新たな旅路
前話「祝勝会と……」の後半を大きく改稿しております。
改稿前との整合性がないのでご注意願います。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
女王との謁見は問題なく終わった。午後に行われた謁見までの短い時間の間に、ミラが根回しを行ったようで、謁見は必要最低限の人数で行われた。
正確に言えば、俺がギルドマスターという事を知っていると思われる人達だけが参加していたようだった。女王が俺の事を告げても、何一つ反応していなかったのだから。
そして何故か、無事に終わった謁見のあと『闇』ギルドの大応接間では再び女王との謁見もどきが行われていた。
「表だけでなく裏の依頼も引き受ける『闇』ギルドの立場もありますから、あの場では可能な限り配慮はしました。ですが、独自にあなた方がどんな人物か調べようとする者が出るのは眼に見えています」
神妙な顔つきでアストレア女王は俺達に向かって警告にも似た言葉を辛そうに吐き出した。
「それについては覚悟しております。さすがに、保身で災厄クラスの魔物を放っておくわけにはいきませんでしたし」
「それに『闇』ギルドに登録している人達は全員出払ってて、『表』のギルドを動かすしかなかったからね」
四天のガイラスも俺がギルドに運び込まれたときには既に旅立っていたそうだ。他にもクラスSに名を連ねる『闇』に登録しているメンバーも、他の依頼に出ていて直ぐに動ける者は居なかったと、後で二人に聞かされていた。
「私達二人は副ギルマスとして『表』でも活動しているから良いのですが、シュウやマルさんに対して今後、どんな働きかけがあるか」
「実はシュウがギルドマスターで今までギルドを支えていたという事を表沙汰にしても……無駄でしょうね」
ミラが内に抱えていた不安を正直に話すと、アストレア女王は単純明快な対策を口にするが、それすら自身で直ぐに否定してしまった。
続くアストレア女王の言葉によれば『我が身を守るための卑しい嘘』『ギルドマスターならなおさら距離と縮めたい』『そんなことは建前と言い切って耳を貸さない』などなど、土壇場になって言っても言葉に重みが足りないそうだ。
今も女王がここに居るのも心ない権力者に既にここを突き止められていた場合、話を持ちかけようとしている者への牽制となるからという事だった。
一国の女王にここまで心を裂いて貰えるなんて、恐れ多さと嬉しさが綯い交ぜになった感情がわき上がってくる。
答えの出ない、最後は雑談になった話が深夜手前になって終わり、女王は王城へと帰っていった。
いつも通り見送りは要らないと言うことだったが、今回は部屋の中からそれとなく見送りをさせて貰った。
「シュウ」
心配そうに俺をミラが見つめてくる。
「そんな眼で見るなよ、大丈夫だって」
何がどんな根拠で大丈夫なのか分からないが、言葉だけでも大丈夫と言いたかった。
「スキルの事を怖がって、表舞台に立たなかった俺の自業自得ってのもあるし。なによりギルドマスターなんて表沙汰になっていたら、スキルのポイント稼ぎも自由に出来なかったろうしな」
ギルドマスターが有事でもないのに、通常の依頼を受けているようでは他の冒険者の仕事を奪っているようにしか周りには見えないだろう。
かといって『闇』の方の依頼では全部が全部厄介なものばかりで、気が休まるなんてありえない。
俺が身分を隠してコソコソと活動していたのは必然だったのだ……そう、決して面倒くさいばかりが理由じゃないのだ。
「とにかく今日は遅いからさ、明日の報奨金の配布の件もあるし早く寝て早く起きてちゃっちゃと眼の前の事を片付けちまおう」
問題の先送りなのは分かっているが、他に案はなくこの夜はそれで解散となった。
自室のベッドで寝ていると、周囲に満ちる気配に穴が空いている事に気付いた。
この感覚は覚えがある。スキルで気配察知を使用したときの感覚と同じだ。いくつかのスキルがパッシブスキルになったという事だが、どうやら気配察知はその一つらしいと推察した。
どんな者にも気配がある。人の気配、動物の気配、物の気配。その様々な気配が漂う海の中をまるで透明な存在が泳いでるかのように空白が俺に近づいて来ていた。
その空白は、音もたてずに部屋に入り込むと俺のそばへと近づき――。
空白が伸ばしてきた手を咄嗟に掴みねじり上げ、俺が馬乗りになるように位置取りをした。
「あいたたた。そういう事する相手間違ってるから」
よく聞いた声。そう、空白の正体はセリスだった。
「おまえ、何やってんだ」
月明かりしか照らすものがない部屋のなか、見覚えのありすぎる顔がしかめっつらをしていた。
燭台に火をつけ、この時間で竈に火を入れるのは憚られたので、水差しから互いのカップに水を入れる。
セリスは何も話さずにずっとスキルを使用しているようだった。俺に探査のボードを見れるようにしてくれていないが、真剣な眼で空中を追っていたからだ。
「それでどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも、自分で依頼したこと忘れたの」
セリスの言葉がどんな意味を持つか分かった俺は、居ても経ってもいられず席を勢いよく立ち上がった。だが、「話を聞くならまず座りなさい」とセリスに諭されて、落ち着かないながらも椅子に座り直した。
「予想通り、あの子が深夜の内に王都を出たわよ。それも街門からじゃなくて、多分壁をよじ登ってだと思うけど。あれだけの力を持ってたなら、まあ簡単でしょうね」
「今はどこに」
セリスはテーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて俺の目をのぞき込んできた。
「それを聞いてどうするの」
そんなの決まっている。そんなの決まっているんだ。頭の奥でかすかに頭痛がしたが気になる程じゃなく、俺は彼女の手伝いがしたいという話を正直に話した。
「たった一回、いえ二回依頼を共にしただけなのに、なんでそこまで深入りしようとするの」
俺はセリスに言われて初めて気付いたような気持ちになった。そう、彼女との接点はたった二回の依頼だけだ。なのに、長いこと一緒に過ごしたような気になっていた。
「俺は」
「短い間だったけど、彼女が優しいって事は分かっているわ。だけど、そこにつけ込むという形にもなるということは理解出来ているの」
「俺が彼女の事情を利用するって事か! そんなこと――」
「シュウは思わなくても、今の状態から体よく逃げるには格好の条件よ。あれだけの力をもった彼女が言いよどむほどの内容、『闇』ギルド向けの依頼でしょうし雰囲気から長期になりそうだったし」
そんなつもりは微塵もなかったのに、喉から声が出せなかった。
彼女を助けるつもりが、逆に俺の都合に巻き込む?
「まあ、彼女には悪いけどこっちは利用させて貰おうと思ってるけどね。人となりが分からない人間に任せるより、少しでも知っている方がいいし。なにより、彼女も当事者だしあのときよりとても強くなってるし」
「思ってるって、もしかしてミラも」
「知ってるわよ。悪いけど、さすがに内緒にするには重すぎるから」
ミラもセリスも俺の背中を押してくれている。彼女を利用するって形には引けを感じるけど、誰も損をしないWIN-WINな案なんだ。
「セリス教えてくれ。マルは今どこに居るんだ、どこに向かおうとしているんだ」
王都を出たマルはどうやら故郷へ向かっているのではないかという事だった。
ディスパー王都を東に抜けるとアジャルスト聖王国があり、その先のフェルトスルール連合国のどこかに魔人が住む小国があるらしい。
マルは現在、王都をでて東にあるロゼの街に向かっている。
「追いつくならロゼの街じゃなくて、そのさきにエスレクの街に先回りした方がいいかもね」
もう旅の準備を出来てるんでしょと、あきれ顔で言ってくるセリスには悪いが、感謝しかない。
「最後にミラから一言だけ伝言があるわよ」
――必ず帰ってくること。
おれはその言葉に、ゆっくりと頷いた。




