多大な権力を握っている聖王国と和平を結ぶなら、教皇に会わないといけないのは理にかなっているだろう。


「まずは、こんの馬鹿デカい門をくぐらせて貰うのが先か」


 聖王国を通る街道の主な国境には、途轍もなく大きな門が立てられているという。ただ、門があるだけで壁は無く、門から少し外れればそのまま聖王国の領土内へ入れるらしい。


「さっきから横ばかり見てますが、ちゃんと門をくぐって下さいよ」


 聖王国を横切るだけなら門をくぐらずとも、通り過ぎればいいらしい。だが、聖王国にある村や街、都に入るためには門で洗礼を受けておかないといけないらしいのだ。

 実質、広い領土を持つ聖王国を補給無しで横切るなんてことは不可能に近い。常に荷を沢山積んでいる商隊なら横切る事は出来るだろうが、途中で商売をして利益を出さないなんていう事はしないだろう。

 聖王国へ入る門に出来た行列が次第に進んでいき、ついに俺達の番が来た。


「聖王国への入国の目的はなんだ」


 傷一つない全身鎧を着込んだ門番が、ハルバードと呼ばれる武器を地面に突き立て高圧的に問うてきた。


「聖王都への巡礼でございます」


 マルが恭しく答える。


「顔が見えん。フードを取れ」


 高圧的から威圧的になった門番が、マルのフードに手をかけて無理矢理剥ぎ取る。俺は止めようとしたが、マルにそっと服の裾をつままれそれ以上動く事はなかった。


「ほう」


 騎士然とした姿には似つかわしくない、下卑た笑みを一瞬浮かべる門番。

 禄でもないことが起きそうな気配がして身構えたが、予め理由を考えていたのかマルはスラスラと嘘をでっちあげていった。


「私は病気でこのような白髪となっております。太陽の光は私の髪と肌には毒になりますので、どうかこれにてご容赦を」


 フードを被りなおしたマルは、門番の手を握る振りをして幾ばくかの賄賂を渡したようだった。

 金と眼の前の女。だが、病気持ちと聞いてたじろいだのか、門番はそれ以上何も言うこと無く無事に俺達を通してくれた。

 門を通る際に、何かが俺の中に入ってきた気がした。それは魔法のようで魔法で無いような不思議な感覚だった。


「この門から入国した場合の祝福される期間は一週間だ。それまでに他の門や街などで再度祝福を受けろ」


 さりげなく受け取った賄賂をズボンのポッケにしまった門番が、通り過ぎる際に口にした。


「今のはどういう事だ」

「この聖王国は守銭奴が支配する国って意味です」


 吐き捨てるように言いながら、ローブの裾で門番と手が触れ合った所をゴシゴシとマルは拭いていた。


「そんなに嫌なら俺が賄賂を渡したのに」

「本当に病気がどうか考える隙を与えるだけです。私が渡せば余計な事を考えずに、見逃してくれる確率が高いと思ったから」


 それに――と、マルは守銭奴の本当の意味を語った。

 どうやら門で得られた祝福が切れてしまうと、どの村にも町にも入れなくなるらしい。最悪、門まで引き戻って祝福を受け直す必要があるとの事だった。

 さらに、街などに入れたとしても街で再度祝福を受ける際にはそれなりの金額が必要になるそうだ。入るのは少ない賄賂程度で済むかもしれないが、領土内にいる限りは定期的に金を毟り取られていく。

 しかも、行商人など経済を回すのに必要な人々にかんしては、少ない金額で再度の祝福が受けられるそうだ。


「なんだそりゃ。弱みにつけ込んでるというか、やり方がえげつないって言うか」

「そうです。それがこの国のやり方なんです。でも、だからこそ其処に活路があると思ってます」


 和平を金で買うって事か? 国同士の和平に足る金額って……さすがに天文学的になるんじゃないか? 個人で用意するには無理があると思うが。

 俺の考えを知ってか知らずか、マルは迷い無く聖王都への道を進んでいった。




 はっきり言って、聖王国のがめつさを舐めていたと後悔した。祝福が切れる前に途中の街に寄って再度祝福を受けたのだが、ただ小さい鳥居の様なものをくぐるだけで一人金貨一枚をとられてしまった。

 金に余裕はあるとはいえ、ただくぐるだけで金貨一枚。普通に暮らして十日分の費用が飛んでいったのだ。

 マルが嫌そうな顔で守銭奴と言うだけはあった。

 それから順調に旅は続き、聖王都に辿り着いたのは二十日後だった。そして順調に金貨もふところから、まるで蝶のように飛んでいった。


「まずは宿と、冒険者ギルド……か?」


 聖王都は三重の城塞に囲まれた都市だった。外周に囲まれたエリアには商業区や一般人の居住区。各ギルドなどが存在している。

 中層は富裕層と教会に属する者達の住居となっているそうで、豪華な屋敷にならんで質素ながらもしっかりした作りの建物が軒を連ねている。

 中央には神殿関係の建物が集まり、礼拝堂だけでなく裁判所なんていうものも中央にあるそうだ。

 俺達は外周にある宿屋で、外見が良さげで中から良い匂いの立ち上ってくる宿を選択した。もちろん、俺には臭いなんて分からないが、マルがいうには手の込んだ料理の臭いがするそうだった。

 聖王都に入ってしまえば、出るまでは祝福を受ける必要はない。祝福の金額よりはるかに安い宿泊費を前払いで数日分払い、俺達は冒険者ギルドへと向かった。

 どうやら、俺達は普通に比べてかなりの日数を借りたらしく、宿屋の厳つい顔をした店主が丁寧に冒険者ギルドの位置を教えてくれた。


「長居すればするほどお金が減っていって、聖王国から出にくくなりますからね」


 身も蓋もない事を言うマル。だが、逆に言えばそれだけのデメリットがありながらも、人が集まるさらに大きなメリットがあるってことなんじゃないかと思う。


「めり……と?」

「旨味って意味だよ」

「そうですね。そのメリ……ットがあるから、目的を達成出来ると思うんです」


 いまだ詳しいことは教えてくれないマル。旅の途中でどうするつもりなのか何度も聞いていたのだが、念のためにとはぐらかされていまだに細かい事は聞いていない。


「ここが聖王都の冒険者ギルドですか」


 なんていうか、第一印象を言えばそれは神殿だった。

 白亜の塔とか白磁のなんちゃらとか表現できそうな、白い壁と柱で出来た神殿そのもの。とても冒険者が集まる場所には見えなかった。


「これ、場所を聞いていなかったら見逃してたよな」

「そ、そうですね」


 道の往来で呆けていては通行の邪魔になると思い、俺達は違和感がすごい冒険者ギルドの中へ入っていった。

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