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これから

「再びお呼びだてして申し訳ありません」


 以前も丁寧な態度だったが、こんどは低姿勢といったエスレクのギルドマスターがそこにいた。

 このギルドマスターの態度にトーラはびっくりしたようで、一瞬直立不動になって固まった。

 マルは「やっぱり本当なんですね」と、なんとも言いがたい視線を俺へと向けてくる。


「やめてくれギルドマスター。俺はただのランクEの一介の冒険者ですよ」


 俺の意図を汲んでくれたのか、慇懃な態度だったギルドマスターは一つ咳払いをすると、以前の雰囲気へと戻っていった。


「今回呼び出したのは、キミ達のランクの扱いについてだ」


 俺の言葉でコロッと態度を変えたギルドマスターと俺を交互に見やるトーラ。そこには疑いの視線が隠せもせずに含まれていた。


「まあ、とりあえず座ってくれ。詳しい話はそこからにしようか」


 俺達が席に着くと同時に、見計らったように職員の女性がお茶を運んできた。気のせいか、先日よりもお茶が美味しい気がした。


「まず、シュウさ……君とトーラ君は現在ランクEで間違いないね」


 一体なにの話をしたいのかと訝しげな視線をしながらもトーラは静かに頷いた。俺も同じく頷く。


「それとマルエスティル君はランクDだね」

「え、ランクD?」


 これに反応したのはトーラだった。トーラは「ランクA」じゃないんですかと疑問を投げかけ、ギルドマスターはいくら何でもそんな間違いはしないと首を振る。


「トーラさん、私はランクDで間違いないですよ」


 マルが懐から出した冒険者カードに記載されているのは、紛れもなくランクDの文字だった。これにはトーラも信じるしかなかったようだが、それでも「でも、でも」とすぐに納得するまでには至っていなかった。


「あー、その事なんですがマルの新しい冒険者カードを王都のギルドから預かってきているんです」


 俺はマルを探していた理由の一つに、彼女の新しいギルドカードを渡す依頼を受けていたことを告げた。

 俺が取り出したカードは金色の冒険者カードで、そこにはしっかりとランクAという文字が刻まれていた。


「ミラとセリスからの預かり物だ。これはマルの新しい冒険者カードだ」


 俺はそれをマルの眼の前に置いた。

 震える手でランクAの冒険者カードを手にしたマルは、目尻を少し光らせながら大事に胸に抱きかかえるようにする。

 ランクDから一気にランクAになったのだから、思うところもひとしおなんだろう。


「やっぱりランクAだったんですね。すごいですマルさん」

「こんな形と場所でランクAの誕生とは。長生きはするもんですね」

「うん。ありがとう」


 はにかむような笑顔で答えるマル。その笑顔は心から喜んでいるように見えて、冒険者カードを直に渡しに来た甲斐があったというものだった。


「そうなると、ランクに関してはシュウ……君とトーラ君についてとなるか」


 ギルドマスターは軽く手を二回叩く。すると、部屋の外で準備していたのか、職員の女性がトレイをもって恭しく入室してきた。

 職員が持ってきたトレイ。それがテーブルに置かれると、そこには二枚の冒険者カードが置かれていた。


 シュウ:ランクA

 トーラ:ランクC


「……うそ」


 はたしてトーラの言葉はどういう意味なのか。どちらの事を言っているのか、それとも両方なのか。


「ギルドマスターこれは」

「今回の功績と実力を元に考えた結果ですね」


 ギルドマスターはトレイごと、俺達の前へ冒険者カードを差し出した。

 トーラは感激しっぱなしなのか、さきほどから声にならない声を口からもらして目を輝かせていた。


「有り難い話だが、俺はランクアップの話は保留にして貰いたい」

「へ!?」

「むう」

「……はあ」


 三者三様の反応だったが、どれも好意的な反応はなかった。当たり前だが素っ頓狂な声を上げて意味が分からないと見つめてくるトーラ。予想していたのか、右手で額を押さえるギルドマスター。困った顔で苦笑するマル。


「細かい説明はあえて省かしてもらうけど、俺はランクアップは望んでいない」


 俺が本部のギルドマスターだと知っているエスレクのギルドマスターとマルは、この言葉だけで納得してくれたが、トーラはそうはいかないようだった。


「なんでですか! ランクAですよランクA。冒険者の頂点ですよ」


 いくら表向きだからといっても頂点になったら目立ってしょうが無い。俺みたいな本部ギルドのギルドマスターだけじゃなく『闇』側も兼任しているような奴は目立たない方がいい。

 余計な情報は周りを巻き込むだけなのであえてそこまでは言わないが、トーラは納得した風ではなかった。


「トーラさん、冒険者としての心構えも目的も人それぞれ。シュウさんがすごいのは私も理解していますが」


 マルの言葉を受けて、冒険者として上に行くのには実力と品位が求められるが、なるだけなら何も求められないということを思い出した。歴史改変で冒険者ギルドが思ってもない形で出来ていたので、そういった細かい事なんてすぐ忘れてしまっていた。


「事情があるのは想像できますが、本当にそれでいいのですか」


 ギルドマスターは予想していたのか、それ以上食い下がることは無くあっさりと引き下がってくれた。先日のやりとりが確実に効いているようだ。ならなんで俺の分の冒険者カードを用意したのかと思ったが、マルとトーラの二人に配慮してくれたのかもしれない。

 あのときは、二人は一緒に居なかったからな。二人にも秘密だと思ってくれたのかもしれない。


「俺には俺の目的があるからな、ランクはゆっくりと上げていくよ」


 その目的というは真っ赤な嘘だが、このまま目立つようなことになればわざわざ王都から依頼にかこつけて逃げてきた意味が無い。デメリットが大きすぎる。


「あと、ランクの他に一つ確認してもよろしいか」


 真剣な表情で居住まいをただすギルドマスター。俺もそれに合わせて居住まいを正してしまった。


「皆さんは、これからもエスレクに滞在するのでしょうか」


 あー、そうきたか。まあ、これは俺に対してと言うよりマルとトーラの二人に対してだろうけれど。


「私はエスレクを拠点にして活動しようかと思っています」


 トーラは迷い無く答えた。今回の事でトラウマを克服したことで、色々と考える事もあったはずだ。トーラがそう決めたのなら応援しよう。


「私は故郷のフェルトスルール連合国に戻るつもりです」


 マルは魔人だが、それと言われなければ獣人にしか見えない。そんなマルがアジャルスト聖王国の先にあるフェルトスルール連合国に行くという。

 アジャルスト聖王国は人類至上主義の、異教徒は廃すべき存在という認識が当たり前になっているという。獣人がアジャルスト聖王国を通る。それがどれだけ過酷な事なのか、ギルドマスターとトーラの表情が如実に語っていた。


「アジャルスト聖王国にも冒険者ギルドはありますが、あそこはエスレク以上に異質なギルドとなっています。いくらマルエスティル君がランクAだとしても、いったい何が起こるかわかりませんよ」


 まるで唾棄するかのようにアジャルスト聖王国の冒険者ギルドについて語るギルドマスター。思っているよりもはるかに状況は悪いのかも知れないと思った。


「それは理解しています。このディスパー王国に来る時も、気の良い商人の馬車に紛れ込ませてもらって、なんとか運良く通過を出来たのですから」


 まるで命がけのようなやり取りをしている雰囲気に、俺は自然と喉が鳴った。戦いで命のやり取りをしたことは何度もあるが、人間同士の謀略となるとその怖さは別物だと感じた。


「分かっているのなら止める事はしないが、せめて無事だけでも祈らせて頂こう」




 あれから無事にエスレクのギルドマスターとの話を終わらせ、お金も冒険者ギルドに預けた俺達は、旅の準備もかねて街を散策していた。


「すぐに行ってしまうんですか」


 トーラが悲しそうに俺とマルに問いかけてくる。

 冒険者ギルドを出てから、俺はしばらくマルについて行くと伝えた。とうのマルは寝耳に水で凄く驚いていたが、嫌がるようなことはなく危険を承知でならと、なんとか承諾を貰うことが出来た。


「そうですね。私の事情もあってそんなに余裕はないので早く旅立とうと思います。エスレクのダンジョンに潜ったのも、理由があってのことですし」

「そういえば、俺は勝手に強力な魔物のドロップアイテムが欲しいんだろうと思ってたけど、それが理由なんだろ」

「理由としては合っていますが、その魔石をどうするかはここではちょっと」


 一瞬周囲へ視線を泳がせ、マルが大分気を遣っていることが分かった。


「分かりました。私はこのことについて何も聞きませんでした」


 笑顔で答えるトーラに、同じく笑顔で答えるマル。冒険者の品位をランクアップの条件にした俺にグッジョブと言いそうになった。


「私はエスレクでもっと実績を積んで、父に誇れる自分になったら王都に戻ろうと思います。それがいつになるかは分かりませんがその時は会いに来て下さい、精一杯おもてなしさせて頂きます」


 再会を約束しトーラと分かれた俺達は、引き続き旅の荷物を買いそろえ明日に出発する事とした。


「シュウさん」

「なんだ」

「旅の途中で、本当の事を教えて下さいね」

「あ……ああ」


 トーラや他の人がいる手前、話せなかったことがいくつかあったのだが、マルにはお見通しだったようだ。

 トーラに教えて貰った宿屋にマルも部屋をとり、明日の朝一で出発ということにしてその日はマルと分かれることとなった。

 おれはベッドに横になり、一枚のカードを取り出す。そこにはマルの名前が書かれており、そのカードを渡すのが目的の一つだったのだが――。


「なんか巻き込んだみたいで気が重いな」


 マルに再会できて嬉しいのと、伝えにくいことを言わなくてはいけないこと。相反する二つの感情に揉まれながら俺は夢の世界へと墜ちていった。

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