トーラの昔話
以前の夜のように取り乱したトーラが落ち着くまで少し時間がかかった。
自分が何をしていたのか。落ち着いてきて自覚したのか、トーラは耳まで真っ赤にしながら俺から距離をとるように離れた。
「すいません。お見苦しいところをお見せしました」
「そりゃまあ、びっくりはしたが」
取り乱したような戦い方のあと、本当に取り乱してたんだからびっくりしたのは本当だ。あの日の夜、同じ状況を見ていなければ俺はもっと狼狽えていた気がする。
「いったいどうしたんだ」
あまり深く関わるべきではない。そんな気持ちもあったのだが、気付いた時にはそんな言葉が口から出てしまっていた。
「それは……」
普段の雰囲気と打って変わって気落ちしたような状態のトーラ。しばらくまって出た言葉は俺が待っていた物とは違っていた。
「ダンジョンの火が落ち始めました。今はその話は後にして……欲しいです」
ダンジョンの火。
エスレクにある遺跡――ダンジョン内でまるで太陽が沈むように夜が来る場所では太陽代わりに、不可思議な光をそう呼んでいるそうだ。
つくづく遺跡というのは不思議の固まりだなと思う。
幸いたき火に必要な枯れ草や枝はすぐに集まり、ダンジョンの火が消える前になんとか焚き火をあたる事ができた。それとなく周囲を見回せば火山の火口以外に、天井や壁面にあたるような所で、同じような光をいくつも確認する事が出来た。
パッシブスキルになった生活魔法で水を作りだし、鍋に火をかける。
パッシブスキルになったのは中途半端な性能のスキルが大半だけど、戦闘以外となると結構役に立つかもしれない。こういうときは非常にありがたい。
「やっぱりすごい」
そのすごいの言葉には、半分呆れが含まれているようだった。
「魔法の無駄遣いは相当の実力者じゃ無いとやらないって今まで聞いてきたんですが」
「野外だろうがなんだろうが、少しでも美味しい物を食べようとするのは無駄じゃない」
「え、ええ……」
今度は完全に呆れた顔をしながらも、俺がナイフで刻んだ干し肉や日持ちのする芋を入れていくと、眼は期待に満ちたように輝きが増していった。
「干し肉の塩だけだからな、味付けは」
分かってますと頷いているトーラだが、眼は鍋に釘付けになっている。
「こういう所で温かい物が食べられるだけでも、贅沢というものなんですよ。いったいシュウさんはどれだけ贅沢してきたんですか」
「俺だって、これでも昔は食うに困ることだってあったんだから。野営でこれ位のもの食ったっていいだろ」
「シュウさんが――意外です」
再び顔つきに戻った、いやさっきよりも暗く沈んだ雰囲気をトーラは醸し出してしまった。
「そ、そんなことよりさっきはゴブリン相手にどうしたんだよ。さっきのゴブリンは武器を持っているだけの最下級クラスのはずだぞ。ランクEになれたなら普通、あそこまで苦戦しないだろ」
俺の言葉に力なく笑ったトーラは、ポツポツと話し出した。
以前はゴブリンなんて敵ではなく、オークだって一人で倒せていたらしい。トーラ自身は平民ではあるが、武勲をたてて騎士爵の位を賜った父親から直接指導を受けていたという事だ。
騎士爵は確か一代限りの貴族みたいなものだったか?
父親の元から離れてただの平民となったトーラが生き残っていけるように、父親はもてる全ての技術を幼い頃からトーラに伝授していたそうだ。
伝授といってもそれはとても辛い道で、父親の優しさと愛を理解し、剣に抵抗のなかったトーラだから乗り越えられたという。現に、弟や妹達は別の道に進んでいるそうだ。
「僕はとても父を誇りに思っています。今のように独り立ち出来ているのは父の指導があったからだって胸を張って言えますから」
でも剣の腕がどれだけあろうと、経験の浅い子供だというのは変わらなかった。ある依頼で同行した冒険者に、野営の時に襲われ返り討ちにしたそうだが、その時に初めて人を殺したそうだ。
「その後から、人や人型の魔物に剣を向けるのが怖くなったんです」
なんというか俺が現地人で、トーラがまるで異世界人のような価値観に苦笑いが漏れそうだった。
俺は生きていくのに必死で、気が付けばこの世界の常識に染まって人を殺すことに罪悪感はあれど抵抗はなくなっている。
必要ならば――手加減はしない。
トーラはまるで昔の、地球でのほほんと暮らしていた俺の様に見えた。だからだろうか、思っても無いことが口をついて出てしまった。
「自分を守る為に殺したんだろ、それは自分の事を救ったってことだろ。自分も守れない人間が他の事を成し遂げるなんて出来るなんて思えないけどな」
焚き火の前で脚を抱えて俯いていたトーラは驚いたように俺を見つめてくる。
「そんなのは……正論なだけです」
「そりゃそうだ。でもさ、それだけの力があれば押し通す事が出来るのも世の中だろ」
やっぱり僕が弱いって事なんだと再び落ち込むトーラ。
あーもーめんどくせーな!
「女の身で、一人で此処までの力を付けてきたんだろ! ランクFからEに上がれない奴らがどれだけいると思ってるんだ。八割だぞ八割。八割もランクFからEに上がれないんだから。トーラは十分強いし才能もある、以上!」
悩み事なんて悩んでいる内は解決なんてしない。どんな結果になってもいいから行動してこぞ解決する。この世界にきて嫌でも思い知らされた世界のルールだ。何もしなければ何も得られない。結果がどうあれ、何かが欲しければ行動するしかない。
俺はこれ以上は何も聞く気は無いという言いきった姿をトーラに見せる。実際、彼女の目に俺がどんな風に映っているのか分からないが、そんなの知ったことじゃない。
全てを決めるのは、俺じゃない。
クスッっと、笑い声が聞こえた気がした。
トーラを見れば、肩を小さく震わせて笑いを一生懸命抑えているようだった。
「これじゃ、僕の悩みがまるで馬鹿の考えみたいじゃないですか」
「知るか」
「あはは。それに僕が女だって気付いていたんですね。それでも変に気を遣わずに励ましてくれるなんて、シュウさんはやっぱりすごくいい人です」
嬉しそうに笑い続けるトーラにそんなことは無いと否定したが、まったく聞いた様子はなくしばらく笑いは止まなかった。
これ以上は明日の探索に支障が出るということで無理に話題を打ち切り、交代で不寝の番をする事になった。
これだけ世界を好き勝手にいじくり回している俺がいい人か――笑えない冗談だな。
頭の中で自嘲する内に眠気が襲ってきて、交代の時間まで良い気分ではなかったが睡眠を取るだけは出来た。
翌日、寝ているトーラを起こし携帯食で朝食とした。昨日の話のような出来事があったとは言え、トーラが優秀なのは変わらないようで、既に気持ちの切り替えが出来ているようだった。
俺に朝の挨拶をしてきたときのトーラの顔、それはとても晴れ晴れとしているものだったからだ。
「うん、良い天気ですね」
何が良い天気なのか。空を仰げば見知らぬ大地が広がり空は何処にもない。それなのに不思議な光によってダンジョン内は明るいのだから。
「僕はダンジョンを踏破出来る様になれば、強くなって乗り越えられると思ってたんです」
でも、と付け加えてトーラは俺に真剣な表情を向けて語ってきた。
「僕は……いえ、私は恐怖から逃げていただけだと思います。でもその恐怖はどんな事があっても消えない。なら、受け入れるしかない。それが強さだと思ったんです」
『願い☆成TさSαしπ。ポイZトEイナβの為、φ填とζう形にεりγす』
また突然頭の中で不思議な声が聞こえた気がした。体にまとまり付いていたような不思議な感覚が薄まったようで、心がすっきりとしたような不思議な気持ちになった。
「厚かましいとは思うんですけど、私がこの恐怖を乗り越えられる手助けをして貰えないでしょうか。シュウさんもこのダンジョンの目的があるっていっていたので、その間だけでもいいんです」
『願〇A届Eら☆ま|た。マCナSポ■×トの為、α否するεとは危φを伴πます』
またかい! また頭のなかに変な言葉が染みこんできて、また変な感覚が強くなった。
「ほら、行きましょ。時間は有限ですよ」
「ちょっ、ま」
強引にトーラに手を引かれ、俺達はダンジョンの奥へと向かって歩を進めることになった。




