決着
「お、おい。どういうことだよ」
ジギスは前方のゴブリンエンペラーから眼を離さないようにして――いや離せないのか、俺とマルに話しかけてきた。
トーラはこんな状況なのにポカンと呆けたようにじっとマルを見つめ、喋ろうとも動こうともしない。まるで心ここにあらずだった。
「シュウさんが来てくれた助かりました。もうずっと飲まず食わずで戦い続けて、そろそろやばかったんですよ」
安堵したような顔のマルには悪いが、ゴブリンエンペラーが凄い形相で睨んでいる状況で、再会を喜んでいる余裕なんて無かった。
「ゴブリンの親玉が強化の術が使えるみたいで、親分に近付くほどゴブリンが強くなっていくんです。もうそれが厄介で厄介で」
「ちょ、ちょっと落ち着けマル。なんでこの状況でそんなにあっけらかんとしてるんだよ。この場をどうやって乗り切るか考えないと……」
俺の言っていることが一瞬分からなかったかのように首を捻ったマルだったが、すぐに両手を叩き意を得たように朗らかに笑った。
「そうですよね。ゴブリンの親分はシュウさんが倒すから、周りの手下達は私達がやっつければいいんですね」
なんでそうなる、俺を殺す気か!
マルのあまりの言い分に何を言って良いのか口が一瞬動かなくなった錯覚を得た。
「シュ、シュウさんが一人でって無理ですよ」
「そうだぜ。いくら何でも無謀だろうがよ」
トーラとジギスの反論にローブ一枚のきわどい姿のマルは堂々と胸を張り、こともあろうかとんでも無いことを言い放ちやがった。
「だってシュウさんはカオス=イレを倒したんですよ。それに私より強いんですから、何も問題ありません!」
トーラ達はマルの言葉に目を見開くと、ゆっくりと俺に視線を向けてきた。その顔にはまるで信じられないと綺麗な文字で書かれているようだった。
「というわけで、親分をシュウさんが単独で撃破。そうすれば私が遠慮無く群れを蹂躙できますので、打ち損じはお二人にって事でどうですか」
まてまてまてまて。
ようやく頭の追いついてきた俺は、必死にマルに制止の言葉を投げかけた。
マルは今の作戦のどこが問題なのか、不思議そうな顔をしているようだった。どこが問題なのかじゃなくて問題しかねえよ。
「カオス=イレって災厄とか言われてるやつだろ」
「シュウさんは凄いって知ってましたけど、そこまでなんて」
ジギスとトーラはマルの言葉を鵜呑みにしているようで、さっきとは違う視線を俺に浴びせてくる。確かにカオス=イレを倒しはしたが、辛勝だったぞ。だったらゴブリンエンペラーも楽勝だろって流れはおかしいだろ。
「でも、私の作戦が一番勝率が高いと思いますけど」
至極真面目な顔でマルが言う。確かにあの変な声の事を気にしなければ、それが最善なのかもしれない。
「ゴブリンの親分単体だけなら私だけでも何とかなりそうですけど、周りのゴブリンまでは手が出せそうにないですよ」
マルの殲滅力は実際にこの目でみて理解している。だからこそ、群れの方を俺に任せるという選択肢は悪手だと暗にマルは言っていた。
ここで俺だけの都合で決めてしまったら、必ず誰かしらが死ぬ事になる可能性がすごく高い。
こんなの、選択肢なんて残されてねーじゃねえか。
「はあ……マル、二人の事は頼んだぞ」
再会してから一番という笑顔で「まかせて」と返されては、これ以上何も言うことが出来なかった。
俺はチュートリアルから複数のスキルを選択し起動していく。
「ジギス、トーラ! 死にたくなかったらマルの側から離れるなよ」
二人の返事を待たずに、おれは起動したスキル『神雷』を俺とゴブリンエンペラーの中心にたたき落とした。
空無きダンジョンで魔法によって作られた雷雲が立ちこめ、辺り一面を雷が蹂躙していく。
神雷の通った後には、黒焦げのゴブリン達の群れが立ち尽くし、程なくして砂のごとく崩れていった。
俺は神雷で出来た道を超人化のスキルにより一気に駆け抜け、ゴブリンエンペラーへと肉薄した。まずは挨拶とばかりに右ストレートを放つが、ゴブリンエンペラーは腕をクロスさせてそれを防ぐ。
殴ったほうの拳に痛みを感じる程の防御力。これがゴブリンという最弱種の進化しきった姿だと知ると、ゴブリンは侮れない存在だと思わされた。
対するゴブリンエンペラーもおれの拳を受けて数メートル後退する事となり、反撃ができないようだった。
血走った赤い目で睨み付けてくるゴブリンエンペラーは、先程に似た声を再度上げる。すると周囲にいたゴブリン達が全部俺にむかって突き刺さるような殺意を向けてきた。
「はっ、いいのかよ俺だけに構ってて。さっきまで良いようにマルにやられてたんだろ」
ゴブリン達が俺へと意識を反らした瞬間を狙っていたかのように、そこかしこでゴブリンの死体が空を飛ぶことになった。
いくらゴブリンエンペラーに強化されているといっても、不意打ちとなればそんなのは関係無い。上位種の群れがまるで人形のように空を飛んでいるのは、悪い冗談を越えて笑えるほどだった。
どうやら実際に口元が笑っていたようで、さらにゴブリンエンペラーを刺激してしまったようだった。奴は腰に佩いた剣を抜くと、まるで騎士の様に構え――やばい!
俺はとっさにその場で地面に寝転ぶ。普通に考えればこんな隙だらけの俺を周りのゴブリン達が見逃すとは思えなかったが、ただの一匹も動くことは無かった。
嫌な汗が背中を流れる中、警戒しながらゆっくりと立ち上がった俺の視界には、体の真ん中から真っ二つに切られ、崩れていくゴブリン達の姿が映る。
「敵味方関係無しかよ。それに今のは騎士のスキル『一閃』か」
ゴブリンの種類に何故、人間と同じ職名が付けられているのか。それを実感させてくれるに十分な一撃だった。
急ぎチュートリアルから対抗出来る項目を選択し発動する。
『武具強化』と『剣聖』。
武具強化はあの馬鹿みたいな威力を見れば、そのまま打ち合うのは危険と判断したからだ。大して剣聖は弱点らしい弱点がないなら、真っ向から叩き潰そうと考えてのことだった。
今はポイントが見えないが、本来なら効力からいってバカ高いポイントを支払っているはずだ。ゴブリンエンペラーと戦う以前に、自分のスキルの不気味さの方に冷や汗が流れるような気がした。
俺が剣を構えるとそれだけで何かを察したのか、ゴブリンエンペラーは怒り狂っていた目つきから冷静さが取り戻され、殺意はそのままに怒りという感情が薄まっていく気がした。
周囲ではマルと二人がゴブリンの群れを殲滅しているがそんな音など聞こえない、特別な場所に俺とゴブリンエンペラーはいるようだった。
不意に俺の首筋に剣閃が走ってくる気がして、体をねじって避けようと意識するとそれは消えていった。
ゴブリンエンペラーの隙を見つけて打ち込もうとすると次の瞬間には隙は消え、打ち込めなくなっていた。
幾度となくつづく幻のような攻防。カオス=イレは防御力に特化したやっかいな魔物だったが、ゴブリンエンペラーは全体的に高い能力を持っている万能型の様だった。万能型ゆえに特定の弱点を持たないのだろう、魔法を使う準備をしても避けられる未来しか見えなかった。
精神をゴリゴリとすり減らす攻防がどれだけ続くのか、このままでは肉体的に地力で劣っている人間の俺の方が分が悪いと思った時、転機は訪れた。
マルが蹂躙したゴブリン達の残骸が空から降り注ぎ、一瞬だが俺とゴブリンエンペラーの姿が隠されたのだ。
一瞬できた好機にどんなスキルを繰り出すか。謀らずとも俺とゴブリンエンペラーの考えは同じだった
騎士のスキル『一閃』。
剣聖のスキルにより扱えるようになり、実際に目にした一閃を俺は選択した。相手がどう動くか分からないなら見える全てを切り捨ててしまえば良い。それはゴブリンエンペラーも同様だったが、俺の方が超人化のスキルのおかげか一歩早かった様だった。
ゴブリンエンペラーの一閃が届くより早く、俺の一閃がゴブリンエンペラーの首を空へと飛ばし、俺へと向かっていた力は届く前に霧散していった。
残るは残党のゴブリン軍。
ただ、俺とゴブリンエンペラーは体感時間よりもずっと長く戦っていたようで、周囲を見回せば殆どのゴブリン達が骸と化していた。
その中で、人型に戻って荒く息をつくマルと、二人の姿を捉えるとおれはそこへ向かって駆け寄った。




