異世界のダンジョン
遺跡から少し離れたところに馬車の発着場はあった。
そこは人為的に造られたと分かるほど、綺麗に樹木が伐採されて整備されている。
遺跡がある場所は深いとはいえない位の森の中にあった。樹々の間隔が適度にあり、まばらに影を地面に落としている森は、見る者の気持ちを穏やかにさせる雰囲気を感じた。
俺だけじゃなくトーラも一緒に周囲の景色に見とれているうちに、同乗していた冒険者たちは遺跡の中へ進んでいったようで、気が付いたら居なくなっていた。
「僕も初めて来たんですけど、なんか不思議なところですね」
「そうだな。魔獣が魔物がいるなんて思えないよな」
「採取に来たんなら、遺跡に中には入るなよ。外と中は別世界だぞ」
突然の声に振り返れば、俺たちが乗ってきた馬車から知らない男が顔を覗かせていた。
「忠告はしたからな。先輩としても同業者としてもこれ以上は出来ないぞ」
言うだけ言って男は御者に話しかけると、馬車の幌の中に引っ込んでしまった。ほどなくして御者は手綱をさばき、エスレクの街へと向かって馬車を進めていった。
「みんな、シュウさんを見た目だけで判断して……」
「なんだよ。お人好しなまともな冒険者もいるじゃん」
「?」
俺たちが我を取り戻すまでわざわざ待ってくれていて、忠告してくれたんだと思う。ギルドマスターの俺がなんて考えていた事がちょっと恥ずかしくなってきてしまった。
「もう一度確認するけど、一緒に行くのは遺跡からトーラが一人で外へ戻れると判断出来る場所までだぞ」
「それで構いません」
強くなりたいというトーラ。この世界に連れてこられて、与えられた力で過ごしてきた俺から見たら、それはすごく眩しく見えた。
トーラは俺の事を強いというけど、俺からしたらトーラの方が俺よりもなんというか、中身が強いと思える。
嫉妬? 羨望? 憧れ? これをなんていうのかは分からないけど、悔しいのだけははっきりと分かった。
「それじゃいくぞ!」
誤魔化すように語気を強くしてトーラと一緒に遺跡へと歩を進める。
樹々に囲まれるように存在する遺跡。それはまるでパルテノン神殿のように、規則正しく石柱が屹立した林のようだった。
「パル?」
どうやら声に出ていたようで、トーラが何事かを首を捻っている。どうやら無意識のうちに口からでていたようだった。
遺跡の中ほどまですすむと、突然ぽっかりと地面に口をあけた穴があり、ところどころ擦り減っている石の階段が地下へと続いていた。
俺だけじゃなくトーラも緊張しているのか、目を合わせるとお互いに静かに頷きあい、ゆっくりと階段を下りて行った。
それほど階段を下りて行ったわけじゃない。ただ真っすぐに続いていた階段を下りて行っただけだ。なのに、地上からの光は消え去り、今は不思議な明かりだけが周囲を照らしていた。
「どうなってんだ」
「シュウさん。この階段、まるで階段自体が丸いっていうか丘のようになってるっていうか」
トーラの言葉を聞き、俺は視線をトーラと同じかそれより低くまで下げてみた。
「これは」
トーラが言うようにこの階段は、丘のように縦に湾曲した形になっていた。視界の端にいくほど不自然に先の階段が見えなくなっていたのだ。
でも、だったら俺たちはどれだけ階段を下った? これだけ湾曲している階段を。
疑問を持ちながらも進んでいくと先に光が見え、飛び込むように進むとそこには不思議な世界が広がっていた。
俺たちの前に姿を現したのは、地上と同じ樹々の中にある遺跡。だが、他が全く違ったのだ。
天を仰げば、はるか頭上には足元と同じく地面があり、沼地のようになっていた。そこでは遠くからでもわかるほど大きな魔獣と、冒険者たちが戦っている。
視線をずらせばはるか彼方に見える壁だと思えるものに、そこが地面だと言わんばかりの姿で火山が火口を覗かせていた。あんな火口を真上から見るなんて、テレビだってなかなか無かったのに。
「な、な、な、なんですかこれ。これが遺跡なんですか」
地球は球体だっていうのは常識だったけど、まさか遺跡の地下が球体の内側のような世界だったなんて。
「シュウさん? 笑ってるんですか」
トーラにふいをつかれた俺は、ゆっくりと手を頬に当てれば確かに笑っているとも思えないように吊り上がっていた。
がさっ。
視界の少し先にある背の低い木の枝を揺らしながら、真っ赤な色のイノシシが姿を現した。
「クリムゾンボアです。遺跡に入ってすぐにランクD相当なんて」
トーラの言葉を後ろに聞きながら、俺は反射的に駆け出し短剣をクリムゾンボアのあご下から脳味噌を貫通するように突き上げた。
「え?」
トーラは何があったのか一瞬分からなかったようで、クリムゾンボアが倒れる音と一緒に大きな悲鳴を上げた。
「ランクD相当を……瞬殺」
トーラはしばらくあっけにとられているようだったが、俺はクリムゾンボアを倒したことで心の中で暴れそうだった何かを抑えられた気がして落ち着きを取り戻せた気がした。
俺は周囲を警戒し、トーラが獲物を解体する。トーラは俺が思っている以上に博識で、初めて実物を見たと言っていたのに迷いなく、淀みなく解体をしていく。
「次はトーラがやってみるか? ちょうど良さそうなのがいるけど」
血だらけになった手と解体ナイフをタオルで拭っているトーラに声をかけた。
俺の視線の先には緑の体表に子供程度の背丈。武器はそこらの武器屋で簡単に手に入る安物のショートソード。やつらは俺たち人間と同じく成長することで強くなる魔物――ゴブリンだ。
見た限り、それほどの経験は積んで無さそうに見えるので強くはないだろう。念のために鑑定で調べればレベルは5。俺は十分トーラでも勝てると踏んだ。
トーラの喉が鳴った音が聞こえた気がした。トーラは冒険者二人に追い詰められていた時のような真剣な表情になり、大きく言葉にならない声で吠えた。
まるで人が変わったようなトーラはゴブリンに向かって駆け出すと、剣の扱いなんて知らないかのように無茶苦茶に振り回した。
ゴブリンは力と速さでトーラに勝てないようで、トーラが振り回す剣を次第に捌ききれなくなり、最後には喉を剣で押しつぶされて絶命した。
荒い息をついているトーラが持っている剣をみると、ところどころ刃こぼれし、歪みもかなりのものになっていた。
まだトーラの剣をさばいていたゴブリンのショートソードの方がマシだった。
「おいトーラ。終わったぞ、もうゴブリンは死んだぞ」
何度話しかけたか分からなくなってきたとき「あ」と我を取り戻したトーラは俺に抱き着き、かみ殺すような嗚咽を漏らしていた。




