寄り道と出会い
パッシブスキルを使ったごり押しでエスレクの街まで先回りしようと、出発してから夜通し走り続けていた。
欲を言えば超人化がパッシブスキルになっていれば常時アホみたいな力が出せたんだが、世の中はそんなに甘くなかったらしい。
筋力上昇や持久力上昇、体力回復速度上昇がパッシブスキルになっていただけでも御の字なのでこれ以上の文句はいうまい。ポイントがマイナスな今、下手にポイントを消費してどんなことになるか分からない状態にはなりたくなかった。
エスレクへ街道を無視して直線的に走り続けて三日目。森や川、丘を避けるように整備されている街道と何度交差したかよく覚えていない。今日も俺は、適当に休めそうな所で野営の準備を始めた。
緩やかな流れを湛える小川の近くにテントを建て、起こした火に小川から水を汲んだ鍋を掛けた。
鑑定がパッシブになっているのは嬉しい誤算だった。戦闘向きではないが、食べられる野草やキノコを判別するのにここ数日とても役立っている。それに――。
投げナイフを小川の向こう側に広がる森林に勢いよく投げつける。ナイフが当たったにしてには鈍い音を残し、鑑定の項目がウサギからウサギの死体に変わったのを確認する。
セリスの探査のようなぶっ壊れた性能はないが、短距離ならレーダーのような使い方も用途次第では出来ると分かって、昨日からは豪華な食事にありつけるようになった。
ナイフで絶命したウサギの首を切り落とし、ロープで縛って小川に手頃な岩と一緒に沈めた。
これで少し経てば綺麗に血抜き出来るだろう。
その間に出来る事は、鍋にそこらで採取した野草を入れるのだが、俺の耳が不穏な音……いや、声を捉えてその手を止めた。
「なんだ」
野営場所を決める少し前に街道を横切ったから、街道から外れているとはいっても、それほど離れているわけではないはずだ。
声はその街道の方から聞こえてきていた。
「なんか分からないけど、とりあえずポイントの足しになりそうなら首つっこめばいいか」
鍋を火から下ろすついでに、野草を突っ込んでおく。
「夜目もパッシブにしてくれても良かったのにな」
何処の誰に向けてかも分からない愚痴を言い、俺は夜目のポーションを飲んだ。夕食を食い終えた時にちょうど日が落ちきる算段だったんだが、この様子じゃ声の主に会う頃に日が完全に落ちそうだった。
声の方向へ向かって走り出せば、それほど時間を掛けずに街道に出ることができた。街道では一台の馬車と、馬車の横で縮こまっているおっさん。それとおっさんを守るように立っている少年と言っても良いくらい若そうな冒険者がいた。
その二人を囲う三人の男達。一見では盗賊かと思えたが、どうにも盗賊と言うには小綺麗すぎるし、女王の時のように腕が立ちすぎるように見えた。
「ああん、なんだてめえ」
囲っている内に一人が近づいて来た俺に気付いたようで、脅すかのような声を上げてきた。
あれ、どっかで聞いたような?
それは相手の男も同じだったようで、お互いにしばらく見つめ合った後、男が大きな声を上げてきた。
「てめえ! あの時の女を侍らしてた男じゃねーか」
あー、帝国との講話の依頼の時に命知らずにもミラとセリスに粉掛けようとした冒険者か。
「そっちこそあの時の冒険者か。その冒険者がこんな所で何やってるんだよ」
不味い物を見られたかのように、視線を鋭くする三人の冒険者。
「仲間がまだいたなんて。最初っから依頼主を襲うつもりだったんですね。冒険者の面汚しです」
おっさんを守る少年の言葉でだいたいの事情が飲み込めた。この状態とあの言葉で飲み込めない方がおかしいだろうが、こいつらは依頼主から金品なりを強奪しようとしているのか。
ほんっとに冒険者の面汚しだな。
「おいおい、俺は敵じゃないぞ。助けはいるかって、いるよなそりゃ」
鑑定で調べれば少年はランクE相当。囲う三人はランクD相当のレベルで一人相手でも相当きっついだろ。
俺は最初に話しかけてきた冒険者の前まで一気に移動すると、拳を顎に一気に突き立て意識を刈り取る。拳が当たった瞬間に鈍い感触がして、男の体が一瞬浮かんでいたが命までは刈り取っていないだろう。
何が起こったのか分かっていない残り二人は、鳩尾に一発と首に一発で昏倒させた。
「大丈夫かー」
囲んでいた冒険者三人が一瞬で昏倒し、少しの時間を得て何が起こったのか理解したのか少年はその場でへなへなと崩れ落ちてしまった。
気を失った三人は縄でふん縛って馬車の荷台に放り込み、今は馬車ごと俺の野営所に到達していた。
礼をしたいというおっさんに何度も固辞をしたのだが、そんなわけにはいかないと騒いでいる内にここまで付いてきてしまったという体だ。
「ほんっと凄い強さでしたよ。これでランクEだなんてシュウさんを見る冒険者ギルドの眼を疑っちゃいますよ」
トーラと名乗った冒険者の少年は、最近同じくランクEになったばかりだそうで、ランクEの初仕事が仲間の冒険者の裏切りだなんてと最初はブツブツ文句を言っていた。
それが俺が用意したウサギ鍋を食べて腹が膨れて落ち着いたのか、今ではしきりに俺に話しかけてくる。
「それにしても、シュウさんが助けに来て下さったおかげで、荷物もお金も命も無事に済みましたよ」
おっさん改めレンザのおっさんも礼を述べてくる。
こうも褒めちぎられると悪い気はしないが、こそばゆくなってくるな。
命の危機、危機を乗り越えたこと。その二つが二人の心をしばらく興奮させているみたいで、俺としては褒め殺されるんじゃないだろうかという気持ちにさえなった。
途中、眼を覚ました冒険者達が騒ぎ出したので猿ぐつわをして黙らせた。
あの冒険者達と一緒だと眠れそうにないということで、さして広くはないが狭くもない俺のテントでレンザのおっさんと二人で横になって寝ることとなった。
気配察知と鑑定が常時使える俺にとっては居ても居なくても同じことなのだが、トーラは夜番をすると譲らずの結果だ。
日が落ちてどれほどたっただろうか。となりでレンザのおっさんがうるさいイビキをかくせいで起きてしまい、おれは一度テントの外に出た。
夜番をしているはずのトーラを探すと何処にもおらず、まさか深く眠りすぎて気配察知に気付けなかったかと焦ったとき、鑑定にトーラの名前が視界の端に引っかかった。
トーラは小川の真ん中で泣いていた。
服は脱いで綺麗に畳まれて川岸に置いてある。裸になったトーラは小川の真ん中で腰を下ろし、声を殺して泣いていた。
声を掛けた方が良いのかどうしたら良いのか分からなくなった俺は、少しの間呆けたように動けないでいたが、トーラがぐずりながらも立ち上がったのを見て、慌ててテントの中に引っ込んだ。
泣いていた事は聞かない方が良いだろう。それと、下にアレが付いていなかったことも見なかったことにした方がいいかもな。
となりで幸せそうに眠るレンザのおっさんを蹴り飛ばしたくなる誘惑を断ち、俺は朝まで再び意識を手放した。
朝食はレンザのおっさんが用意してくれた携帯食を食べることにした。
昼行性と夜行性の動物の活動が入れ替わるタイミングであり、もう少し時間がたたないと獲物が姿を現さないからだ。
二人はあんなこともあったし、さっさと三人を警邏に突き出したいというのもあり、起きて早々準備が出来次第エスレクの街へと向かった。
一晩たって二人は落ち着いたのか、ある程度の雑談はするが穏やかな雰囲気を纏っていた。
「そうなんですか。シュウさんはお知り合いの方を追ってエスレクまで」
「ああ」
「その、ごめんなさい。僕たちを助けるために脚を止めさせてしまう事になってしまって」
見るからに気落ちしたしたトーラ。レンザのおっさんは御者台で手綱を捌いているが、トーラの言葉を聞いて若干背中が丸まった気がした。
「別に気にしなくても大丈夫だぞ。エスレクで会えなくてもその先の目的地も分かってるから、追いつくのはそれほど難しくないはずだ」
俺は「それにな」とトーラ達を元気づけようととっておきの情報を明かした。
「その相手ってのは、つい最近ランクAになったやつだからな。街の冒険者ギルドで聞けば居るか次の街に行ったかなんてすぐ分かるさ。ランクAの冒険者が王都から来たなんてなれば、そこそこ大きな話になるから分かるだろ」
「「ランクA!」」
眼を丸くするトーラと、手綱さばきを忘れて勢いよく振り向くレンザのおっさん。
二人ともまるで英雄譚を聞いたかのように眼を輝かせていた。
「シュウさん! 僕にエスレクの冒険者ギルドまで案内させてください」
その言葉にどんな気持ちが込められているのかすぐに分かった俺は、笑いを抑えることが出来なかった。




