チュートリアル2
「シュウさん、マルさん。いつまでも待っていますから、絶対に会いにきて下さいよ」
「私はエスレクの街を今より良い街にしようと思う。このままじゃ、そう遠くない未来に上からどやされそうだからね」
朝早くエスレクの街から出発しようとした俺達を、二人が街門の所で待っていた。
エスレクのギルドマスターとトーラの二人だった。
今日出発することや、時間を伝えてはいなかったがこちらの行動が読まれていたらしい。
「シュウさんに今まで借りた貸しとは別口で、これは私への貸しですからね」
どうやら黙って出発しようとしていたことにトーラは大分おかんむりの様だった。
「急いでいそうだったのでな、出発するのならすぐかと思ってトーラの嬢ちゃんにカマをかけてみたんだが……すまんな、こうなってしまった」
あんたの所為かい! いや、黙って出て行こうとした俺達も俺達なんだけど。
「今生の別れじゃないんだから大げさすぎだろ。目的を達成したら帰りにまた寄らせて貰うよ」
「こりゃ、早めに動かないとすぐ怒られそうだわ。はっはっは」
これ以上時間がかかると、冒険者ギルドで朝一に依頼を受けた冒険者とばったり会う可能性が出てくる。
ギルドマスターが言っていたように、どうもマルから急いでいる雰囲気が所々感じられるので、俺はまた会えるのだからと別れの挨拶を切り上げた。
エスレクの街からアジャルスト聖王国までは一本道で辿り着く事ができる。
最後に言葉を交わし、エスレクの街がギリギリ見える距離まで歩いて行ってから振り返る。
改めてみたエスレクの街は当初思っていたよりも大きな街で、いまだに街の入り口でトーラが手を振っているような気がして笑いがこみ上げてきた。
「もう、だれも盗み聞くような人は見当たらないけど」
そろそろ話してほしいとばかりに、マルが俺に向かってジトッとした表情を向けてくる。
「ちゃんと話すからそんな目でみるなって。まずはこれを渡しておくよ」
俺はマルに一枚の冒険者カードを渡す。その冒険者カードは普通の物とは違い、色は真っ黒でマルの――マルエスティルの名前だけが書かれていた。
「なにこれ」
「『闇』ギルドで配ってるランクSの冒険者カードだよ」
「……は?」
「いよっ、ランクS到達おめでとう。これで本当の冒険者の頂点だぞ」
白々しく拍手をしていると、呆けていたマルはさっきよりキツい目つきで俺を睨んできた。
「私はちゃんと説明してって言・い・ま・し・た・よ・ね?」
フェンリルに変態していないというのに、とてつもない圧を放ち始めるマル。どこに居たのか気付けなかった野生の鳥や小動物が我先にと逃げ出していった。
「おっ落ち着けって。その冒険者カードがないと、これを渡して説明する事ができないんだよ」
俺は鞄からマルに渡すもう一つの物を取り出した。それは丸められた一枚の紙だった。
俺への文句は一旦保留にしてくれたのか、不機嫌ながらも受け取ってくれたマルは静かに目を通していく。
俺が渡した一枚の紙は、冒険者ギルドで使われる依頼書だった。そこには簡単に言えばこう書いてある。
『目的を達成するまでの期間、用心棒を募集する。報酬は依頼者と請負者の相談と同意によって決める』――と。
「なによこれ」
まあ、普通はそういう感想を持つよな。
「その依頼書はマルがランクSとして『闇』ギルドに正式に発注したもので、俺がそれを受けた……という事で」
街道を歩きながらマルは頭が痛そうに頭を抱えてしまった。
蹲ったマルに合わせて、俺は街道脇に腰を下ろして周囲を見回す。マルの威圧によって静かに景色を見ることが出来た。ここから街道沿いに歩いて三日ほどでアジャルスト聖王国の領土に入るとミラ達に教えて貰っていた。
定期馬車も出ているには出ているが獣人と間違われること間違い無しのマルが乗るなんて、乗せる方も命がけになってしまうとの事で歩きとなったのだ。
「私はシュウさんに恩があるのに、こんな仇で返すようなことは出来ないです」
マルは俺が渡した依頼書をきれいに丸め直して返してくるが俺は受け取らない。ただ返されるだけではこちらの都合が悪いのだ。
「マルにはマルの事情があるだろうけど、こっちもこっちの事情があるんだよ。俺はしばらく理由も無しも王都を離れなくなったんだ。あのカオス=イレの件って言えばわかるだろ」
災厄級の魔物を討伐したのが表向きでは何の後ろ盾がない若造となれば、俺を囲おうと貴族達や権力者が躍起になるのは目に見えている。しかも、後に俺がギルドマスターなんてことが知れれば、冒険者ギルドを私物化しようとするのは目に見えているだろう。権力者なんてほとんどがそんなもんだ。
知っているまともな権力者は唯一女王だけだが、『闇』ギルドと王家の繋がりを表沙汰にする訳にはいかず、動いてくれることはないだろうというのが俺達三人の意見だった。
「ミラとセリスの二人は堂々と王都の副ギルドマスターとして活動しているから、下手に取り込まれるなんてないんだろうけど俺は違うからな」
「なら、取り込まれる前にギルドマスターだって公言すれば」
「そんなの誰が信じるんだ? いや違うな。信じないと見せかけて取り込んだ後に「実は本当だったのかびっくりだ」なんて白々しく冒険者ギルドに食い込んでくるぞ。権力者のやりそうな手口だよ、建前があれば事実はどうあれ都合の良いように周りを動かそうとするのは」
だから俺達はマルには悪いが、勝手にランクAの冒険者カードを発行した。ただ、それだけだと直ぐに足がつくので、ランクSの冒険者カードも作り『闇』ギルドを通した依頼という形にしたのだ。
これなら『闇』ギルドの存在を知ることができない限り、俺がどんな依頼でどこに居るか調べるのに苦労するはずだからだ。
「俺はマルを利用した。だからマルも俺を利用してくれて良いんだぜ。むしろ、そうしてくれると助かるんだが」
俺が受け取らない依頼書に目を落とし、マルは険しい顔でしばらく悩み続けていた。時間にして、数十分か。それとも重苦しい雰囲気に時間感覚が狂わされて数時間なのか。
やがて、申し訳なさそうな顔をしたマルは俺の隣に座り、依頼書に自分の名前を署名して俺に差し出した。
おれはそれを受け取り、請負者の欄に自分の名前を書いた――日本語で。
この依頼書は『闇』ギルドが発行したものだ。それに、万が一表に出たとしても日本語なら誰も読めないだろうとの保険だ。
「多分、割に合わないですよ。私の用事は命がけですから」
「こっちも命は命でも社会生活の命がかかってるからな。どっちも似たようなもんだ」
「そんな言葉初めて聞きました」
膝を抱えて蹲ってしまったマルは、頭の獣耳を垂れさせてとても沈んでいるように見えた。だが、少し時間が経てば「よしっ」と気合いを入れて立ち上がる。
「時間を無駄にしたから、歩きながら話しますね」
俺を先導するように歩き出したマルについていきながら、マルの目的について聞くこととなった。
簡潔に言うと、マルの目的は二つだった。
一つ……魔人族を救うこと。
二つ……アジャルスト聖王国と和平を結ぶこと。
携帯食をかじり、形だけでも腹を満たしたマルはテントの中で寝息を立てている。
一人旅と違い、二人旅なら不寝番を交代で行えるから旅の辛さは段違いだ。といっても、パッシブになった気配察知スキルの恩恵で俺一人だけでも大した苦労でもないのだが。
そんな便利スキルをぶっちぎって俺の隣に少女が座り込んできた。
「おひさー」
この世界に来たときや、大草原で死炎のガイラスと戦ったときに現れたアレだった。
「アレ扱いはひどくないかね」
「心を読むな心を」
相も変わらずつかみ所の無さそうな神と名乗っている少女。俺達をこの世界に引き込んだ張本人。
「ちょっと賛辞を送ろうかと思ってきたんだよ私は」
「賛辞? 俺はあんたから感謝されることなんてしてないぞ」
ちっちっちと、人差し指を唇の前で揺らす少女。正直、いらつく。
「私に対する心象がよくないなあ。まあ、そう仕向けてるんだけどさ。あっはっはっは」
「早く要点を言え。これ以上やかましくするとマルが起きるだろうが」
「その点は大丈夫。今は私達の周囲の時間を加速させているから、その魔人の子が起きる前に要件は全部済むさ」
さらっととんでも無いことを述べる少女。見た目と言動に騙されそうになるが、本当に神なんだなと思い知らされる。
「何を言ってるんだか。君だって、今なら同じ事が出来るんだよ」
直ぐにチュートリアルスキルの事が頭をよぎるが、こんな馬鹿げた項目を選べばポイントが今からどれだけマイナスになるか分かったもんじゃない。
ただでさえ、マイナスになればどうなるか分からない……のに。
「おい! ポイントがマイナスになったらスキルが変化したぞ。これは一体どうなってるんだよ」
終始笑顔だった少女から表情が抜け落ち、まるで生きている彫像のような出で立ちになった。あまりの変わりように冷や汗が流れそうになったとき、再び神の少女は口を開いた。
「代償を糧に願いを叶えるか。願いを代償に糧を作るか」
は? いきなり意味の分からない事を言い始めた少女に、俺は本気で首を傾げた。
「私利私欲の為にポイントを使い続ければ、使ったポイントの分だけ人々の――正確には世界の願いを叶えないといけないの」
なんだ、それ。
「逆に世界の願いを叶えれば、叶えた分だけ自身の願いを実現出来る。それが神へと至るチュートリアルというスキルだよ」
「悪いがよく分からん。どっちも似たようなもんじゃねーか?」
初めてみせる少女の困ったような表情に一瞬たじろぐが、ここで聞いておかないと絶対に後悔しそう予感がする。
「世界の願いを叶えないといけないとなったら、それが全人類を滅ぼすという願いでも叶えないといけなくなる」
「お、おい。いきなり何言ってるんだよ」
「願いと代償は表裏一体。誰が願うか誰が代償を払うかも表裏一体」
少女は言うだけは言ったかのような、悲しげな、それでも意思の強い目をして俺を見つめてきた。
「とりあえずはマイナスポイントから、プラスポイントまでの復帰おめでとう」
話の流れに取り残されそうになりながらも、少女の言った言葉が理解出来たおれはステータスボードを表示して、チュートリアルのポイントを確認した。
あいも変わらず各項目のポイントは見えなくなっていたが、あれだけあったマイナスポイントは若干のプラスへと変じていた。
「悪党にお願いされなくて運が良かったね」
その言葉で、少女が何を言いたいのかやっと理解出来た気がする。簡単に言えば、自分勝手にスキルを使ってマイナスポイントになれば、その分、周りのお願いを叶えないといけなくなる。それがどんな内容でも……という事なんだろう。
「はは、こんなスキル。恨むぜ」
「いいよ、恨むだけで済むなら一杯恨んでよ。でもね、この世界には新しい神様が必要なの。地球の神様があなたをこの世界に寄越してくれて、本当に嬉しかった、助かった」
「どういう意味だよ!」
少女は立ち上がると、ゆっくりと首を横に振った。おれは詰め寄ろうと立ち上がろうとするが、途端に体が重くなり、それが叶わない。
その事に意識を奪われていた一瞬で、少女は現れたときと同じようにいつの間にか消えていた。
「本当に何なんだよチュートリアルスキルって。くそっ」
俺の中にわだかまった不安は、心の奥底に沈殿したままになっていた。




