報酬
ダンジョンの外へ出ると、本当の太陽が俺達を出迎えてくれた。ダンジョンに作られた偽物の光とは違い、とても安心出来る気がする。
「人数が人数だから、定期馬車を待つより歩いて街まで行くか?」
「本当は一拍野宿でもしていきたいんだがな」
「そういう訳にはいかないよな」
俺達はスタンピードを回避したことを可能な限り早くエスレクの街に伝えなければいけない。だが、夜通し戦い続けた体はなかなかその考えを受け入れてくれそうに無かった。
「俺らが背負ってるのは何だ? 早くこれが山吹色に変わるところを見たいと思わないのか」
突然、この場に残った中で最年長のとある冒険者が嫌らしい笑みを浮かべて提案してきた。それが本心ではなく皆に対しての発破なのは分かるが、やり方があまりにも稚拙過ぎてつい吹き出してしまった。
俺の笑いが伝播したのか、そこかしこで笑い声があがり「違いない」とノリの良い奴がさらに煽ってきた。
「んん」
背中のマルが少し身じろぎした。起こしてしまったかと心配したが、相も変わらず規則正しい寝息を立てていた。
「それじゃ、お姫様を起こさないようにして帰るって事でいいか」
渋っていた冒険者達も全員が肯定の意を返してきた。
まあ、本当に渋っていたわけではないというのは誰しもが分かっていたことだとは思う。彼らは死兵として残ったのだから、野営出来る様な道具や食料は一切持っていない。僅かな体力を回復させてじり貧になるより、動ける内に動いた方が良いと分かっているのだろう。
ピンチを解決しても漫画やアニメのように甘い展開にはならないもんだと、世知辛さと一緒に今自分はしっかりとこの世界で生きていると実感出来る様だった。
言葉少なく森の中を歩いて行く。歩き始めは会話もちらほらとあったりはしたが、それは今ではなりを潜めていた。だが、各人の目は生き生きと輝いているようで、誰一人として泣き言は言わなかった。
「なんか、聞こえないか」
誰が言ったか分からなかったが、瞬時に全員が俺とマルを中心に円陣を組む。
「他に聞こえたやつはいるか」
ジギスが皆に尋ねれば、一人が手を上げた。
「森の外側の方から何か断続的に音が聞こえてくるぞ」
その冒険者は斥候もやっていると言っていた人だったはず。人より危機感知や気配感知などがするどいと、自負していた人だ。おそらく耳も常人よりも良いのだろう。
音のするという方向へ陣形を組み直し、待つこと数分。俺の耳も件の音を捉える事が出来た。
その音はよく聞いたことのある音だった。多数の蹄と無数の車輪の音が近づいてきているのが、大きくはっきり聞こえてくる。
「おーい」
長槍をもった冒険者が槍の先に布を縛り付けて、まるで旗のように振り回す。それに合わせて俺達も空いている手を振り、こちらに向かってくる馬車の行列にこちらの無事を伝えた。
別れ別れになった冒険者パーティはお互いの無事を喜びあっている。俺は荷台を空けて貰った馬車にマルをゆっくりと寝かせ、いまは食事の用意をはじめた。
スタンピードに対応するため、多くの人材と資材を詰め込んだ馬車から食材を拝借する。今この場はちょっとした騒ぎとなっているが、エスレクの街から応援で駆けつけた冒険者達が周囲の警戒に当たっているのは俺達は安心出来ていた。
本当なら祝杯を挙げたいと誰しもが思っていたのだろうが、食事を一口二口と食べて行くにつれ、倒れ伏し寝息を立てていく者が大半でそれは叶わなかった。
「シュウだったよな。ゴブリンエンペラーを相手にしたのにタフなんだな」
「ジギスだってあれだけのゴブリンを相手にしたのに、まだまだ元気じゃないか」
「そうでもねえさ、これでも結構無理してるんだぜ。ただ、こっちにも意地があるからな」
ジギスの視線を追えばトーラが舟を漕ぐように体を前後に揺らしていた。
「年齢や性別でどうこういうのは性格じゃねーが、将来が楽しみな嬢ちゃんだな」
「女の子って分かるのか」
苦笑するジギスは「もっと見てやれよ」と意味の分からないことを言う。
ついに地面に倒れてしまったトーラにジギスはマントを掛けると、後ろ手に振って自分のパーティの所へ去っていった。
「しゃーねぇ、トーラも運ぶか」
マルの隣へトーラを寝かすと、馬車の車輪を背もたれにしておれも少し仮眠をとった。
エスレクの冒険者ギルドでは職員達が目を血走らせて作業をしていた。俺達が持ち込んだアホ見たいな量の魔石の鑑定をまるで流れ作業で鑑定していく。
次々と処理されてはおかわりの魔石がカウンターに置かれ、それを見るたびに職員が絶望の表情をしているのは気の毒だった。
「準備が出来ましたのでこちらへどうぞ」
マルとトーラはまだ寝続けているので、冒険者ギルドに併設する医務室で寝かせてもらいながら様子を見て貰っていた。
俺は案内をしてくれる女性職員の後をついて二階にある応接室に入っていった。
そこには既に先客がソファに座っており、ゆったりとした仕草で俺に着席を促してきた。
「ゴブリンエンペラーの魔石はゆずっていただけないと」
「悪いけど他の魔石なら全て冒険者ギルドに渡すから、それで手を打って欲しい」
先程から支部のギルドマスターと交渉が平行線になっていた。
「ゴブリンエンペラーはランクA以上と言われています。そんな魔石は個人では持て余すと思うのですが。失礼ですがランクEの冒険者がそんな物を持っていると知られれば、あまり良い事にはならないと思いますが」
言葉だけを聞けばゴブリンエンペラーの魔石を寄越せと言っているようにも聞こえるが、支部のギルドマスターの表情と雰囲気はとてもこちらを心配しているようだった。
支部のギルドマスターは人の良さそうな初老の男性だったが、それが人生経験からくる高度な駆け引きなのか、まだ大して生きていない俺には断定できない。
でも、俺には本当に心配してくれているように感じられた。
「虫の良い話なのは分かっているがゴブリンエンペラーの魔石の使い道は教えられない。だけど悪用するなんてことはしない、それは絶対に約束する」
静かに目を瞑り俺の言った言葉を信じて良いかどうか反芻しているのだろうか。ただ時間がだけが静かに過ぎていく重苦しい雰囲気が出来上がっていた。
「スタンピードを未然に防ぎ、原因のゴブリンエンペラーの単独撃破。それだけでも聞く人が聞けば眉唾ものだ」
うっすらと目を開けたギルドマスターは用意されたお茶を一口飲むと、ゆっくりと大きく息を吐いた。
「私個人としてはキミ達の功績に報いたいと思っている。だが、この支部を預かるギルドマスターとしてはそれは許される事ではない。エスレクの冒険者ギルドの歪さは外からきた君なら感じられただろう」
「ええ。俺は最初、なんて自分勝手なやつらばかりが冒険者になっていると思いました」
「それはそれで否定はしないがね。それでも志が高い者もいるのも事実だ。そしてその者達には出来るだけ悲しいことになって欲しくはない」
射貫くような真剣な眼差しで語るギルドマスターの言葉は、言い換えれば魔石はエスレクの街を守るのに譲って欲しいと言っているように聞こえた。
「例えどんな理由があろうと、申し訳ないがそれは出来ない」
「冒険者ギルドとしては、キミを四六時中守る事など出来はしない。それでも……か」
静かに頷いた俺は、このままではずっと平行線だと感じた。
本当なら表に出してく無かったが、相手を諦めさせるにはどうしてもこれしか方法が思いつかなかった。
俺はランクEの冒険者カードではなく、もう一つの冒険者カードをそっと机の上に置いた。
ギルドマスターは俺の行動を冒険者ギルドを辞めてまでも――と最初思ったようで目を見開いていたが、俺の冒険者カードを手に取るとこれ以上ないくらいにさらに目を見開いた。
「ま、まさか本部の!」
「結果的には冒険者ギルドにゴブリンエンペラーの魔石は持ち込まれた。嘘じゃないだろ」
「それは確かに。いやでも、そんな事が」
何時まにか手が震えているギルドマスターは、言うことを聞かない体に鞭を打って必死に俺に冒険者カードを戻したような格好になっていた。
左手で強く右手を掴み、懸命に落ち着こうとしているようだった。
「これは脅しでも何でも無い、ただ事実だけを言う。冒険者ギルドの深いところにおいそれと足を踏み込めば、何が起こるか分からない」
先程と逆に立場になったとはいえ、明らかに一介の支部のギルドマスターでは荷が重かったようで、魔石の事については諦めてくれた。
「それと、俺に事については内緒にして欲しい」
「絶対に言外いたしません!」
ソファから立ち上がり、恭しくも緊張感を持った礼をしギルドマスターは約束してくれた。この様子ならよほどの事がなければ大丈夫だろうと、応接室を出て行った。
正直な事を言えばギルドマスターの危惧は当たっていた。トーラとマルが目を覚ました二日後までに、毎夜毎夜、夜盗が魔石を狙いに潜り込んできたから。
その夜盗は誰も彼も品位が低い冒険者であり、ランクEの俺が『偶然』手に入れたゴブリンエンペラーの魔石を有効活用してやろうというものだった。
「犯罪者を捕まえた報奨金って決して安い訳じゃないんですけどね。それも相手が冒険者ともなるとそこそこの金額になるんですが」
両手でぎゅうぎゅうに金貨が詰め込まれた袋を抱えているトーラは、その袋を見下ろしながら困ったような溜息を吐いていた。
「まだ一銭も使ってないのにもう金銭感覚がくるったのか」
「仕方ないじゃないですか。スタンピード解決の報償金だけでもすごかったのに、あれだけの魔石ですよ。千枚以上の金貨なんて初めて持ちましたよ」
「それは私も同じだけど。私としては自分がランクAになっていた方が衝撃的だったな」
自分の両手のひらを握ったり開いたりして体の調子を確認しているマルは、俺が告げた冒険者ギルドの決定に心底驚いていた。
「それに」
ゴブリンエンペラーの魔石は今、マルの懐の中に収まることとなった。
なんの理由もなく旅だったマルが寄り道するとは思えず、ダークエレメントやカオス=イレの時のようにドロップアイテムが目的なのではと思っていたのだ。
「シュウさん、本当にもらっていいのかな」
「それだけの働きは十分以上にこなしていただろ」
「そうですよ! あの赤い稲妻のような姿。体の芯から痺れたって感覚は初めてでした」
興奮気味に語るトーラのセリフに、若干頬を染めながらにへっと笑うマル。
「しかし、この大量の金貨どうしましょうか」
「何だ使い道があるわけじゃなかったのか。だったら、冒険者ギルドに預けてきたらどうだ」
「「え?」」
マルとトーラが何を言っているのかとキョトンとした表情になった。
ああそっか、トーラはランクEだしマルもさっきまでランクDだから知らないのか。
「ランクCになると冒険者ギルドでお金の預貯金が出来るって事が知らされるんだが、別にランクEだって利用出来るんだぞ」
そんな話聞いたことありませんと声を荒げるトーラ。冒険者ギルドでは一回の依頼で大金が入ってくる事が増えるランクCになるとその説明がある。なぜランクCにならないと教えないかというと、金銭感覚や管理の感覚を身につけて欲しいという狙いからだった。
納得出来るような出来ないような微妙な顔をしている二人だったが「それなら冒険者ギルドに預けます」と意見が一致し、元来た道を戻る事になった。
「シュウさまですね。ギルドマスターがお呼びです、お連れの方も一緒にどうぞ」
俺の存在が明るみになっていないからこそ、有無を言わせない職員の案内に従って再び応接室に通されることになった。




