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エンペラーと狼

――ゴブリン。


 ほとんどの人に聞けば十中八九、最弱の魔物だという答えが返ってくると思う。

 だが、実際は進化による強化の幅がとても大きい、やっかいな存在というのが冒険者間での認識になっている。

 眼の前の草原では、上位の存在に進化しているゴブリン達が多くひしめき、群れの……いや軍隊といっていい程にまで膨れ上がったゴブリン達が激しい戦闘を繰り広げていた。

 軍で例えれば本陣を守るように、周囲をゴブリン達が規則正しく隊列を組み、襲いかかる存在に少しでも手傷を負わせようと奮戦しているようだった。


「あれは何ですか」


 ゴブリン達を襲う何かに最初出会った時は、戦闘域に近すぎたこともありよく見えなかったが、今ははっきりと見ることができた。


「なんだありゃ。真っ赤な獣……炎狼か?」


 ジギスが言うとおりゴブリン達を襲っていたのは、真っ赤な体躯をもつ大狼だった。


「炎狼に見えるけど、炎狼はランクC相当。上位のゴブリン達の軍隊に突っ込める強さはないはず」


 俺は何かの正体の当てが外れた事と、見たこともない魔物に内心焦りが出てきていた。気付けば、力強く握りしめた拳の内側はじっとりと汗で濡れていた。

 当てが外れたとしても、どうにかしないといけない事には変わらない。此処で戦わずに逃げても、ここで戦って逃げても結果は同じになるだろうから。


「ありゃなんだよ。真っ赤な狼の魔獣でああも簡単にゴブリン上位種を蹴散らすなんて、そんなの聞いたことねーぞ」


 目を見開き驚きの表情で、繰り広げられている情景を見つめるジギス。それはトーラも同じようで釘付けになったように赤い狼を見つめていた。


「とにかく俺達がやることは、この騒ぎに乗じてゴブリンの親玉を倒すことだ」

「ああ、それにはまず」

「親玉を見つけないといけない。ということですね」


 我に戻った二人が、俺達の役割を確かめるように口にした。

 運が良いのか悪いのか、狼の攻撃から守られるようにされている陣営があり、あそこに親玉がいるのではと予想は出来る。だが、キングもクイーンもエンペラーも戦ったことも見た事も無い。予想だけで動くのは危険だと、まるで肌がピリピリするようだった。


「ゴブリンに気付かれたらそこでアウトか」

「あうと……ですか?」

「ああ、そこで終わりって事だ」

「はん! スタンピードなんて防げるか防げずに全滅するかの二択しかねんだ。気負う必要なんてねんだよ、エスレクの街はそうやって栄えてきたんだ」


 俺の不安に気付いていたのかジギスがぶっきらぼうに言い放ってきた。言い方はともかく、ジギスは本当に面倒見がいいのかもしれない。


「狼の攻撃の射線上に入らないように、なるべくゴブリン達の後方から近づこう」


 俺の提案にトーラは静かに頷いた。


「おい、射線上って何だ?」


 俺は、俺とトーラが最初見た狼がゴブリン共を蹴散らしていた攻撃を簡潔に伝えた。

 目で捕らえる程の出来ない速度で、ゴブリンの軍隊に死体の道が出来た事を。


「まじかよ。それじゃ今見ている狼の攻撃は本気じゃないってことかよ」


 本気じゃない――あのときの攻撃を見ればそうなのだろう。そうなると今は手加減しているということか?

 考えても分からない事に今は時間を使っている余裕はない。今の状況で考えて行動しなければ。


「よし、ゴブリン軍の左後方から近付こう。あそこなら森が近くで隠れる茂みもある」

 俺達は狼とゴブリン達から眼を離すことなく、ゆっくりと移動を開始した。




 狼がなぜ執拗にゴブリン軍を狙うのか、納得できないが挑まれたゴブリン軍は最初は楽に勝てるものだと高をくくっていた。

 すでに狼とゴブリン軍が戦い始めてから、ゆうに二日は過ぎていた。

 ダンジョンの中で強力な魔物や魔獣と出来るだけ戦いを避け、力を蓄え続けていたゴブリンエンペラー。今では、ダンジョン内の覇者として頂点に立った――はずだった。

 今までゴブリン達から餌場を奪ってきた魔物達から軍隊の力で取り戻し、死亡する事の少なくなった事により進化個体も一気に増えていったのだった。

 徐々にダンジョン内の勢力を塗り替え、ダンジョン内にゴブリンの楽園が作れるのも時間の問題と思った時、あの狼が現れたのだった。

 突然現れた狼は本能に訴えかけようとしても思い通りに、わざと陣形を崩し罠を張ろうとも引っかかることも無かった。

 ゴブリンエンペラーからしてみたら、進化前に散々煮え湯をのまされた人間を相手にしているようで、時間と供に苛つきも増えていた。


 ゴブリンエンペラーは群れを統べ、個々の力を底上げする能力を得るがそれは自身を中心とした範囲で影響する。最初はその力を理解しきれておらず狼にいいようにやられていたが、理解して陣形を取るようにした。だが、知恵を持っているのか狼は戦い方を変えてきたのだ。

 最初はただいたずらに群れに突っ込んで蹴散らしていくだけだったのに、今では群れの外周から削るように挑んできていた。ゴブリンエンペラーの能力の恩恵を薄いところを狙っているかのように。

 じわり、じわりと追い詰められている状況で平静さを失いつつあったゴブリンエンペラーは、視界の端に三人の人間を捉えたとき、知性のかけらも無かったときのような醜悪な笑みを浮かべた。




(多分、あれはゴブリンエンペラーだろうな。最悪だぜちくしょう)


 ゴブリンの軍の斜め後方の茂みに隠れた俺達は、一際体躯が大きく装備も上等な一匹のゴブリンを見つける事が出来た。


(キングやクイーンじゃないのか)

(キングやクイーンならギルドの資料室で絵姿を見たことがある。キングやクイーンはもっと体躯が大きいはずだ)

(エンペラーの方が小さいって、不思議な感じがします)


 隣にいるトーラは振るえそうになっているのか、右手を左手で強く握りしめていた。血の気が失せるまで力を入れているようで、そうしないと平静を保っていられないのだろう。

 俺はトーラの頭をぐちゃぐちゃにかき回してやる。声が出ないように咄嗟に両手で口を押さえたトーラが恨みがましい目で見つめてくるが、俺が「落ち着いたか?」と訪ねると、今度はそっぽを向いてしまった。

 とたんに衝撃と一緒に走る鈍い痛み。トーラが左肘で俺の脇腹を打ち付けたようだった。お返しとばかりの顔でしてやったりの笑顔をトーラが浮かべていた。


(仲の良いこって)


 付き合ってられんとばかりに呆れた表情のジギスだったが、なんだかんだで三人とも緊張が大分薄れたようだった。


(気付いているか)

(ああ、当たり前だろ)

(後ろ……ですよね)


 指し示したかのように同時に後ろを振り向いた俺達三人はその場から一気に散開し、襲い来るゴブリン達の攻撃を紙一重で躱すことが出来た。


「なんだこいつら。ただのゴブリンじゃないのか」

「上位種には見えねーが、やけに早いな」


 最初に駆け出したのは予想外にもトーラだった。あれだけ人型の魔物に恐れを感じていたのに、最初に行動するとは思いもしなかった。

 だが、まだまだ克服には遠いようで一番前のゴブリンに浅い傷を与えたら、そのまま後ろへ下がり荒い息を落ち着かせようとしていた。


「おいおい、なんだなんだ。毒でも食らったのかよ」

「トーラの事は心配すんな。何かあれば俺が対応する」

「あいよ、そっちの事はそっちに任せた!」


 下がったトーラに合わせるように前に出たジギスが、追いすがろうとするゴブリンの首をひと凪に吹き飛ばし、続く後続にも剣戟を浴びせかける。


―――――――――――――――――――――!


「があ!」

「痛っつ、耳が」

「きゃあ」


 順調にゴブリンを倒せそうな感じだったのに、突然、呪いを吐き出すような大声が聞こえてきた。

 その声の主を探せば、ゴブリンエンペラーが赤い瞳を禍々しく輝かせ、俺達に向かって醜悪で怒りに満ちた表情を向けていた。

 ゴブリンの軍隊が狼に対する部隊をそのままに、一部おれたちに向かって進軍を開始しはじめた。

 奇襲が失敗した時の、もしもの為の運試し。もし何かが――狼が俺の知っているアイツなら絶対に助けになってくれる。でも、その望みはすでに絶たれていた、既に違う狼だと見た目で分かっているからだ。


「シュウさん」


 それでも、俺は縋る思いで喉が張り裂けそうな声を上げた。それが何の意味もないと思いながらも。


「マァァァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


 叫んだ瞬間、赤い稲妻が地上を駆け抜けたと思った。一直線に俺達の眼の前に向かってきた赤い稲妻は、いや、赤い狼は牙をむき出しにしてゴブリンエンペラーに向かって殺意をむき出しにしていた。

 赤いと思われた狼は、よく見ればゴブリンの返り血なのか、新しい血は赤く古い血はどす黒い色になっていた。そして、赤く染まった体毛の隙間からチラリチラリと銀色の綺麗な毛並みが見て取れた。


「マル!」


 アオオオオオオオオオン!


 ゴブリンエンペラーに対抗するように一度大きく吠えた狼は、その姿を小さくしていき俺のよく知っている少女へと姿を変えた。


「あはは、シュウだシュウだ。お久しぶりですシュウさん」


 体をゴブリンの血で真っ赤に濡らした素っ裸のマルが俺に抱きついてきた。


「おまっ、血だらけでっ」

「わわ、ごめんなさい」


 荷物からローブをマルに渡してやる。恥ずかしくも嬉しそうに受け取ったマルは袖を通すと笑いかけてきた。

 マルが言うとおり、たった数日間だったがとても久しぶりな気がした。

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