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スタンピード

2020/4/25:最後の一文を削除しました。

 顎から汗を垂らし、肩で息を整えるトーラ。

 いきなり人型の魔物を相手にするのは……と、土壇場になって腰が引ける事をトーラが言ってきた。だからゴブリンの群れの中に蹴り込んでやったのだが、昨日の無様な姿よりはましになり何とか五匹ほどの群れを全滅させる事ができていた。


「シュシュシュ、シュウさん!」


 ある程度息が整ったのか、トーラが俺に詰め寄ってきた。


「私を殺す気ですか! いくら何でも酷すぎます」

「酷いも何も結果的に倒せただろ」

「そういう事じゃありません!」


 荒い息をつきながら怒り心頭のトーラに説教という名の文句を言われ続ける。

 やがて言いたい事は言い切ったのか、無言になったトーラは俺に背を向ける形で、まだ残る怒りを伝えようとしているようだった。

 俺はゴブリンが持っていた剣で一番程度が良さそうなのを拾うと、トーラへと放り投げる。

 慌てながらも危なげなく受け取るトーラ。トーラが先程まで使用していたのは、同じく昨日の戦闘でゴブリンが使っていた剣だった。

 恐怖からなのか、力任せになったり刃筋がぶれていたりとすぐに剣を駄目にしてしまう。


「今度はショートソードですか。立て続けに剣が変わるというのも扱いにくいです」

「文句があるなら、剣を長持ちさせるように戦わないとな」


 俺の正論に反論する事ができなかったのか、不機嫌な様子そのままにトーラはそっぽを向いてしまった。


「まあ、これ以上難しいならトーラだけ戻っても良いんだぞ」

「シュウさんは……思っていたより意地悪でした」


 ゴブリンから奪った剣を腰に佩き、トーラは俺の隣に並んで来る。


「こうなったら、とことんまで行くんですから。だから、シュウさんの目的もそろそろ教えて下さいよ」


 そういや何も聞かれなかったから教えてなかったな。もしかして、変に気を遣われてたのかな。


「俺が受けた依頼は調査依頼だよ。このダンジョンに今まで見たこともない大型の魔獣が確認されたっていうから、その調査だ」

「大型の魔獣ですか」


 依頼書にはどんな形状の魔獣だったか、似姿が下手くそながらも描かれており、それだけが手がかりとなっていた。


「調査だけだからランクDの依頼で低いけど、割と報酬は良かったんだぜ」

「そ、そりゃそうですよ。調査依頼は簡単に考える人もいますけど、実際には難しいんですからね。対象と運悪く遭遇して全滅したって話もあるんですよ」


 さっきの怒りはどこへやら、本気で俺を心配してそうな顔で詰め寄るトーラ。短い間だけだとしても今の旅の供が彼女で本当に良かったと思う。やっぱり長い間一緒にいる相手が信頼できないと疲れが溜まる一方だ。


「俺はこれからまだまだ先に潜るけど、トーラは本当に無理しなくていいんだぞ」

「別に無理してません。まだまだ本調子じゃないですけど、これ位でどうにかなる鍛え方はしてません」


 まあ、今回は泣くほど辛くなかったみたいだから、もう少し先にいっても大丈夫だろうけど。それに、彼女は相手が人型じゃ無ければ全く別人と言っていいほどの動きを見せてたし。


「ほら、行きますよ」


 これ以上は話に付き合う気はないとばかりに、ダンジョンの奥へ向かって進んでいくトーラに俺はついていった。

 二日目の野営中、俺とトーラはここまで歩いてきた道程の地図を見直していた。


「シュウさんは地図も書けるんですね。強くて他にも色んな事が出来て、羨ましいです、すごいです」

「あー、こんなのは慣れかもな。最初は俺だって酷いもんだったぞ」


 焚き火に照らされた薄明るい世界で、食後のひとときをのんびり過ごす。トーラが手足を揉みほぐしているのを見て、俺も首を回して凝り固まった筋肉をほぐしていく。


「ん?」


 首を巡らして視界に入ったダンジョン内で、少し違和感を感じた気がする。


「どうしました」


 トーラが俺の様子を不思議に思って問いかけてくるが、何を答えて良いか分からず答えることが出来ない。トーラも俺の様子を真似て、周囲を伺い始めた。


「あれ? 他の冒険者達は引き上げ始めてるんですかね」


――それだ!


 昨日に比べて明らかに冒険者が野営をしている焚き火の数が少ない。

 俺達は昨日、この遺跡のダンジョンに入ってきたばかりだ。冒険者が引き上げているなら一組や二組くらいはすれ違ってもおかしくないはず。それだけの焚き火の数が昨日はあったのだから。

 俺は立ち上がるとすぐにトーラにも指示をし、荷物を纏め始めた。一際太い枝にボロ布を巻き、もったいないが油を染みこませられるだけ染みこませて松明を作る。


「トーラ、今から外へ戻るぞ」

「い、今からですか。いくら何でも危険ですよ」


 俺の突然の行動にトーラは狼狽えている。だが、俺が調査しにきた魔獣がいるダンジョンで異常とは言い切れないが普通じゃ無いことが起き始めているのは確かだと思う。


「悪いトーラ。穴埋めはするから言うことを聞いて一緒に外まで避難してくれ」


 俺の譲歩にトーラは首を傾げながらも納得してくれたようで、後をしっかりとついてきてくれた。

 暗闇に沈んだダンジョンを、地図を頼りに戻っていく。トーラが心配していたような魔獣や魔物の夜襲が起こることはなく、逆にそれが不気味に感じられた。

 トーラのトラウマ克服もかねて昼間の行軍もゆっくりだったが、今は夜で見通しが悪くどこから襲われるか分からないため、さらに遅い歩みとなっている。

 しきりに周囲を警戒しながら、トーラは顔を引き締めて俺についてきている。俺も手作りの地図に間違いが無いことを祈りながら、慎重に歩を進めていった。

 夜目のポーションを持ってきてはいたため、一応使ってはいる。だが、星空という物が無く松明だけがたよりの灯りでは、それほど効果が期待できなかった。夜目のポーションは夜を見通すというより、星空の灯りを増幅する所謂スターライトスコープみたいなものだ。


「すいません。まさかダンジョンで夜目のポーションが役立たずだなんて、知りませんでした」

「松明の明かりを強く感じられるだけ増しだよ。それだけでも大分違う」


 事実、何もしないよりは遠くが見通せるのは事実だった。

 夜目のポーションの話をしていたおかげか、俺は視界のギリギリに蠢く何かを感じて、とっさに松明に水に濡れた布を被せ火を消した。


(わぶっ)


 急激に視界を奪われたトーラが俺の背中にぶつかり変な声をだそうとしたが、本能的に感じたのか声を押し殺していた。


(何かいる)


 今俺達がいるのが草原なのか森なのか、視界ではわからない。地図によれば森の外周辺りだと思うのだが、見えなければ意味が無い。


 クイックイッ。


 恐らくトーラが俺の袖を一方向に引っ張っている。そちらに視線を向ければ火口をこちらに向ける、壁にそそり立つ火山が見えた。


(なるほど。森から出ればあの火山の灯りで周りが見えるか)


 トーラの意を理解し、俺達はあちこちに頭をぶつけながら森から出ることが出来た。

 火山の灯りだけでは弱々しく、夜目のポーションでもそれほど遠くを見通すことが出来ない。それでも、眼の前に広がる光景は俺の目にしっかりと焼き付いた。

 何百? 何千? いや、何万ものゴブリン達が整然とダンジョンの入り口に向かって歩いているのだ。それも、ただのゴブリンだけじゃない。見えるだけでもウォーリア、ナイト、マジシャン、アーチャー、プリースト――ジェネラル。数えるのも馬鹿らしいほどの上位種がそこかしこにいるのだ。


(まじか)

(ひっ!)


 いくらトラウマ克服の為に一日を費やしたと言っても、これはトーラにはきついだろう。いや、俺だってこんなのを見たらきついなんてもんじゃない。

 ゴブリンは進化して上位の存在になることが出来るが、進化した場合の力の底上げが半端なくでかい。元々が弱い種だからすぐに死に、それほど上位種なんて見かけないのだが、これは異常だ。

 ここまでの群れとなると恐らくキングかクイーン、最悪エンペラーがいるかも知れない。

 こんなのがダンジョンの外へ出てしまえば、エスレクどころか国全体が危険かもしれない。

 今のバグっている状態のスキルでは、まともに戦えるかも分からない。第一、あまりにも数の差がありすぎてゴブリン共を倒しきる前に自分の体力が切れるだろう。


(それ以前に、ダンジョンの外へ出られるかが一番の問題か)


 背中からは体の震えが分かる程に、力強くトーラが抱きついてきていた。

 そんなとき、それほど離れていない所で大気を震わす何かが響き渡った。

 その何かの威嚇を伴った鳴き声は、一瞬でゴブリンの行軍の脚を止めた。

 一体なんだと思った瞬間だった。ゴブリンの群れが突然爆発したように爆ぜたのだ。まるで何かが通り過ぎたかのように、ゴブリンの群れの中に死体でできた道のようなものが出来ていた。

 大気を震わす声と供にできあがる複数の死体の道。なにがその道を作っているのかは俺の目には全くといっていいほど見えていなかった。ただ気付いたらゴブリン達が空に巻き上げられ、死体となって降ってきていた。


(シュウさん! シュウさん!)


 歯の根のかみ合わない声で、必死に訴えかけてくるトーラの腰を掴み小脇に抱える。


(今のうちに逃げるぞ)


 俺は一体何が起きているのか分からないが、この時がこの場から逃げられる唯一のチャンスだと思いダンジョンの入り口に向かって死に物狂いで駆け出した。

 幸いダンジョンの入り口近くになってくると、夜目のポーションのおかげで明るくはっきりと外への道が見えてくる。

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